絡まる
渡邊さんに写真を撮ってもらい、
案の定というべきか
ツイッターにて自分のアカウントが
自動的に作成されてから
早2日が経とうとしている。
その間に私は数多くの選択を
自分勝手に行った。
が、咎められることもなく
無論命を失うこともなく
こんにちまでに至る。
悠里「…。」
次の授業の準備をするのに
5分も10分もかからない。
授業の間の休み時間はいつも
行動計画にあった対象の人の元に行って
話すようにしていたっけ。
話す内容まで綺麗に決められていたから
話題の内容や反応など
迷うことはなかったが、
今となってはその指標が何もない。
何が間違いで何が正解なのかわからない。
ひと言。
たったひと言が間違いかもしれなかった。
転入して初日、
何人もの人が話しかけてくれた。
けれど、思ったように言葉が出ず
逆に周りの人が困った様子を見せた。
他の人と馴れ合うつもりはないと
一蹴できるのならよかったが、
実際どの人と話すことが
正しいことなのかと
思案しているだけだった。
結果、席が隣や前の人とは
それとなく挨拶はするものの
それ以上になることはなかった。
悠里「…。」
手持ち無沙汰で
スマホを手にした時だった。
私の方へと近づいてくる影が見えたと思えば
すぐ真横で止まるではないか。
自意識過剰かもしれないが
恐る恐る目を先に、
そしてゆっくり顔を上げると、
にこにことした見覚えのある女の子が
だんと私の机に手をついた。
びっくりして肩が上がる。
隣にいた友人だろうか、が
「ちょいちょい」と宥めるように手を添える。
同じ色のネクタイが視界に入った。
「おはよ!」
悠里「あ、え…おはよう…?」
「ごめんね急に。転入生がいるって言ったら気になったみたいで。」
湊「うち、高田湊!こちらはこち丸!」
千穂「千穂でもこち丸でも好きに呼んでね。」
湊「全然用事はないんだけど!ないんだけどどーしても会いたくて!」
悠里「は、ぁ…?」
湊「何か困ったことがあったらいつでも言って。隣のクラスにいるから!」
悠里「ありがとう…?」
千穂「勢いすごくて引かれてるって。」
湊「てへへ失礼失礼。」
そういうと机から手は離してくれたが
まだ用事があるのか
その場でふらふらと
スカートを左右にゆったり揺らした。
湊「でももしかして逆かね?何かあったらよろしくなのかな。」
悠里「…力にはなれないと思う…けど。」
湊「まあまあその時はよろぴくね!あと普通にお話ししたいし!いろいろ教えてちょ。」
千穂「嫌な時はちゃんと嫌っていうんだよ?」
悠里「あ、うん。」
湊「じゃ、お騒がせはこのくらいにして…またぬー!」
高田さんという人は
まるで台風のようにさっと来て
さっと帰ってしまった。
一瞬の喧騒が嘘のようで
静かになった後しばらく
彼女の背を見送りながら
ぱちくりと瞬きをした。
これまでああいう賑やかな人とは
あまり関わってこなかった
…賑やかの種類の異なる人とは
関わっていたが…だったので、
とても異質に映る。
これまでは腹の裏を隠し
表面上は仲良くしている
泥の上に咲く蓮の花のような
人間関係の構築を
丁寧に指示に従い行ってきた。
どれだけ人の上に立てるかを
密かに競い合っていたような人達だったのだ。
それに、去年度例の件にて
関わっていた人達には
ここまで賑やかだった人は
いなかったと記憶している。
全く違う環境に身を置いていることを
改めて認識せざるを得なかった。
1日中緊張と共に過ごし
ようやく放課後になったとしても
気は抜けないものだった。
校門を抜け、電車に乗ろうとした時
手にしていたスマホが短く震えた。
TwitterのDMでメッセージが来たようで、
見てみれば藍崎さんという人からだった。
七『今日暇だったら一緒に探検に行こう!』
という文言の下には
集合場所まで添付されている。
成山ヶ丘高校から
さほど遠くないが
行ったことのない駅だった。
私が来ない選択肢は
