第4話 身の程
「それと名前と顔を一致させたいから、名前か家名のどちらかを名乗ってからフィールドに上がってきてくれ。そっちの方からだ」
「……ハゼンだ」
「……クネル」
「ふむ、ハゼン=レイエス、クネル=ハロルド、ゲイル=カーライルか。よろしく頼む」
「「「………………」」」
俺は3人のクソガキに頭を下げた。
たとえ憎たらしいクソガキであっても、模擬戦は模擬戦だ。礼はしっかりとしなけばならない。
……と思ったのだが、3人は驚いているし、他の生徒もポカンとして見ている。
「もしかして、今は模擬戦の前に礼はしないのか?」
「……はい。その慣習は少し前になくなったと聞いています」
俺の問いにシリルが答えてくれた。
「マジか……教育にはこういったことも大事なんだけれどなあ。まあいい、俺の授業では模擬戦の前には互いに礼をすることにしよう。ほら、お前たちも俺を鬱陶しいと思っているかもしれないが、こういった礼儀は――」
「ライトニングバレット!」
俺の言葉を遮って、クソガキが両手を前に突き出して魔術を構成する。
先程のライトニングのように一直線に走る雷ではなく、テニスボール大の雷の球がクソガキの周囲へ浮かぶ。
「っ!? 開始の合図はまだよ、ゲイル殿!」
「おまえは黙っていろ! 死ね、クソ臨時教師!」
とことんクズいな、こいつは……
とはいえ、狙いは悪くない。一応は考えているようだ。
パチンッ
「んなっ……!? き、貴様、何をした!?」
元々俺がいた場所にライトニングバレットが到達するが、そのすべてが空を切った。迫ってくる雷の魔術が俺に的中する直前、無詠唱の身体能力強化の魔術を構成して普通に避けただけである。
魔術の発動には詠唱、詠唱破棄、無詠唱があり、その順に威力や効果が落ちていく。今こいつが使ったのは詠唱を省いて魔術名を叫ぶ詠唱破棄だ。基本的な実戦では詠唱破棄や無詠唱の魔術を使う。
だが俺は基本的に指を弾くことによって魔術を発動する。分類としては無詠唱になるのだが、魔術名を叫ぶ代わりに指を弾くという一定の動作を魔術の発動キーとすることによって、魔術の構成が早いながらも限りなく詠唱破棄に近い威力を出すことが可能となるわけだ。
「何って身体能力強化の魔術を使って避けただけだぞ」
「ば、馬鹿な!?」
……盾役のいない魔術師同士の戦闘では身体能力強化の魔術は必須だぞ。どうやらクソガキは身体能力強化の魔術を使用していなかったから、俺の動きが見えなかったようだ。
ふ~む、基本的な戦術も10年前とは異なっているのか? 肝心なところが鍛えられていないぞ……
「開始前の不意打ちはいただけないが、ライトニングバレットを選択したことは悪くなかった。反射の魔術であるリフレクションは複数で広範囲の魔術を反射することができない。そして反射されてもいいよう、跳ね返っても自滅しない射線を選んでいたな。ふむ、どうやら実力がないのにこの学園に入学できたわけじゃないようで安心したぞ」
「あ、当たり前……ぐっ!」
身体能力が強化された身体で一気にクソガキの懐に入り喉元を掴む。
「残念、せっかく褒めたのに今のは減点だな。模擬戦の戦闘中だし、むしろ俺が解説している時もガンガン攻撃して来い。ただ、それとは別として……」
「がはっ!!」
「殺すだの死ねだの、命のやり取りをしたこともないクソガキがわめくな。それとまだ若いうちから、ずる賢いことを身につけるんじゃない。十分な力はあるようだし、実力を身につけて正面からこい」
「「ゲイル様!」」
ブーーーーッ!
クソガキの腹に掌底をくらわせるとフィールドの外へと吹き飛んだ。もちろんフィールドの場外へ出たら戦闘不能と見なされるわけで、ブザーが鳴り響いて2番目のランプが消灯する。
子供の頃にずる賢いことを身につけると、それは大人になっても繰り返すものだ。こういうのは早めに叱っておかないとな。
「げほっ、ごほっ!」
見た目は苦しそうだが、フィールド内で与えたダメージは10分の1に軽減された痛みになるだけだから大したことはないだろう。
んっ? これは体罰じゃないぞ。そもそも防衛魔術は魔物や対人との戦闘を学ぶ授業だ。元の世界で言うと柔道や剣道の授業と同じだから、多少は痛みを味わった自分の身体で実体験してもらった方が成長できる。
「ゲ、ゲイル様! この野郎、ファイヤーランス!」
「この臨時教師め! ストーンバレット!」
両側から挟み込むようにハゼンとクネルが火の魔術と土の魔術を構成する。
ふむ、構成時間はゲイルよりも遅い……やはり、あれで早い方だったのか。
パチンッ、パチンッ、パチンッ
「なっ、ファイヤーランスが!?」
ハゼンの放ったファイヤーランスはリフレクションで跳ね返す。
まったく、いくらゲイルがやられたとはいえ、焦り過ぎだ。さっきと同じ過ちを繰り返しているぞ。
「くっ、ぐわあああ!」
さすがに距離があったので、反射したファイヤーランスをかわすことができたハゼンだったが、それをかわしたところに俺が放った弱めのファイヤーボールが的中した。
「ぐっ! げふっ!」
クネルが放った複数の岩の礫が俺の方に飛んでくる中、俺が構成した風の魔術であるウインドバレットがすべての岩の礫を粉砕しつつ、そのうちのひとつがクネルの腹へと命中した。
ブーーーーッ!
先ほどと同様に戦闘不能を告げるブザーの音が演習場に鳴り響き、残り2人のランプも消灯した。
「……ふむ、これくらいのダメージで戦闘不能扱いになるのか」
もう1回ずつくらいは2人の魔術を見たいところだったけれど少し失敗した。次回以降の生徒は魔術の出力を調整して各生徒の対応力を見つつ、2種類くらい魔術を見させてもらうとしよう。
「ハゼン、威力がある魔術こそ、実力者には真正面から撃ったところで対応されるだけだ。細かい魔術でかく乱してから当てるなど、もっと工夫をした方がいい。クネル、数は多かったがひとつひとつの威力が弱い。それと3人に言えることだが、もっと動け。今回俺は動かずあえて的になっているが、止まっていると魔術で狙ってくれと言っているようなものだぞ」
「くそったれが!」
「「ゲイル様!」」
クソガキを先頭にハゼンとクネルが演習場から走り去っていく。
とりあえずさっきのダメージは問題なさそうだ。まだまだ態度はクソガキのままだが、とりあえず最初はこんなものだろう。
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