私の大切だったはず

寒くなっていく日々を横目に

何日目かの学校生活を送る。

当たり障りのない会話をしたり、

必要なければ誰とも話さなかったり。

2年生の秋なのだからと

受験の話もぱらぱらとされる。

考えなければならないことは

きっとたくさんあるはずなのに、

私の頭の中には

数日前に結華との昔の話を見て

考える以外の余白がなかった。


数日前、七と探検に行ったところ

糸が柵に括られていた。

それを解いたところ、

あたりは一変し

私が…私と結華が昔暮らしていた

街の景色になったのだ。

ホログラムあたりの

何かだろうとは予測がつく。

七に連れられるまま

自分らの過去を眺めた。


外から見る自分たちは

思っている以上に親しげで

いつも一緒に行動していた。

離れて動いていたとしても

信頼のもと成り立っていて、

2人を繋ぐ糸が見えるかと思うほど。


けれど、同級生を殴ったのは

結華を更に教室に居づらくしたかも、

団子屋を探して迷子になった時

不安だったろうにきつく

叱りすぎたかも、と

後悔ばかり嵩む。

昔から私は自分勝手すぎたのだろう。

そんな私を反面教師にして、

もしくは私のことが怖くて

ずっと一緒にいてくれたのかもしれない。


悠里「…。」


結華がどう思っていたのか

知ることができたのなら。

追憶の中で結華が

何かを書き残していたり

呟いたりしていればよかったのに。

…そこまで考えてかぶりを振る。

恨まれているに違いない。

見聞きしたくない。

しない方がいい。


それでも今日も七からの

「もう1回線路沿いの柵のところ探索行こう」

の連絡に了承しついていくのだった。


七「えっと、あの日どっちに進んだか覚えてる?」


悠里「ざっくりとしか。でも線路沿いってことはわかってるしすぐ見つかるんじゃないかな。」


七「じゃあ今日も向こうの方角に行ってみよー!」


家に帰らずそのままの足で来たようで

横浜東雲女学院の制服を身につけていた。

懐かしむ間も無く、

七は荷物の多そうな鞄を揺らしながら

大きな1歩を踏み出した。


悠里「何でまた探検に誘ってくれたの。」


七「だって一昨日のやつ、そのまんまにして置けないもん!」


悠里「…じゃあ七1人で…」


七「悠里ちゃんのちっちゃい頃だったんでしょ?なら本人にいて欲しいし、もしかしたら私1人じゃ何もないかも!」


悠里「何かがあって欲しいの?」


七「うん!その方がわくわくする!」


悠里「……もしも危ないことだったとしても?」


七「危ないことを取り除ければ他の人も安全だし、そうなるようにもっと頑張っちゃう!」


悠里「すごいね。」


七「誰かの役に立てるの好きなんだ!だから今回ももし悠里ちゃんがしんどくなったら、あのよくわからないところからすぐ引っ張り出しちゃうからね!」


悠里「前回ってそうやって出できたの?」


七「ううん、気づいたら戻ってきてた!」


悠里「じゃあ引っ張るだけじゃ難しいんじゃない?」


七「難しくてもやってみる!やらないよりもいいもん!」


悠里「……出られなくなるかもしれないなら、私1人でいいよ。」


七「駄目だよ!それに、私知りたいもん。あの全身で体験する映像みたいなのが続いた先のこと。」


悠里「…仕組み的にってこと?」


七「それもそうだし、悠里ちゃんのことだよ!」


悠里「私のこと?」


七「うん!ちっちゃい頃から未来まで見れちゃったりして!想像するだけでわくわくする!」


悠里「そんなこと…ないと思うけど。」


ぼそ、と気を抜いて呟いた声が

七に届いてしまったらしい。

七ははっとして振り返った。

鞄がぐるんと弧を描く。

そして急に眉を下げて

真っ直ぐこちらを見てきた。


七「そっか…私は悠里ちゃんのことを知れるきっかけになって嬉しいけど、悠里ちゃんからしたら知られたくないことかもしれないんだもんね…。」


悠里「…知られたくない…か…。」


知られたくない。

知られたくない…?

私は何を知られたくないんだろう?


