第2話 奪われた始まりの日2

 その日、シエルリーサは妹のハーシェルと居候のクリエスにいつもの通り買い物を任せて、自身は依頼された製品作成に集中していた。

 小さな義装具店の魔装具技師として店を支えている彼女は、机の上に乗せてある紐の束を伸ばしたり縮めたりを幾度も繰り返して難しい視線を向けていた。

「んー。もう少しゆっくり滑らかにしたいのよね」

 真剣な眼差しより何処と無く茫洋に。彼女の指先が関節模型の部品に弾力性のある紐を結び付け終えると、ゆっくりと模型の上下を折り畳み、片手を離せば、ガチンッ――と音を立てて模型が跳ねて手から飛び出してしまった。

「……これ絶対怪我人しか生まないわね」

 折角取り寄せたモノだけれど無駄にしてしまうかもと、半分諦めて他の活用方法を考えるかと思いながら、天井にぶつかり落ちて来た模型を拾い上げた。

「関節だし……滑らかさが欲しいけど、うーん。集中切れちゃった」

 ふぅっと溜息を吐き出し、凝り固まった身体を大きく伸ばした。

 シエルリーサは一度休憩しようと立ち上がりかけた瞬間、強い地鳴りの音と揺れに思わず椅子から転げ落ちた。

「い、たた……」

 地震だと困ると咄嗟に、手馴染みの道具袋を掴んで外に出ると、近所の人たちもシエルリーサ同様に飛び出してきたところだった。

 揺れは直ぐ収まったようで近所の人たちと顔を合わせ、大きな地震でなくて良かったと安堵の会話を交わしていたが、突然町の中心部から轟音と土煙が濛々と立ち上るのが見えた。

「なに……?」

「まさか魔獣でも入って来たのっ」

 ザリオートは小さい町と言えどレンガ造りの防壁が外からの魔獣の侵入を防いでいるはず。

 町中に設置されているはずの警鐘の音も鳴ることが無く、突然起きた爆発のようなもの。

 強力な魔獣が近くで出たと言う話も聞いてはいないだけに町の人間たちにはまさに寝耳に水のような仕打ちだった。

 町の中央にあたる噴水広場側の異変に、シエルリーサをはじめとして何人かがあっと悲鳴を零した。

 突如の混乱にふらふらと吸い寄せられるように、噴水広場へ足を向けるシエルリーサに誰かが咄嗟に後ろから抱きついて止める。

「シエルちゃん危ないよ!」

「おばさん……でも、ハーちゃんが。ハーちゃんたちがっ!」

 シエルリーサはその掴まれた腕を振り払い、走り出していた。

 広場から上がる土煙の凄さに、もし魔獣だったのなら自分も遭遇した時点で無事では済まないかも知れないと過ぎっていた。

「二人とも……無事でいて」

 そう祈りながらシエルリーサが広場に到着したとき、最初に見えたのは、人々が憩う噴水広場は見るも無残に崩れ去り、人に似た異形が可愛い妹の腕を掴み、無情にも引きずり出している瞬間だった。

「ハーちゃんっ!」

 思わず上げた声が届いたのかは彼女には分からなかった。

 けれど異形が取り出した結晶体の光を見て、恐怖で足が竦んだことだけが事実だった。

「なに、あれ……怖い、怖いこわい……」

 カタカタと震えながら、異形の持つ虹色の光を放つ結晶体からシエルリーサは目が離せなかった。

 思考は自分の理解出来るモノへ当てはめようと動くが、即座に否定を続けていく。

「は、ハーちゃ……クウ、だめ」

 妹と居候の二人の無事な姿を見て安心したかった。

 けれど路地の向こう側に見えた二人の姿は、果敢に恐怖を振り払うように異形へ立ち向かおうとしていた。

 シエルリーサは竦む身体で地面を這うように、異形に見つからないようにと祈りながら恐怖に引き攣り、自然と浮かぶ涙を落としながら、二人が隠れる瓦礫の方へと進んで行った。

