割れた青い心臓よ

PROJECT:DATE 公式

白紙の1歩

着慣れない制服に袖を通す。

ネクタイをつけた自分は

何だか自分でないみたい。

鏡に映った人物は

もしかして全く別の

知らない人間なのではないかと

思うほど似合っていない。


髪に櫛を通す。

伸びてしまったので

絡まりやすくなっていた。

顔に覇気がない。

口角が下がっていることもあり

一層目つきが鋭く見える。

こんな顔をしていたっけ、と

これまでを疑いたくなるほど

日陰で伸びる植物のような表情だった。


今日から新生活だというのに

家の床へと何倍もの重力が

かかっているのかと思うほど

登校したくない。

転入は初めてのことのだから…

それに登校前に

行かなければならない場所があるから…

なんてものは上部の理由。

不安の核は他にあった。


鞄の中を何度も確認する。

忘れ物はないはず。

時計を何度も確認する。

あと5分で出れば

30分前には着く。

間に合う。

1時間前から時計を見て

鞄の中を確認し、

家の中ですべきことが

確と終わっているのか確認している。


不安の核。

それは、全てにおいて

どうすればいいのかがわからないことだった。

何を食べる。

何時に家を出る。

どの電車に乗る。

誰と話す。

どう過ごす。

放課後はどこへ。

全ての行いに不安を抱えている。


玄関を開く。

学生マンションはがらんとしていて

空気が心なしか涼しい。

鍵を閉めた。

閉めたことを確認する。

がこん、と音が鳴る。

今、鍵は本当に閉めた。

大丈夫。

大丈夫。

ひとつひとつ、大丈夫と

おまじないをかけて

やっと学生マンションの外に出た。


最寄駅に始発の電車が舞い込む。

こんな早朝の電車など

一体誰が乗るのだとばかり思っていた。

これまでどれだけ

始発の景色を見たいと思えど

それが叶うことはなかった。

実際見てみれば、

案外始発に乗っている人がいる。

人1人すらいないかと思えば、

空席はもちろんあるが

席の3分の1ほどは

埋まっていそうなほど。


空いた席に腰掛ける。

途中乗り換えてさらに進むと、

指定された駅まで辿り着いた。

空気が澄んでいて心地いい。

このままぼうっとして

学校に行くのをやめてしまいたかった。

いや、今の自分であれば

それができてしまう。

南口に向かい、

近くの看板の足にもたれながら

早いことにスーツを着た人などが

行き交う姿を眺める。


早く来すぎてしまったようで、

数十分して漸く

同じ制服を着た1人の女の子が

視界にぱっと入ってきた。

はっとして壁から背を離す。

それと同時に女の子はこちらに気づき、

大きな欠伸をしてこちらに向かった。

歩くたびにお団子に縛った髪から

垂れた部分が風に乗って揺らぐ。


「あ、あの。」


何と話せば良いかわからず

声が震えた。

が、その女の子は気だるげに、

ある意味堂々としたまま

手をポケットに突っ込む。


「あんただよね?例の。」


「…!はい。」


彼方「うち、渡邊彼方。そっちの名前はもう聞いてあるからいいよ。」


「わかりました。」


彼方「…ったくこんな早朝からこんな場所まで行かせるとか鬼畜がよ。」


あまり眠れなかったのか

また大きな欠伸をひとつしていた。


彼方「写真ひとつのためにここまで来るとか…」


「…すみません。」


彼方「ほんと。勘弁してよね。」


渡邊さんはその場で

スマホを取り出し、

早速と言わんばかりに

私に向かってレンズを向けた。


「え、ここでいいんですか…?」


彼方「わざわざ画角の指定まで貰ったけど、その場所であってるからいい。」


「そうでしたか…。」


彼方「何そわそわしてんの。」


「…。」


彼方「はぁ…さっきうちのこと待ってた時みたいに寄っ掛かれば?」


私がどうしたらいいのか

迷っているのが見てとれたらしく、

呆れたようにそう言った。

切れ長の鋭い目つきが

私のことを刺すようで痛い。

恐る恐る後ろにもたれ、

大丈夫かと確認する意図を持って

渡邊さんのことを見た。

しかし、彼女はそれを

合図だと取ったようで、

早速シャッターを切る音がした。

呆気に取られて

思わず立ち尽くしてしまう。

彼女はぱぱっとスマホを操作して

鞄にしまった後

私の方へと近づいてきた。

背が高い。

見下ろされているようだった。


彼方「終わり。この後直接登校?」


「…はい。」


彼方「それしかないか。帰れるような時間もないし移動くそほどかかるし。あーサボりた。」


「よく休まれるんですか。」


彼方「休みすぎて今後毎日行かないと留年。」


「え。」


彼方「ほんと最悪。」


恐れない言葉遣いや態度から

確かに浮ついていそうというか、

遊んでいそうな印象はあったけれど、

まさかそこまでとは思っていなかった。


改札を通り抜け電車を待つ。

始発に乗ったはずだが

移動したり渡邊さんを

待っていたりしていたので

随分と時間が経ていたらしい。

制服を着た学生の姿が増えてきた。

隣ではずっと

スマホを触っている彼女がいる。


「あの。」


彼方「……うち?」


「はい。」


彼方「ん。」


「いつも……このようなことをしてますか。」


彼方「こんなって何。写真撮ってんのかって?」


「というより、頼まれて…みたいな。」


彼方「今回だけ特別に頼みたいことがあるって言われたの。少しだけど報酬も出るとか言うから来た。もしうちが断ってたら本人直々に来たんじゃない?」


