うつろの決断
七「今日は晴れてよかったねー!」
悠里「ね。日陰に入ると結構寒いけど…。」
七「寒い時はね、走れば暖かくなるんだよ!」
悠里「代謝頼りなんだ。」
七「カイロなしで冬越せるよ!」
悠里「それはすごい。」
秋晴れの心地いい日。
私と七は線路沿いまで足を運んでいた。
今日糸も針金もなければ
これにて七との探索の日々は
終わることになる。
毎度学校からここまで来るのは
なんだかんだ手間だったり
時間がかかったりで大変だったけれど、
終わると思うと感慨深いものがある。
線路沿いまでたどり着く。
七がぱっと走って
柵の方まで見に行ってしまった。
追いかけると七は
つぶらな瞳を柵から私へと移した。
七「ない!」
悠里「そっか、なかったかぁ。」
柵には何も括られていない。
これで本当に終わりらしい。
明日来ても、明後日来ても
もう何もないだろうなと思う。
指示書がないといつまで
何が行われているかもわからない。
不便なところもあるものだ。
けれど、人々はこの不便も
明日のことがわからない恐怖も
楽しみや無味のものに置き換えて
生きているのだろう。
悠里「じゃあ探検は終わりだね。」
七「ここの探検はおしまいかー。どうやって悠里ちゃんの昔のこと見てたのかとか解明できたらよかったのになー。」
悠里「仕組みってこと?」
七「そう!なんか面白そうじゃない?」
悠里「そうかな。私は探検の方が面白いと思うよ。」
七「ほんと!?それならこれからもしようよ!」
悠里「え?」
七「探検しよう!この駅以外にももっともっともーっとたくさん見たことない場所はあるし、見たことがあっても毎回違う感じが絶対あるし!面白いことまだたくさん残ってるよ!」
悠里「あはは。…それもいいかもね。」
七「でしょ、でしょ!一緒にボランティア行ったり、地域のフェス行ったりしようよ!あとは横浜に遊びに行ったり、そうだ!猫カフェとかも行きたいなー!」
七は嬉しそうに
その場で跳ねながら目を輝かせた。
自由を楽しむことができる彼女は
この先もいつだって笑顔でいられるし
笑顔にさせることもできる人なんだろう。
悠里「いこっか。」
七「ほんとにほんとに!?」
悠里「うん。流石に2日に1回は多かったから少し頻度は落としたいけどね。」
七「じゃあ来週全部行こう!」
悠里「1個1個ね。1日に全部の駅回ったら次の楽しみ減っちゃうよ。」
七「あ、そっか。ならちょっとずつたくさん行こう!まずは今日、行ったことのない道の方から!」
七は早速と言わんばかりに
背を向けて歩き出した。
かと思えばすぐに振り返って手招きをする。
隣においで、ということらしい。
思わず口角が少し上がるのがわかり、
それを悟られないように手で鼻を擦った。
隣を歩くと七は嬉しそうに
数歩スキップをした。
悠里「あのね。」
七「うん?」
悠里「七が前言ってくれたこと…伝えてもいいって言ってくれたことあったじゃん?」
°°°°°
七「あのね、提案なんだけど…もし悠里ちゃんが嫌じゃ無かったらこのこと、みんなに伝えようよ。」
悠里「……え…?」
七「…悠里ちゃんが辛いだけで終わっちゃいけない気がする。」
悠里「伝えるって…。」
七「指示に逆らえなくて辛かった!って大声で言うの。具体的じゃなくても、これまで辛かったってだけでもいいし。あとは…。」
悠里「…?」
七「それと…こんなことは考えたくないけど…一叶ちゃんが本当に悪い人ならみんなに知ってもらおう?さっき津森さんって言ってたし…間違いないでしょ?」
悠里「…。」
七「それで本人に直接もうやめてって言いに行くの。それができないなら、ちょっと距離を置くとか…うーんと、何ができるかわからないけど、何かしよう!」
悠里「……味方してくれるってこと…?」
七「味方とかじゃないよ!友達としてできることをするだけ!」
°°°°°
七「うん、あったね!」
