第37話 冒険者編 旅人の安らぎ亭

 鍛冶屋から出た私は、宿屋へと戻る事にした。


「確か『旅人の安らぎ亭』だったかな?」


 宿を出てから結構な時間が経過しているし、セバスは眠っている頃だろうか? まぁ起きていようが寝ていようが関係ない、本格的に動き出すのは明日からだ。


 そう思いながら宿屋へと向かっていると、大半の冒険者には道を譲られたが、中には何を思っているのか尾行してくる連中がいる。


「こりゃぁ、今晩もパーティーかな?」


 実力差は明白だと思うのだが、寝ている間なら殺せるとでも思っているのだろうか? 疑問に思いながら『旅人の安らぎ亭』に到着したので、宿の中に入った。


 すると、セバスはやはり見つからないので、女将に聞いてみた。


「連れはもう休んじゃった感じ?」

「あっ、お客さん。 はい、セバスさんは早めの夕食を召し上がった後に、部屋に向かわれました。 お客さんも、夕食を召し上がりますか?」

「うーん、そうだなぁ。 間食をしたから、もう少し後で良いよ。 それよりも、部屋に案内してもらえるかな?」

「えぇ、少し休むのでしょうか?」

「いや、部屋で少しやる事があるだけかな」

「夕食は、午後8時までになっていますから、忘れずに食べに来て下さいね」

「分かったよ」

「それじゃぁ、娘に案内させますね。 おーい、リシリア。 女性のお客さんを部屋まで案内して差仕上げな!」


「お母さん、了解だよー! お客さん、こっちですぅ」


 リシリアと呼ばれた娘が、案内のために調理場の方からやって来た。 年の頃は小学生の高学年くらいの娘だった。 何だか甘いフルーティーな匂いがして、喉が小さく鳴った。


 いやいや、流石に襲ったりなんかはしないよ。 あまりに美味しそうな匂いをさせているモノで、自然と喉が鳴っただけなんだから。


 しかし、セバスが襲ったりしていないみたいで、少し安心した。 アイツにも分別は残っていたんだな。


 私は「美味しそうだなぁ」って思う位なんだけど、実は一般的なヴァンパイアの吸血衝動がどれ位の強さなのかは勿論知らないんだ。 もしも吸血衝動が激しいなら対策とかも取らないと、旅をするのにも支障がありそうだからね。


 現段階では、私は一般市民の敵になる予定は無いんだ。 女性の血なんかよりも経験値の方が大好物だからね。 どうせ狩るなら、経験値を溜め込んでいそうな冒険者とか騎士、殺人鬼なんかが良いんじゃないかと思っているんだ。


 そこら辺、セバスはどう考えているんだろうね。 ゲーム内の設定ではヴァンパイアは敵を襲って血を吸うと、HPやMPが回復する仕様になっていた。 ただし、牙による攻撃力が敵の防御力を上回った場合に限られていたけどね。


 なのにセバスは、敵ではなく処女の女性の血が好みだったし、それ以外は目もくれない様子だったもんな。 映画や小説に出てくるヴァンパイアに近い印象を受ける。


 私は恐らくだが、血を吸わない事で発生するデバフは無いと思っている。 問題は、セバスだ。 セバスは私よりも吸血衝動が強いのは確かだし、最悪の場合は一定時間、血を吸っていないとデバフが発生する可能性がある。


 本人曰く血を吸うのはデザート感覚に近いと言っていたが、禁断症状が出る様なら対策を考えていないとマズいだろうな。


 そんな事を考えている間に、部屋に案内された。 内装は至ってシンプルで、一人用のベッドがある程度だった。 まぁ、そこそこ清潔な印象を受けるので、私としては不満は無い。


 窓を開け放って、一応、外の様子も確認しておく。 うん、窓から簡単には侵入出来るとは思えないな。 となると、襲われるとしたらドアからの強制侵入だろうか?


 まぁ結界でも張っておけば、安心して眠れそうだ。 別に寝込みを襲われたとしても、負けるとは思っていないが、気持ちの問題である。


 そうだ、今現在での城の状態とかも気になるし、情報収集用に眷属けんぞくでも召喚しておくか。


「サモン、ヴァンパイア・バット!」


 複数のコウモリを召喚し、窓辺から解き放つ。 その中の一匹は勿論、城へ直行だ。 残りの一匹は街中を徘徊でもさせて、残るコウモリは街門の周囲を警戒させる事にした。


『視覚共有!』


 城に飛ばしたコウモリとの視覚を共有する。 コウモリって飛ぶスピードは大して早くないんだな、なんて思う。 城に到着するまでは、今暫く掛かりそうだ。


 途中で貴族街を通過する。 何だか武装した門番がいる建物が多くなった印象だ。 私たちの襲撃でも恐れているのだろうか?


 ややもすると、城門を通過する。 おおぅ、応急処置で直した城門に警備兵までいるではないか。 もしかしたら、討伐軍の兵士達が終結していたりするのだろうか?


 いや、城を巡回する兵士すら見当たらないし、人気だって殆ど無いし、中は荒らされた状態からは復帰していない。


 中で働いているのは、掃除婦だけみたいだな。 血の跡を拭き取っているみたいだ。 やっぱり討伐軍を組織するのは、この都市じゃないみたいだ。


「奴隷商のアルデンテは何処から情報を得ていたのだろうか?」


 城の中を飛び回るコウモリは、誰にも警戒される事無く、自由に飛び回れている。 こっちの世界のヴァンパイアはコウモリを使用しないのだろうか?


 結局、城の中で見つかったのは掃除婦と料理人が数名いるだけだった。 料理人がいるのは、食材が腐ってしまうからだろう。 もちろん料理長のブレイアントは健在だった。


 料理長や掃除婦よりもビビリの国王とか近衛騎士団ってどうなんだろう? ふと、そんな疑問が頭を過る。 いや、そんな事より情報か。


 奴隷商のアルデンテの情報源って、もしかすると貴族街なのかも知れないな。 貴族街を重点的に調べてみるべきだろうか? そう考えていると街中を徘徊させていたコウモリが警告を送ってきた。


 ん? この宿を監視している者がいる? 今度は、そちらの方と視覚共有を行ってみる。 すると確かに、物陰からこの建物を監視している者がいた。


 武装していないところを見ると、冒険者では無い様だ。 誰の差し金なんだ? 注意してみると、監視者に接触している男がいる。 何かを話し合っているみたいだ。


『聴覚共有!』


「で、例のヴァンパイアはどうなった?」

「2人とも宿屋に入ったきりだ。 外出する様子は見られないな」

「分かった、お前は監視を続行しろ。 見つかるんじゃないぞ」

「あぁ、分かっている」

「じゃぁ俺は報告に戻る」

「了解」


 そう言って、接触者は貴族街のある方向に向かって行く。 当然、追跡させて男が貴族街の門の前まで移動した。


「通行証を提示しろ」

「これだ」

「確認した。 入って良いぞ」


 そうして貴族街へと侵入した男は、目的地に向かって歩き出す。 さぁ、誰のところへ報告に行くんだい?


 貴族街の中心方向へと向かう男と、それを追い掛けるコウモリ。 すると、その男は貴族街の中心近くにある屋敷の前で止まった。


「さぁ、誰が監視しているのか教えてくれよ」


 私は期待に胸を膨らませながら、屋敷に入っていく男を観察し続けた。


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