第7話 異世界転移編 処女の生き血

 禁書庫を出ると、スッカリ人気ひとけがなくなっていた。 最早メイドとすれ違う事すら無い様子である。


「逃げたのかな?」


 そりゃぁ知り合いとはいえ、イキナリ襲いかかって来る奴がいる様な場所なら、メイドも彷徨うろつかないわな。


 ヴァンパイアは感覚として、人間の居場所が分かる。 いや、自分もヴァンパイアになって感じたんだけど、獲物の気配とでも言えば良いのかな?


 何となくだが、人の気配を感じる事が出来るんだ。 しかも女や男の区別まで、気配で出来てしまうのだ。


 そして人間だった頃は感じることが出来なかった血の匂いも感じられる。 何と言うのかな。 焼き鳥屋の屋台なんかの匂いで味を思い出す感じに近いと思う。


 男の血は、私には少し臭く感じられて食欲が湧かない感じだ。 セバスの時は正直に言って我慢して少し飲んだが、臭みと雑みが多すぎてとてもじゃないが飲めたモノでは無かった。


 だからだろうか? 少しフルーティーな血の匂いを追って、ある方向に自然と足が向かってしまったのは。


 そこは後宮とも呼べる場所で、雰囲気としては『男子禁制』って感じの場所だった。 中に入ると、女性特有の匂いと共に、少しだけ血の匂いが混じっている。


 そして、女官と思しき女性が、首から血を滴らしながら倒れているのが目に付いた。 近付いてみると、まだ息がある様で死んではいないが、意識を保てる状態ではない事がうかがい知れた。


 指先で滴れる血をすくい取ってめてみる。 なるほどなぁ、これが女性の血の味か。 年齢が少し上なセイだろうか? 渋みがあるが、不快感は感じない味だ。


 じゃぁもっと若い女性の血はどんな味がするのだろうか? そんな事に興味を持った。


 セバスは私に最高の血を提供するためか、それともきょうが乗ってしまったのか、そこかしこに血を吸われた女性達が横たわっている。 まぁね、気持ちは分からなくはない。


 だって、『男子禁制』ってだけで入りたくもなるんだろうし、少なくとも元の倍は強くなっているのだ。 はっちゃけたくなるのも理解出来る気がした。


 そんな跡を追い掛けていると、喧騒が聞こえてきた。


「失望したぞ、セバス殿っ! 下賎な吸血鬼なんぞに成り下がるとはっ!」

「はっはっはっ。 失礼、セレスティーヌ嬢。 私も女性をなぶる趣味などは無いのですが、我が主、ルビー様の御命令ですから」

「くっ、殺せ!」

「まぁ痛いのは最所だけですからご安心を。 では、味見をおば」

「んくっ!」


 おおぅ、女騎士のリアル『くっ殺』だ! と言うか、セバスが実に活き活きとして楽しそうだ。 満喫してるんじゃねぇのか? ノリノリだよね?


「素晴らしい! 何とフルーティーでなめらかなのどごし、ではもう一口、いや、もう二口。 いや、飲みかけをルビー様にお出しするのは、失礼にあたるか。 ならば一層の事…」

「またんかぁぁぁーいっ!」


 スパーン!


 思わずストレージからスリッパを出して、セバスを殴ってしまった。


「違うのです、これは味見であって、決して飲み干そうなどとは、少しも考えていなかったのです」

「本当か? 何だが失血死しそうな勢いだったぞ?」


 女騎士の顔面は完全に血の気を失っており、真っ青だ。


「そんな事より、新発見なので御座います」

「ほう、何がだ?」

「このセレスティーヌ嬢は、男の噂が全く立たない脳筋で御座います。 恐らくこのフルーティーな味こそ処女の生き血の正体ではないかと!」


 こんなオッサンと間接キスになるのが嫌だったので、またも指先で流れ出る血を掬って味見してみる。


「確かにフルーティーだな」

「新発見で御座います!」


 褒めて褒めて、って笑顔で返してくる。 どうしてだろう。 何だか凄く殴りたい、この笑顔。


 だが、私にはそこまでの吸血衝動は無いみたいだった。 確かに処女の生き血は美味だが、そこまでも飲みたいかと言われたらそうでもない。


 それよりも私には忘れられない感覚があった。 それはレベルアップに感じたあの感覚だ。


「セバスよ!」

「はっ」

「この城に強き者はいるのか?」

「そうで御座いますなぁ、ならば近衛騎士団がそれに該当するかも知れません」

「そいつらは何処にいる?」

「今は厳戒態勢で御座いますから、王の執務室付近にいるかと存します」

「そこは、何処だ」

「本殿の2階、中央あたりで御座います」

「お前はここで、思う存分振る舞うが良い」

「はっ。 ですが、ご案内せずとも宜しいので」

「あぁ、構わん。 どうせお前程度の戦力が加わったとしても大して変わらんからな」

「どうか、ご武運を!」

「ふっ、お前こそ私の眷属になったんだ。 死ぬなんて無様ぶざまさらすなよ」

「はっ。 肝にめいじます」


 まぁ、経験値が分散するのが嫌だって理由もあるんだけど、多少は眷属を甘やかしても良いと思うんだよね。 これから世話になると思うから。


 そうして私は、離宮を離れて本殿へと向かった。 と言うか、禁書庫や宝物庫があったあの建物がそうだったらしい。


 私が召喚された場所も離宮の一つで、祭儀などを行う場所だったようだ。 そこで、戦争に利用するために英雄を召喚しようとして失敗して私を呼び出したらしいんだけど、高位のヴァンパイアだと分かってビックリ、そのまま厳戒態勢に入ったらしい。


 迷惑な話だ。 とは言え私は元の世界に未練なんて無いし、大望の限界突破が出来たのだから、実は大して拉致召喚らちしょうかんに不満がある分けではない。


 宝物庫にあった宝や現金、禁書庫にあった禁書などは迷惑料として徴収するつもりだが、この国の王族などを皆殺しにしたいワケではないのだ。


 禁書庫にあった情報から、この国がマトモだとは思わないが、現実的には後ろ暗い部分が存在しない国なんてあり得ないと思っているからだ。


 だから国王とかは殺すチャンスがあれば殺るんだろうけど、追い掛け回す程でもないと思っている。 そんな事より経験値だ。


 近衛騎士団? ワクワクする響きじゃないか! きっと、大量の経験値を溜め込んでいるに違いない。 私にとってはメタルなスライムと同様に価値のある存在なのだ。


「ぐふっ、ぐふふふふっ!」


 我ながら品の無い笑い方だとは思うが仕方が無い、そう仕方が無いのだ。


 なぜなら、そこに行けば大量の経験値が約束されたアガルタが存在しているのだから。


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