第9話 ユウキの休日②

「ここ、座るわね」


女性は勝手にユウキの前の席に座ってきた。


「・・・・・・勝手に座らないでください」


「いいじゃない、あなた異世界人でしょ?」


「そうだけど、なんで知ってんですか」


「何でって、そりゃ知ってるわよ。有名だもの。異世界人にして、A級冒険者のエース、ユウキ・カワダ。街をただ散歩してたって、あなたのことは耳に入るわ。・・・・・・実は私も異世界から来たのよ。旗井詩織っていうの。まだここに来て五ヶ月しか経ってなくて、知り合いもいないこの世界を心細く思ってた時にあなたの噂を聞いて、それで話したいと思ったのよ」


ユウキは怪しいと思った。しかし・・・・・・もしかすると、本当かも知れない。ユウキは七年前に自分がこの世界に来た時のことを思い出した。ユウキも初めてこっちの世界に一人で来た時は心細かった。その二ヶ月後くらいに妹が来て、さらに三ヶ月後には姉がこっちの世界に来たことで心細さが解消できたのだ。


自分は運良く家族が来てくれたからよかったものの、みんながそう上手くいくとは限らないだろう。ユウキの運がよかっただけなのだ。知らない世界に一人でいることの心細さは自分がよく知ってる。


ユウキはだから、美人局などの可能性も頭の片隅に残したままではあるが、とりあえず話すことを承諾した。


「ほんと?ありがと」


詩織はにこっと笑ってお礼を言った。詩織が椅子に腰をかけると、店員さんが来たので、詩織は紅茶を注文した。ついでに、ユウキが先ほど頼もうと思ったケーキも頼んだ。


「それで早速聞きたいのだけれど・・・・・・」


そう言って詩織はユウキがさっきまで読んでいて、今は閉じてテーブルの上に置かれている本を指差して言った。


「その本って、元の世界の本よね?」


その本は、明らかにこの世界の本ではなかった。紙の質感、本の装丁、出版社の名前・・・・・・そして極めつきに、その本は日本語で書かれていたのである。本の裏表紙に書かれたあらすじが、完全に日本語であった。


「そうですね。ヘルマン・ヘッセの『メルヒェン』です。完全に元いた世界の、日本の出版社から出た本ですね。これは推測ですけど、多分カバンの中とかに入っててこっちの世界に来る時に持ってきちゃったんだと思います」


「なるほど・・・・・・」


「こういう本、元いた世界の本は結構あるんです。異世界人が自分の記憶を頼りに書いた複製なんかを入れれば結構な数ありますね。それらを集めるのが趣味なんですよ」


「なるほど・・・・・・それはかなり素敵な趣味だと思うわ」


「ええ、そうですね。自分でもなかなかいい趣味だと思います。・・・・・・集めている限りは忘れませんから。元の世界のことを」


ユウキのこの言葉に、詩織は問いかけた。


「・・・・・・こっちの世界に来て、どれくらいになるの?」


ユウキは答えた。


「7年になりますね」


この言葉を区切りとして、二人は口をつぐんだ。


「お待たせしました。こちら、ご注文のケーキと紅茶になります」


おりよく詩織が頼んだ紅茶と、ユウキが頼んだケーキが来たので、二人はしばらく黙ってそれを楽しんだ。ユウキが頼んだケーキはクラシックショコラというものだ。シンプルで美味しいチョコレートケーキで、横に生クリームが添えられている。この生クリームをつけながら食べるのである。ユウキはこのケーキが好きだった。こっちの世界に来る前から。ユウキは家族と一緒に、ファミリーレストランでこのケーキを食べた時のことを思い出した。


さて、しばらくの沈黙ののち、今度はユウキの方から話題を切り出した。


「ちなみに、俺らの世界の本の中には、小説とかだけじゃなくて漫画なんかもありますよ」


ユウキがそう言うと、途端に詩織は身を乗り出し、目を輝かせ、さっきまでとは打って変わった雰囲気で


「漫画!?漫画なんてあるの!?」


と聞いた。


「ええ、ありますよ漫画。好きなんですか?」


「ええ。好きなのよ。かなりね。こっちの世界に来たから、てっきりもう読めないと思って諦めてたのだけど・・・・・・あるのね?こっちの世界にも」


「ええ、ありますよ。まあもっとも大部分が、ファンが記憶を頼りに書いた同人誌的なものになると思いますが・・・・・・」


「それでもいいわ!ああ、まさかこの世界でも漫画が読めるなんて・・・・・・夢みたい。どんなのがあるの?」


「そうですね、マニアックなところですけど・・・・・・『バイトの女神様』とか」


「『バイトの女神様』!私読んだことあるわ!読んだことあるというか、ファンだったのよ!何回も読んだわ!」


「マジですか。俺もファンだったんですよ、『バイトの女神様』。読んだことあるっていう人初めて会いましたよ」


「私も初めて会ったわ」


「え、同じ作者さんの・・・・・・狂花さんの他の作品で、『夢の中』とかは・・・・・・?」


「もちろん、読んだことあるわ。ちなみにそれは・・・・・・?」


「もちろん、あるぞ」


意外にも二人は話が合うみたいで、このあとかなり長い間、漫画談義に花を咲かせることになった。


「中崎中也さんの漫画は『ダーティヒーロー』が一番─────」


「いやいや、中崎さんのなら『ダメージ』の方が─────」


「あの人のあの漫画は────」


「あの漫画のあのシーンは────」


二人は長々と漫画談義を繰り広げていたが、やがて落ち着いてきて、一時間ほど経って二人とも満足した様子で話を終えると、詩織は紅茶を、ユウキはコーヒーを飲んで一息ついた。


