2-13:「戦いの後、差し伸べる手」

 それから間もなくして。

 村内を占拠していた帝国軍部隊は、進入展開した第32戦闘群・他各隊の手により順次排除。

 村に隣接する形で置かれていた、帝国軍軍団の野戦陣地は。その実は申し訳程度の歩哨と従兵しか残されていなかったため、《ひのもと》及び編成の付随隊の強襲を前にあっけなく投降。


 ルオンの村および周辺からの、帝国軍軍団の完全な排除無力化が確認された。



「――ストゥル、まさか来てくれるとは……」

「無事で何よりだ、ゲイン」


 村の中心部に当たる区画の、その一角。

 そこで立ち寄り合い、言葉を交わす者等の姿がある。

 それは今先に観測遊撃隊が救った村の男性、ゲイン。そして陸上自衛隊の同行助言人である、他ならぬオークのストゥルだ。

 幾度もルオンの村を訪れた経験のあるストゥルは、ゲインと見知った仲であり。今は互いの再会を喜び、そして無事に胸を撫で降ろしている所であった。


 その二人の周りには、最初に村より逃げ延びた狼の少年少女のウロルやクーネ。ゲインの息子に、その友人である少女。さらには今しがたに帝国軍将軍の手により救われた少女、他数名の子供たちが囲っている。

 帝国軍はほとんどが排除されたとはいえ、未だ騒めきの中にあるルオンの村。

 そんな中で子供たちは、陸上自衛隊が防護を張った中で避難し。そしてこの村で学び舎の先生をしているゲインの元で、面倒を見られていたのだ。

 もっともその子供たちはほとんどが皆、周囲を背かしく駆けまわり行動している陸上自衛隊各隊の同行に夢中で。手は掛からない状態であったが。


「しかし、彼らは……?」


 そんな子供たちの視線を追うように、向こうを見るゲイン。

 ちょうどそのタイミングで、配置転換をする最中の16式機動戦闘車が横切っていく。

 はしゃぐ子供たちに向けて、車上で警戒に着く装填手の陸士隊員が、手を振り返し降ろして寄越す。

 

「私もまだ良くは知らない。〝ニホン国〟と言う異界の国の軍、底知れぬ力を持つ存在……」


 尋ねる旨を言葉にしたゲインの言葉に、ストゥルが返したのはそんな漠然と形容する言葉。


「しかし――〝色々と悪くはない人々〟なのは、漠然とだが確かだと思っている」


 そしてしかし、ストゥルは次にはオーク特有のその厳つい顔に微かな笑みを浮かべて。

 またそんな言葉を紡いで見せた。




「――皆さま、本当になんとお礼を申しあげれば良いか……」


 場所は変わり、そこはルオンの村の村役場。

 その一角では先の少女の母親である妙齢の女が、数名の陸自隊員と相対してそう礼の言葉を述べている。

 明かせば、母親の彼女こそルオンの村の長。先代よりその立場を受け継いだばかりの村長なのであった。


「村をお救い頂いただけでも計り知れない恩だと言うのに。その上これからの後押しのお助けまでいただけるなど……」


 続け言葉を紡ぐ女村長。

 今しがたまでで、女村長には陸自側からその正体目的が。合わせて、これより後続の陸自主力が到着し、村への救護支援が提供される旨の説明がなされた所であった。


「これで私共からの謝礼を受け取っていただけないなど、失礼ながらご無体にすら思ってしまいます……」


 その支援に対しての礼を述べた次に、村長が紡いだのは少し心苦しいまでの色でのそんな言葉。

 陸自側からは支援の提供にあって、それに伴う対価などは要求することはせず、そしてあったとしても受け取ることはできない旨が説明されていた。

 その過剰な程のまでの施しに、村長は最初は戸惑い。そして陸自側からの詳細の念を押した説明によって理解にこそ及んだが、それでもそこに恐れ多さを感じてしまっての言葉であった。


