episode 2 人を殺さなければいい

 西条くんが校内放送で私の作品を避けてきた理由が、私にわからないわけではなかった。それは彼が読者を泣かせに走った展開を好まないから。彼に言わせれば、人の死、特に難病の少女が闘病の末に涙の死を迎える話が世の中に多すぎるとのこと。ただ彼も死をまったく受け入れないほどには嫌っておらず、以前放送部内で「世の中とのバランスをとりたい」と話していたらしい。その目標、壮大すぎない?

 そして私の話になるのだけど、校内放送用に提出してきた私の作品は人が死にまくるもので、いや〝死にまくる〟はおおげさだが、毎回動物やロボットを含む誰かが命を落としていた。ロボットの場合は直せない故障か。別に死をテーマにしているつもりはないし、登場人物は泣いても読者――朗読を聴く生徒たちを泣かせることは考えていない。なぜか私は死にそうな人を出して最後に殺してしまうというのが正直なところで、結果的に死を避ける西条くんに嫌われ続けるはめになっているだけだ。

「だから、人を殺さなきゃいいんだけど……」

 私は廊下の、中学校の板張りとは違うのっぺりした床にわかりきったことを投げ捨てた。しかも〝殺す〟場合でも、体温の低い哀しみの恋愛小説、家族小説と違って熱量が大きな殺人事件なら校内放送に採用される。私は彼に「私が何を書いても私以外の人のを選んで放送してきたくせに」だなんて言ってるけれど、本当はそうじゃないと知っていた。

 では、今日の西条くんが突然「次は絶対読む」と言いだしたのはどうしてだろう、やはりうそつきなのだろうか。

 今日は予定のない家庭科部の私は、もう帰ろうと歩きながら考えていた。彼は放送部が小説の募集を始める前は私も死なない小説を書けたことを知っている。しかし彼がこんなふうに私の小説に期待したのは今日が初めてで、原因があるとしたら、今日だから――そうだ、今朝提出した作品かもしれない。作風が変わった? 今日だって登場人物が死んで、でも、あれは……、

「わかった、かも」

 私は階段の踊り場の隅に足を止め、陽気にはしゃぐ男子のかたまりをやり過ごして一階に向かう。私が今朝西条くんに渡した作品はこれまでと少し違っていたではないか。ええと、冒頭の大けがから恋人はすべてをあきらめていて、でも主人公がもたらしたあるきっかけが最後にわずかな可能性を与え――、結末は書かなかった。死ぬとは限らない。

 雰囲気は同じながら変化を読みとった彼は、いくら〝殺して〟ばかりの私でも次の作品がさらに変化してくれれば校内放送に使えると感じたのかもしれない、いやもう確信したんだ。でなきゃ「次は絶対読む」なんて言わないはず。私の考えすぎだろうか。

 それはともかく、私はどんなものであれ新作を西条くんに渡せば、同じ日の他の作品がどれだけ優れていようと昼休みの最後に絶対読まれるんだ。絶対? うわあ恐ろしい。例えばほら意味不明な言葉の羅列られつだったり、高校なのに夜のベッドでのいやらしい話でもいいことになる。會川さん爆発しちゃうよ。

「まあどうせ、西条くんは私がそんなの書かないって知ってわあぁ……」

 私は昇降口を出て大あくびし、元気な外の光にぴんと背すじを伸ばしたその會川さんを見つけた。西条くんがどのように小説を選ぶか訊いてみたくなるも、彼女は二年生だから先輩の私から声をかけられたくないに違いないとやめる。部長と幼なじみなだけの私を彼女は知らないだろうし。そして、今日は放送部の活動もないようだ。

 ちなみに我が家庭科部は、三年生になってまだ料理しかしていない。毎年料理というか調理ばかりでもう「調理部」にすればの声もあがるくらいだが、それではますます調理実習室にしか行かなくなる。私たち三年生は引退する夏休みまで、何としても「家庭科部」の名を守り通すつもりだった――って、部名をいじれるのはどんなに早くても来年だよね。

「今はもうすぐ梅雨になって、終われば夏休みと受験勉強か」

 私は受験勉強より最後に待ち受ける卒業のほうが嫌だった。でも原因は西条くんとの別れではなく、ときにはどきどきの不安になっても彼は永遠に一緒にいたい相手ではなかった。だいたい彼は当時同じ中学生だった河坂美沙の唇に勝利したかっただけで、今でも私という人間に心を動かされることなどないのである。

 せめて顔や唇だけでもほめてくれたらね。

 私は鞄から手鏡を出そうとして手を止める。何を確認するつもりだ。

 顔を上げると會川さんは門のそばまで遠ざかり、一羽の燕が大空から彼女の上に舞い降りる。伝言あるかって? じゃあ……ねえ會川さん、来週には部長の武勇伝小説を書いてきてあげるから、嫌な顔されても絶対読んでよね。

 私は紺色の冬服ブレザーには暑くてみずみずしい空気の底、手で頬を扇ぎながら再び歩き始めた。

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