うつろの選択
七「よし!今日も行こー!おー!」
悠里「相変わらず元気だね。」
七「天気が悪いならもっと元気出さなきゃ雲で潰れちゃうもん!ってテレビで誰かが言ってた!」
悠里「そうなんだ…?」
七「ほら、おー!」
悠里「おー。」
七「うーん…及第点とする!」
今日も七と集合し、
例の線路沿いへ向かうことになっていた。
文化祭も終わり、
定期テストも過ぎているので
放課後は暇で暇で仕方がない。
曇天の下、シノジョの制服を着た七が
鞄を鳴らしながら歩く。
悠里「何で探検に行くのは毎日じゃないの?」
七「用事があるの!」
悠里「そうなんだ。」
七「学校の先生のお手伝いとか、ボランティアとかに行ってるんだよ!」
悠里「お手伝い…?」
七「うん!動物がいるからそのお世話とか、部活で人が足らなかったらそこに入るとか、生徒会室にプリント持っていくとか。」
悠里「体力を使うことばかりだね。」
七「体動かすの好きなんだ!」
悠里「ボランティアは何してるの?」
七「おじいちゃんとおばあちゃんと遊んだり、ちっちゃい子に読み聞かせしに幼稚園に行ったり!あとは地域の清掃とかゴミ集めとかたまにしてるよ。」
悠里「すごいね。」
七「楽しいよ!色んな人と話せるし、色んなところに行けるんだもん!」
悠里「それを楽しいって思えるのがすごいんだよ。それで勉強もしてるんでしょ?」
七「うげ。」
悠里「え?」
七「きょっうはねーこちゃーん、いっないっかなー!」
悠里「苦手なんだ。」
七「だって!あれは未知の言語だよ!最近友達に教えてもらって歴史は面白いかもって思えるようになったけど!」
悠里「歴史かぁ…。」
七「なんで!駄目?」
悠里「英語や数学が得意なら結構受験に役立ちそうだなって思っただけだよ。」
七「役立つかどうかで勉強してないもん!」
え、と衝撃を受け
思わず足が止まりそうになる。
いつの間にか隣に来て
眉を吊り上げて話している七は
当然だと言うように
ふふんと鼻を鳴らした。
七「面白いのが1番!」
悠里「そうだとしても、苦手なのもやんなきゃ。」
七「必要ならやる!」
悠里「大学受験はするの?」
七「わかんない!決めてないよ。でも、探偵になるからそういうのを勉強できるところがあるなら行きたい!」
悠里「探偵……?」
七「うん!パパが探偵事務所開いてるの。だからそこを継ぎたいんだ!継がなくとも、私は探偵になるの!」
悠里「……。」
無理だよ、と
口から出かかってやめた。
目をきらきらと輝かせて話す
彼女を前にして、
否定の言葉を吐くのは憚られた。
きっと無理だと言われたとしても
そんなことないと返すのだろう。
そうだとしても、
改めて言わなくていいことだと思った。
なりたいではなくなる、と
断言しているのが彼女の強さだと感じる。
私にはない。
あれになりたい、これになりたいも
もうなくなってしまった。
あとは実験が終わるその日まで
耐えて、耐えて耐えるだけ。
終わったあとはどうするのだろう。
元の場所に帰って…それで。
それで、一体何をするのだろう。
悠里「いいな。」
七「悠里ちゃんも探偵になる!?」
悠里「あ、ううん。そっちじゃない。」
七「なーんだー。」
靴音が電車の走り去る音に吸い込まれる。
彼女と話していると
自分の中に強い影が生まれる気がする。
それは今の私ではなく
大抵過去の私の姿をしていて、
貼り付けた笑顔が気持ち悪い。
けれど、それが正解だったのだ。
正解だったはずなのだ。
考えている間に
いつも糸が結び付けられている場所に着いた。
今日は風もほぼないから
糸は揺らめいていないのだと思った。
しかし、近づいてみれば
僅かな光を反射している。
やけに艶やかなそれは糸ではなく、
今回は何故か針金が
柵に蝶々結びされていた。
七「あれ、いつもと違う?」
悠里「糸…じゃないね。」
七「つんつんしてる。なんかあれみたい、クリップをびゃーって伸ばしたみたいな!」
悠里「うねうねはしてないからクリップを伸ばしたわけじゃなさそうだけど…針金っぽいね。」
七が蝶々結びの足を
指でつんつんしている。
「痛い!とんがってる!」と
思っている以上に強く刺してしまったのか
勢いよく言葉を発していた。
七「何で今日は糸じゃないんだろう?雨が降りそうだからとか?」
悠里「それを言ったら一昨日だってずっと晴れってわけじゃなかったよ。」
七「じゃあランダム?」
悠里「さあ…。」
七「解いてみようよ!」
悠里「え。」
七「何か起こるかもしれないし!」
七はそっと針金の足を持った。
普段は私に解くよう促していたが、
今日に限っては好奇心が
止められなかったらしい。
糸を解く。
結ばれていた糸を。
すると私と結華の過去が
何かしらの形で投影され
主に結華が私といない間のことを
見ることができる。
結華を紐解くかのように、
今更になって知ることができる。
考えまではわからないが、
行動は把握できる。
が、今回は糸ではない。
針金は。
咄嗟に七の手を掴む。
針金の蝶々は硬く結ばれていたのか
簡単には解けなくなっていたようで
胸を撫で下ろした。
悠里「やめよう。」
七「どうして?」
悠里「おかしいよ。理由は上手く言えないけど、嫌な予感がする。」
七「嫌な予感…?」
悠里「…これまでは事実ベースの映像だった。けど、例えばその針金の方は嘘の情報だけの映像かもしれない。」
七「嘘だってわかって見れば大丈夫じゃないの?あ、でも悠里ちゃん自身が映像に出てこなかったら嘘かどうかもわからない…?」
悠里「それにもし本当に嘘だったとしても、私はそれを信じて嘘を本当にしてしまうと思う。」
七「……怖い?」
悠里「…ごめん。」
七「本当に駄目そう?」
悠里「うん。」
七「わかった。」
意外にも七はすっと手を引いた。
彼女の腕から手を離す。
すると、踵を返して
探検に行こうと言うように
数歩歩いて振り返り手招きをした。
私以外の周りが反応するように
近くの草木が僅かに揺れる。
七「何でもかんでも突っ込んで怖くなくなるなら、みんな恐怖なんて感じないよね。」
悠里「……意外。」
七「え?」
悠里「引いてくれるんだ。」
七「ふふーん、大人でしょー。…っていっても、最近指摘されることが多くて。少しずついいラインと駄目なラインを勉強してるんだ。」
悠里「相手が嘘つきだったら?」
七「騙されちゃうけど、悠里ちゃんはわざと騙さない!そんな気がする!」
にかっと笑う彼女の背では
雲の奥の夕日が徐々に街に落ちていく。
これでよかった。
よかったはずだ。
間違いはなかったはずだ。
何が間違いかもわからない人生の中で
未だ正解を探って怖がっている。
何かを失敗すれば
家族が危険に陥るのではないか。
それとも自分が──。
はたまた、もう何も脅されていないのに
環境に慣れてしまったが故に
無駄に怯えているだけか。
正解がないって、
正解だと伝えてもらえないのって怖い。
こんな中去年のみんなは
過ごしていたのかと思うと、
一層心が苦しめられる。
リュックの紐を強く握りしめ
七の背中を追うのだった。
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