私の相方
今日も2日に1回の恒例となった
線路沿いに括られた蝶々結びの調査に
向かっていた。
変わらず七も同行してくれており、
今日は学校がなかったために
私服姿で隣を歩く。
動きやすさを重視しているのか
いつだってパンツを履いているのには
妙に納得がいった。
七「あ!今日もある!」
七はいつもの柵を見つけて駆け寄った。
その後を追うと、
今日は糸が結び付けられていた。
七「今日は針金じゃないんだね。」
悠里「前回だけ…?」
七「わからないよ!これから先だってあるのかもしれないし!」
悠里「これから先…どのくらいの期間あるんだろうね。」
七「うーん。今まで見てたのって悠里ちゃんの過去編みたいな感じ?」
悠里「そう。」
七「じゃあ未来編もやるのかな!?」
悠里「自分が死ぬところってあんまり見たくないな。」
七「確かに…じゃあじゃあ今日までがいいね!」
悠里「…私はもう見なくていいけど。」
七「全部知ってることだからつまんない?」
悠里「…さあ。」
答えを出すことが面倒になってしまった。
自由に対する怠惰でしかないのだが、
今だけは甘えて判断を避けた。
選べるのなら選ぶべきだ。
それが過去の私が望んだことだ。
しかし、いざそれが与えられれば
なかった方が良かっただなんて思う。
結局はないものねだりをしている時が
1番苦しく1番幸せなのだ。
ねだるだけでいいのだから。
こんなわがままが許されてしまう現状が
とてつもなく楽で歪なことに畏怖しながら
糸の隅を持つ。
悠里「解くよ。」
七「うん!」
あと何度あるのだろう、
糸を静かに解いた。
○○○
新しい家が与えられた。
というのも、タイムマシンで
送られた先で暮らすための場所だ。
個室があり、それぞれ
防音室になっていて
深夜に楽器の練習をすることも
できると伝えられた。
それを聞いてお姉ちゃんは
…悠里は喜んでいたけれど、
対して楽器もしていない私は
全くと言っていいほど
その利点を利点と捉えられなかった。
私たちは中学2年の年齢になる頃、
転送先の中学校に転入生として
通うようになった。
住所や戸籍といった難しいことは
全て研究所の方が
抜け目なく準備したらしい。
不都合なく充実した生活を
送ることができていた。
感謝しても仕切れないが、
家族の中でのカーストのようなものは
顕著に表れるようになっていった。
何をしたって悠里を上に立てた。
私の方がテストでいい点数を取っても、
家事の手伝いをしたとしても
悠里を過剰に褒めるのだ。
すごいね、悠里はできる子、と。
反して私は駄目な子とまでは
言われることはなかったけれど、
褒められることもほぼなかった。
お母さんは時折辛そうな顔をする。
急な環境の変化に
体調がついていかないのだろう、
鋭い目つきで私に視線を
寄越すことがままあった。
時間が経つほどに開く家族内の差に
嫌悪感が積もり始めた頃。
私は大好きだったはずの悠里に対して
段々と冷たい態度を
取るようになっていた。
信念や大好きを曲げ、
悪態をつく自分も嫌になる。
そうだ。
自分が嫌になり始めていた時だった。
ノックもなく部屋に入ってくる足音。
こんなことをするのは
悠里だけだとわかっている。
机に向かったまま放置していると
どうやら私のベッドに
腰掛けたらしい音がした。
悠里「ねー、吹奏楽部入んねー?」
僅か、心が躍った。
一緒にまた楽しく過ごせるかも、と。
けれど、そんな感情に鞭を打つ。
結華「どうせ悠里の飾りにされるんでしょ。それに上の人がなんて言うか」
悠里「もこちゃんは良いって。でも高校に入ってすぐで駄目になるけど。」
結華「じゃあなんでやるの。」
悠里「思い出作りっていうか?なんか暇じゃん?」
結華「どうせ駄目になるのに。」
悠里「じゃあお前なんで絵を描くの?あんな変な絵。どうせいつかは死ぬのに。」
思わず悠里の方へと振り返った。
休日の昼間。
カーテンを開いているはずなのに
悠里の目に一切光が差し込んでいなかった。
そんなことお構いなしに席を立ち
彼女の胸ぐらを掴む。
結華「取り消して。」
悠里「はいはい、死にませ」
結華「変な絵って言ったこと。」
腹の底から濁った何かが
膨れ上がるのがわかった。
昔のお姉ちゃんに対して失礼だ。
ようやくわかった。
私は今の悠里は好きじゃない。
嫌いとはまだ言い切れない。
昔の悠里と照らし合わせているのだろう。
けれど、彼女の中にもう
昔の悠里はいない。
見知らぬ人として
折り合いをつけて関わるべきなのだ。
悠里は僅か目を見開き、
そして私の手を払った。
念押しするように
「活動するのは決まってるから」と言い
