第38話 冒険者編 宰相邸

「サモン、ヴァンパイア・バット! サモン・ピーピング・スパイダー!」


 私は偵察用のコウモリと5センチ程の蜘蛛くもを召喚した。 建物内を偵察させるにはコウモリでは不審がられるからだ。 そして、のぞき見専用の蜘蛛をコウモリに運ばせるのだ。


 だが本来、ヴァンパイアはコウモリや狼といった眷属しか召喚できない。 それでは建物内を偵察出来ないので、召喚術として蜘蛛を召喚出来る様に訓練した結果だ。


「お前たちは、監視者の親玉の屋敷へ向かって、偵察せよ!」

「「キュッ♪」」


 そしてコウモリは蜘蛛を掴んで窓辺から飛び去った。 これで、私たちを監視している犯人が判明するだろう。


「感覚共有!」


 私は蜘蛛との感覚共有を行った。 ちょうど今は、目的地である貴族街にある屋敷に向かっている最中だ。 蜘蛛と同調している私からすれば、空輸されている様な状態である。


 貴族街は結構広く、大きな屋敷も多い。 それは王宮勤めの貴族がそこから通ったりする目的の他に、各屋敷でパーティーなどをもよおして他の貴族などと関係を深めるためであろう。


 そう考えれば、恐らく貴族街がピリピリしていたは、王宮から逃げ帰った者もそれなりにいたからではなかろうか? まぁ全員が王族と逃げるなんて現実的じゃないもんね。


 となれば、逃げ帰った者たちは何を考えるのだろうか? 領地への逃亡? それとも逆襲? いや、貴族街に兵を駐屯させているとあらぬ疑いを掛けられる可能性があるから逆襲は無いな。


 だとすると、今残っている貴族たちは様子見でもしているのだろう。 その為の監視だとすれば納得もいくというモノだ。


 そんな事を考えていると、目的の屋敷へと到着した。 蜘蛛と同調した私はコウモリから飛び降り、屋根へと着地する。 そして、屋根と壁の隙間から天井裏へと入っていった。


 蜘蛛はわずかな振動から人の気配を察知して、天井裏から会話を盗み聞きする。 無駄に屋敷が広い事もあって、中々有意義な会話情報は得られない。 特にメイド同士の会話などは夕食のメニューやスイーツの美味しい店がどうのとかの私語が多かった。


 緊張感を持っているのは、一部の貴族だけなのかも知れないな。 そんな会話を聞き流しながら、有益な情報を探す。 すると、私に関係がありそうな会話を入手した。


「それで、例のヴァンパイアは今は宿屋に泊まっているのだな」

「はい、最新の情報では宿屋にもっている様子です。 襲撃なさいますか?」

「いや、成功すれば御の字だが、失敗すれば目を付けられる可能性がある」

「しかし、眠っている場合なら倒せるのではないですか?」

「ダメだ。 ヴァンパイアは基本的に夜行性なのだ。 夜には力を増すと言う伝承もあるし、危険過ぎる」

「承知致しました。 監視任務だけにとどめておきます」

「いいか、今回の件で国王派は大きく力を損耗した。 これ以上の失態はマズいのだ。 貴族派の一部は、国王は貴族を囮にして逃げたなどと言う者もいる」

「このままでは、国王派から貴族派へ流れる者も出るのでは?」

「だからこそ、早急なヴァンパイアの討伐は必要だが、失敗する事は許されない状況なのだ」

「それで宰相様さいしょうさま、今後の方針はどの様にするお積もりなのですか?」

「現在、王族は近場の離宮に避難なされている。 現在は近衛騎士と教会から派遣された聖騎士と共に過ごしておいでの様だ。 そこに我が領軍を加えて反撃に出るつもりだ。 その時には復権の為にも国王自こくおうみずからに陣頭指揮をとって貰う予定となっている」

「大切な領軍の指揮権を、あの国王に?」

いたし方あるまい。 この機に活躍して頂かなければ、国王派は瓦解がかいしかねんのだ」


 ありゃりゃ。 国王ってば人望が無い御輿みこしみたいな存在だったのね。 国王派ってのは、国王の権力を使って好き勝手していた連中ではあるまいか?


