第3章:「奪還の咆哮」

3-1:「一時での、在り方の交わし合い」

 それから、またいくらかの時間経過を要した後に。

 地上より後続していた、第6師団から選抜抽出された第22即応機動連隊、及び後方支援・付随各部隊が順次到着。

 これはミュロンクフォング王国への進路を一方面・戦線として定める編成された、〝第7方面隊〟を形成する主力の一角である。


 ルオンの村への救護・支援提供を到着したその主力に引き継ぎ。《ひのもと》は線路軌道本線へと復帰。

この未知の異界を拓き行く先手を務め、ミュロンクフォングの地を目指すための行程を再開した。




 本日もまた日は景色の向こうへと沈み、夜が訪れた。

 しかし《ひのもと》はライト・各光源を煌々と照らし、無数の車輪で軌道を行く音を響かせ。傲岸不遜までの様相で、行程を消化すべく走り続ける――



 場所は、会生等の割り当てのB寝台車に。

 今宵もそれぞれの必要とされる業務行動はいくらかの収まりを見せ。各々は日中の戦いでの心身の疲れを癒すため、思い思いの休息の時間を過ごしている。


「――……」


 そのB寝台車の通路で、少し浮いた姿と様子の人影がある。

 他でもないミューへルマ。

 まだ不慣れな、そして落ち着かない様子で。各ボックス席を遠慮がちに覗きつつ歩き、何らかを探す様子を見せている。


「おや、王女殿下?いかがなされました?」


 その途中。覗き伺った一つのボックス席から彼女に掛けられる声が届いた。そのボックス席から顔を出したのは、観測遊撃隊の王子様のような女隊員、百甘。

 ミューヘルマが現れ訪れた事に気づき、そして少し迷っているような彼女の様子から声を掛けたのだ。


 また、ボックス席の奥側にはそこに座し。その陰険そうな顔でしかし書物になど目を通す、同じく観測遊撃隊の調映の姿がある。

 よく見ればその手元にあるのは。

 「奇縁から出会った二人が、仏の教えを交友の中で解釈していく」、最近日本の巷でひそかに話題の一風変わった設定の漫画冊子。

 調映は現れたミューヘルマに少しの意識こそむけるが。相手は百甘に任せると言うように、自身はその漫画冊子に目を落とし続ける。


「あ、申し訳ありません……あの、アイセイ様のお姿を探していまして……」


 一方のミューヘルマは。隊員等の過ごす空間を、目的のためとはいえ覗き見て回っていたことに少しの後ろめたさがあり。

 バツが悪そうにしつつも、自分の目的を伝える。


「あぁ、会生さんが目当てか。そっちのボックスには居なかったのかな?」

「はい……」


 ミューヘルマの目的を知り。合わせてそのミューヘルマが少し迷っている動きを見せていたところから察する百甘。

 最初に一番に会生のボックス席を尋ねたミューヘルマだが、その時に会生は不在であり。その故で彼女は車内を探し彷徨っていた。


「デッキじゃないか?気まぐれにうろつく人だ。もしくは厨房に飲みものでも買いに行ったか」


 そこへボックス席の上、展開した上段ベッドから声が降りてくる。その主は舟海。

 すでに横になり身体を休めていた彼だが、聞こえて来た会話を聞き留め、それに答える声を降ろしたのだ。


 補足すると編成中に組み込まれる業務車には厨房があり、そこでは簡易で限定的だが売店機能が兼任されていた。


「――どうした?」


 そんな推測が寄越された直後に。通路の向こうより掛ける声が届いた。

 その特徴の見える声色の主を予測する事は容易く、そしてその正解を証明するように。

 通路端のデッキに繋がる扉から、現れ歩いてくる他ならぬ会生の姿があった。


「会生さん、可憐なお客様ですよ」

「あぁ」


 百甘はその戻った会生に、その王子様的な麗しい顔に悪戯っぽい顔を作って促す。

 一方の会生は一緒に在ったミューヘルマの姿を見て状況を察し、端的な一声だけを返す。


「悪いな、デッキで体を慣らしていた。何かあったか?」


 そしてミューヘルマの前に到着して立ち。たった今の舟海の予測がまた正解であったことを示す、自分の行動所在の回答を述べながら。

 合わせてミューヘルマに用件を尋ねる声を向ける会生。


「いえ、何かあったわけではないのですが……少し、アイセイ様とお話をさせていただけないかと……」


 それにミューヘルマは遠慮がちに、顔色を伺う様に。そんな用件を、求める言葉を返す。


「話か。あぁ、構わない」


 それに対して会生にあっては微かに不思議に思う色こそ見せたが。端的に、ただ受け入れる言葉を返した。




 会生はミューヘルマを自分の割り当てのボックス席に招き入れた。

 ミューヘルマを座席に座らせ、自分はインスタントのカフェオレをケトルの湯で溶いて作り、二人分用意。

 片方をミューヘルマに渡してから、自分も対面の座席に腰を降ろした。


「ありがとうございます。すみません、貴重なお時間を……」

「眠りに就くまでの手持無沙汰な暇だ。何も遠慮する必要は無い」


 配慮他に申し訳なさそうにするミューヘルマに、会生は反した端的かつ確かな言葉でそう返す。

 そしてひとまずは、せっかく用意したカフェオレにそれぞれの形で口を付ける二人。


「――君は何を悩む?」

「!」


 それから少し間を置いた後に。

 切り出しを図りかねていたミューヘルマを誘うように、会生はそんな問いかけの言葉を向けた。


「……あの、質問を質問で返す無礼をお見逃しください……――アイセイ様は、なぜそうもお強いのです?」


 それに、少しの躊躇を見せた後に。しかしミューヘルマが切り出したのは、そんな言葉であった。