じゃあ何故私に許可を取るような口ぶりで
話しかけてきたのかと思ったが、
そのまま部屋を後にしてしまった。
その日、一段と大きいカンバスを取り出し
真っ白な絵の具を撒き散らした。
床が汚れないよう新聞紙を引いていたが
それを遥かに越して飛び散った。
顔にも跳ねた。
真っ白な毒だった。
画材にかかる値段も時間も
何も考えずにぶちまける。
ハケを使うのも邪魔に思えて
手でぐちゃぐちゃにした。
白に触れたら白に染まれるんじゃないかと
盲信していたのだ。
が、そんなことない。
白色が付着し、表面で固まるだけ。
学校に行くことすら忘れて
2、3日ひたすら絵の具に塗れた。
それを最後に描くのをやめた。
変な絵だった。
最後になればなるほど、
明瞭な形のない変な絵ばかりになった。
結華「…。」
もっと綺麗な絵が描けたのなら。
もっと私自身の考え方が前向きで明るくて
綺麗なものだったのなら。
私の好きな絵になったのかな。
悠里に変な絵と言われずに済んだのかな。
好きって言ってもらえたかな。
悠里に、この絵好きだよって。
結華「……さよなら。」
いつからだっけ。
一人称も変わって
おしゃれに興味を持つようになって。
別人のようになっていくのを
日々見守ることしかできなかった。
もう、手遅れになってしまった。
今度は私が助けたい。
変わっていくあなたをどうか昔のままに。
そう思った私が馬鹿だった。
絵は近くの展示会に出すことにした。
私なりの区切りだ。
その後その絵がどうなったのか
あまり覚えていない。
あんな汚れ切った絵など
さっさと燃やせば良かったのに。
後になって後悔した。
描き終えてからはまた学校に通い始めた。
いつも通りだった。
私が休んでいる間も無論
悠里は学校に通い続けていたらしい。
休むことなど1度もしない人だったな。
°°°°°
2021/06/30
ちょっとこの生活に慣れた。
ってか他の人間がいるの目新し過ぎてたのしー。
どこにいっても人間がいるの!
もはや気持ち悪ーい。
---
2021/10/02
いじめてみたー。
案外スカッとするねーこれ。
親も注意してこないことはわかってるし
悪事が許されるってさいこー。
選ばれた特権って感じ?
おもしろ。
あー、つまんな。
---
2022/03/22
結華が絵を描くのをやめた。
最後の最後まで何を描いてんのかわかんなかった。
病気なんじゃね?こいつ。
無駄なことばっかしていいなぁー。
私の立場も役回りも知らないくせに。
私だってこんなことしたくないし。
いいなあ。
知らないっていいなぁ。
°°°°°
半年ほど経った頃。
また悠里は突飛なことを言い出した。
悠里「ねね、Vtuberってやつやろ。」
結華「え?」
悠里「え?って。」
結華「動画作るって事?」
悠里「いや、歌がいい。うちら音楽好きだし。」
結華「私はそんなに歌聞かないけど…。」
悠里「でも音楽の授業好きだったじゃん。」
結華「授業だから多少真面目にやるでしょ。」
悠里「わかってないなぁ。双子でやるってそれっぽいじゃん。希少性って言うの?それ狙ってこって話。」
結華「まだやるって言ったわけじゃない。」
悠里「決定だから。うちが決めた。」
初めは本当に嫌だった。
悠里のいじめの一環だとすら思った。
その頃にはすでに彼女のすること全ては
私に対するいじめだと映っていた。
けれど、家族誰1人も注意しない。
むしろ加担するかのように無視をする。
だからその地続きだと
これまでの行動を信じて止まなかった。
が。
悠里「見てこれ。」
結華「ノックしてから入れって。」
悠里「うるさい。いいからこれ。」
結華「何これ。」
悠里「再生回数。やばくない?うちらの歌聞いてる人がいるんだよ。」
結華「へえ。」
悠里「なんかこう、もっと感動とかないの?」
結華「期待してないしそんなに。」
悠里「えー…。」
結華「そっちこそ意外。1万再生とかいって漸く喜びそうなのに。」
悠里「好きなことが届くのは嬉しい。」
結華「…。」
お前は私の好きを否定したのに。
喉まで出かかってやめた。
何せ、悠里がきらきらした目で
自分たちの歌った動画を見つめていたから。
意外だった。
歌を届けることに意味を感じるのも、
それを私に共有するのも。
確かにイラストをお願いしたり
選曲したりMIXしたりも
全て悠里がしている。
反面、私は指定された曲を歌うだけ。
思い入れがあるのもわかるが
これほどとまでは思っていなかった。
そもそも乗り気じゃなかったのに、
少しだけ良いものに思えた。
°°°°°
2022/06/27
この時代ってVtuberやばいほど流行ってんだ!
