第13話 バレンタインデー

 3Dモーションキャプチャーテストが終わった後。日々谷さんたち3人がそれぞれのかばんの中をあさり出した。そして何かを取り出す。


「はい!兄様の分です!」「バレンタイン。お返しは期待している」「チョコどーぞ!みんなの分もあるよ!」


 そういえば、今日はバレンタインデーだった。


「そんな行事もあったね...ありがとうみんな、来月お返しするよ」


「やったー!」「どうせならゴ○ィバとかで」「せんせーありがとー」


 順に、エレナさん、塩見さん、日々谷さんである。塩見さんだけ生臭い。


「あの、私もみなさんからチョコをもらってしまっても良かったのですか...?」


 と、宮野マネ。


「まみーじゃーさんにもあるでしょ、お世話になってるんだから」


「お友達ですもん!」


「...ありがとうございます!......それなら私も用意しておくべきでした...」


「忙しいんでしょ?そんなことで文句は言わないから、むしろその気持ちだけで嬉しい」


 なんだか尊いものを見た。


 3人とも市販の少し高めなチョコレートをくれた。お返しも少し高めのやつにしないとな...



 3人はこれから食事とショッピングセンター男性にとっての地獄に行くらしく、誘われたが予定があると丁重にお断りさせていただいた。死にたくないからね。


 そうして3人と別れて、5期生の控室に戻ると、扉が少し開いていた。


「誰か閉め忘れたのかな...?」


 そのまま入室し、自分のロッカーを開けてコートを取り出すためにロッカーに手をかける。その時に、閉めていたはずのロッカーの扉が少し開いていることに気づいた。


「まさか、何か盗まれた...!?」


 ここには監視カメラもあり、何か悪いことをしてもすぐにバレるはずである。そんなことはしないはず。


 そうわかっていても怖いことは怖いので中を確認する。そこにあったものは何も盗まれていなかった。それどころか増えていた。


「何これ、紙袋...誰のだろうか...?中身は、失礼して...チョコレートか、バレンタインか、...僕宛なのかな...?そうだとしても返しできないのはきついから差し出し人くらいは知りたいなぁ...」


 紙袋をざっと確認したが差出人の名前はなかったが、代わりにあるものが貼られていた。


「氷と本のシール...?氷と本...あ゛」


「氷」と「本」といえば1人しかいない。ヒナだ。そしてよくよくみるとシールの横にものすごく小さな字で「さーくんへ」と書かれている。こんなのわかるわけないだろう。


「えぇ...ヒナかぁ...直接渡して欲しかったなぁ」


 中を開けてみると、明らかに市販ではないチョコレートがいくつか。


「手作り、え、すご、ちゃんと作ってくれてる...」


 普通これほどのものを渡されたら誰だって想いに気づくものだが、彼は気づかなかった。いや、そんなふりをした。目を逸らしたのだ。わざわざ手作りのチョコまで作ってくれた彼女の想いから。


 これ以上失いたくない、と。


 ◇◆◇

 <日奈視点>


「なんで!どうして気づいてくれないの!!」


 先ほどの桜夜が日奈のチョコレートを見つけた時の反応の一部始終を5期生控え室に置いた隠しカメラ(許可はとった)から見ていた日奈は頭を抱える。


 しかし、彼の表情を見た日奈は、彼の高校生時代に起こったことを思い出した。その時の彼と表情がそっくりだったのだ。そのときにあったことのせいで、彼はこれまで築き上げた人間関係が壊れるきっかけになるような行動を避けるようになっているのだ。


 今回のことも、もしかしたらこのまま進むと桜夜や日奈のライバーとしての人生が終わってしまうといったことを考えてしまって行動を躊躇してしまったのだと思われる。明らかに手にしたものがどういうものかわかっていた顔をしていたのに、気づかないふりをしていたのだ。


「ゆっくり外から埋めていかないと、その先まで進めそうにないかぁ......うん!それぐらいで冷めるような思いじゃないもん!落としてみせる!......はぁ......」



 ずっと好きだった幼馴染の攻略難易度の高さにげんなりすると同時にやる気を漲らせる日奈なのだった。


 ◇◆◇

 <桜夜視点>


 その日の夜。夕食を食べ終えたあと、僕は例の紙袋と対峙していた。あれからずっと考えている。バレンタインのチョコだって、受け取ってもらえなかったりしたら気まずくなるものなんじゃないか?そういったことをヒナは考えていなかったんだろうか?そんなことあるはずがない。気まずくなるかもしれない、それでもなお渡したい、ということなんだろう。


「...食べよう」


 せっかくヒナが作ってくれたものだから、とネガティブに考えるのをやめて包みを開けてそれを口に入れる。


「〜!!」


 甘い。とても甘くて、おいしい。甘いもの好きな僕の好きな味付けになっている。昔甘いのが好きだと言ったことを覚えていたんだろうか。


「......おいしい」


 ...やっぱり、こんなふうにうじうじしていては良くない、と思ったその時。


 〜〜〜♪


 突然、スマホから着信音が流れてきた。こんな時間に誰だろう?


 ささっと手を洗って電話に出る。相手は日奈だった。


『もしもーし!チョコレート、食べてくれた?』


「食べたよ。すっごく美味しかった。ありがとう、僕の好きな味付けにしてくれて」


『ふふ、気づいちゃった?...どういたしまして』


 スマホ越しでもわかるほど嬉しそうな声が聞こえる。


『ねえ、さーくん』


「ん?どうしたの?」


『私ね、思い出した。高校生の時にあったこと。ひょっとして、さーくんが鈍い...いや、目を逸らしているのも、あのとこのことがあったからなんじゃないかな...?』


「............」


 ヒナに指摘されて改めて考えてみると、その通りだった。あの時のことのせいで他人が信じられなくなったことがあった。


『私は、さーくんのこと信じてるから...さーくんも私のこと、信じてほしいな』


「...?......あっ...」


 一瞬何を言っているのかわからなかったが、察した。僕はヒナに不安感を与えてしまっていたようだ。


「うん、大丈夫。ヒナのことは信じてるよ、これまでもこれからも、ずっと......でも、その先は...まだちょっと心の整理ができてないから、もう少し、待ってほしい」


『......うん、わかった。待ってるからね。信じていてくれてありがとう。...いつまでもずっと、仲良くしようね』


 そう言ってヒナは電話を切った。


「すごいね、ヒナは...」


 僕が逆の立場だったらもうダメだっただろう。ヒナだから、幼馴染だから僕を理解してくれていると思うと、彼女と近所で育ってきた事が本当に奇跡だったんだなと思えてきた。


「わかってる。わかっているんだけど...怖い」


 やはり、これ以上踏み込んだ関係になろうとして今の生活、ましてやヒナの日常すら破壊してしまうかもしれない、と思うと自信なんかかき消えでしまうのだった。


 それでも、最後にヒナがかけてくれた「ずっと仲良くしよう」という言葉は、居酒屋の騒ぎがあった時からずっとネガティブに考え続けてしまって閉じようとしていた心を優しく包んで開いてくれたのだった。

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