これまでただ私1人が

結華との過去を見ることが苦しかった。

私自身が思い出したくないだけ。

けれど、自分でも気づかないうちに

七に来てほしくない、

危ないかもしれないし

向かうなら1人で行くと

建前で伝えていたよう。


知られたく…。

私はこれまで指示の通りに動いていただけ。

悪いことは何もしていないはず。

今はまだそう信じていたい。

信じていないと立っていられなくなりそうで

未だ嘘だろうと、嘘だとわかっていても

信じ続けている。


これまでの悪事を知られたくないのだろうか。

それとも、自己のない自分を

知られたくないのだろうか。


答えが出ず、けれど無言を貫き通す勇気もなく

小さく首を振った。


悠里「私の忘れてるような恥ずかしいことが出てきたら嫌だなってだけだから。」


七「そうなの?じゃあたっくさん私の失敗した話してあげる!それでおあいこね!」


悠里「そういうのもなんか違う気がするけど…。」


七「あのねあのね!」


悠里「話始まっちゃった。」


七は相変わらず楽しそうに話し

迷うことなく進んでいく。

途中道を間違ってしまっても

挫けることさえないのだろう。

線路沿いを見つけ

それに倣って歩いていると、

一昨日も来た場所にたどり着く。

前回はやけに遠回りしていただけで

思っているよりも近い場所にあったよう。

そして誰が結びつけたのか

案の定今日も糸が結ばれているのだった。


七「あ!あるよ!」


悠里「…だね。」


七「早速解こう!」


悠里「こう…心の準備とかはないんだね。」


七「準備してればしてるほどこういうのは心が離れちゃうんだよ。だって時間をかければかけるほど怖くなっちゃうんだもん。」


「だから」と七は

糸に顔を近づけた。

今日も新品らしい糸が

綺麗に蝶々に結われている。


七「飛び込んだ方が怖くないよ!」


悠里「…去年も一昨年も…もちろん今年も、みんなこんな怖い中で生きてたんだね。」


七「…?よくわからないけど、大丈夫!」


悠里「…うん。」


七はあくまでも私に糸を引かせたいらしい。

昨日と同じ条件にしたいのだろう。

とはいえ好奇心のあまり

今にも糸を引いてしまいそうなくらい

顔を近づける七がいるけれど。


ひとつ息を吐く。

何が映るのかわからない。

けれど、飛び込めば今より怖くない。

その言葉を無闇に信じて。


糸を引いた。


刹那、前回と同様に風が吹く。

よろめいて目を閉じて、

次に開いた時には

また見覚えのある場所。

真っ白な壁、ダイニングテーブルにテレビ。

それぞれの個室。

環境の整った家。





°°°°°





2053/04/14


今日、研究所に呼ばれた。

私たちの家族が選ばれたんだって!

何かと思った、本当に焦ったー。

でもね、ものすごく嬉しい!

だって今の生活から抜け出して

安全を確保してくれるって言うんだから!


側近?の人から言われて

今日から日記をつけることになったよ

駄目なところがあったら黒で塗り潰すって

言われたけど、まずは気にせず書いて、だって。

何書こっかなー。

まずはー、今日の夜はパーティで

違いないってことかな!