なんかおもしろそー
もこちゃんに聞いてみよっかなー
もこちゃんから許可降りたって!
正確には■■■■から許可が出たって感じ。
来年度始まるまでは好きにしていいんだって!
やったー絵師さんさーがそー。
---
2022/07/02
諦めきれなくてやることにした!
後結華誘うー。
双子ってなんかそれっぽいじゃん?
それに準備中ってアカウントが
流行ってるらしいからやってみた!
マジでこの時代わからないー。
準備中なのに人と絡みまくって
立ち絵公開してるのは一体何?
YouTubeで動画上げてなかったら
それは準備中ってこと?
てっきり立ち絵公開までの期間を
ちょっと見せるよーみたいなやつかと思った。
ガッツリ活動してんじゃん!
---
2022/07/16
アイコンと立ち絵公開した!
この時代はLive2D作るのも
めちゃくちゃ苦労するらしいねー。
んじゃ外注するのもお金かかりすぎるし
駄目って言われちゃうかなー。
でもお金が原因じゃなさそうなんだよなあ。
もこちゃんに言ってみたら
それは無理だねそのまま頑張れだって。
意地悪!さいてー!もこちゃん嫌い!
改めて自分のキャラ見てると感慨深い!
絵師さんってすごーい。
そういえば結華も絵を描いてたなあ。
もうやめたって言ってたけど。
いつだかなー、結華の絵が好きだったって
記憶は残ってるんだけど
今はあんまそう思わないんだよねー。
時の流れってこわーい。
---
2022/08/21
もこちゃんに言われてヒント残せだって。
もうこれ日記じゃないよね?
なんで書かせてるんだろ。
慣れてきたからもういいけどさ。
ヒントなんだけど、
今まであなたが開いたページにあるらしいよ。
見つけてねって言っといてって
もこちゃんが言ってた!
これ必要あるのー?
誰かもわからないあなたに向けて
これを書いているんだー。
変な気持ち。
じゃ、またここで待ってるね!
