私の姉
七「あ!今日は糸だよ!」
悠里「本当だ。」
七「これ、いつまであるんだろうね?」
七は柵に括り付けられた糸を
つんつん突きながら言う。
針金とは違うので当然のように
蝶々の羽はぐにゃぐにゃに折れた。
悠里「多分だけど…今日までか、次までじゃないかな。」
七「なんでわかるの!?」
悠里「私の今までを見るならそうかなって。」
七「未来まであったらどうする!?」
悠里「ないよ。」
咄嗟に出た言葉で我に返る。
未来なんて何もと言っていいほど
考えていなかった。
実験は終わり、元の場所に帰って、
それでどうするのだろう。
いっそのこと実験の終わりと同時に
命ごと全て終わりにしてくれないだろうか。
なんて脳の隅で思っていたのが
そのまま出たのだ。
七は気にもとめていない…というより
未来の映像まではないと
純粋な意味で受け取ったようで、
否定されたからか頬を膨らませている。
七「えー、未来が見れるんだったらもっと面白いのに。」
悠里「未来は見れない方が面白いよ。」
七「そうかな?あ、でもこれから先探検するところが全部見えちゃったら嫌だね!」
悠里「え?あはは、そうだね。」
嫌味や僻み、暗い感情なく
ただただ光のような自分の意志を
疑うことなく従う七。
一緒にいればいるほど気は楽になる反面、
同じ時間を過ごすほど
羨ましいと思う気持ちが
少しずつ膨れていた。
それを覆い隠すように
そよぐ糸に手を添える。
そして、手慣れたように糸を解いた。
○○○
歌の活動を終了して数日。
明日から高校生活だと言うのに、
私と悠里の仲は
更に悪くなっていた。
昔からこうやって
歪みあっていたんじゃないかとすら思う。
部屋にふらっと入ってきた悠里にすら
いちいち無駄に怒りが込み上げる。
悠里「てかさあ。冷静に物事を見れるんだったらうちの話聞けよ。話があるっつってんだろ。」
結華「私に構ってないで要件だけさっさと言えばよかったのに。」
悠里「お前見るといらいらするんだよねー。仕方なくない?」
結華「そんなんだといつか人殺すよ。」
悠里「へへ、上等ー。」
結華「早く言え。お互い無駄な時間を過ごした。これ以上はいらない。」
悠里「へー、うちはまだやりあってもいいけどー?」
悠里がぺらぺらと喋る。
どれほど聞き流そうと思っても
耳に入ってきてしまう。
悠里「てかさ、何で3月末までしかできねえんだろ。」
結華「は?」
悠里「そりゃあさ、わかるよ。色々とこっちが動かないといけなくなるからってさ。」
結華「分かってんならそれだよ。」
悠里「でもさあ、悔しくね?」
結華「それでもいいって言って始めたのは悠里。それに、こんなに自由度を与えてもらえる方がおかしい。」
悠里「自由?ガチで言ってんの?」
結華「この生活、私は嫌いじゃない。」
悠里「やっぱお前とは合わねえわ。」
鬱陶しい。
そりゃあ悠里は期待されて
仕事も与えられているから
自由な時間が少ないのだろう。
わかってる。
自分の利用価値などとうにないことを。
利用価値も居場所すらも
悠里に奪われたことくらい。
鬱陶しい。
悠里はもちろん、
都度突っかかる自分にすら思う。
鬱陶しい。
自分の無力が目につく。
鬱陶しい。
鬱陶しい。
高校が始まって早々
私たちを保護した上の人々が用意したらしい
レクリエーションに参加させられた。
私と悠里を含めて6名。
私はその詳細すら知らず、
