第8話 ユウキの休日①
今日のユウキは休日であった。もちろん冒険者だから決まった休日などがあるわけではない。ずっと働き詰めにならないように、個人個人でこの日は依頼を受けない、と決めるのである。それが休日となる。
冒険者でも新人で若い者になると、早くランクを上げたいからってずーっと依頼を受け続けたりもするが、そういう人はギルドの側から注意を受けることになっている。注意を受けてもなお受け続けようとする場合は受付の方で受理されなくなるので、どんなに血気盛んな者でも渋々休日を取るようになるのだ。
ただ、休日はなくても休日出勤はある。街に魔族が出た時などは緊急で冒険者が招集されることもある。その場合は休日出勤だ。連合軍所属の冒険者の場合は特にこの休日出勤が多いので、ユウキも呼び出される可能性は高いということになる。ここら辺のところは流石に運に任せるしかなく、ユウキとしては今日魔王が部下を送り込もうなんて気にならないことを祈るばかりである。
今日、ユウキはカフェで本を読んでいる。
ユウキは休日でもあまり寝て過ごさないタイプだ。
朝早くから起きて本屋に行き、しばらく散策して気になった本を購入する。
そしてその足でカフェに入る。このカフェはいつも休日のたびに寄る行きつけの場所で、客の話し声がしたりすることはあるものの、基本静かで落ち着いた雰囲気で、クラシックのような音楽も心地良い、和やかなカフェだ。
ここで買ってきた本を読むのが、ユウキの休日の過ごし方なのである。
カフェの中に入ると、店員に案内されて席につく。いつもはどこの席になっても気にしないが、今日は店員に頼んで通りがよく見える席にしてもらった。大きな窓の隣の席だ。ユウキが頼むと、常連のよしみというやつだろうか、快く受け入れてもらえた。
席につくと、すぐにユウキは特製ブレンドコーヒーを一つ注文する。これをちびちびと飲みながら本を読むというのが、ユウキにとって何よりの楽しみなのだ。
コーヒーが来るのを待ちつつ、パラパラと買った本をめくっていると、カフェの客の話し声が聞こえた。
「また昨日行方不明者が出たみたいよ」
「やあねえ、今月に入ってもう6人目じゃない。早く犯人が捕まってくれるといいのに・・・・・心配ねえ」
どうやら近所に住んでる主婦が、家事の合間に暇を持て余しでもしたのだろう。紅茶を飲みながら優雅に井戸端会議をしていた。
行方不明者・・・・・・というのはここ最近この街で起きている、不可解な失踪事件のことである。何の前触れもなく人が忽然と行方不明になるという事件が多発してるのだ。特に生活に困っているというわけでもない、失踪する理由のない人間が突然帰ってこなくなり、行方知れずとなるのである。
ここ四ヶ月ほどでこの街ではもう三十八人もの行方不明者が出ている。単に偶然が重なったとして片付けるには多すぎる数だ。この街の領主であるギスレーリン伯爵はこれを同一の人間または同一組織による犯行と見て衛兵に調査を命じたのだ。
冒険者ギルド全体にもその事件に関しての依頼が来ていた。
依頼者は行方不明者の身内たちである。行方不明になった者たちの配偶者や両親がお金を出し合ってギルド全体にこの事件の犯人の発見、及び捕縛を依頼として出したのである。
ギルドへの依頼にも種類がある。ランクが合えば誰が受けてもいいような、いわゆる通常依頼と、冒険者を指名してその人やパーティーに受けてもらう指名依頼。今回のは指名依頼、その中でも特別な、『全体指名依頼』である。文字通り、これはその街のギルド支部全体の冒険者を指名して、依頼を出すのだ。これは誰でも出せるというわけではない。指名して依頼を出すのは依頼者だが、受けるかどうかはギルドが決める。ギルドが依頼者の事情を鑑み、ギルド全体で取り組むだけの緊急性と重要性があると判断して初めて依頼を受けるのである。
それを今回受けたということはギルドでもこの件を、それだけ重要かつ緊急性のあるものとして断じたのである。
ユウキ個人としても、この事件を早急に解決させたいと願っていた。ユウキの脳裏には依頼者代表としてギルドの冒険者の前で話をしたある老夫婦の涙があった。その老夫婦には息子がいたが、一ヶ月半ほど前に忽然と姿を消し、そこから杳として行方が知れないらしいのだ。
・・・・・・あそこで井戸端会議をしている二人の女性も、自分の夫や息子、娘がある日行方不明になったとしたらやはり涙を流すだろう。きっと悲しむだろう。
(これ以上悲しむ人を増やしたくない。それに、まあ少し希望的観測かも知れないが、行方不明者も戻ってくるかも知れない。そのためにも出来るだけ早くこの事件を解決させないとな・・・・・・・)
今日も、一応は休日ということにしているが、本を読みながら通りに怪しい人物がいないかどうか見張るつもりなのである。そのためにわざわざ通りの見える席にしてもらったのだ。
大袈裟に捜査をしたりすると、犯人に警戒心を抱かせてしまうかもしれないので、冒険者たちで話し合った結果、普段通りの生活をしつつ怪しい人物や痕跡がないか見るという方法を採ることになったのである。衛兵の中の一部だけを捜査に回しているように見せているので、犯人もそこまで警戒心を抱かず油断するだろう。
と、ユウキが色々考えつつ、頬杖をつきながら窓から通りを見ていると、頼んだコーヒーを店員が持ってきた。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう。わざわざこの席にしてもらってすまない。ありがとな」
「いえいえ、他ならぬユウキさんの頼みですから。このくらいなんてことないですよ」
行きつけの店というのはありがたいものだな、と思いながらユウキはコーヒーを飲んだ。
(コーヒー1杯だけっていうのも、何だか申し訳ないな。これ読み終わったらケーキでも頼むかな)
コーヒーを飲みながら、今日の戦利品である本のページを開く。通りをチラチラ見ながら、本を読みつつコーヒーを啜るという器用なことをユウキがやっていると、不意に声をかけられた。
「あなたね?異世界人のユウキって人は」
顔をあげると、金髪碧眼で背の高い、二十代後半くらいに見える女性がユウキを見下ろすように立っていた。
その女性はユウキの目をじっくりと眺めると、こう言った。
「綺麗な瞳ね。海の底よりも青いわ。ラピスラズリよりも・・・・・・こんなに綺麗な青を見たのは初めてよ。あなたの魂も、きっと綺麗な青色をしているんでしょうね」
ユウキはこう答えた。
「悪いけど、俺に色仕掛けは効きませんよ。そんなに青いのがいいんなら、ガガガ文庫の表紙でも眺めてた方がいいんじゃないですか?」
これを聞くと女性はクスッと笑って
「あら、つれないことを言うのね」
妖艶な雰囲気を醸しながらそう言った。
ユウキは本を閉じながら、やれやれ、これは何だか面倒なことになりそうだぞ・・・・・・と思ってため息をつくのだった。
窓から暖かな日の光が差し込む、よく晴れた日の出来事だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます