うつろの間違い

°°°°°





悠里「ずっと意地悪をしてきた。」


七「ずっとじゃないよ。ここ数年の間違いでしょ?」


悠里「思い出せないの。対等でいたことなんてなかったんじゃないかって。いつからかずっと結華のことを下に見てたの。下がいると安心した。だからこそ、結華が頑張っているところを見るともやもやした。私より利用価値ないくせにって。だから…。」



---



七「何でそんなこと言うの!」


悠里「…っ。」


七「悠里ちゃんのほうこそ嘘吐きだよ。私にはそう見える。」


悠里「何を根拠に。」


七「だって…だって辛そうだもん!」


悠里「……。」






°°°°°





悠里「…はぁ。」


1人で線路沿いの柵の前に立つ。

今日は、針金。

そしてひとりぼっち。

体を小さく震わせるような

涼しいを通り越した温度の風が過ぎ去る。


喧嘩をした、のだと思う。

これまで自分で選択した結果

喧嘩になったことはあっただろうか。

それこそ、映像に流れた中のひとつにあった

小学生の時同級生をぶった時

以来ではないだろうか。

それ以外の結華との言い合いも

中学生になって以降の

同級生とのちょっとした小競り合いも

高校入学以降のいじめや

それについての言い合いも全て

台本通りだったのだから、

本当に久しぶりで怖かった。


なんで大声を出したのだろう。

受け流せばよかったのに。

そもそもここに来る意味って何。

喧嘩してまで結華の見てきたものを

追っていたいのだろうか。

確かに前回ここにやってきた時の

Vtuber活動期あたりのことは

結華にとって案外悪くないものに

映っていたらしい。

それは知らなかったし、

私が思ってはいけないのだろうが

少し救われたような気にもなった。

が。

今後、私が結華をいじめ、

居場所を奪い、仕舞いには──。


悠里「…っ。」


それを見届けて何になる。

余計罪の意識が重くなるだけだ。


ならいっそ、針金を解いてしまって

どうにでもなればいいと思った。

結華のようになってしまうでも、

もう現実に戻れずとも。

何でもいいから。


針金に触れる。

ひんやりと冷たい感触が

指先から背骨まで伝う。


もし。

もしも、私と結華の役割が

全て逆だったのなら。

結華が全てを背負い私は蚊帳の外で、

学校でも家でも疎外され楽器も奪われ。

そして事故に遭わされる。

何もかもを忘れて、

けれど自分が絵を

描いていたらしいことを聞かされ

下手くそながらに描く。

自分を見つけるために、

どうにかして影を辿る。

結華がいつも付き添ってくれる。

それが指示とも知らずに、

優しい人だと盲信して。

そして最後。

結華の不祥事のツケが

自分に回ってくる。

まだ生きたかったかもしれない。

もう少しで自分を見つけられると

微かな光に手を伸ばしていたかもしれない。

明日が楽しみだったかもしれない。

それを一瞬にして奪い消し去る。

何の前触れもなく、あなたのせいで。


そんなやつ。


悠里「恨むに決まってる。」


針金から手が落ちる。

悴んだせいか力はとうに入っておらず、

針金を解くことなく宙を漂った。


今日も天気が悪い。

ずっと天気が悪い。

いつになったら晴れるのだろう。


悠里「結華。」


歌で活動する時の自分たちの名前と

その由来を覚えてるだろうか。

私はシエロで、結華がマル。

それぞれ空と海で、

グループ名だったコラゾンアズリは

青い心臓という意味だった。


あれ、結構好きだったよ。

海が結華なのはものすごく納得してた。

深くまで考えて、

その上で静かに見守ってくれることが

多かったのを覚えてる。

多くは話さなかったけれど、

気遣ってくれていたのはわかっていたつもり。

最後の方は衝突だったり

関係性が崩れたりといろいろあったけど、

私、結華に。


悠里「…。」


支えられてきた、なんて

今更綺麗後でまとめすぎか。


喉がつっかえる。

ごめんのひとつも言えず、

そのまま踵を返して

帰ろうとした時だった。


「悠里ちゃんっ!」


悠里「…っ!」


いつからか俯いていた顔を上げる。

すると、何故かそこには

制服を身につけたままの七が

肩で息をしながら

足を肩幅に広げ立っていた。


悠里「何で」