 妹たちが何をしようとしているのかは分からない。

 けれど、傍に行かなければ二度と会えなくなるような焦燥感に駆られ、置いて行かないでと何度も呟きながら二人へ近付こうと進んだ時、掌にぬるりとした感触が伝わり悲鳴を上げかけた。

 異形バケモノに見つかったら殺される。

 たったそれだけの事に声を押し殺し、視線を地面へ落とした。

「あ、あぁ……だ、だいじょうぶ、ですか」

 シエルリーサはかちかちと歯を打ち鳴らしながら、目の前で倒れ込み血を流す大男に声を掛ける。

 男の顔の半分を覆っていた包帯が破け、その下は酷く爛れた皮膚が見えた。

 その姿に息を飲み、仰け反るように尻もちをついた時、彼女の腰元に付けていた袋が小さく音を立てた。

 その音に、はっとした彼女は大きく呼吸を整え、男の傷だらけの手を掴んだ。

「大丈夫ですか。起き上がれますか?」

 異形に見つからないようにシエルリーサは男の耳元で声を掛け、小さく呻くように顔を顰めた男の目元がうっすらと開いたことにほっとした。

「あたしはシエルリーサと言います。この町の魔装義肢具の技師です。直ぐに助けを呼んできます」

 妹と居候の身は心配だ。だが、目の前で大怪我をしている人間を放っておくことも出来なかった。

 彼女は男に告げたように他の助けを求めに行こうと、男の手を解こうとして反対に強く手を握りしめられたことに驚いた。

「大丈夫。直ぐに戻ります」

 不安から引き留められたと考えた彼女は、安心させるように男の手を両手で包み込むと、苦し気に呻きいた男の瞳がシエルリーサの姿を朧気に捉えた。

 意識が戻り見知らぬ女の手を握りしめていることに驚いたのか、濃い金色の瞳を僅かな間丸くしたが、そっと傷だらけの手を離した。

「すぐ、助けを連れてきます」

 シエルリーサがその場を離れるため男へ背を向けたとき、背後の路地から重量のある物が砕ける音が響き渡り、釣られて後ろを振り返ると、男がふらふらと立ち上がるのが見えた。

「まって――」

「ハアッ!」

 シエルリーサが引き留めようとした掠れた声は、クリエスの鋭い気合いの声に掻き消されてしまった。

 彼女の意識が宙を舞う虹色の結晶体に向けられた一瞬、大男が飛び出し黒い刃を振るう異形の胴体を押し飛ばし、クリエスから引き剥がした。

 大事な家族の身が無事だったことに安心をしたかったが、大男は地面に倒れ込むとそのまま動かなくなった。

「あれじゃ、死んじゃう……」

 どうしようとおろおろする間に今度は甲高い悲鳴が上がり、それが妹の声だと気付くには時間は掛からなかった。

 鋭く隆起した地面に巻き込まれるように、高く打ち上げられたハーシェルの姿に最悪を想像してしまった。

「エアーバインドッ!」

 ひび割れた声で放たれた魔法。

 それを見たシエルリーサは思わず驚いた。

「エルクレプスッ、のみ込めエングルーティッ!」

 立て続けに放たれたもう一つの魔法はシエルリーサも知らない魔法だった。

 けれど悪意を持って放たれた魔法の光は、虹色の綺麗な光を放ちながら妹を呑み込んだ。

 散々と混乱の渦に叩き込まれ、思考が空回りするシエルリーサの視線は結晶体に注がれていた。

 あの結晶体の名称はさきほど異形が叫んだ通りエルクレプスと言うのだろう。

 濃密という言葉も生易しいほどの圧縮されたあの魔力の塊は何なのだろう。

 何故、妹のハーシェルの魔力をのだろう。何一つとして答えも出せないまま倒れ崩れた妹の傍に向かおうとして、瓦礫と異形越しに見えたのはクリエスがこちらを振り向いた瞬間だった。