「まさか『ジョジョの奇妙な冒険』までこの世界にあるとは思わなかったわ」


「ほんとだよな。俺もまさか一部から八部まで全部記憶してて、しかもちゃんとジョジョの絵柄に寄せて描く奴がいるとは思わなかったぜ。・・・・・・まあでも、異世界に来てよかったことがあるとすれば、オラオララッシュができるようになったことだな。それが唯一よかったことだぜ」


「え?出来るの?」


「ああ、出来るようになった。そうだな、今度見せてやるよ」


ユウキはそこで言葉を切った。詩織もしばらく黙ったが、やがてこう問いかけた。


「ねえ、一つ、聞いてもいいかしら?」


「なんだ?」


「あなたはどうして冒険者になろうと思ったの?・・・・・・見た目から言うと、そんなに年を取ってるようには見えないわ。二十一か二・・・・・・」


「惜しいな。今年でちょうど二十歳だ」


「二十歳。あなた、異世界に来たのは7年前だって言ってたわね?7年前っていうと当時13歳だわ。その年で戦場に出ようとは普通は思わないわ。なんで冒険者になろうと思ったの?」


その質問に、ユウキは極まり悪そうに答えた。


「そうだな・・・・・・正直にいうと、理由なんてなかった。これといった理由もなかったし、もちろん確固たる信念とか、そういうもんもあったわけじゃない。ただ、漫画とかでよく見たファンタジー世界の冒険者って奴になってみたいな、なんていう安易な気持ちで始めたんだよ」


ユウキは、まあ要は厨二病だったんだな、と言って笑った。


「でも、現実はとても漫画のようにはいかなくて、辛くてな・・・・・・冒険者やめて他の職業に就こうかとも思っていた。そんな時だ」


「この街に複数の魔族が襲来するという事件が起こった。衛兵や上級冒険者、そしてその当時まだほんの駆け出しだった俺まで駆り出された」


「そしてその時、まあただ運が良かったってだけなんだが、魔族を一人、一対一で倒すことが出来たんだ。まだほんの駆け出しだった俺にとっては、初めての大快挙だった」


「街のお年寄りから、子どもたちに至るまで大勢に感謝された」


「もちろん元の世界でだって感謝されたことはある。ただ、この場合は少し状況が違った。命をかけて戦って、大勢の人々の命を救ったことで感謝されたんだ」


「自分の命をかけて、人の命を救う。そして感謝される。そんなことは今までなかった。そんなの、まるでヒーローみたいだ。漫画やアニメで見た、あのヒーローたちみたいじゃないか?」


「自分にはそんな高尚なことは出来ないと思っていた。そんなことが出来るのは、それこそヒーロー、俺なんかじゃ到底届かない高みにいるような、高潔で強靭なヒーローだけにしかできないと思ってたんだよ。それが出来た。だから、なんというかな・・・・・・・」


ユウキはそこで言葉を切り、少し考え込んだ。そして照れくさそうに少し笑って言った。


「嬉しかった・・・・・・そう、嬉しかったんだな。こんな俺でもヒーローみたいなことが出来たってことが。だからまあ、最初の動機はくだらないふわふわしたもんだったけど、今ははっきりとした理由を持って冒険者をやってるよ。ヒーローになりたいから・・・・・・それが理由さ。誰かのために命をかけるってことを、俺もしてみたくなったんだよ。まあ結局子どもじみたようなくだらねえ理由だけどな。」


ユウキがそう言うと、詩織は首を振り、真剣な顔つきでユウキの目をまっすぐと見据えて言った。


「いいえ、そうは思わないわ。すごく立派な理由だと思う。・・・・・・ユウキ、あなたはやっぱり美しい魂を持った人間よ。目でわかるわ。本当に綺麗な目・・・・・・目は魂を語る。あなたの目はやっぱり雄弁に語っていたのよ。あなたの魂の美しさを」


ユウキはその詩織の言葉に、少し笑って答えた。


「買い被りすぎだよ」


その後も二人はしばらく話した。


そして話の流れでユウキは詩織の家に招かれることになった。


ユウキは、というか、ユウキだけでなく上級冒険者なら大体がそうなのだが、散歩をしている時や買い物をしている時など、急にファンに話しかけられて、その会話の流れで初対面のファンの家の昼食や夕食などに招待される、なんてことがよくある。


治安の悪い街や村ならともかく、比較的治安がいい方の街や村ならそういうのはよくあることなのだ。


だから、詩織から家に来ないかと言われた時も、その感じでついついOKしてしまったのである。


これは明らかな油断だった。これはユウキの明確な失策であった。


このことが、大変な事態を引き起こすことになるのである。


時刻は、ちょうどお昼ごろになっていた。


空には太陽が翳りも見せずに、燦々と輝いているのだった。

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全裸なら魔王も倒せる オオサキ @tmtk012

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