第26話 異世界転移編 閑話:セバスの魔物狩り

 私の名は、セバス・ドルネイク。 白髪頭のポンコツ執事、それが私の前職でした。 いや、今もポンコツなのは変わりありませんな。 ポンコツ吸血鬼で御座います。


 何といって良いのやら、私は宰相の執事からルビーお嬢様の下僕に変わった役立たずです。 まさかたった5匹のホーン・ラビットを生け捕りにするために悪戦苦闘するレベルなのですから。


 そんなお嬢様は、暗に吸血鬼としての自覚を持てとおっしゃいました。 お前はもう、化け物だと。


 確かに凄い力は感じます。 それは全盛期の頃を上回る程でしょう。 そしてそれは、日が暮れると急に現実感として襲ってきました。


 この力を試したい────、そう年甲斐としがいもなく思ったのです。


 人間の頃には出来なかった空中散歩に、私は自分の年齢を忘れてはしゃぎ回ってしまったのです。 空から見る夜の世界は別格でした。 この光景を私は忘れる事が出来ないでしょう。


 確かに今でも、宰相様に対する感謝の念は御座います。 しかし、違うのです。 そう、私は化け物へと生まれ変わったのです。


 お嬢様は仰いました。 魔物を殲滅せんめつせよと。 それが太陽を克服する一助いちじょになるとも。


 そうです、今の私は太陽の下を歩けない日陰者なのです。 このままでは、お嬢様にご迷惑を掛ける事になるでしょう。 ですから、一日も早く太陽を克服せねばならないのです。


 こんな時だと言うのに、剣聖になろうと藻掻もがいていたあの時を思い出しました。 マメが潰れ、手の皮がけてもなお、剣を降り続けた日々を。


 そしてまた、老いて肉体の衰えに悲しい思いをした日々を。


 それらを全て、過去の思い出に変えるべく、私は森の中をいずります。


 いました。 あれはグレート・ボアでしょうか? 本来なら奴の前には絶対に立ってはいけない相手。 ですが、空を飛べる私には簡単に狩れる獲物でしかありませんでした。


 一刀両断、ふぅ。 どうやら私の剣筋は剣聖だった頃よりもえている気が致します。 いや、気のセイでは無かったようです。


 納剣の後に、ボアの首が落ちました。 斬られたボアも、自分の首が落ちるまで気が付かなかったのではないでしょうか?


 肉は後にでも回収して、朝食にでもするとしましょう。 今はそれよりも、化け物の体に慣れることが先決です。


 次に、あの苦労させられたウサギの気配を感じました。 どうやら今の私は、気配にすら敏感になっている様です。


 上空へと移動し、そこから一突き。 それでウサギは絶命しました。 確かに今の私なら、この森の魔物を殲滅する事も可能かも知れません。


 そして、森の中で次々と魔物を狩っていると、ウルフの集団に出くわしました。


 人間であった時なら、脱出を試みていた事でしょう。 一体一体の強さは然程さほどではないのですが、連携してくるので厄介なのです。


 ですが、お嬢様は仰いました。 ウルフをも狩れと。 ならば狩るまでです。


 一匹のウインド・ウルフが私の喉元のどもとを狙って飛び掛ってきます。 それを縦に一刀両断。 すると別のウルフが、私の右足首に噛み付きました。


 不思議です、殆ど痛みを感じません。 私は右足を蹴るように振り回しながら、その拘束から逃れました。


 なる程、これが種族による格の違いですか。 確かにウルフ程度には大した配慮も必要ない様です。


 続いて、ひるんでいるウルフに対し、横凪一閃よこなぎいっせん。 そのウルフも絶命しました。 ウルフたちも気配から感じる強さと、実際の強さの違いに戸惑っている様子。


 ならば、この状況を利用してウルフの殲滅せんめつに利用しましょう。


 一振り、一振り毎に冴え渡っていく剣筋。 あの人間だった時の苦労は何だったのかと嘲笑あざわらうかの様な剣筋。 そんな感覚に私は苦笑いを出しながら、ウルフたちをほふっていきました。


 気が付けば、十数体にも及ぶウルフのしかばね。 何という手応えの無さなのかと、正直少し戸惑います。


 人間の頃であれば、全盛期でも勝てたかどうか微妙な数と、負ったかすり傷さえ全回復してしまった自分の体。 その時初めて、自分自身が人間をも含めたモノを狩る側だと理解しました。


 そして、それを嬉しいと感じてしまう自分。


「そうか…。 私は心まで化け物になってしまったのですね」


 人間として死ぬものだと思っていたのが、気が付いてみれば、さらなる化け物の執事になった自分。


 憐憫れんびんの情でも湧けば、まだ人間味が残っていると思えるモノが、得られたのは歓喜の感情。


「いつか私は、人間の英雄にでも討たれる運命なんでしょうか?」


 そんな疑問が、頭をよぎる。 ふぅ、少しハシャぎすぎましたかね。 さぁ、魔物の討伐を再会しましょう。


 そして魔物探索を再会しながら、自分の主人に対してふと思う。


「もしも私を討伐するのが英雄なら、お嬢様を討伐できるのは伝説の勇者か何かですかね」


 いや、何だか勇者の首を持った主人が想像出来てしまう。 何故だろう? それをつまらなそうに放り投げる姿さえ、想像出来てしまう。


 そう、そこには自分とは生物としての絶対的な格の違いを感じてしまうのだ。 ましてや人間などとは比べるべくも無いと感じてしまう。


 そのくせして、勇者とか魔王とかがいるなら、喜び勇んで狩りに誘ってくる姿が容易に想像できてしまうのだ。


「お嬢様は、異世界から召喚されたヴァンパイアなのですよね?」


 いった主人がいた世界はどんな魔境だったのだろうかと、頭をひねった。


 ヴァンパイアは、物語の中に出てくるお伽話とぎばなしだと思っていた。 だが、人間が考えるヴァンパイアはもっと弱く、多分、今の自分でも余裕で倒せる相手だった様に思う。


 だって、物語の中のヴァンパイアは英雄でなくとも、協力すれば人間が殺せる相手だったのだ。


 だが現実は非情だった。 元・剣聖なんて、腕に覚えがある程度では剣を抜く事すら出来ずに、簡単に組み伏せられてしまった。


 今の自分でも、全盛期だった時の剣聖でも剣で勝利する自信がある。 そんな自分が、お嬢様には歯が立たないと言う確信がある。


「きっとお嬢様がいた世界は、この世界の伝説の勇者クラスがゴロゴロいた世界だったに違いない」


 まぁ救いがあるとすれば、街の兵士や冒険者は「経験値が少ない雑魚」とか言って、殺す価値も無いと考えている事だろう。 『経験値』ってのが謎ワードだが。


 逆に言えば、近衛騎士団とかは危険だろう。 そう言えば、近衛騎士団が見つからなかったお嬢様は、少し落ち込んでいらっしゃったし。


「まぁ、民にあだなす存在でないだけに、主人としての不満はない」


 そう思うと、心が少し、晴れた気がした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る