「近付くなって! エアーブラスト!」

 落ちた虹色の結晶体を拾い上げたクリエスが、倒れた妹を守ろうとして放った魔法はシエルリーサが見た事のない威力で吹き荒れた。

 巻き込まれればそれこそ風に刻まれて命を落とすと、咄嗟にできたのは身を出来るだけ小さく縮めて瓦礫の影に身を顰める事だけだった。

 轟々と吹き荒れる風に飛ばされてきた破片が肌に突き刺さるような痛みを残していく。傷を負いながらも、シエルリーサの目に映ったのはクリエスの放った魔法を受け止める異形の背中だった。

 偶然にも魔法の進路上で身動きが取れなくなってしまった彼女を守る形になり、今のうちに魔法の範囲外から逃げないと、必死に身を低くして大きな建物の影へ移った。風はますます強さを増し、周囲の瓦礫を巻き込んでいく。

 これはどちらかが力尽きるまで終わらないと過り、迂回してでも妹たちの傍に行かなくてはと、行動に移したとき、パキンッと甲高い音が立つと赤、青、緑と強く溢れた光が嵐に弾き飛ばされるようにどこかへ飛んで行ってしまった。

 強い魔力が描く軌跡に思わず視線で追い掛けようとしてしまったが、異形が受け止めていた風圧が一気に路地の中へと吹き込んできた。

 尋常ならざる風圧に足を取られ、強かに膝を打ち付けたがそれでも進みもう一つ先の路地へ辿り着いた時、風はぴたりと止んだ。

 そして砂礫が一瞬の雨となり地面を打ち終わると、それまであった喧騒が嘘のように静まり返っていた。

「ハーちゃん……クウ……?」

 シエルリーサの目の前には、元は噴水広場だった更地の一部と僅かに舗装が残る地面の上に重なるように倒れている二人の姿だった。

「ハーちゃんっ、ハーちゃん!」

 ぼろぼろと泣きながら妹の傍らに辿り着いた彼女は、ハーシェルの身体を揺さぶってみたがただ無抵抗にあった。

「クウ……クウ! 二人とも起きてっ、目を覚まして!」

 必死に呼び掛けるシエルリーサの声に応える者はいなかった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


「――ッ! ぅっ、がはっ!」

 クリエスは目を開けた瞬間、喉が張り付くような不快感に襲われ、思わず噎せ返った。

 何か夢を見ていたのだろうか。視界はぼんやりしていて、ぞわぞわとした言いようの無い寒気が身体の内側から滲みだすようだった。

 地面には獣に似た影が転がり、ひと箇所だけ空いた場所に人の形をした何かが居た気がする。

 だらりと落とされた手の中で光が反射した――

 その光に目を射貫かれて、記憶の奥底から駆け上って来た血生臭い匂いに、吐きたくなった。

「クウっ。大丈夫!」

 聞き慣れた声が耳に届いた瞬間、嫌な夢を見ただけかと思った。しかし、息を吸い込んだ途端、喉に走った痛みに再び噎せ返ってしまった。

 ようやく呼吸が落ち着いた視界と掌にざらりと伝わる土の感触が夢ではないと伝え、クリエスはぱっと顔を上げた。

「良かった、目が覚めて……」

「シエル……さん」

 掠れた声でその人の名を呼べば、シエルリーサの表情が不安を目一杯に浮かべて、ほろほろと両目から雫を溢れさせていた。

「良かった……ほんとに」

 嗚咽を堪えるシエルリーサを見て、はっとしたようにクリエスは周囲へ視線を移した。

「ハーちゃんは……」

 姉の傍らで眠るようにハーシェルを見て、嫌な予感だけ膨らんだクリエスは、ふるりと首を横に振るった。

「そんなっ」

 あんなのが最期だなんて、と言うようにクリエスは呼び掛けるようにそっとハーシェルの頬へと左手を触れさせた。

「ハーちゃん……ハーシェル」

 最悪を覚悟して触れただけに、掌に伝わる温かさに軽く困惑した。軽く頬を抓めば確かに柔らかく温かい。

 本当に眠っているだけの様子にも拘らず、軽く頬を叩いて刺激を与えてもハーシェルは眉一つも動かさなず、緩やかに胸元を上下させる呼吸だけがあった。

「何をしても、目を覚ましてくれないの……」

 嘆くように再び涙を溢れさせたシエルリーサに、クリエスは胸が締め付けられる思いだった。このままではハーシェルが死んでしまうかもしれない。そんな焦燥感を押さえるように、外した義手を装着し直し、そっと抱き上げた。