ただ実験の一環に関わる出来事が
その日に起こる程度しか知らなかった。
てっきり悠里もそうだと思っていた。
結華「…レクリエーションの詳細、私はあまり聞いてなかったんだけど、悠里は知ってた?」
悠里「知るかよー。結華と同じ情報しかありませーん。」
結華「Twitterで過去の分を振り返った。向こう側は親もいないの?」
悠里「いなかったよ。考えればわかるだろ。」
結華「何で言わなかったの。」
悠里「聞かれなかったし、それにお前が向こう側に行ったわけじゃないし。」
結華「何でいないの。」
悠里「だからぁ、自分で考えろって。どうせ答えわかってるくせに。」
結華「…っ。」
悠里「何でしてそこまでうちにこだわるんだか。わーけわーかりーまーせーん。」
ぱらら。
頭に来る話し方をしていたけれど、
私は見逃さなかったよ。
ギターを鳴らす悠里の手が
わずかだけど震えていたこと。
そこで長いこといがみ合っていて
大嫌いな悠里が久しくお姉ちゃんとして映った。
悠里は昔から
人一倍怖がりだったじゃないか。
すぐに手に出るのに、
それでも私たちのために
立ち向かってくれる姿がかっこよかったって
そう思ったんじゃなかったっけ。
けれど、悠里はそのことを悟られないように
声を被せるように言葉を放つ。
悠里「そんなに言うんならもこちゃんにでも聞けよ。おんなじ答えが返ってくるからさ。」
結華「…今のままで幸せ?」
悠里「は?」
これまで陽気になっていたギターが
床に打ち付けられる音を聞いた。
その姿を見た。
悠里は眉をこれでもかと顰め、
舌打ちを1度鳴らし
私の前へと立つ。
悠里「うちがこうして頑張ってるから、お前らはここで暮らせてんの。わかってない?」
結華「…全部が全部悠里のおかげじゃ」
悠里「わかってないよね。なら早く出てけよ。邪魔すんな。」
全部が悠里のおかげではなく、
少なくとも保護してくれた
上の人のおかげもあるからと
咄嗟に出た言葉を否定するように
強く突き飛ばされる。
少しでも希望を見た私が
悪かったのだろうか。
お母さん「ごめんね、結華。」
お母さんは泣きそうになりながら
いつものようにそう謝った。
お母さん「ちゃんと結華のこと、大切に思ってるからね…。」
結華「分かってるよ。大丈夫。」
あまりに悠里を贔屓するもので、
それが長いこと続き日常となっては
もはや上の指示だということも抜け落ちていた。
私のことを思っている。
そんなことは嘘だと思っていた。
°°°°°
2023/04/15
ついにオリエンテーションが始まった。
一応私がスマホの操作はすることにした。
本来の世界線であるBに集めることが
良さそうだけどどうなんだろ。
そもそも私に選択権があるのかすらわからないや。
あーあ。
指示通りに動くことしかできないからかな。
自分が消えていっている気がする。
---
2023/05/01
奴村陽奈と国方茉莉が変貌した。
多分これは■■■■の作った仕掛けなんだと思う。
2人が無事戻ってくることがあればいいなと思う。
最近自我がうるさい。
受け入れて諦めたはずなのに。
---
2023/05/04
これまであえて書いてこなかった。
どうせもこちゃんたちの目が届いて
消されちゃうんだもん。
うちら最初は喜んだけど
よくよく考えれば監視だし
全部全部指示通り。
これだってどうせ他の人からは
見えなくなっちゃうの?