---
2023/03/31
解散したよ。
楽しい数ヶ月間だった。
まだまだ歌ってたかった。
結華だけでもいいから
これから先自由に生きてほしい。
なんて無理だけど。
だって私が奪うんだもん。
°°°°°
結華「…。」
何となくまっさらだったノートを手に取る。
そして思ったままの言葉を並べた。
明日から新しい生活が始まる。
実験が始動するらしい。
今回私にはほぼ指示は降りていない。
唯一頑張ったのって
去年の4月やそのあたりじゃないだろうか。
今後のことは何もわからない。
けれど、悠里は多分
頑張っているのだろう。
その結果狂ってしまっただけだと思いたい。
半年間一緒に歌って活動してきて
悔しいことに楽しいって思う瞬間があった。
確かに楽しかった。
嘘じゃない。
憎いこともあった。
それはそれは数えられないほどあった。
けれど、半年間の活動に限っては
間違いなく宝物なんだ。
昔に戻ったような気がした。
久しぶりに2人で笑った時間があった。
それだけでよかった。
それがよかった。
それが嬉しかった。
それが全てだった。
終わってほしくなかった。
結華「…。」
楽しい時間は終わるもの。
ならば苦しい時間だってきっと。
悠里と過ごす時間は基本
苦しいものとなってしまったのは悲しいが、
いつか実験が終わったその後は
また昔のように仲良くなれるような気がする。
悠里も笑ったから
完全な手遅れではない。
またいつか笑い合えるその日まで
私たちは歪んだままでいよう。
いがみあったままでいよう。
半年間の相方、悪くなかった。
結華「……悪くなかった。」
ノートを閉じた。
○○○
悠里「…っ!」
初めて結華の考えていることを
しっかり見聞きできた気がする。
変な絵と言ったことを
そこまで気にしているとは思わなかった。
私の言葉がきっかけで
絵をやめただなんて思わなかった。
ただ飽きたのだと思った。
私の戯言などとうに
気にする価値もないと
捨て去っているのだと思っていた。
光ひとつ入らないよう
カーテンを閉め切った部屋の中、
食事もろくに取らずこもって
あの絵を完成させていたなんて知らなかった。
それを、指示がないのを羨ましいと
浅はかな言葉で隠蔽してしまった。
愚かだ。
今後の出来事が左右しないよう
結華にあの絵を描いてもらうことが
ひとつの目標で、
達成しては次のことを移っていたら
いつの間にか描かなくなっていた。
気づかなかっただなんて
言い訳でしかない。
心の壊れる音が静かすぎたのだ。
結華も私も。
七「よかったね。」
悠里「何がっ…!」
七「最後、笑ってたよ。ノート書いてた時。」
悠里「…っ……よくない、何にも良くないっ!」
七「良くないの?」
素朴な疑問のように
七は首を傾げて言った。
まるで何が悪いのか
わからないといった様子だった。
悠里「良くないっ!どう見たって…っ。」
七「楽しいは嘘つかないよ!」
悠里「活動はそうだったかもしれないけど、その他の…家のことはどう見たって良いものじゃない。」
七「…2人とも最初見た時よりは仲は悪くなってるし、パパやママも酷い。」
悠里「……それに甘んじていた私も、でしょ。」
七「うん。悪い。」
悠里「…。」
七「でも言ってたじゃん。『悪くなかった』って。それに楽しいことあったって書いてた。悠里ちゃんも見てたでしょ?」
悠里「そんなの……そんなの、結華の嘘に決まってる!」
七「嘘じゃないよ!何で1人でいる時に嘘つく必要があるの?全部を嘘にするなんて意地悪だよ。」
悠里「…っ!」
それは結華を信用していない証拠だと
突きつけられているようだった。
七は決して私に非があると
詰めているわけではない。
悪い人だとは言った。
が、責めているわけじゃない。
なのに。
その全てを否定的に捉えてしまう。
結華の言葉も行動も
全て私を恨んでいるものにしか見えない。
そうとしか見ることができない。
結華との楽しい思い出を、
楽しかったはずの出来事を
綺麗に思い出すことができないのだ。
悠里「ずっと意地悪をしてきた。」
七「ずっとじゃないよ。ここ数年の間違いでしょ?」
悠里「思い出せないの。対等でいたことなんてなかったんじゃないかって。いつからかずっと結華のことを下に見てたの。下がいると安心した。だからこそ、結華が頑張っているところを見るともやもやした。私より利用価値ないくせにって。だから…。」
だから、
事故に遭う計画は正解?
私のせいで命を奪われるのは
正解だった?
言葉が止まらない。
聞いて欲しいと言わんばかりに。
同時に、私を悪者にしてと。
その方が楽だからと。
良い人をされる方が辛いからと
押し付けるように。
その瞬間、七が私の鞄を引っ張った。
足が揺らぐ。
眉を吊り上げ、怒りを露わにしていた。
それで良い。
それがいい。
七「何でそんなこと言うの!」
悠里「…っ。」
七「悠里ちゃんのほうこそ嘘吐きだよ。私にはそう見える。」
悠里「何を根拠に。」
七「だって…だって辛そうだもん!」
悠里「……。」
鞄から振り払う。
もう力を抜いていたようで
最も簡単に手が離れた。
悠里「…もういいよ。」
七「…。」
悠里「これから先、話しかけないで。仲良くしないで。探検も誘わないで。ここには1人で来る。」
七はまた何か言っていたけれど、
全てを無視するように
走ってその場を去った。
逃げないと。
逃げないと、心が潰れてしまいそうだった。
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