まるで考えられていないかのよう。
実際予定はないので
『わかった』とだけ返事をする。
すると、すぐに既読がつき
『わーい!』と猫の絵文字と共に返ってきた。
駅に着くと改札の先に
大きく手を振る人が目に入った。
身長はいくらか小さいはずなのだが
身振り手振りが大きいからか
道ゆく人の注目を集めていた。
左右に跳ねた癖っ毛が
彼女が動くと同時にぴょこぴょこ動いている。
七「こっちこっちー!こんにちは!」
悠里「こんにちは。待たせてしまってごめんなさい。」
七「待ってないよ!わー!本物だー!悠里ちゃん、で合ってるっけ。」
悠里「そう。」
藍崎さんは物珍しそうに左右から見たり
一周ぐるっと回ってみたりして
まるで子犬のようだった。
その間は無論落ち着かないこと
極まりなかったのだが。
一周すると満足したのか
満面の笑みを浮かべて口を開いた。
七「じゃあ早速行こ!レッツゴー!」
悠里「え、どこに行くんですか。」
七「探検だよ探検!」
悠里「えっと…。」
七「気ままにお散歩!私この辺の駅の周りってあんま探検したことなかったし!悠里ちゃんと会えるかもっていうのもあったけど前々から楽しみだったんだー。」
藍崎さんはすいすいと
駅の出口へと向かう。
置いていかれないようにと
小さな彼女の背を追った。
七「他のみんなとは何回か会ったことがあるんだけど、一昨日だっけ、から悠里ちゃんが増えてるって気づいて早く会いたいなーって!だから誘っちゃった!」
悠里「ありがとう…?」
七「悠里ちゃんってその制服の感じ、あれだよね!?杏ちゃんやいろはちゃんと同じ学校だよね?」
悠里「そうなのかな。」
七「あれ?学年違うんだっけ?」
悠里「私は2年生だよ。」
七「そうなんだ!私、1年生!高校生になって半年も経っちゃった。早いよー。じゃあ2年生だと…うーんと…。」
悠里「渡邊さんや高田さんとは最近話したよ。」
七「そうなんだ!いいないいな、早くから会えて!」
悠里「そんなに楽しみにするものじゃないと思うけど…。」
七「楽しみだよ!だって友達が増えるんだもん!」
悠里「…。」
七「あ、美味しい匂いする!パン屋さんかな。」
そういうと目の前に見えていた
パン屋の看板の方へと
吸い込まれていくように歩いていく。
一瞬目を離したら
消えてしまいそうだった。
看板を眺めて、近くにあった路地を眺め、
気になったからとずんずん進んでいく。
道が細い。
植物に覆われた家や
外に干したままの洗濯物がある家の間を
鞄を前に抱えて歩く。
藍崎さんはあまり気にしていないようで
近くの植物に何度も鞄が当たっていた。
悠里「あの。」
七「うん?」
悠里「目的地とかって…。」
七「ないよ?好き勝手に歩くだけ!疲れたら帰る!あ、門限あったりする?」
悠里「…ない…ですけど。」
七「でも最初っから数時間歩いても疲れちゃうし、1時間だけとかにしとこっかな!どう?」
悠里「…藍崎さんがいいなら。」
七「ほんと!悠里ちゃんの好きに決めてもいいよ!3時間でも5時間でも!」
悠里「え。」
それは流石に、と思い
咄嗟に「1時間でお願いします」と
返事をしてしまっていた。
刹那、自分で選んでしまったことを
強く意識する。
私が1時間と選んでしまった。
七「あと、藍崎さんじゃなくて七って呼んで!」
悠里「…でも。」
七「…?」
悠里「…ううん、なんでもない。」
七「じゃあ、さんはい!」
悠里「今…?」
七「うん!今聞きたい!」
悠里「…七……さん。」
七「ちゃんでいいよ!それか呼び捨て!」
悠里「えっと…何で呼び方にこだわるの…?」
七「だって名前を呼ぶのって1歩近づく感じがしない?私年下だし敬語なくていいよーって言おうと思ってたけど、自然と話してくれるようになって嬉しかったし!」
はっとして藍崎さんの背を見る。
彼女が親しげに話しかけてくるものだから
気を許してしまったのか、
自分でも気付かぬうちに
距離を取ることを忘れていたらしい。