私結華を殺すなんてしたくない。
結華のこと大切な妹だって思ってた。
でも■■■■やもこちゃんが
結華のこといじめろって。
結華から嫌われるために沢山アドバイス貰って
指示通りに動かなかったら今後の生活は保証しない
って脅された。
家族のこと好きだったのに
今じゃ何にも思えない。
全部変えられた。
全部■■■■のせいだ。
---
2023/05/08
吉永寧々に接触した。
確かに不幸オーラぷんぷんって感じ。
うんともすんとも言わない人形みたい。
なんか、私みたい。
いじめやすそうって思った。
°°°°°
学内にて、指定された教室で
ぼうっと突っ立って人を待っている時だった。
たまたま吉永さんか通りかかり
少しばかり言葉を交わす。
吉永さんはおずおずと
畏怖した視線を向けながら問う。
寧々「その、ここで何を…?」
結華「少し用事があって。ここ、先輩の教室なんですか。」
寧々「そうなんです。忘れ物を取りに来ただけでして。」
結華「すみません、勝手に教室に入っちゃって。」
寧々「誰もいないし大丈夫ですよ。…そういえば、何をされていたんですか?ずっと立ってたみたいですけど。」
結華「人と待ち合わせをしてまして。それがもうすぐなんです。」
寧々「この教室で、ですか?」
結華「はい。」
寧々「そうでしたか。そしたら私はすぐ出ますね。」
結華「お気遣いありがとうございます。」
吉永さんはそそくさと教室から去っていった。
怯えるように縮こまった背中が
嫌なほど強く印象に残る。
数分後、白くふわふわとした髪をした
側近と言われている方が
待ち合わせの教室に入ってきた。
私と同じ制服を身につけている。
時々顔を合わせる程度で
そこまで年上そうとは思っておらず、
こうして制服姿を目の前にすると
やはり似合っているなんて感想が浮かぶ。
「お待たせ。」
結華「とんでもないです。」
一叶「ここでは津森一叶と名乗らせてもらう。自由に呼んで。」
結華「では津森さんと呼ばせていただきます。」
一叶「そう緊張しないで大丈夫。一緒に校舎内の確認をするだけだから。」
結華「はい。」
津森さん曰く、1人で調査や確認をすることも
不可能ではないらしいが、
せっかくなら自分の目で
見ておきたかったとのことらしい。
てっきり出来損ないの私を
虐げるかと思いきやそうでもなく、
上の人である以上上下関係はあるものの
あくまで対等にいようとする気持ちが
あるように思う。
結華「本日はどうして私に声をかけてくださったんですか。」
一叶「悠里は今、別のことをしているからね。学内で自由に動くためには結華の協力が必要なんだ。」
結華「そう、でしたか。」
一叶「そんなに落ち込まないでよ。結華にしかできないことが今後あるから。」
結華「…!」
一叶「それと、この後学校の先生が通るから、同級生っぽく話を合わせておいて。」
結華「え。」
すると奥から先生が
教室から出てきた。
よりにもよって担任の先生で、
私の顔を見ては「あれ」と声を出す。
先生「こんにちは。これから何か用事?」
結華「えっと…。」
昔団子屋さんで交渉しようとして
全くうまくいかなかったことを思い出す。
今になって何故このことが
脳裏をよぎるのだろう。
すると津森さんは
肩の力を抜いて言った。
一叶「今更なんですけど、何か部活動に入ろうかなって迷ってて今回ってるところだったんです。」
先生「そうだったの!うちの高校は音楽科もあって部活動は盛んだからね。良さそうなところはあった?」
一叶「ほら、結華。」
結華「え!?えっと、バスケ部とか。」
よりによって何故それがと
自分ですら思った。
縁もゆかりもない。
おまけに私は運動が苦手。
隣で小さく肩を振るわせる
津森さんの姿がそれとなく見えた。
先生「いいじゃん!頑張れ!」
結華「ありがとうございます…?」
先生が去っていくと、
津森さんが脇腹を小突いた。
先生が見えなくなってすぐ
ぶは、と吹き出していた。
一叶「よりによってそれ?」
結華「自分でもびっくりしてます。」
一叶「ふふ、ふふふ。いいね、バスケ部。もう入ろうかな。」
これまで堅苦しい話しか
してこなかったため、
こんなふうに普通に笑うんだと衝撃を受けた。
結華「今後入学されるんですか?」
一叶「どうだろうね。」
結華「…私には教えてもらえませんか。」
一叶「伝えようにも、場所とタイミングが悪いんだ。だから今はお預け。」
津森さんはその後
屋上の方へと足を運んだ。
通常鍵が閉まっているはずで、
今回も例に漏れず1度がこんと
鍵の閉まっている音がしたのだが、
1分ほど待つとかちりと音がした。
まさかと思って津森さんの手元を
覗こうとするも、
