第7話 ユウキの仕事風景

ユウキはフルカとルリのいる街の西の、別の街へと通じる街道沿いにある村にいた。


この村の外れに魔族が出て、村の人間が困っているらしく、冒険者ギルドに出された依頼をユウキが受けたのである。


相変わらずとっくりのセーターにジーンズというラフでシンプルな格好をして、最近寒くなってきたからか上にはコートを羽織り、腰には剣を差し、右手には例のアイテムボックスと呼んでる腕輪をしていた。


魔族が居座っているという村の外れへと向かいながら、ユウキは


「今日はちょっと厳しい戦いになるかもしれないな・・・・・・」


と、呟いた。


というのもこの依頼は今まで他の冒険者が何人も受けているのだが、いずれも生還していない。いずれもズタズタの非道い状態の死体となって帰ってくるので、誰も依頼を受けたがらず、ギルドでも持て余して困っていたところへユウキが名乗りをあげたのである。


生存者無しなので、情報がない。どんな能力の魂技かがわかっていないのだ。なかなかに厳しい状況と言える。


「ミストの奴がいれば情報収集を頼めるんだけどな・・・・・・」


ミストとはユウキの妹である。ユウキには姉と妹がいて、二人ともユウキと一緒にこの世界に来た。妹とも姉とも血は繋がっていないが、こちらの世界に来る前から仲は良好だ。


ユウキの妹のミストは、自身と、それ以外の指定したものを透明化できる魂技『チェンジクリア』を持っていて、隠密行動が得意なのだ。だから情報収集などは得意でこんな時に重宝する人材なのだが、残念ながら依頼の関係で別の街に滞在していて今ここにはいない。


「ないものねだりをしても仕方ない。情報が全くないのは少し不安だが、やるしかねえな」


ユウキはひしひしと感じる不安や恐れ、心配と言った感情を心の中に押し込めると、魔族がいるという村の外れにある森の入り口に向かった。


村の外れにある森の入り口、そこの岩の上に、果たして魔族は座っていた。


魔族の足元には冒険者の死体が横たわっていて、魔族は、人の手を齧っていた。


(あの冒険者、ギルドで見たことあるぞ・・・・・・確か、B級冒険者のミラルとかいったか)


その魔族へ、剣の柄に手をかけながら、一歩一歩近づいていくと、彼の銀色の髪を総髪に結んだ魔族は、人の手を口から離しニヤつきながら近づいてくるユウキへ向かってこう言った。


「おや、来たねえ、今夜の夕飯が」


「誰が夕飯だ。悪いが俺はハンバーグになる気はねえぞ。お前か?ここで悪さしてる魔族ってのは」


「確かに僕は魔族だけど、悪さしてるっていうなら違うねえ。僕はただここで食事をしてただけだからさ」


魔族はそう言って、朝日を受けた海の水面のような銀色の目でユウキを見つめた。ユウキも海の底のような青い目で彼を見つめ返した。


しばらくそうしたあと、ユウキは剣を抜いた。


「・・・・・・残念だが、その『食事』とやらは認められないな。サンドウィッチやおにぎり食おうっていうんならともかく、お前が食ってんのは人間だろうが?」


「僕らのとこじゃあねえ、人間を食ったくらいで剣を抜かれるようなことはないんだよ。それこそ、おにぎりとかサンドウィッチとか食べるのと同じで、自然でありふれたことなのさ」


そう言いながら、魔族の彼は今まで齧っていた人の手をポイっとその辺に放り投げると、ほこりを払いながら立ち上がる。


「まあでも、認めないっていうなら仕方ないな。力ずくで今晩の夕飯にするだけだよ。ここにいる人と同じようにね?」


ユウキは剣を構え、油断なく魔族の男を見つめた。魔族はそんなユウキを嘲るように薄く笑って、懐から白いハンカチを取り出すと、それを自分の右手のひらに上にかけた。


(何だ?何をやるつもりなんだ?)