°°°°°





悠里「…っ。」


私たちの生活の安寧が保たれるとともに

全て瓦解し出した始まりの場所。





○○○





スーツを着た人たちとの

話し合いがまとまってから数週間後。

私たち家族はものすごく綺麗で広い

素晴らしい家に住むことになった。

どうやら施設の一環らしく、

長い迷路のような通路を通れば

実験室の方まで行けちゃうから

それはしないように、と

強く念押しされた。

お姉ちゃんは好奇心旺盛なところがあるし

一緒に見に行こうなんて

言うかと思って

少し期待していたけれど、

そんなことは一切なかった。


施設内ではご飯が3食食べられた。

お風呂も入ることができた。

しかも毎日。

びっくりしすぎて

初めはその贅沢な暮らしに慣れなかった。


悠里「結華ー!一緒にお風呂入ろうー!」


結華「え、でも1人1人入っても水は大丈夫じゃ…」


悠里「湯船がおっきいの!1人じゃ持て余しちゃうよ。」


ほらほら、と手を引かれる。

明日からは検査なり何なり

いろいろとあるらしい。

だから移り住んできてまだ少しだけれど

今日がお姉ちゃんとゆっくりできる

最後の日なのかもしれない。


湯船に浸かりながら

湯気がぷかぷか浴室内を

泳ぐ姿を眺める。

こんなにゆっくりお風呂に入ったのなんて

いつぶりだろう。


悠里「んーっ!お風呂浸かれるのってすごい!」


結華「ね。こんな生活続けて大丈夫かな。」


悠里「その分実験のお手伝いをたっくさん頑張れば大丈夫。もし結華がしんどくなっても私が何とかするから。」


結華「私も頑張る。お姉ちゃんに頼り切りにならないように。」


悠里「ふふ。じゃあ背中は預けた!みたいな。」


結華「…!うん!」


お姉ちゃんに頼ってもらえるのが嬉しかった。

家族みんなで、特に私たち2人で

この実験を成功させようね。

内容は30年くらい前の日本に行って

生活して欲しい…だとか

そういう内容だって聞いてる。

1番はタイムマシンの精度の研究らしい。

事故なく今のところ動かせているので、

一般的に使用しても大丈夫か…だとか何とか。

けれど、他の被験者がいるのかもわからないし

話すことなど無論できない。

家族とその他施設の人のみの

関わりになってしまった。


あの昔住んでた場所にいる人は

今頃何してるんだろう。

また会いたいな。





°°°°°




お風呂の扉越しに声を聞く。

そんな会話をしたっけ。

私の頭は幸せなことほど

安易に忘れてしまうみたいだ。


七は必死になって

私たちの会話を聞いていた。

「よかったね」と

笑顔を浮かべて言ったのを聞いて、

そうだねと他人事のように流す。


そして私だけに

日記を書くよう指示されるのだ。





2053/04/20


計画実行の日まで研究所の中で

保護されることになった!

それぞれの個室があるんだよ!凄すぎ!



---



2053/05/05


子供の日だけど、そんなのに関係なく

私たちはまた呼び出しを食らった。

色々検査しなきゃいけないんだって。

側近の子とも話すようになって

もこちゃんって呼んでも何にも言われなくなった!

名前があるって言われるけど

可愛くないんだもーん。



---



2053/05/30


外に出るのもだめらしくって

これまでずっと外にいた生活をしてたから

ものすごく体に違和感がある。

お外に出たいって言っても

ここの秘密を知っちゃった以上

外には出れないんだって!



---



2053/06/22


ネットのない生活を送り出してから

2ヶ月くらい経ったかな

ネットがないとはいえど自分から

発信することができるものがないだけで

テレビはあるんだー。

って言ってもほとんど再放送しかやってなくて

飽きてきちゃったな。

テレビ時代の衰退を感じるよ。



---



2053/07/04


この生活にも慣れてきただろうからって

色々な説明があったよ。

今後のことなんだけどね、

まず、今はあるプロジェクトに参加してて、

その中でも私が重要な部分を

任されることになったの!

まだ詳しいことは聞いてないんだけど

私にかかってるんだって。

家族のこと守りたいし、

私が頑張れば何とかなるんなら

たくさん頑張らなきゃ!