「お気持ちはお察しします。しかし我々の在り方としては、救うべき方々から金品物品を巻き上げることはあってはならないのです」


 それに返されたのは。どこか威圧感のある声色での、しかし反した丁寧な言葉遣いでの言葉。

 その主は、女村長と相対する一人の男性。

 中年後半といった域の年齢層。身長高めのその身に陸自の迷彩服を纏い、襟には三等陸佐の階級章。

 何よりその声色に違わぬ、佇まいや眼孔だけで相手を射殺せそうな、凶器のように尖った顔立ちに容姿が目を引く。


 第32戦闘群の群長、府月(ふらぎ)三等陸佐。その人であった。


 この場の陸自側の代表者を務める府月を主として、支援に関わるここまでの説明が女村長になされていたのであった。


「どうかご理解を、そしてご遠慮などなさらず堂々とお受け取りください」


 続け、その容姿声色に反した言葉づかいで、女村長に理解を求める台詞を紡ぐ府月。


「……分かりました、それがニホン国の皆さま方の矜持なのでしょう。感謝の元に、お受け取りさせていただきたく思います」


 その府月の言葉を受け。女村長は提供される無条件無対価の支援を、感謝の元に受け取る意思を返した。


「合わせまして、そちらの果敢なあなた様」


 女村長は府月の背後少し向こう。そこに立ち構えていた存在に視線と声を向ける。


「ん?」


 そこに在った者――この場に同伴していた他ならぬ会生は。その掛けられた言葉に端的に声を返す。


「わが娘をお救いいただけた事、礼の言葉も思い当たらない程。一人の母として感謝してもし切れない思いです」


 その会生に向けて村長が紡いだのはそんな言葉。先程に将軍の男の手から娘子を救ったことへの礼であった。


「俺は隊の一端として、作戦目的のための行動をしたに過ぎない。俺個人への礼は不要だ」


 しかしそれに対して、会生が返したのはそんなストイックな。いや冷淡なまでの言葉。


「会生っ!」


 それに、横に並び立っていた祀が少し焦った色で咎める言葉を向けたが。

 会生の様子は変わらず、自分の在り方を崩す様子は無かった。


「では、その鋼の如き在り方に敬意を」


 しかし女村長も、その会生の在り方に感化される部分があったのだろう。

 気分を害する様子や動じる様子は無く、会生の言葉を受け取り。また違う形での捧げる言葉を返す。


「そして、あなた方の旅路の健闘を祈らせてください」


 そしてその場に同伴した陸自隊員等に向けて、祈り願う言葉を向けた――




 村の外周。

 この村までを導くように分岐していた支線軌道の上で、その長大な身体を鎮座させている《ひのもと》。


「……」


 その傍らで佇み、村の方向を眺めるミューヘルマの姿があった。

 その顔色は、村が無事救われた事に胸を撫で降ろしつつも。しかし賑わい栄えていた村が、ガリバンデュル大帝国の暴虐の牙によって傷つけられてしまった事実に、複雑な思いを見せるものだ。


「やはり彼等の力は恐ろしいまでだな……」

「あれ程の力を持ちながら、徹底して無償の救いを差し伸べる在り方――不気味なまでですわね。それとも、それをも絶対の強者の余裕という事かしら?」


 その傍らでは、ミューヘルマを護る目的で共にいるクユリフとエンペラルの二人も居る。

 クユリフは遠目にも観測できていた陸自各隊の戦いのそれに、驚く言葉を零し。

 エンペラルは未だに自衛隊の在り方に訝しみを見せつつ、その本質を分析する言葉を零している。


「彼らはその力や技術だけでなく、その価値や考えもまた興味深いね。まだまだ退屈とは無縁の旅路を期待できそうだ」


 さらにそれに並び。隊への観測支援提供を終えて戻ったレーシェクトが、楽しそうにそんな言葉を紡ぐ。


(――……あの方々は、強い。なのに私は……)


 しかしそれぞれがそれぞれの思いを言葉にする端で。

 ミューヘルマはその青い肌に彩られる整う顔に、しかし仄かな暗く険しい色を見せ。ある思いを浮かべるのであった――

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