既に取っ手を回して扉を開いていた。
一叶「綺麗な夕日。」
結華「そうですね。」
一叶「雨も今は降っていないみたいでよかった。」
結華「…。」
一叶「仕事はここでおしまい。後は自由にして構わないよ。」
結華「屋上はいつまで開けていられますか。」
一叶「10分。」
結華「なら、その間はここにいます。」
一叶「付き合うよ。」
結華「しかし…次の仕事があるのでは」
一叶「こうして時間をとって話すのも仕事のうちだ。」
津森さんは屋上の真ん中へと歩き
振り返って体をこちらに向ける。
日差しで光を含んだ瞳に宿る
特徴的な瞳孔がこちらを見ていた。
一叶「結華のこと、少し聞きたいんだ。」
結華「なんでしょうか。」
一叶「最近何か気づいたことや変に思ったことはない?」
結華「最近でだと特には。」
一叶「そう。よかった。じゃあ…そうだな。単刀直入に聞こうか。」
結華「はい。」
一叶「悠里に、変わってほしい?」
結華「…!…それはどういう意味合いですか。」
一叶「人として。人間性と言えばいいか、性格と言えばいいか。保護した当初に比べると、最も変化のあった人だからね。」
結華「……。」
一叶「無理に答えを出さなくてもいい。」
結華「……昔のように戻るなら…それは、多分戻ってほしいんだと思います。」
一叶「うん。」
結華「けど……。」
一叶「好きなように言っていい。たとえ罵るような言葉を使ったとしても全て無かったことにしておく。」
結華「…信じていいんですか。」
一叶「信じていい、と言っても疑うときは疑うものだから、好きにするといいよ。」
結華「……昔のように戻ってほしいとは思います。けど、今の悠里になったのは……どうしても悠里自身のせいだとは思えないんです。」
一叶「だから一様には言えない、と。」
結華「…はい。実験そのものを否定するようなことを…すみません。」
一叶「結華の感覚は正しい。」
結華「…!」
一叶「今の悠里は指示の元作られた虚像も同義。皆の前では演劇をしている。そうするよう強いている。」
結華「どうして…っ。」
一叶「実験に必要なことなんだ。それを悠里もわかってやってる。互いに承諾していることなんだ。結華にはこれまで心苦しい役を負わせたね。」
結華「苦しいと思っているのは悠里の方じゃないんですか。」
最近、やけに殺気立っていることが増えた。
暗い表情をたまにするようになった。
何かに追われるように
焦ったような顔をしている。
つい最近だって、手が震えて…。
これまで自分のことしか見えていなかった。
悠里の方が辛い。
気づけばそう発していた。
それを聞いて津森さんは何を思ったのか
優しく微笑んだのだ。
一叶「2人とも優しいんだね。」
結華「…。」
一叶「この実験が終われば、悠里の方からいろいろと言われると思う。謝罪や懺悔の言葉を多数。」
結華「…っ……。」
一叶「どんなに自分を卑下するような言葉だろうと、1度でいい、受け止めてあげて。その後許してあげること。結華にしかできない仕事だよ。」
結華「許せるのか…自信がないです。」
一叶「大丈夫。悠里のことを1番理解しているのは結華だから。同時に、結華のことを1番わかっているのは悠里たよ。」
結華「そうでしょうか。」
一叶「うん。」
自分のことはわからないとは
よく言ったもので
自分を1番知る人が
近くにいるとは限らない。
が、私たちは違う。
自分じゃわからない箇所を
互いがわかっている。
だから悠里にとっては
私が嫌がる言葉も突き放す態度も
全てわかっているのだ。
一叶「悠里は悪い人じゃない。」
結華「…。」
ころころと信じてしまうのも
よくないのかもしれない。
けれど今は悠里は自分の意思で
決めたことではあれど、
自分の選択した性格や生き方ではないと
わかっただけでも十分だ。
それだけで私はまだ
悠里のことを信じていられる。
あなたが最後まで演じるなら
それに付き合うよ。
それが私の仕事でもあるだろうから。
なら私は心の奥底から
悠里は性格の悪い人間になってしまったと
思い込むことにしよう。
結華「そんなこと、この世の中の誰よりも知ってます。」
°°°°°
2023/05/22
吉永寧々の兄の存在が消えたらしい。
私は関わりなかったし知らない。
前の世界と今の世界で変わらない。
人1人の人生って所詮そんなものだよね。
他人なんだよな、所詮。
家族も。
みんな。
---
2023/06/13
Vtuberをしてた時にコラボもした
奴村陽奈が声を亡くしたらしい。
歌うのが好きだったろうに、可哀想。
もう歌えないんだろうなー。
想像つかなーい。
でも、亡くしてもいいっていう勇気が
あったってことだよね?