「診療所っ、早く連れてかないとっ」

「うん」

 シエルリーサは彼に手を貸しつつ、ハーシェルの身体を小さな背中に乗せた。

 クリエスが妹を背に乗せて歩き始めたところで、シエルリーサは足元に落ちていた結晶体を見つけ、少し考えてから道具袋の中へと仕舞い込こんだ。

 先を歩く二人の後ろ姿を追い掛けながらも、きょろきょろと周囲を探すようで、その歩みは遅かった。

 その気配にクリエスも彼女が誰を探しているのかが分かると、一瞬迷った。

 すぐにでもハーシェルを医者へと連れて行きたいが、朧げな記憶に残る名前も分からない大柄な男が負った傷は深かったはず。彼が居なければクリエス自身も無事では済まなかったはずだ。

 どんな結果であろうとそのまま知らん顔は、やはり出来なかった。

「探しながら戻りましょうか」

 クリエスの提案に、シエルリーサは小さく頷いて足早に物陰を探し始めた。

 喧騒が途絶えてからどれほどの時間が経っていたのかはクリエスには分からなかったが、脅威が去ったと感じたのか少しずつ被害を免れた路地の方から声が響き始めていた。

「クウッ、こっち!」

 シエルリーサの呼び声と手に、クリエスは大切な人を落とさないように背負い直しながら、瓦礫と化した建物へ近付いた。

 レンガ壁が狂嵐を遮ったのだろう。男は破片の中に埋もれるように倒れ、浅い呼吸だけが微かに二人の耳に届いた。

「大丈夫ですかっ。聞こえますか!」

 シエルリーサは男の上に覆い被さる破片を手で払い除けながら、男の意識を引き戻すように声を掛ける。

「名前、言えますか? あたしのこと分かりますか?」

 幾度も男へ声を掛け続ける彼女の側に追いつくと、クリエスは彼女へ呼び掛けた。

「シエルさん、ボクがここで二人を見てますから。動ける人呼んできてくださいっ」

 流石にクリエス一人では二人を抱えて戻る事も出来ないと考え、落下物の危険のない場所にハーシェルを降ろして男の様子を窺う。

 異形によって脇腹を大きく斬りつけられていたみたいだが、抉られた訳ではなかったために少しだけ安堵した。

「急いで戻って来るねっ」

 シエルリーサはクリエスの言葉に頷くと、急いでこの場を離れて行った。

 しかし、クリエスの目は地面を濡らす血溜りを捉え、男の火傷痕に覆われた顔色は蒼くなっていくのが見えた。

 それを見た彼は慌てて上着を脱ぎ、男の身体の上に掛けると止血を試みる。

 男の姿に父親の最期が重なり、気付かぬうちに呼吸が早くなってきてしまう。

「大丈夫。直ぐに助けが来ますからっ」

 男に向かい声を掛けながら、がくがくと震える腕で彼の傷口を上着の上から強く押さえる。

「さっきは助けてくれてありがとうございます」

 男が自身の傷を厭わずに異形へ立ち向かってくれたからこそ、自分がいま生きていられると感謝を述べるが、男の瞼が微かに揺れるだけ。

 男の意識はまだ浅いまま。その姿にクリエスは一度、思い切り深く呼吸をする。

 今自分が出来る事。それはシエルリーサが少しでも早く戻るのを信じるしかない。ぐっと腹に力を込めて、出来るだけ大きな声を掛ける。

「ボクはクリエスと言います。この町で魔獣素材採取と加工士をやってます……まあ、加工士とは言ってもまだ駆け出しなんですけど」

 掌に感じる男の脈動が少しずつ弱くなっているのを感じて、クリエスは胸が締め付けられるようになりながら、話を何か続けなくてはと視線を彷徨わせた。

「もう、バケモノもいなくなりましたからっ」

 そう大きな声で声を掛けた瞬間、突然、男の呼吸が深くなった。微かに噎せ返り、瞼が薄っすらと開くが再び閉じてしまった。

「しっかりしてくださいっ!」

 声を上げながら、“なんでこんな事に”と思わずにいられなかった。

 突然――本当に突然の出来事だった。

 町には魔獣避けの防壁があるし、飛行系の魔獣が連れて来たとしたのなら空から降りて来るだろう。しかし、鳥影など昼間の今なら目立たない訳がない。けれどあの異形は何の前触れもなく現れた。