「その武、そして在り方。まるで鉱石結晶の如き……それほどを身に宿すに。どれ程の……」


 切り出した後に、まずは会生を示すそんな形容の言葉を口にするミューヘルマ。それは静かながらも羨み、渇望するような色が滲んでいる。


「過剰評価だ」


 しかし、会生の端的な返答がすぐに返った。


「必要とされるだけを鍛え、学んだまで。後は面倒事の場数から、自然と立ち振る舞いが伴ったに過ぎない」


 そして、ミューヘルマからの問いかけに。会生は自分としては正直な所を、淡々と回答して見せる。


「……ご謙遜を」


 しかし、それを聞いたミューヘルマは静かに返す。何かそこに、後ろめたさを承知で、しかし少し恨めしく妬ましく思うまでの色が含まれていた。


 事実。会生のそれは他者からすれば、憎らしいまでの謙遜と取られても無理は無かった。


 会生の〝強さ〟は。

 ミューヘルマだけでは無く元の日本でもたびたび羨まれ、時に妬まれてきた来たもの。

 鍛錬と経験もあるが。会生のそれはそれ以上に、生来から身体的・感覚的な面で合わせて与えられ恵まれたギフトに近いものであった。


 自衛隊内でも、精強な精鋭部隊や特殊部隊までもがそれを欲した程。

 そしてしかし。明かせば鉄道技術者としての経験をもって、諸々の都合から自衛隊建設隊に転職移籍したに過ぎない会生は。合わせて自身の在り方の考えもあり、そういった所へ身を置くことを拒み。

 その持て余される強さから確執や諍いを招いた程だ。


「羨ましく、妬ましくすらあります……」


 そしてミューヘルマも抱いていたそれを、彼女はついに口にした。


「その身一つで、悪逆暴虐をいとも容易く打ち砕くお力に御業……「救い」、「守り」、「討つ」――これらをただの絵物語でなく、真として成せるまでの強さ……」


 続け、そんな言葉を紡ぐミューヘルマ。


「君が欲し、必要とするものか」


 そのミューヘルマの真意を読み解くは容易く、会生はそれを口にしてぶつけた。


 祖国である王国より零れるように逃がされた、第三王女。国を取り戻し民を導くための御旗、最後の希望。

 そんな立場に置かれたミューヘルマ彼女。

 彼女自身もその責任感は強く重く。しかし反して今の彼女自身は、「か弱い」の見本と言われかねない一人の少女に過ぎない。


 そんな身の上の彼女が、力を望み欲していることは明確で自然な事であった。


「皆様に、有り余るお力添えを頂いている身で、小娘が何をと思われるかもしれません……しかし……!」


 「それではダメなのだ、いけないのだ」と。

 続く言葉をしかし紡ぐことはせず、ミューヘルマはその膝の上で握った拳を強く握った。


「――」


 彼女の置かれる立場、抱える重責。求められる役割。

 そこからミューヘルマがそう思い詰めてしまう理由は会生にも理解でき、そして自然な事であると感じた。


「――何も戦いに長けるだけが強さではないだろう」


 その上で、しかし会生が発し向けたのはそんな言葉だ。


「え?」


 それに、顔を上げ声を返すミューヘルマ。その顔を見て、会生は続ける。


「借りられる物は遠慮なく借り、利用できるものは余す事無く利用し、己の成すべき目的をなんとしても成し遂げる――そういった豪胆さ、厚かましさも一つの強さ。そして人の上に立つ者には必要な要素と考えるが」


 会生が説くようにミューヘルマにぶつけたのは、そんな言葉。

 それは現在の自衛隊とミューヘルマの関係性を、そしてミューヘルマの立場を当てはめてのものか。


「!」


 それに、ミューヘルマはその可憐な眼を微かに剥く。

 そんな彼女に、会生は「少なくとも俺はそうして来た」と付け加える。


 それが言葉遊び、根本を解決するものでは無い事を、会生は百も承知であり。ミューヘルマも分かっていた。

 しかしそれでも、ミューヘルマはその言葉に。どこか重圧が少し降りる気持ちを感じた。


「――あはっ……はいっ」


 そして次には彼女の口からは自然と笑いが零れ。合わせて、会生の今の言葉を受け止める返事をミューヘルマは会生に返した。



 それから少しの間。カフェオレを相方に、口数多くは無くもポツポツと言葉を交わしていた会生とミューヘルマであったが。

 喧騒が割り込んだのは、その最中であった。


「――会生、いるか!観測遊撃隊の各員も!」


 通路向こうより、発し上げ現れたのは他でもない祀だ。

 その口調は、非常時・荒事の際に彼女が見せる厳正なそれ。彼女の「戦闘」モード。

 そして次には飛びつく勢いで、会生とミューヘルマの居るボックス席に顔を出した。


「あぁ、殿下もこちらに……!」

「どうした?」


 会生と一緒にミューヘルマの姿を見止め、そう口にする祀。彼女のその顔には真剣な、そして少し急く色が浮かんでいる。

 そんな祀に、一方の会生は変わらずの端的な色で尋ねる声を返す。


「何事です?」

「あぁ?どうしたぁ?」


 そして隣接のボックス席からは百甘が顔を出し。調映なども億劫そうな声を寄越す。


「非常……大変に重要な事態だっ。会生と殿下は指揮所へ!皆も、業務タブレットの共有にアクセスして情報を受け取るんだっ!」


 そんな各員に、祀はまた急く様子で指示要請の言葉を飛ばす。


「敵の本拠地……――〝ガリバンデュル大帝国の帝都が、間もなく陥落する〟ぞ――!!」


 そして次に、興奮すら混じる様子で祀が知らせたのは。そんな知らせ訴える言葉であった――

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