その勇気がないなら惨く抗ってるはずだよね?
勇気がないのはすなわち諦めてもいい程度のものだったってことだよね?
私はそうはならない。
家族を守るために家族を捨てるから。
そうまでして何を守りたいんだろう。
矛盾に気づいてるよ。
もう。
°°°°°
悠里「あははー、可哀想。自分で何にもできないよぉーって?」
「か弱いフリとかいいから。」
「てかさあ、今日の昼休みにもかにぶつかったでしょ。謝んなよ。」
「そーだそーだー。」
悠里「へえ、そう。うちらに構ってもらえないとごめんなさいもいえないんだ?」
衝撃的な画を前に立ちすくむ。
自然に気づいた1人が耳打ちすると
悠里はこちらを向いた。
悠里「あぁー、出来損ないだぁ。」
結華「…。」
悠里「お前もやれば?」
結華「やらない。」
悠里「は?いい子ぶってんの?お前も根は同じだろうが。」
結華「…。」
いくらこれが演技だとしても
どうしても恨んでしまう時があった。
これも演技。
本物の悠里じゃない。
そう言い聞かせど
悠里の言葉選びは人を傷つけるのに適していた。
けれど、最近は特に
日に日に余裕のない雰囲気があった。
焦っている、というよりも
怯えていたり、怖がっていたりと
言った方が近い。
ほら今だって。
結華「…。」
手が震えてる。
ものすごく小さく。
°°°°°
2023/06/26
結華にいじめてるところを見られた。
これだって指示通りだし仕方ない。
そう。
仕方ない。
それは全てを諦めてない?
---
2023/07/04
今日が来てしまった。
来てほしくなかった。
ずっと、この計画を聞いた時からずっと。
全てを捨てる勇気を振り絞るから。
嫌だな。
嫌だな。
まだ槙悠里として生きていたかったな。
いや、それもいいや。
だって私として生きる価値はなくなっていたから。
だから、それはいい。
けどね、結華の人生を奪うことだけが心残り。
最後まで私、嫌なお姉ちゃんだったよね。
ごめんね。
°°°°°
一叶と結華があんな会話を
よりにもよって屋上でしているなんて
全く知らなかった。
当時の私は吉永寧々に関する指示で
あたふたと動いていた記憶がある。
結華の言葉に嘘がないのなら。
嘘じゃないなら。
全て本当なら。
悠里「七。」
七「ん?なあに?」
七は純粋無垢な眼差しを私に向ける。
もうすぐやってくる映像を見て
彼女がなんと思うのか。
…なんと思ったっていい。
最低なやつだと罵られても
人間の屑だと言われても
友達をやめると、人でなしと言われても。
なんと思って、そう言われたっていい。
悠里「…この後のこと、見てて欲しい。」
七「もちろん!」
悠里「押し付けだよね、こんなの。」
七「そうなの?でも私、悠里ちゃんのこと知りたいだけだよ。」
悠里「…そっか。」
す、と細い息が漏れる。
浅く浅く息を吸った。
悠里「私ね、多分…ずっと、誰かに知って欲しかったんだと思う。あわよくば何かの間違いで誰かが知ってくれないかって。」
七「誰にも話してないの?」
悠里「うん。話しちゃ駄目だったんだ。自分が辛いからってそれを外に出したが最後だから。」
七「そんなの悲しいよ。好きな時に友達と話したり話を聞いてもらったりするのってとっても大事なことじゃん。」
悠里「ありがと。…1年間は空いたけど、それを今させて欲しい。」
七「任せて!」
七は満面の笑みでそう返事をした。
彼女はたった今
私がいじめていた過去を見たはずなのに、
それを紐づけることをせず
たった今ここにいる私を見つめていた。
°°°°°
今日は登校する前に時間があったから