ユウキの警戒心が最大限に達した時、魔族はハンカチを手から取り除けた。


さっきまで何もなかったはずの手のひらの上には、ナイフが乗っていた。


「何だ!?」


驚くユウキを見て、また魔族は薄く笑うと、ナイフの乗った右手をユウキの方へ突き出して、ふっと、ナイフに息を吹きかけた。


次の瞬間、ナイフは弾丸のように鋭くユウキの方へ飛んできたのである。


「は!?」


ユウキは一瞬何が起こったのか分からずかなり狼狽したものの、飛んできたナイフを紙一重で避けた。


だが魔族の男は変わらず笑いながらこう呟いた。


「戻ってこい、ナイフ」


魔族のその言葉に従い、ナイフは全く物理法則を無視してUターンすると、ユウキの元へ戻ってきた。


(何だ!?クソッ、避けきれ────)


ユウキはナイフを避けきれなかった。しかし、ユウキの血飛沫が飛ぶことはなかった。


(やれやれ、用心して仕込んでおいて良かったぜ)


ナイフがユウキに刺さる前に、コートの中にあらかじめ忍ばせておいたスライムが触手を伸ばしてナイフを文字通り食い止めたのである。


情報のない魔族と戦う時には、あらかじめ戦いが始まる前からスライムに背後を護れという命令を下しておくのである。これに命を救われたことは一度や二度ではない。


魔族は初めて笑みを崩した。そして心底残念そうな顔をした。


「なーんだ、血飛沫が見れるかと思ったのに。僕は獲物を仕留める前にできるだけ甚振る主義なんだよ。ナイフが刺さった時に吹き出す血のシャワー、獲物の苦悶の表情、これが何よりのおかずになるんだから」


「誰がてめえなんぞのおかずになるかよ。気持ち悪りい」


そんなやり取りをしつつも、ユウキは内心、かなりの動揺を感じながら必死に頭を回転させていた。


(何だ?あの能力は。物質操作系の魂技か?いやしかし、そうとも言い難い、何か奇妙な違和感があるような・・・・・・)


魔族はそんなユウキを尻目に、また薄い笑みを浮かべて手のひらの上に白いハンカチを被せると


「ほうほう、ナイフひとつじゃあダメか。ナイフ一つはダメ・・・・・・なら」


魔族がそう言って白いハンカチをバッと剥ぎ取れば、手のひらの上にはナイフが5本、ユウキの方を向いて浮かんでいた。


「なっ!?」


「ナイフ5本ならどうかな?」


今度は5本のナイフが正面から飛んでくる。今度もスライムで食い止めることは出来たわけだが、謎はさらに深まった。


(何だ!?一体何なんだ奴の魂技は!?いや神器か!?クソッ、分からん!)


ユウキはとりあえずコートを脱いで投げ捨てた。その背中にはスライムが三匹、張り付いている。コートを着たままでは、この三匹がうまく触手を出せない。


「なるほど、なかなか厄介だねえ、そのスライムは」


魔族は目を細めてそう言った。


「お前のそのよく分からんナイフも厄介だよ。で?次はいつくるんだ?」


「次はもう用意してあるよ。そこにね」


魔族はそう言ってユウキの後ろを指差した。ユウキがバッと後ろを振り向くと、そこにはすでに10本のナイフが浮かんでいた。


「なっ────」


驚くユウキをよそに魔族がパチンと指を鳴らすと、ナイフは一斉にユウキに向かって襲いかかってきた。


だが、まだユウキは血を流さない。まだスライムで防げる範囲である。しかし────


「やっぱりなかなか厄介だね、そのスライムは。だけど、流石に防げる数に限度があるだろう?どの程度まで耐えられるかな?」


そういってパチンと魔族が指を鳴らすと、ユウキを囲むみたいに、数十本のナイフがさっきまで何もなかった空中に突如出現した。


「・・・・・・そうか、大体わかったぞ。てめえの魂技の能力が」


「おっ?わかったのかい?」


「ああ、任意の場所にナイフを出現できて、それを自在に操ることができる。細かいところは違うかも知れないが、要はこんなとこだろ?お前の魂技の詳細は。それとも神器か?」


「いや、魂技で合ってるよ。そうだね、大体そんな感じで合ってるよ。さてと、答え合わせも済んだところで、君の耐久実験といこうか?」


そう言って魔族が指を鳴らせば、四方八方から、ナイフがユウキへと襲いかかってくる。ユウキはアイテムボックスに控えさせておいたスライムも出して、計7匹のスライムを総動員してこれを防いだ。


そして、ユウキはスライムに防がせている間、考えを巡らした。


(この魔族が神器を持っている可能性はどれくらいあるだろう?)