「…なるほど。」


彼方「金のためだよ。金のため。」


「…。」


彼方「は?何その顔。」


「え?あ、いや、潔いなって…。」


彼方「取り繕ってあの人のためにみたいな方がきもいだろ。」


「…。」


彼方「好んであいつに関わってるやつは金で解決できることがあるんだろうよ。」


「…金で解決……。」


彼方「そっちもじゃないの?」


と、私のことを顎で指す。

たまたスマホの画面が

僅か見えるもすぐに反射していた。

どうやらSNSをただぼうっと

眺めていただけのようだ。


「…多分、そうです。」


彼方「はっきりしないやつ。」


「…。」


彼方「もういいよ。話せないなら。」


「…そういうわけでは…話す……。話せば」


彼方「脅してるわけじゃないんだけど。それに無理に話せって言ってるんじゃない。」


何が渡邊さんの気に触れたのか、

間違ってしまったのか、

彼女は私のネクタイを引き顔を寄せた。

睨まれているのか、

元から鋭い目つきだからか、

蛇のように光る目に驚き

縮み上がってしまう。

それがわかったのか

すぐさまぱっと手を離した。


彼方「それにそのネクタイの色…うちら同い年でしょ。フランクにいけば。」


「…。」


彼方「もしかして留年してたりする?」


「いや…。」


彼方「ならいいや。きょどって距離置く話し方する方が違和感あるよ。」


「…ありがとう。」


彼方「何かあった者同士だろうし別に。あんたはさっき写真撮った意味わかってんの?」


「……うん。」


彼方「ならだいぶ踏み込んだ人ってわけ?可哀想に。」


「渡邊さんは違うの…?」


彼方「さあ。」


興味なさげにスマホへと

視線を戻す。


彼方「見たことある気がしたけど…気のせいかもね。」


「…?」


彼方「あんたの話。」


それ以降彼女から話しかけてくることはなく、

学校の最寄駅まで辿り着くと

「じゃ」と言って

先にすたすたと歩いて行ってしまった。

そこまで面倒見るつもりはないと

言いたげな背中だった。

マップアプリを開いて

学校の場所を調べようかと思ったが、

登校している生徒も多く

同じ制服の人の後を

辿ってみることにした。


友達と一緒に登校している人。

1人でさっさと登校している人。

音楽を聴きながら

無表情で登校している人。

自転車で颯爽と走り抜け登校している人。

これまで全くと言っていいほど

じっくり見てこなかったものが

目の前に溢れている。

じろじろと見るのもおかしいし、

だからと言って

四方八方を見るのだって変だろう。

考えに考えた結果、

前を歩いている女子生徒2人の鞄を

見つめておくことにした。


学校に到着し次第、

靴箱をまだ教えてもらっていないので

持ってきた上履きに履き替えてから

交換するようにその靴を

シューズケースに入れた。

職員室に向かうと、

「ああ」と担任の先生らしき人が

駆け寄ってくる。

目元に若干皺があるが老けて見えない。

ちょうど子供がいるかいないか程度だろう

女性の先生だった。


先生「おはようございます。今日からよろしくお願いします。」


「おはようございます。…こちらこそ…お願いします。」


先生「あれ、靴はどうしました?」


「場所が分からなかったので持ってます。」


先生「わっかりました…そしたら職員室前のところでちょっと待っててくれる?もうすぐ朝の会があるので、一緒に教室に入りましょう。」


「はい。」


場所まで言ってくれて

ありがたいと思ったのは

これまでで初めてだったかもしれない。

職員室前でそういえばと思い

ネクタイを見やる。

引っ張られた後うまく直せていなかったらしい。

少しばかりくしゃ、と顔を歪めていた。

ここに鏡がなくてよかった。

きっと私は今

酷い顔をしているだろうから。


「行きましょうか」と

最後の予鈴だろうものがなった頃

先生はひょこっと顔を出した。

その頃にもなれば

昇降口は遅刻ぎりぎりの生徒が走って、

はたまた諦めたのか歩いて

ぱらぱらとやってくる程度で、

先ほどまでの喧騒はなかった。

靴箱に向かった後

教室へと案内される。


先生げ扉を開く。

それについて行かなけれらならない。

教室はざわざわとしていたのに

波が引くように音が減っていく。

この中に飛び込まなければ。

廊下で足が止まる。

ばくんばくんと心臓が鳴る。

心臓が破れてしまいそう。


欠けた私に存在価値はない。

ないはずなのに、

こうしてまた学校という場所に来ている。

意味を見出されたのか。

それとも要らないからなのか。

自由にされた意味とは。

全てわからず、

けれどひとつ確かに背負って

やっとのことで足を踏み出した。


先生の隣に立つ。

教室がざわっとするのがわかった。


先生「簡単に名前と挨拶だけお願いします。」


「…。」


先生と目が合う。

優しく微笑んでくれた。

前を向く。

30人か40人ほどの人が、

人の目がこちらを見ている。

スカートを握った。

息を吸った。


息を。

…。

声に。


私は。


悠里「初めまして、槙悠里です。よろしくお願いします。」


0から100まで指示通りに動く日々が終わり、

自由と失敗する権利を手に入れた

先の見えない生活が始まってしまった。

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