いつからか気が向いた時に書くようになった
日記を開いた。
恨みが止まらず苦しかった夜も
嬉しさが込み上げて留めきれなかった夜も
ここに閉じ込めてある。
結華「うーん。」
普段は夜に開くものだから
朝に開いたとしても
何を書けばいいかわからない。
普通の家庭に憧れている。
あなたを嫌っている。
自分に嫌悪感を抱いている。
その全ては実験という膜の上に構築されていて
それさえ剥がせばまっさらな土地なのだ。
外を眺む。
窓の外は夏の心地よい青。
心臓が高鳴るような瑞々しい色で、
一緒に歌で活動していた時のことを思い出す。
あの時の悠里はきっと作られていなくて
素のままの彼女だったと思う。
結華「…。」
何も書くことがない。
『いい天気』と書き加えておいた。
放課後、珍しく悠里の方から
鬱陶しいことに絡んできた。
悠里「今日は一緒に帰るよー。」
結華「…は?」
悠里「は?じゃなーくーてー。」
結華「部活は。」
悠里「休みまーすって言ってきたしー。」
結華「昨日も休んでたでしょ。」
悠里「なになに?うちは休んじゃダメって?結華は帰宅部で毎日休みのくせに?」思い出話でもしながら帰ろーよー。」
結華「嫌、何で悠里と…」
悠里「これ、指示だから。」
結華「…。」
悠里「んじゃあかーえろっ。」
結華「…。」
岐路を辿る間、出てくるほとんどが愚痴だった。
人として言ってはいけないラインを
軽々と超えるものばかり。
けれど決して実験についての愚痴はなかった。
悠里「んでさー。」
結華「聞きたくない。」
悠里「はー?」
結華「その話をしろというのも、全て指示?」
空が曇ってきたからだろうか。
…光の宿っていない目だった。
朝は晴れていたはずなのに。
悠里「は?んなわけないじゃん。」
結華「…!」
悠里「うちさぁー、最近立て込んでてイライラしてんのー。まじ愚痴を他人にぶつけたり、人見下してるとスカッとすんだよねぇ。」
結華「…そこまでクズだとは思ってなかった。」
悠里「見直してくれた?あーりーがとっ。」
結華「…。」
悠里「なになにー。しょげちゃったのー?」
結華「私と悠里は、何が違ったと思う。」
悠里「え?何急に。可愛さかなー、愛嬌かなー。」
結華「選ばれた理由。」
悠里「はい?」
結華「私と悠里は何が違って、何でお前が選ばれたのかがわからない。」
悠里「そんなこともわからないから選ばれないんだよ。」
結華「じゃあ悠里はわかってんの?」
悠里「もっちろんっ。それはねぇ。」
結華「…。」
悠里「残念、教えなーい。」
結華「…だろうね。」
悠里「はにゃー?だんだんうちの性格がわかってきたかにゃー?」
結華「…わかってるよ、とっくの昔に。」
悠里「ふうん。」
とっくの昔からわかってた。
ずっと一緒にいたんだし。
わかってたよ。
わかってた。
悠里「じゃあうちは最後まで嫌な姉になろうかなーっと。」
結華「…。」
悠里「結華ぁー。お前にはね、全て捨てるくらいの勇気がなかったんだよ。それが何を意味しているのか、わかったらよかったね。」
結華「…?」
その時トラックが
私たちを目掛けて突っ込んできた。
とん、と誰かの手が触れる。
悠里、だろうか。
そっか。
そうだったのか。
私の仕事。
私にしかできない仕事って──。
°°°°°
2023/07/05
今日から槙結華、私が引き継ぐことになった。
これからも報告は継続する。
以上
ひとつ、ずっと言いたかったことがあった。
でも飲み込んできたんだ。
家族のため、って。
もういいのかな。
どうか神様がいるのであればお願いです。
一生のお願いです。