悠里「あれ、たくさん考えて…去年繋がりのあった人数人に言ってみたの。」
七「そうなの!?どうだった?」
悠里「反応はそれぞれだけど……急に怒ったりはしなくて。話してくれてありがとうって言ってもらえたりもして…ちょっとびっくりした。」
七「えへへ、よかったね!」
悠里「うん。」
コンクリートを蹴る間、
七は「そうなんだ」と
噛み締めるように
他の言葉も混ぜながら何度か呟いた。
悠里「それでね…数人に伝えても、私にの身には何も起きてないの。もしかしたら…誰に話しても大丈夫なのかなって。」
七「…!じゃあみんなにも話すの?」
悠里「……そう、しようと思ってる。」
少し手が震えた。
自分の決断を話すのもひと苦労だった。
陽奈先輩と篠田さんに話した。
それでも私には危害ひとつない。
もし契約からも外されて
自由になったのなら。
それなら、一叶は危険だから近寄るなと
伝えた方がみんなにとって
いいことのように思う。
一叶側から動かれたら
どうしようもないかもしれないけれど、
最低限距離をとって
離れようという意識があるだけでも
きっと違うと思うから。
悠里「一叶は実験者側だし、もしものことがある前に最低限離していても損はないと思うから。」
七「わかった。…私も一叶ちゃんには近づかない。」
悠里「…関わりはあったんじゃないの?」
七「あったよ。学校でバスケットボールしたし、すれ違ったら挨拶してた。でも…。」
七は珍しく視線を落とす。
いつも上を見て看板や鳥を見つけて
指差していたから
見慣れていなかったのだ。
七「過ごした時間があるから悪くない人っていうのは違うし、友達だから悪くない人っていうのは違うから。…友達だよ、危険じゃないって思いたいけど…でも悠里ちゃんにあれしてこれしてって言ってたのが一叶ちゃんなら……悲しいけど距離を取るのがいいのかなって。」
悠里「一叶のさらに上の人が一叶に指示してたら?」
七「一叶ちゃんは悪くない。ごめんなさいして仲直りする!」
悠里「もし一叶が心を閉ざして」
七「もー!くらいもしもばっかり!大丈夫だよ、仲直りするもん!」
ふん、と鼻を鳴らして
今度は数歩前に出るよう
ずんずん歩いて行った。
七といると何でもかんでも、
どうとでもなるような気すらした。
大丈夫、仲直りする。
その選択肢すらない私は
決して七のようにはなれないけど、
その光のおこぼれをもらうくらい許して欲しい。
都度自分の持つ暗い暗い場所に
目がいってしまうけれど、
それでも光の元は心地いい。
今のうちから次の探検が
楽しみになるようだった。
***
帰宅してスマホをつける。
そして早速Twitterに
これまでのことをずらりと並べた。
悠里「………ふぅー…。」
手足の指先が冷える。
悴んで上手く動かない。
布団にくるまる。
それでも足りなくて
祈るように指を組んだ。
暖かくなりますようにって。
どうか。
どうかこれまでのことを知って。
知って、そして一叶を止めて。
この計画全てをどうか。
そして明日もちゃんと
目覚めることができますように。
恐怖心を流すように目を閉じる。
真っ暗だ。
波の音がするのに暗いせいで
どこまで水が迫ってきているかわからない。
一寸先も見えないのだ。
それでも波に浸らないよう
音を頼りに浜辺を歩く。
朝日と顔を合わせることを願って。
ぎゅっとさらに強く目を瞑った後
目を開くと光が差し込んだ。
そのままひと想いに言葉を発した。
そしてまだ早いというのに
布団に潜り目を閉じるのだった。
---
みんなに聞いて欲しいことがあります。
私のこれまでのことです。
簡潔に伝えると私は実験に
参加している身であり、
去年度の参加・最中の行動は
全て指示されてました。
今日まで本当のことが
言えなくてごめんなさい。
私の言動に傷ついた方や
嫌な時間を過ごす方がいたと思います。
本当にごめんなさい。