何の算段もなく、予定もなく
人と近づいてしまうことが
いいことなのかどうかすら分からず
怖くて踏み出せない。
自然と足まで止まっており、
進んでいく背を見つめるだけ。
数歩歩いて足音が
なくなったことに気づいたのか
藍崎さんが振り返る。
困った顔をして
狭い通路だというのに
駆け足で寄ってきてくれた。
七「そ、そんなに名前で呼ぶの嫌だった!?」
悠里「あ、ううん。少し考え事してただけ。」
七「なんだ、よかったぁ。びっくりしちゃったよ。」
歯を見せて笑う彼女が
ひどく眩しく見えた。
自由であって
怖くないのだろうか。
その時、近くでにゃーんと
猫の鳴き声がした。
藍崎さんが勢いよく振り返り、
路地の先にいた猫を見つけては指をさす。
七「わ、猫だぁ!悠里ちゃん、追いかけよう!題して!猫ちゃんの行先捜索編、開幕!」
悠里「そんなに大きな声出すと逃げちゃうよ。」
七「わわわ、危ない。んじゃ、早速行こう!ついてきて!」
悠里「待って。」
七「え?あ、猫アレルギーだったりする…?」
悠里「ううん、そうじゃなくて。」
前に抱えた鞄を抱きしめる。
藍崎さんはきょとんとして
こちらをじっと見つめていた。
悠里「…怖くないの?」
七「猫?」
悠里「じゃなくて…知らないところに行ったり、自分で決めていろんなことをしたりするの。」
七「怖くないよ!…って言いたいけど、多分時々怖いよ。」
悠里「…。」
七「でもね!」
ステップを踏むように数歩先へ。
そして背で手を組み
意地悪そうな笑みを浮かべて
こちらへと振り返った。
逆光となって彼女の顔は
見づらかったはずなのに、
とてもくっきりと見えたのだ。
七「楽しい!知らなかったことを知れたり、いろんな人と仲良くなったり。怖くってもその先に絶対何かあるの!それが好きなんだ!」
悠里「…!」
七「だから猫ちゃんの行き先捜索編もきっと何かあると思う!猫の集会所とか!」
悠里「途中で逸れちゃったら…?」
七「また探せばいいじゃん!途中までついていけるだけハッピーだし、そもそも猫ちゃん見つけた時点でとてもハッピー!」
悠里「失敗したとか…思わないの?」
七「うーん、何をそんなに怖がってるのか私にはさっぱりだけど…。」
て、ととん。
今度は私に近寄ってきて
上目遣いでこちらを見つめてくる。
大きな瞳には紛れもない
私が映っていた。
七「失敗したらやり直せばいいし、絶対成功したいなら成功するまでやればいい!でも私はそれ以上に楽しむことが1番かなって思うよ!」
悠里「…!」
藍崎さんは「じゃあ猫の後を追って…」と
路地を進もうとしたところ、
猫の姿は既になく
「いなくなってるー!」と
賑やかに騒ぎ出す。
猫がいた場所まで走って行き、
左右を見渡してもその姿はない。
七「いなくなっちゃった…むー、こうなったら…!悠里ちゃん!」
悠里「え、うん。」
七「猫ちゃん、探そう!」
悠里「…ふふ。」
七「もー、何ー。」
悠里「探して見つけられるものじゃないんじゃない?」
七「見つかるもん!見つけるもん!じゃあどっちが先に見つけるか勝負ね!あ、でも逸れちゃったら一緒に追えないから、一緒に探しながら勝負ね!」
悠里「何それ。」
提案はめちゃくちゃ。
それでも藍崎さんはこれが至福だと
言わんばかりに目を輝かせて話している。
気圧されてしまって
何でもよくなってきた。
楽しいに流れることは
これまで一切許されていなかったが、
自由であるとは責任と共に
こういう楽しみがあっても
いいのかも知れない。
帰宅したら自由の選択に苛まれる。
それでも今だけは忘れていいだろうか。
悠里「……わかった。……七。」
七「…!えへへ。よおーし、じゃあスタート!」
七は片手を空へ突き出し、
走ることはしなかったが
早歩きで道を進んでいった。
路地を抜ける。
夕日が眩しかった。
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