結華の記憶を返してください。
私のことは助けなくていい。
地獄に落ちても当然の人間です。
それだけのことをしています。
指示だからと責任を持つことをやめ
なお人を傷つけました。
でも結華は何も悪くない。
何も悪くない人を
これ以上苦しめないで。
どうか。
どうか。
○○○
どうか。
七「…悠里ちゃん。」
どうか。
結華が。
悠里「………っ…。…ごめん…。」
七「…。」
悠里「…ぅ…ごめんなさい……っ…。」
とん、と背中に手が触れる。
七の手だった。
背を丸めて顔を覆う。
立っていられなくて、
膝に力が入らなくなって
崖を崩すようにその場にしゃがむ。
ごめんなさい。
ずっと言えなかった。
言ってなかった。
言わなかった。
言ったら全てが間違っていたと
認めるようなものだから。
だから自分に嘘をつき続けるためと
自分を守る言い訳を続けてきた。
もっと早く謝ればよかった。
許してもらえなくてもいい。
身勝手な謝罪にしかならないだろう。
だけど、もしかしたら結華なら
受け取ってくれたのかもしれないと
淡い期待を抱いてしまう。
自分では気づかないほどに
そのくらいあなたを信じていた。
ごめんなさいと吐く。
謝罪の言葉が何度も地面を叩く。
七はどんな顔をしているのだろう。
いつもと変わらないトーンにしようと
無理に明るくしている彼女の声がした。
七「私、妹ちゃんが最終的にどうなったのかまではあんまり知らないけど…でも、いいよって言ってくれると思うよ。2人とも正反対たけど、本当はずっと思い合ってて、お互い大切にしてたんだよ。」
悠里「………あれだけ…ひど、いこと…して……何を根拠に…っ。」
七「…だって、そうじゃなきゃ「悠里ちゃんは悪い人じゃないこと誰よりも知ってる」なんて言わないよ。」
悠里「…っ!」
七「そんなこと、誰よりも悠里ちゃんがわかってるはずだよ。」
兄弟って、姉妹って、
家族ってきっとそういうものだから。
七はずっと背をとんとんと撫でて
鞄を漁ってはハンカチを渡してくれた。
雫がコンクリートに降る前に
七は傘を渡してくれた。
しばらくぐずぐずと泣いたのち、
今回も糸が手元に残らなかったことに気づく。
手にはもう糸のかけらもない。
背後では自動車や人が
時折通っているようで、
血の轟々と巡る音の中に紛れて聞こえてきた。
七が静かに口を開く。
七「あのね、提案なんだけど…もし悠里ちゃんが嫌じゃ無かったらこのこと、みんなに伝えようよ。」
悠里「……え…?」
七「…悠里ちゃんが辛いだけで終わっちゃいけない気がする。」
悠里「伝えるって…。」
七「指示に逆らえなくて辛かった!って大声で言うの。具体的じゃなくても、これまで辛かったってだけでもいいし。あとは…。」
悠里「…?」
七が言い淀む。
彼女がそんなに口篭ることなど
これまでに無かったから不思議に思う。
束の間があり、七は息を吸った。
七「それと…こんなことは考えたくないけど…一叶ちゃんが本当に悪い人ならみんなに知ってもらおう?さっき津森さんって言ってたし…間違いないでしょ?」
悠里「…。」
七「それで本人に直接もうやめてって言いに行くの。それができないなら、ちょっと距離を置くとか…うーんと、何ができるかわからないけど、何かしよう!」
悠里「……味方してくれるってこと…?」
七「味方とかじゃないよ!友達としてできることをするだけ!」
まるで私の涙を見ていないかのように
いつものように明るい笑顔で
そう言ったのだった。
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