そう、思ってた。




°°°°°




施設の中で生活して何ヶ月かすぎた。

初めは家の中だけなんて

息苦しくなってしまうと思ったが、

ジムがあったり自由に形に残る絵が描けたり

側近の方に勉強を教えてもらったりと

息が詰まることはあれど

それなりに楽しく過ごしていた。


けれど、最近少しだけ

気になることがある。

お姉ちゃんのことだ。

お姉ちゃんだけ上の方に呼ばれて、

個人で話していることが増えた。

本当は私も聞きに行きたかったし、

大切な話なら尚更

一緒に背負いたかった。

だからふわふわの髪をした人に

私も聞いたら駄目か

直接聞いたことだってある。

そしたら当然の如く駄目、と

突っぱねられるのだった。


結華「お姉ちゃん。」


悠里「んー?」


結華「あの…最近、何をお話ししてるの。」


悠里「あー、もこちゃんと?」


結華「それって…あのふわふわの人だよね?」


悠里「そ。」


仲良くなったんだ。

何故か心がきゅうとなる。

小学校でも仲良い人はそれぞれにいたし

今更悲しくなんてならないはずなのに。

それにお姉ちゃんは

人と話すことが上手だし。

仕方のないこと。

…なのに、どうしてか寂しかった。


悠里「んで、何の話してるのだっけ?別にあれやってー、これやってーとかそれくらい。」


結華「今後の計画ってこと?」


悠里「さーねー。」


結華「…私もその…もこちゃんと仲良くなる。」


悠里「は?あはは、無理だよ。てかつまんないよ?」


結華「でも」


悠里「やめときなって。ほら、さっさと絵でも描いてきたら?今時間あるんだし。」


結華「…。」


その頃からお姉ちゃんは

何だか別人になってしまった。

いつも一緒だったのに、

そうだったはずなのに

ほとんど一緒に居なくなった。

上の人に呼ばれたり、

個室で過ごしたり。


お姉ちゃんが変わっていくのが怖い。

でも、きっと何か理由があるはずで、

頑張ってるからこその変化なのだから

私も受け入れなきゃ。

私も頑張らなきゃ。





°°°°°




2053/07/07


今日、七夕なんだって。

いつの間に誕生日も過ぎてたよ。


今日、色々聞いたよ。

詳しいこと、■■■■から直接。

私、変わんなきゃいけないみたい。

そんなことしたくない。

でも、私がやらなきゃ家族が。

でも。

私がやっても家族は。


お願いです。

もし願いが叶うのであれば。


どうか結華を怪我させることだけは失敗しますように。



---



2053/07/16


色々考えた。

考えて考えて、選んだ。

私がやるしかない。

変わんなきゃいけない。


だから今日から頑張ってみる。

まずは日記からだね。



---



2053/08/01


外ってところは暑過ぎてしんどいらしい。

今まであんなところで生きてたなんて

信じられなさ過ぎー。

ってか、あんな炎天下の中真面目に

働こうとしてる方が馬鹿みたい。


…あーあ。

これを続けるの、やだな。


ま、明日は一人称を変えて見よう!

でも、日記では私でもいいよね?



---



2053/08/13


世の中夏休みらしいね。

私らは学校にも行けないから

もこちゃんが教えてくれるよ。

でも教科書みたいなことしか言わなくて

ほんとつまんなーい。


どうせ■■なんだから犬みたいなもんじゃん。

何考えてるのかわかりませーん。

もこちゃん見てるー?

次会う時は笑うこと!これ絶対!



---



2053/10/07


時々資料を見返してぞっとする。

だって私が結華になり変わるんだから。

それを誰も知らないの。

家族誰も。

私が選ばれたから、私だけが知ってる。

ちょっと、いや、かなり怖い。

背負いたくない。



---



2053/12/31


今年も終わるらしいよ。

テレビ囲んでるから時間はわかるんだよねー。

みんな1年前とは別の意味で

死んだ顔してて笑ったー。

結華なんて特にそう。

暇そうに本ばっか読んでんだもん。

運動もしてなさそうだし、

人間の怠惰って感じー。

せっかくだしギター貸してやろうか悩んだけど

あいつ歌得意だし、それだけでいっかーって。

それに絵を描くのも好きだし暇しないでしょ。

結華は年越しには真っ黒な絵を描いてた。

私以上に危なさそうで、

見放せばいいのにもやもやする。





°°°°°




結華「あけましておめでとうー!」


悠里「おめっとー。」


年末年始。

テレビを囲んでの年越し。

わくわくしちゃって眠れなくて、

きちんと年越しの瞬間を

見ることができた。


家族みんなで見れて

嬉しいはずなのに、

どうしてか最近そんなに喜べない。


お姉ちゃんはずっとタブレットと

睨めっこしていて

覗こうとしたら眉間に皺を寄せられては

「2度とすんな」と怒って

自室に戻ってしまうことが多くなっていた。

それぞれに上からの指示が下っているのか、

それともお姉ちゃんの方が

個別でたくさん指示をもらっているらしいし

優秀だと認識したからか

お父さんとお母さんは

お姉ちゃんを贔屓するようになっていった。

「結華も悠里を見習って」。

何度も言われるようになって、

その度にわかってるよと

言い返したくなる気持ちを抑えて頷いた。

私にも指示はあった。

けれど、必ずお姉ちゃんと

一緒のタイミングで呼ばれて説明があった。

私1人に任せられるものは

ないと言うかのように。


年越して数分、

これで満足?とでも言わんばかりの顔で

テレビの前からお姉ちゃんが離れる。


悠里「じゃ、もう疲れたし寝る。」


結華「え、でも」


悠里「んじゃー。」


今日くらいはもっと一緒に

話せるかと思ったのに。


結華「…。」


だんだん寂しいだけでは

説明がつかない黒い感情が渦巻いてゆく。

けれど、お姉ちゃんに対して、

私のヒーローに対して

そんなこと思っちゃ駄目だ。

私の1番大切な人なんだから。

大切な。

…?