昔家族で貧しい暮らしをしていた時、
父が実験に応募しそれに参加しました。
タイムマシンの精度の研究らしく、
しばらく保護された後現代に送られ、
今も生活しています。
なので平たく言えば未来人なんです。
あまり文化的な暮らしを
していなかったなのでなんとも言えませんが。
実験施設に保護してもらってからは
検査や投薬など準備が始まりました。
私と妹は双子でそのDNAの情報を
一致させたり、指定の髪の長さに
なるまで伸ばしたりと様々です。
4人家族だったのですが、
それぞれに指示が下っていました。
両親は主に妹より私を優遇するように、
妹には都度実験装置の手伝いなど、
私には指示通りに人間関係の構築、
言動を取ることが欲求されました。
その中のひとつにあったのが、
妹と入れ替われというものです。
去年度の結華の事故を
覚えている方もいるかと思いますが、
事実は妹を轢かせた後
私が入れ替わっていました。
指示書の通り妹は記憶喪失になりました。
DNA一致はこの時のためでした。
けれど、安定した生活の保護もあり、
家族の誰かが指示を破れば罰があって、
逆らうことが怖かったんです。
言い訳でしかないし、
どうせ破るんだったら
この時破ればよかった。
従わなきゃよかった。
年度末、私は指示を破って
勝手に行動しました。
私自身妹で居続けることができなくて、
このことを誰かに知って欲しくて
耐えられませんでした。
指示を破って、そしてその罰を拭うように
妹が実験者側の一叶の手で殺されました。
4月のオリエンテーションでは
私への罰の続きとして
施設内の学校の隔離施設に軟禁され、
酸素濃度を低くした場所で過ごしました。
被害者のみんなはもしかしたら
知ってるかもしれないけれど、
成山の部室棟の1番角の部屋です。
もし別の何かに見えたなら
扉の窓に加工が施されていたんだと思います。
一叶が長時間そこにいたのも
私を監視するためだと思います。
オリエンテーションが終わり
しばらく実験施設に保護され、
のちにまた一叶から現代に
戻るよう指示されました。
また緻密に設計された計画通り
動くことが欲求されるかと思ったけど、
今度は指示が一切ありませんでした。
自由になったはいいものの、
契約を結んだ以上
どこまでの自由が許されるのか
わかりませんでした。
数日間様子を見て、
色々な人に本当のことの一部を
話しても何もなかったので、
今回全部を話すよう決断をしました。
悪いことばかりしてきたけれど、
全部心の底から楽しんでいたわけじゃ
ないことを勝手ながら知って欲しかったのと、
一叶に注意していて欲しいと
伝えたかったんです。
一叶がみんなの中でどのような
立ち位置にいるか把握していないけれど、
普通に過ごしている以上
うまく溶け込むよう動いているんだろうし、
実験者側であることも
隠しているんじゃないかと思ってます。
なので伝えます。
一叶は実験者側で、
過去数々の不可思議な出来事を
引き起こしてます。
直接手を下したり起動させたりは
少ないかもだけど、
少なからず密接に関わっています。
そして信じてもらえないかもしれませんが、
一叶は実験者側の先生と
呼ばれる人が作ったアンドロイドです。
人間じゃありません。
私が指示を破ったことが原因とは言え、
妹を殺したことはどうしても許せません。
この計画を終わらせたいです。
全て失敗に終われば、
みんなもこれ以上苦しまなくて
よくなると思うんです。
どうかこの計画を終わらせてください。
○○○
杏「………は?」
一叶「どうしたの。」
杏「何これ。」
私の部屋に遊びにきて
ソファで寝転がっていた忽那杏は
飛び起きてスマートフォンを突き出す。
そこには槙悠里が
実験前から今日に至るまで
抱えてきたものを全て
インターネットで吐露した画面だった。
私が槙結華を殺したことや
私自身がロボットであることまで書いている。
