第7話 才能と努力


「ふむ、ようやく静かになったな。それとついでに言っておくが、俺はちょっと特別でな。伯爵家や侯爵家程度の貴族の苦情ごときすべて無視できる。現に昨日は10近くの苦情が来たらしいが、すべて棄却されたぞ」


「なにっ!?」


 クソガキが驚愕の表情を浮かべ、周りの生徒もざわつく。まあ、臨時教師にそんな権限があるとはだれも思わないよな。


「少なくとも1年間はこの学園にいるから、お前らも諦めて1年間は真面目に学べ」


「くそったれが!」


 クソガキが悪態をつく。さすがにこれくらいはやっておかないとまた授業の妨害をして他の生徒に迷惑がかかる。


 やる気のないやつがやらないのは知ったことではないが、他のやる気のある生徒の邪魔をすることだけは許すつもりはない。


「というか、お前も魔術の才能があるんだから、もう少し真面目に魔術を学んだらどうだ? 昨日同じ学年の3クラスの生徒を見たが、その中でも魔術の実力は上位のものだった」


「あ、当たり前だろう! 俺様は伯爵家の――」


「そういう身分とかはどうでもいい。確かに身分の高い者の方が金銭的にも余裕があって、魔術を学びやすい環境であることは理解している。だが、そこから先は個人の才能や努力次第でいかようにも変わってくる。お前も今これだけの魔術が使えるということは子供のころから多少なりとも努力はしてきたはずだ」


「………………」


「その才能と努力を活かすも腐らすもこれからのお前たち次第だ。他の者にも言えることだが、そもそも魔術を学べる環境にある時点で、お前たちは相当恵まれていることを自覚した方がいい。魔術を学びたくても学べないやつらがどれだけ大勢いるか考えたことはあるか?」


 幸い俺はこの世界で貴族とまではいかないが、平均的な家庭に生まれてくれたおかげで、授業料免除の特待生扱いでこの学園に入ることができた。しかし、この世界には毎日働かないと生きてさえいけない人の方が多いことも事実だ。


 元の世界とは違って、学びたくても学ぶことすらできない人が大勢いることを生徒たちにも少しは分かってほしい。


「そして君たちをこの学園に入れてくれた親もかなりの大金を払っている。もちろん友人たちと遊んだり友好を深めることも大事だが、せめてその学費分くらいは大いに学びたまえ。それに魔術を学ぶのって楽しくないか?」


「……楽しいですか?」


 俺の問いにシリルが答えてくれる。


「ああ。俺もそうだったんだが、初めて魔術が発動した時は本当に嬉しかった。魔力を使って魔術を構成し、それが実際に発動した時の感動は今でも忘れていないぞ。そして新たな魔術を知り、魔術が改良できることを知って試行錯誤する時間はとても楽しいものだ。それを何度でも味わうため、俺はずっと魔術の研究してきたわけだしな」


 元の世界で言うと、初めて算数ができた感覚に近いのだろう。計算式の存在を知り、それを使って正しい答えが導き出せた時の喜び。あるいは理科の実験で狙い通りの反応が見られた時の感覚か。しかも魔術ではそれが火や水を出したりと、実際の事象が起こるのだからたまらない。


 俺が魔術のない世界で過ごしてきたというのもあるかもしれないけれど、元々理系の研究職だったこともあって、人並み以上に魔術へのめり込んでいった。


「まあ、魔術が楽しいかどうかは人それぞれだと思うから、もちろん魔術を学ぶことを強制するつもりはない。だが、魔術を楽しみ学ぼうとしている者を妨害するつもりなら、俺は全力で排除するからそのつもりでいろ。説教臭くなってすまなかったな。それでは授業を再開する」


 3人とも魔術を使用できるというだけで十分な才能があるのだから、魔術を学ぶ楽しさを思い出してほしいものだ。


「さて、今日は昨日の模擬戦から俺が特に思っていたことについてを話そうと思う。無詠唱魔術と詠唱破棄魔術の重要性について……」




「……今日の授業はここまでだな。次回の授業は演習場に集合だ。前回のような模擬戦だけではなく、実戦で有用な魔術なんかを紹介していくつもりだ。場所がこの教室に集合じゃないから、気を付けるように。それでは解散」


 授業を終えて教室を出る。


 とりあえず3人はあれ以降授業を妨害をすることはなかった。真面目に授業を聞いていたのかは分からないが、他の生徒の邪魔をするつもりがないならそれで十分だ。


 魔術を学ぶことを強制するつもりはないが、できれば魔術を学ぶ楽しさを分かってほしものだ。さっきも言ったが、あの3人も才能自体はあるのだからな。


「ギーク先生、よろしいですか?」


「あ、あのギーク先生!」


 教室を出たところで2人の生徒に声を掛けられる。


 シリルとメリアか。シリルの方はすでに何度か話したがメリアの方から声を掛けられたは初めてだ。青みがかったショートカットで背丈はシリルよりも小柄な生徒である。


 そして彼女は昔の俺と同じ平民の特待生だ。この学園では優秀な平民は授業料免除の特待生として招かれ、家庭に負担を掛けずに魔術を学べる仕組みがある。

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