七「クラスルームが長引いて遅れたから走ってきた!」


悠里「違う、そう言うことじゃなくて。だって…」





°°°°°





悠里「…もういいよ。」


七「…。」


悠里「これから先、話しかけないで。仲良くしないで。探検も誘わないで。ここには1人で来る。」





°°°°°





悠里「だって、これからは私1人で来るって言ったでしょ。」


七「お互い1人で来たし!私、誘ってもないし!話しかけはしてるけど、友達と会ったら挨拶するの当然だし!」


悠里「何その理由…。」


七「あの!」


七は大股でこちらまで歩いてきては

ぴたりと私の目の前で止まった。

あまりに真剣な顔つきで迫られ、

数歩おずおずと退いてしまう。

何を言われるのかと思えば、

がばっ、と頭を下げた。

自由に跳ねた髪の毛が

勢い余って空中に散る。


七「ごめんなさい!」


悠里「え。」


七「この前、強く言いすぎた!私の考えは変わらないけど、でも多分もっと言い方あった気がする。だからごめん!」


悠里「あれは私が勝手に声を荒げただけで…。」


生唾を飲む。

咳が出そうになった。

その後どんな言葉を

続ければいいのかわからず黙ると、

七は顔を上げてタイミングを

伺ってから話し出した。


七「あと、悠里ちゃんともっと仲良くしてたいから気まずいまんまで終わりたくない。」


悠里「他に仲良い子や気になる子はいるでしょ。」


七「1人だけ特別仲良くないといけないってわけじゃないし、気になる人とはみんな仲良くなっちゃえばいいじゃん!」


と言ってすぐに「はわわ」と

口元を覆った。


七「こういうのが多分よくないんだよね。決めつけちゃう感じ。怒らせちゃう。」


悠里「……ふふ。」


七「あ、笑ったなー!」


悠里「いつまでも迷ってるような人にとっては、これはこうだよって断定したり決めたりしてくれるのは助かると思うよ。私だってそういう場面多かったし。」


七「そうなの?探検も強引だったかもって最近思い始めてたところだよ。」


悠里「まあ…それはそうかもしれないけど。でも暇だったし、悪くなかった。」


七「そっか!ならいいや!でもね、嫌だったら相手も言うだろうって思って押し通してたこともあって。」


悠里「言えない子だったってこと?」


七「そんなことはないんだけど、そういう場面が多かったみたい。周りの人が言ってたんだ。」


悠里「押し付けられるまで来るといい感情を抱く人は少ないと思うよ。」


七「だよね…。だから、今回は無断で来ちゃったり無理矢理だったけど…悠里ちゃんと仲直りして次からまた一緒に探検しようって言いに来たの。」


七の目は真っ直ぐで、

まるで太陽の日差しのようだった。

まだ出会って数日ほどしか

顔を合わせていないのに、

嘘偽りない言葉だと

信じていいのだと思えてしまっている。


私が人を信用していいのか。

できるかどうかではなく、

していいのか。

それすらも選んでいいのだ。


私はもう鳥籠にいない。

人形でも役者でもない。

演劇はもうやめたのだ。


悠里「……私の方こそごめん。」


七「…!じゃあじゃあ、また一緒に探検行こう!」


悠里「…うん。」


刹那、七の体が少し縮んだかと思えば

反動をつけてジャンプして

勢いよく私の方へと飛び込んできた。

鞄や彼女の体の反動で

数歩よろけてしまうが、

それも嫌じゃなかった。


それからすぐに離れては

「今日は針金なんだ」

「じゃあすぐ帰る?」

と顔をのぞいて聞いてくる。


悠里「すぐ帰るとか提案するんだ。なんか意外。」


七「じゃあじゃあ探検する!?しよう!?」


悠里「今日は少しだけなら。」


七「わーい!でも昨日もこの辺歩いたからだんだん飽きてきちゃったよー。」


悠里「昨日…?…私が来るかもって思ったから?」


七「そう!勘が外れちゃった。けどねけどね、おっきいわんちゃんがお散歩しててねー」


彼女の鞄は何度見ても

重力が仕事をしていないかのように

軽そうに見える。

そのくらい七は身軽で

楽しそうに歩いている。

その楽しいを分けてもらうように

できるだけ近くに寄る。

これまで暗い部屋にいたけれど、

日にあたれば少しくらい

変わるんじゃないかと期待しているのだ。

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