命の選択

編端みどり

男は迷う

「一角獣の角?」


 妻の病をなんとか治したい男は、あちこちを駆けずり回りようやく情報を手に入れた。

 目の前の派手な女は、男の顎を撫でながら怪しく微笑んだ。


「そうよ。あの森にはたくさんの一角獣が住んでいるの。一角獣は男に弱くてね、貴方が角に触れれば角が落ちるわ。それを奥さんに持って行ってあげれば良い」


 一角獣の角は万病に効くと言われている。入手方法は極秘らしく、一角獣を狩ろうとして返り討ちにあい死んだ者も多い。


 目の前の女の話は信じられないが、妻を治す手段はこれしかない。思い詰めた男は、女の言われるがまま森に入り、一角獣と対峙した。


「また我等の角を求めに来たのか?」


 目の前に現れた一角獣は、じっと男の目を見つめ続けていた。


「ごめんなさい……妻が病気なんです……! どうか……角を下さい……」


「この角を渡せば我は死ぬ。それでも角を求めるのか?」


「……それ、は……」


 男は、答えられなかった。優しく笑う妻の顔が浮かび、一角獣に手を伸ばしかけたがどうしてもできなかった。


 男と一角獣が対峙してから、1時間ほど過ぎた頃、女が現れた。男に一角獣の角の狩り方を教えた女だ。


「いつまでそうしてるつもり? 大事な奥様が死んじゃうわよ」


「分かってる……けど……角を取ったら一角獣が死んでしまう!」


「獣と奥様、どちらが大事なのよ?」


「……それはっ……」


 返事をしない男に舌打ちを浴びせ、女は去って行った。


 しばらくすると、一角獣が再び男に話しかけてきた。


「いつまでそうしてるつもりだ?」


「す、すいません」


「お前の妻は、病気なのか?」


「はい……!」


「ならば、躊躇せず角を取れば良かろう。先ほどの女が言うように、妻の方が大事であろう?」


「そうです。でも……」


「命を狩る覚悟がない腰抜けか?」


 再び黙る男は、黙って一角獣を見つめ続けた。しばらくすると、フラフラになった妻を連れた女が現れた。


「ほら、奥様が死んじゃうわよ! 早く角を取りなさい!」


「駄目よ。この人は嘘をついてる。あなただって、分かってるでしょう?」


「ちっ……! 余計なことを言うな!」


 女は複数人の屈強な男達を呼び寄せ、男の妻にナイフを突きつけた。


「早くやりなさい! 奥様が死ぬわよ!」


「我は充分生きた、死んでも構わない。我の角を取っても構わぬぞ」


「なにをしてるの! 早くしなさい!」


 女は、一角獣の声が聞こえていないようだった。だが、男の妻は一角獣の声が聞こえた。男が躊躇する理由と、目の前の信頼できない女の態度を天秤にかけて、妻はゆっくりと言い放った。


「私は幸せよ。病気になったのも運命だと受け入れているわ。だから、無理に運命を歪ませようとしないで。一緒に帰りましょう」


「ふざけるな!」


「待ってくれ!」


「はぁ……この森に人間の血の匂いをつけたくない」


 一角獣がため息を吐くと、妻にナイフを刺そうとした女と、屈強な男達が動かなくなった。


 男は妻を抱きしめ、謝罪の言葉を呟き続ける。妻は男の頭を撫で、一角獣に謝罪と礼を言うと男を連れて帰ろうとした。


「待て。我の質問に答えろ。我の角を無理に取ろうとすれば我と角を取った人間は死ぬ。お前はなぜ、角を取らなかった? やはり命が惜しかったのか?」


「え……そんな話、知りません」


「なんだ。お前は何も知らさせておらなかったのか? 命を捨てる覚悟を決めるのに時間がかかっておるのかと思ったのだが」


「何も聞いてません。ただ、俺が角に触れれば角が取れるとだけ。この人達は、俺が死んでから角を横取りするつもりだったのですね」


「ははっ、そうか。そうであったか。ならば、何故お前はすぐに我の角を取らなかった?」


「妻は助けたい。けど、その為に貴方の命を奪うのは違う。それで……迷ってしまって。ごめん……ごめんなさい……」


 一角獣が再びため息を吐くと、ポロリと角が取れた。


「角が取れても、我は死なぬ。その角をやる。削って粉にすれば薬になる。お主の妻を治せるであろう。だが、人に見せるな。妻が治れば、角を返しに来い」


 一角獣の額が輝き、美しい角が現れた。男の持つ角は銀色だが、一角獣の額に輝く角は金色だ。


「角は定期的に生え変わる。我等の角は、気に入った人間にかやらん。我の命を尊重してくれた礼に、お前の妻の命を尊重してやる。約束は守れよ」


 男と妻は涙を流して一角獣に礼を言い、病が治るとすぐに角を返しに来た。大事そうに角を抱えた夫婦を見た一角獣は、お人好しな人間もいるものだとため息を吐いた。

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