槙悠里は本気で
この計画を壊そうとしている。
杏「これ…どういうこと。」
一叶「…。」
杏「ねえ、なんとか言ってよ。」
忽那杏が無意識に
速度遅くスマートフォンを下げながら
1歩1歩と後退りをした。
眼球が小さく揺れている。
動揺していた。
怯えていた。
私の幸せはここまでらしい。
杏「ねえ!」
一叶「…。」
杏「嘘なら嘘だよってそれだけでいいから。先月に初めましてした子よりうちは一叶のこと信じるよ。」
一叶「私のことを信じるの?」
杏「…っ。…付き合いは短いけど、それでも結構関わってきたし、仲良いと思ってるから。」
一叶「それは信じるに値する行動なの?」
杏「そりゃあ…。」
一叶「私からすると、それだけのことをしたから信じなければならないって言っているようにも見えるよ。」
杏「…!」
一叶「信じるかどうかはべき論ではないんじゃないかな。」
忽那杏は優しいことを
私はよく知ってる。
少しでも気持ちが楽になる言葉を選んで
発してくれることを知っている。
長い、それはそれは長いこと
関わってきたからわかる。
だからこそ、今尋常じゃないほど
私という異物に怯えているのもわかる。
忽那杏が私を信じるなら
私は嘘などつけようもない。
一叶「本当のことだよ。」
杏「…っ!?」
一叶「槙悠里の言っていることは全て本当。主観が入っているから多少は」
杏「何で……何でそんなことして………っ…全部、全部黙って…!」
スマートフォンを下げ、
強く握る手には力が入りすぎていた。
杏「だってうちはっ!」
声を荒げた。
喉の奥で声の粒がざらざらとしている。
杏「うちは、本当に友達だと思ってたのにっ!」
そう言って忽那杏は
私の部屋から飛び出して行った。
そうしたとて隣の家に戻るだけで
下手すれば翌日用意にも
顔を合わせてしまうというのに。
がらんとした部屋を見る。
1人で過ごすのには十分な広さだ。
一叶「普通を望む君からすれば怖いよね。」
2人で過ごすには狭かっただけだ。
先まで君が寝転がっていたソファに座る。
一叶「私はずっと友達だと思ってるよ。」
忽那杏はもうこれまでのように
時間が空く度意味もなく
私の家に来ることはなくなる。
何度もあった。
忽那杏が家に来ない期間が
長い時だってあった。
それでも今でもこう思い続けている。
君は私の友達。
近くにあったクッションを
膝下まで引っ張って、
体操座りをして顔を埋めた。
一叶「…そっか。」
°°°°°
そして信じてもらえないかもしれませんが、
一叶は実験者側の先生と
呼ばれる人が作ったアンドロイドです。
人間じゃありません。
°°°°°
人間じゃない。
槙悠里の言う通りだ。
一叶「今回はこうなったんだね。」
仕方がない。
槙悠里が選んだことであって
その先の君たちが選んだことだ。
私に懐いてくれた大切な被験者。
被験者と管理者を超えて
仲良くしようとしてくれた君の存在は
ものすごくありがたいものだった。
それに応えることができなくてごめん。
面と向かって謝ることもできなくてごめん。
仕事が残っている以上
どうしてもやり遂げるしかないんだ。
そうプログラムされているんだ。
間違えたのは先生か君たちか。
答えは長い間曖昧にしている。
けれど決着づけるべきことでもない。
答えを出すにはまだ道半ばすぎる。
一叶「どうしようもない。」
この選択も、これからの選択も。
舞台装置にはどうしようも。
もう嫌われることにも慣れたはずなのに
もう何とも思えないはずなのに
この瞬間とそれ以降には
噛み切ったガムからまやかしの風味が戻る。
どうしようもない味だった。
割れた青い心臓よ 終
割れた青い心臓よ PROJECT:DATE 公式 @PROJECTDATE2021
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