第2話 体罰?


「ゲ、ゲイル様!?」


「お、おまえ! 教師が体罰をしてもいいのかよ!?」


 取り巻きの2人の生徒がわめく。


「こんなのが体罰なんかに入るわけがないだろう。そもそもそいつ自身が自分で撃った魔術だぞ?」


 どう考えても正当防衛だ。臨時とはいえ教師である俺に自分から攻撃を仕掛けてきて何を言っているんだかな。


 伯爵家の息子だから今まで何をしても許されてきたのかもしれないが、俺は迷わず反撃するぞ。


 そもそも魔術の不正使用で、退学まではいかないものの停学くらいには処罰できそうだ。さすがに初回だし、すでに自分の魔術を自分で受けたわけだから許すがな。


「大した魔術じゃなかったから、大きな怪我もないだろうし、さっさと医務室に連れていってやれ」


「ちくしょう、覚えておきがやれ!」


「おまえなんか、絶対にクビにしてやるからな!」


「うう……」


 小物感溢れる捨て台詞を残して、取り巻き2人がゲイルを医務室に連れていく。


 まったく、最初からこれだと先が思いやられるな。


「やかましいやつがいなくなって、多少は静かになったな。まずは自分の席に着け」


「「「………………」」」


 先ほどのやり取りを見て、大人しく自分の席に座る生徒たち。


 どうやら伯爵家のあのガキを黙らせたことには多少の効果があったらしい。


「それじゃあ、授業を始めるぞ。授業を真面目に受けないのは個人の勝手だが、あまりに騒いで授業を妨害するようなら、容赦なく俺のチョークが飛んでいくからな」


 この世界でも黒板とチョークが存在する。


 ちなみに俺は多少の体罰ならありだと思っている。特に最近の子供は甘やかされて育っている。昔のように悪いことをしたら罰が与えられることを子供のころから徹底して分からせた方がいい。


 もちろん過剰な体罰や、暑い夏に水分補給をさせずにひたすら走らせる根性論には断固反対だがな。


「……ギーク先生。ひとつお願いがあります」


 ようやく授業を始められると思った矢先、女生徒が手を挙げた。


 赤みがかった茶髪でウェーブのロングヘア。凛とした表情をした顔立ちの整った女生徒だ。


「ふむ、内容にもよるな。ええ~と君の名前は……」


「……シリルと申します」


「ラクエル子爵家のシリルか。ああ~先に言っておくが、俺は男女や身分に関係なく、全員名前で呼ばせてもらうからな」


「「「………………」」」


 他の生徒たちが顔を見合わせる。


 一応この学園の理念としても、魔術を学ぶのに身分は関係ないとされているからな。ちなみにこの世界では、家名ではなく名前で呼び合う。


 確か元の世界でも、最近は男女関係なく、さん呼びしなければいけなかったっけ。むしろ名前の呼び捨てが駄目だったかもしれない。


「……えっと、ギーク先生はこのクラスの生徒の名前を全員覚えているのですか?」


「覚えているぞ、シリル。そしてひとつ訂正させてもらうが、このクラスだけではなく、この学園の生徒と教員の名はすべて覚えている」


「「「………………」」」


 またしても、他の生徒が顔を見合わせる。


 ああ、俺が生徒の名前を聞いて家名を答えたのが不思議だったのか。きちんと敬意を持って先生と呼んでくれる者に対してはこちらも敬意を持って名前くらいは覚えるのが礼儀だと俺は思っている。まあ、最初は敬意なんてなく形だけだろうがな。


 前世ではそこまで記憶力がなかったから、生徒の顔と名前を覚えるまでに少し時間がかかったが、この異世界の俺の身体はとても記憶力が良い。


 それに加えてこの世界の魔術は記憶することが多すぎる。ずっと魔術の研究をしていたら、自然と記憶力は向上していった。


「まあ疑う者もいるだろうが、後々分かるだろう。それで、頼みとはなんだ?」


「ギーク先生の実力を私たちに見せていただけないでしょうか? 私は魔術に歴史あるこの学園へ期待して入学したのですが、正直に申し上げまして教師の質が低いです。特にギーク先生の前任である防衛魔術担当の教師は新入生である私よりも実力が劣っていました。これなら自身で学ぶ方が良いと思っています」


 頭が痛くなってきた……


 もちろんこのシリルの物言いではなく、生徒にそう言われてしまう教師の質にだ。アノンの言う通り、十数年前に俺が通っていたころとは何もかもが違うらしい。


 確かにこの世界ではまだ幼なくとも魔術の実力のある者はいるが、いくらなんでも担当している教科で新入生より劣っているなんて論外だろ……


「そうか、確かにそれは学園側の責任だな。自分で学ぶ方が有意義だと考えるのならそうすべきだ。教師が君たちの人生の責任を取ってくれるわけではないからな。使える教師は利用するくらいに考えたほうが気も楽だぞ」


「………………」


 教師とは思えない俺の言葉にシリルも黙る。


 俺は元の世界で授業はすべて真面目に聞くべきだっと思っていた。どんな知識でも何らかの役に立つことがあるからな。


 しかし、この世界の魔術というものは才能が必要だったり、間違った知識なんかも多い。それに加えて身分やら賄賂やら政治的なことも絡んで、実力のない無能が教鞭をとることもある。


 そんなろくでもない教師の授業を受けるくらいなら、自習をしておいた方がマシというシリルの考えにも共感できる。


 シリルは俺の拡声の魔術にいち早く気付いて、両耳を魔術で保護した。そして俺がクラスに入った時も他の騒いでいたクソガキどもとは異なって、ひとりで黙々と自習をしていた。経験上こういった生徒はひとりでも勝手に大成するものだ。


「とはいえ、俺もその無能な教師たちと一緒だと思われるのは心外だな。今日は初めての授業ということで座学の予定だったが、実戦演習で自己紹介するとしよう」


 先ほどの反射の魔術で自己紹介は十分かとも思ったけれど、どうやらそれを霞ませるくらい俺の前任の教師が無能だったらしい。

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