 その瞬間、クリエスは「あれっ?」と言うように男へ目を向ける。

 空間転移、なんていうものはいつか実現できれば便利だろうなというような空想範囲の代物だ。

 あの異形を別にしても、目の前の大柄な男はどうだろうと考えてしまった。今日この町を訪れたばかりだとしても、あの瞬間まで噂に

「あの――」

「クウお待たせ!」

 質問をするよりも先にシエルリーサの声が響く。動ける人手を連れて戻ってきたらしい明るい声にクリエスはそちらを振り返り、ほっと力を抜きかけて慌てて傷口を押さえる手に力を入れ直した。

「クリエス、交代するぞ」

 青年を労うように声を掛けた軽装鎧姿の男にクリエスは「お願いします」と短く声を掛け、その場所を譲った。

「スヴェルムさん」

 心配そうな声を掛けるクリエスに男――スヴェルムは「大丈夫だ」と軽く応じながら火傷痕の男へ応急手当を施す。

 憲兵隊の一員である彼の応急処置は手早かったが、早くも包帯に赤い染みが浮き上がって来ていた。

「おい! こっちに担架二つ持って来れるか! 出来なきゃ一番でかい奴を一つ頼む!」

 仲間へ声を掛けるスヴェルムは、旅装を解く前で良かったと言うように背嚢にぶら下げていた水袋を外してシエルリーサへ手渡した。

「え……?」

 それに困惑する彼女に、スヴェルムの視線はだらりと下げられたままの彼の右腕に注がれていた。

「クリエスの腕、ちゃんと付いてないみたいだぞ」

「ホントだっ……大丈夫?」

 スヴェルムからそっと声を掛けられ、シエルリーサは血で汚れたクリエスの手を渡された水で洗い流してやりながら心配そうに問い掛けた。

「魔法暴走して……それで無理やり外しちゃって」

「そう……家に戻ったら調整するわ」

 接続部も歪んだのだろうか、よく見れば微かに腕の向きがおかしくなっているのが分かった。

 そのクリエスの右腕を滑落しないようにシエルリーサが止め直す間に、スヴェルムは自身の仲間たちへ声を掛け、彼女たちの元に留まった。

「手薄にしすぎたつもりも無いはずだと思ってたんだが……一体何があった。あ、いやまずはハーシェルを家に運んじまおうか」

「ねえスヴェン、あの人も家に運んでもらえる?」

「なんで。あの男は知り合いか、それとも客か?」

 シエルリーサの言葉に驚いたスヴェルムだったが彼女はふるふると首を横に振り、恩人だからとだけ答えた。

「分かった、けど治療優先。その後でお前んちに運ぶ――こんな有様じゃ、速攻で病床なんざ埋まっちまうからな」

 そう言うスヴェルムも、たった半日で様相がすっかりと変わってしまった町並みに気落ちを隠して、務めて明るい声音で返す。

 担架に男を乗せると、付き添おうとしたシエルリーサを彼は押し留めた。

「こっちは任せて、一回家に戻れ」

「でも……」

「お前さんらの命の恩人って事は分かったから。一回こっちに任せてくれ」

「うん。分かった……クウ、ハーちゃん連れて帰ろう」

「それと後で詳しい話を聞きに行くから。ちゃんと家に居ろよ」

「ありがとうね、スヴェン」

 クリエスの背中に妹の身体を預けさせ、最後にスヴェルムへと安堵した笑みを見せて帰路へと就いて行った。

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