人間の世界では、神器の所持には制限がかかっている。


魂技というのは神からの恩寵であり許可。それは世界の理を変えてもいいという神からの正式な認可である。故に強力、まあ、時にはおにぎり魔族の『ライスボールマスター』のような何だそれって感じの魂技もあるものの、基本は強力な、一人一つの能力である。


それを実質複数持てるように出来るという、まさに法の抜け穴をついたような魂技の存在は宗教的にもあまり歓迎されないもであるが、それ以前に、もしそんなものを独占的に持とうとする輩がいたら国家転覆どころの騒ぎではなく世界の危機にもなりかねない。


故に人間界にある神器は全て『保管委員会』が保管しており、所持しようとする者は必ず届け出を出して厳重な審査に合格しなければならず、さらには所持数にも制限があり、二つ以上の神器を持ってはいけないのである。


届け出なしでそれを所持、もしくは二つ以上の神器を所持していることが露見発覚した場合、その時点で国家転覆か、それ以上の罪を犯す意思ありと見做されて即刻死刑になるのである。


魔族の側にも神器はあるが、魔族の方でもそうホイホイと神器を与えていたら下剋上される恐れがあるので、同様の制限があるらしいとの情報がある。どうやら3個が限度らしいのだ。


だから、目の前の魔族も3個以上はおそらく持ってはいまい。


だがこの推測はさして役に立たない。知りたいのは正確な数だ。3個以上などというざっくりしたものではなく。


もしこの魔族が神器を所持していた場合、かなり危機的状況だ。この能力だけでもヤバいのに、さらに隠し玉があるとなれば、流石にまずい。


(クソッ、何とか正確に知る方法は・・・・・・)


と、そこまで考えてユウキは思考が逸れていることに気がついた。


(いや待て。考えがずれてきてるぞ。神器を持ってるかどうか以前に、まずはこのナイフを攻略しなきゃ意味がないだろうが。何かないか、攻略方法・・・・・・良い作戦は・・・・・・)


ユウキは考える。


(飛んでくるナイフをアイテムボックスに収納・・・・・・ダメだ。どうせ重量制限までナイフを飛ばされてゲームオーバーになるだけだ。それにこのアイテムボックスにはもうほとんど収納できる余地がない。なんかあった時のために予備の短剣、それに食糧と水を大量に備蓄してるからな。クソ、この中は時間の流れが緩やかになるからって、調子乗って詰め込みすぎたぜ・・・・・・)


ユウキは考える。そろそろスライムが防ぐのも限界に近くなっている。だんだんと防ぎきれなくなって、ユウキの頬やら肩やらを掠めることも増えてきた。ユウキは避けるが、時々避けきれずに軽いものだが傷がつき出して血が流れ始めている。


魔族はそれを見て愉悦の表情を浮かべると、思わず舌なめずりをした。


ユウキは少し動揺したが、抑え込み、思考の渦の中へ没入していく。


(俺の魂技はどうだ?俺の魂技は・・・・・・)


と、ユウキはそこまで考えて、ハッと顔を上げた。思いついたのだ、魔族討伐という答えに至るための解法を。


(思いついたぜ、解法を。そうだ、俺の魂技『箱入り』ならコイツが神器を持ってるかどうかなんて関係ない。一気に倒せるかもしれない!ま、外れれば終わりなんだが・・・・・・)