「誰か、有望な補佐でも用意した方が宜しいのでは?」

「国王派に軍議に強い連中などどこにいる? いっそ、貴族派の手を借りるか?」

「そうすると、貴族派に大きな借りを作る事になりませんか?」

「最悪なのは、負ける事だ。 負ければ権力の中枢は必ず貴族派の手に落ちる。 そうなれば国王派は終わりだ。 貴族派の手を借りた場合は、それなりの見返りは要求されるだろうが、背に腹は代えられまい」

「国王が納得するとは思えませんが…」

「そこよのう、問題は。 無能は扱いやすいが、時には邪魔になる。 場合によっては王太子に王位を譲って貰う必要もあるかも知れんな」

「それで、領軍の到着にはどの程度掛かりそうですか?」

「早くとも3週間、それが限界であろうよ」


 そっかぁ、討伐軍が動くまでには1カ月は掛かりそうだな。 そりゃ人数が増えれば時間が掛かっちゃうもんね。 その間、どうしようか?


「それより、本当にこの王都で市街戦を行うお積もりですか?」

「ワシとしても、市街戦は避けたいところだ。 しかし相手がどう出るか分からぬ事にはな」

「一層のことヴァンパイアに使者を送るのはどうでしょう。 冒険者ギルドとは少し揉めた様ですが、市民を直接襲ったりはしていないみたいですよ?」

「伝承では、ヴァンパイアは処女の生き血を好むとあったが…」

「普通にワインで食事を行っているそうです」

「姫の離宮がヴァンパイアに襲われたとの報告があったハズだが?」

「それが、ヴァンパイア化したセバスが姫の離宮を襲撃したそうなのですが、その後は女子供などは襲っていないらしいのです」

「ワシの護衛がヴァンパイア化したのは痛かったな。 アレでワシの株も落ちてしまった」

「そのセバスですが、冒険者に対しては殺しは行っていないそうなのです」

「ヴァンパイアに良心でもあると言うのか?」

「接触してみない事には何とも言えません」

「送るとしても、誰を送る? 王族派にヴァンパイアと交渉する胆力がある貴族などいないぞ?」

「それならば、セバスと親しかった近衛騎士のガルズなんてのはどうでしょう。 国王は嫌がるかも知れませんが、市街戦を回避するためだと言えば、説得も可能でしょう」

「そうなると、王を説得する為にワシ自ら離宮に出向く必要がありそうだな」


 ふーん、そうなるとこのオッサンを追跡すれば、国王の居場所が判明するワケか。 どうするかな。 一番欲しいのは近衛騎士などの経験値であって、国王の首じゃないんだよね。 まぁ見つけたら殺すけど。


 多分だけど、セバスも市街戦は望まないんだろうとは思う。 何だかんだ言って甘ちゃんだからな。 それに経験値としては、軍を組織してもらった方が美味しいのも事実なんだよな。


 平野での戦いにでもなれば、極大魔術とかも試せるだろうし、別に損をするワケでは無い。 しかし1カ月かぁ。 待つには少し長いんだよなぁ。 その間、どうしよっか?


 問題はセバスなんだよな。 今現在としては、セバスは戦力とは思っていない。 だって、弱い上に敵に対しても手心を加えそうで使えないんだよね。


 1カ月の間にダンジョンにでも潜って、セバスを徹底的に鍛えるって事も考えられるケド、戦力になるのかどうかは分からないんだよ。


 そうだ、平野での戦いを飲む代わりに、夜戦にするなんてどうだろう? セバスだって鍛えれば、あの甘い部分も矯正できるかも知れないし、それにヴァンパイアとしての自覚が持てれば、変な気を起こさない気がするな。 特に夜の戦いなら嫌でもヴァンパイアとして自覚せざるを得ないだろうし。


 最低でも日光くらいは克服してもらえないと、下僕としての意味すら無い状態だしな。 よし、1カ月間のダンジョン・ブートキャンプだ!


 私は感覚共有を解除して、カラスや蜘蛛たちには引き続き警戒を続ける様に命令した。


 さて、情報は得られたし晩ご飯でも食べて、今晩はユックリと休む事としよう。 そう思って、部屋を出て食堂に向かった。


「晩ご飯を食べに来ましたぁ」

「空いている席にお座り下さい」

「今晩のメニューは?」

「ビーフシチューとパン、それとサラダになります」

「ワインは?」

「もちろん、お付け致しますよ」

「んじゃぁ、それでお願い」

「畏まりましたぁ」


 待っていると、すぐに料理が運ばれて来た。 そしてビーフシチューにパンをひたして一口。


「ウマっ!」


 その味は、想像していたよりもとても美味しかった。


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