大切、なはずだから。

だから、この感情を無くさなきゃ。

それが何故か無性に

苦しくなっていくとも知らずに。


その穴を埋めるように絵を描こうと思った。

けど、頑張っても真っ黒な絵しか描けない。





°°°°°





2054/03/26


1日1日が長く感じる。

生活の不安と、あと今後の指示の不安。

私、指示通りに動けるかな。

どうなのかな。

動かなきゃ行けないんだけどさ。

最近これが正しいか正しくないかについて

考えなくなってきてた。

無視してきてた。

だって疲れるし、答えは考えずとも決められてるし。


私に決定権なんてないんだし。



---



2054/05/16


もうすぐだから心の準備を

しておいてねって言われた。

数年後無事に戻れるといいな。

そんな未来はないって知ってるけど。





○○○





そんな未来はなかったね。


悠里「結華っ!」


七「わ、悠里ちゃん危ない!」


反射的に手を伸ばす。

柵の向こうへと

体が前のめりになったところを

七が支えて引っ張ってくれた。


七「電車が来てなくてよかったけど危ないよ!」


悠里「手を伸ばしたって届く距離じゃないでしょ。」


七「それでもだよ!」


七は怒っているようで

眉間に皺がよっていた。

この子も一応怒りはするんだ。

なんて浅い関心を抱く。


改めて柵を眺む。

また強風に吹かれ糸は消えてしまった。


結華。

結華、あなたは

知らなかったかもしれないけれど、

お母さんもお父さんも

変わっていく私より

結華のことを好いていたよ。

お母さんとお父さんにも指示があったの。

私を贔屓するようにって

とても残酷な指示が。

でも従う他なくて

結華にはずっと苦しい思いを強いてしまった。

両親も苦しかったろう。


口が悪くなればなるほど、

人に対して、家族に対して

残酷であればあるほど

計画の準備はとんとんに進んだ。

怖かった。

自分が変わっていくことが怖かった。

変わらなきゃならなくて、

その度に胸を痛めた。

けれど、こんなの結華の背負う

孤独感に比べたら何ともない。

私は、きっと結華がいたから

ここまで頑張って来れた。


変わってしまってごめん。

こんなことになるなら

指示など全て無視して

みんなで野垂れ死ねばよかった。


悠里「…七。」


七「なあに?」


悠里「七から見て私はどう映るの。」


七「人だよ。」


悠里「…今ふざけるところじゃないんだけど。」


七「ふざけてないよ。」


悠里「…っ…最低なやつと思うなら罵倒してくれた方が──」


かん、かんかん。

遠くで踏切の音が鳴っていたことに気づかず、

次の瞬間電車が通り過ぎて行った。

髪の毛が暴れる中、

七の瞳が真っ直ぐこちらを

向いていることがわかる。

嫌になるほど真剣な目つきだった。


七「犯罪をしたらそれは悪いこと。大切な人を傷つけるのも悪いこと。でも、自分を傷つけるのも悪い。だから悠里ちゃんは悪い人。」


悠里「…。」


七「自分を傷つけた悪い人だけど…大切な人を傷つけたのは自主的に決めてやったんじゃないなら悪くない。」


悠里「流されることを決めてるよ、私たち。」


七「……でも、悠里ちゃんは…そうしなきゃいけなかったでしょ?じゃあ逃げ道ないよ。悪くない。」


そんな感情論で決めていいのかと

言葉を発してしまいそうになって、

けれど疲れだろうか、やめてしまった。

悪くない。

そういって欲しかったのかもしれない。

けれど、今後のことを見たとしても

…いじめたことや結華を事故に遭わせたことを

知ったとしてもなお、

悪くないと言い切れるのだろうか。


犯罪してもなお、

感情論で悪くないと言えるのだろうか。


無理、だろうな。


ご飯がなくて死ぬか

指示を間違えて死ぬか。

悪い選択肢ともっと悪い選択肢しか

元から存在しなかったんだ。

全て諦めろ。


七「…ひとつ気になったことがあるんだ。」


悠里「…。」


七「あの一叶ちゃんに似た人…誰?」


悠里「…さあ。」


七「…。」


悠里「私ももうわからない。でも、今日見たことはまだ誰にも言わないで。」


七「何で?」


悠里「怖いから。突っ込んだらどうにかなるような恐怖じゃないから。」


七「…うん、わかった。」


もこちゃんが

…一叶がどうしようが

もう関わりたくない。

もう怖い。

何も奪われたくない。


七はらしくもなくそれ以上

聞いてくることはなかった。

探検に行く雰囲気でもなく、

解散を提案してくれて安堵した。


私と関わらないで欲しい。

不幸にしてしまうかもしれない。

けれど、これまでのことは

全て指示通りに動いただけ。

私は悪くない。

他責と自責を繰り返す。

繰り返せど、

私は変わってしまったことに変わりはない。

もしまた誰かを

…今度こそ自分の意思でいじめてしまったら?

あり得ない話じゃない。


他人や上の人でも一叶でもなく、

自由になってしまった自分が怖い。

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