と、ユウキが作戦を思いついて思考の渦から戻ってきたちょうどその時、魔族がこう口にした。


「そろそろ辛くなってきたんじゃないかい?そろそろ終わりの時間かな?」


「安心しろ、俺はまだハンバーグになる気はない」


「へえ・・・・・・じゃあその希望を汲んで、ステーキにしてあげようかな?」


そういうと魔族はユウキの周りへナイフを浮かべた。ざっと見ても数百本はあるだろう。


「終わりだよ。えっと・・・・・・そういえばまだ名前も聞いてなかったねえ。まあいっか」


そういうと指をパチンと鳴らした。ナイフ数百本がユウキへと襲いかかっていく・・・・・・。


しかし。


「何だ!?」


それらがユウキに刺さることはなかった。


変わりに、突然ユウキのことを包み込んだ大きな白い箱に刺さったのである。


戸惑う魔族に、ユウキの声が箱の中から聞こえた。


「そうだった、自己紹介もまだだったな。改めて紹介しよう。俺の名前はユウキ。魂技は『箱入り』だ」


魔族は笑みを消し、呆然とその白い箱を打ち守った。


「まあ見ての通り、指定したものを箱の中に収納できる能力さ。

生き物は必ず全体を収納しなければならないとか、生き物を収納する場合はなぜか俺も一緒に収納されなければならないとか、色々と制約はあるけどな。だけど便利な能力だぜ?箱の中は完全に外の世界とは断絶された異空間になっていて、お前のナイフは届かないしな」


「・・・・・・」


魔族は数秒、呆気に取られて固まっていたが、しかしすぐに回復して思考力を取り戻すと、再び薄く笑った。そしてこう言った。


「なるほどねえ・・・・・・だけど、それはこうしたらどうかな?」


魔族はそういうと指を鳴らして白い箱を囲うように大量のナイフを出現させた。


「今、ユウキ、君のその箱の周りにナイフを出現させた。多分千本くらいはあるかな?これで君はその箱の中から絶対に出るわけにはいかなくなった。箱の中から出ればこのナイフが一斉に襲ってくるからね」


魔族は薄く笑いながら語る。


「何のことはない。戦いがさらに延びただけのことだよ。スライムが箱に変わっただけ。状況は何も変わってない。耐久実験だ。今まで通りの持久戦だよ」


「ほお、持久戦か。お前はこの戦いをそう見るのか」


ユウキのその言葉に、魔族は笑いながら答える。


「そうだよ、これは持久戦だよ。持久戦────」


と、魔族が次の言葉を紡ぐ前に。


魔族の胸には短剣が突き立てられていた。


「────え?」


振り向く魔族の目に映ったのは、地面に開いた穴から出て、短剣で背後から自分の胸を突き刺すスライムの姿だった。


「────ぇ?なんでスライムが、僕の背後に・・・・・・」


それが最期の言葉であった。


「俺とは解釈が違ったな。この戦いは、俺からすれば速攻で終わる簡単な戦いだったぜ」


そんなユウキの言葉を聞きながら、魔族は絶命した。



しばらく経って、ユウキは箱から出てきた。


「スライム、どうだ?ちゃんと死んでるっぽいか?死んでる?死んでるか。よし」


ユウキは魔族のそばにしゃがんで、自分でも死んでるかどうか確認すると呟いた。


「『箱』の床、底部の一部を開ける。そこからスライムを地面に出し、土を喰ってお前の背後までトンネルを掘ってもらう。で、俺の予備の短剣で背後からお前を刺してもらう。

・・・・・やれやれ、こんな単純な作戦が通じるかどうか、ちょっと不安だったんだが・・・・・・見た目の割に間抜けな奴で助かったぜ」


そしてユウキは衣服を剥ぎ取って調べていく。


「んー・・・・・・どうやら神器は持ってないっぽいな」


それを確認すると、ユウキはスライムに魔族の死体を運んでもらい、自分はその後からついていき、村の方へと向かっていった。


「そういえば、この村はなんか、何とかケーキっつうのが特産だって言ってたな。姉さんへのお土産に買って帰るか。妹にも送ってやろう」


そう言って、ユウキはんー、と一つ伸びをするのであった。

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