第七話 美味しい料理を食べるため

 拝啓、天国の父さん母さん

 アタシは今、化け物に追いかけまわされています


 ギュギュア!と聞くに堪えない咆哮を上げて、体躯たいくを震わしながら襲ってくる巨大な魔獣から、只管に逃げる。

 厄介なのが居るとは聞いていたけれど、確かにこれはヤバそうだ。

 結構な時間、森の中で飛び回っている。小動物の時とはやっぱり勝手が違うなとか、見つかんなきゃもう少しゆっくり狩りができただろうななんて、攻撃をかわしながら思い返していた。


 数時間前、書斎にて―—。


「入りなさい」

 数回のノックに返ってくる声も、だいぶ耳に馴染んできた。今日は仕事を手伝うようになってもう三日目になる。ビスケットとはすでに買い出しでも一緒になったくらいだし、調理部隊は今までより気楽にやれるかもな、なんて思っている。


「おはよう、アル。ビスケットも、久しぶり」

「ああ、おはようさん、アナ」

「おはよう、二人とも座りなさい」

 魔王がソファに促す。


「自分は結構です。話を進めましょう」

 ビスケットはそのまま立って話し始めた。

「本日の体験は調理部隊の業務ですが、実のところ…アナに与える作業があまり残っていないんですよね」

 彼女の言葉に耳を向ける。

「朝の仕込みは前日の夜に済ませているし、昼の仕込みは朝の調理と並行して行っていますから、他にすることはと言うと、買い出し…は此間、共に行きましたし、夜用の食料調達とその仕込みくらいなんですよ」


「それもそうだな。しかし、それならその二つの業務で良いのではないか?」

 手渡された報告書に目を通しながら魔王が促す。


「それが、仕込みは教えながらすればいいんですけど、調達が。野菜の方は、昨日のアナの頑張りもあって既に済んでいるんですが、肉の方がですね…」

 ビスケットの言葉に魔王も少し難しい顔をする。

「…そうか。確かに、まだ難しいか」


「何が難しいんだ?」

 気になったので聞いてみる。ビスケットは少し言い淀むが、すぐ口にした。

「えっとなぁ…肉の調達ってのが、家畜の魔獣を狩ることなんだよ。小せえ奴から大きい奴まで、色んな種類がいてな。比較的楽な奴もいるんだが…大体手間がかかる奴らが多くてよ。何より、手慣れてないと危険なとこもある」

「そんなに危ないんだ」

「アナの実力なら大丈夫とは思うんだけどな。一応、アゼットの野郎と結構戦り合えてたって聞いてるけど」

 その言葉には思わず苦笑いが出た。


「手は抜かれてたけどね。たぶん武技込みならギリギリ、一発良いの入れれるんじゃないかなってくらいだよ」

「それでも十分だろ」

「それは、ありがとうって言っておくね」


 それにしても、狩猟か。実践的な動きは此処に来てほとんど出来ていないから、少し興味がある。相手が家畜であっても、戦いには変わりない。先日の襲撃でも反応が遅れたし、鈍った身体を慣らす良い機会かもしれない。


「アタシ、やってみたいかも」

 ビスケットは面食らった顔の後に続ける。

「いや、あのさ。此間の、ディミの件でも…咄嗟の出来事に動けなかったのが結構不甲斐なかったんだ。元々、戦闘しかできないような奴なのにさ…だから、鈍った身体を叩き直す良い機会だな~なんて思ったりもして」


 それを聞いて少し、悩む仕草をしながらも、

「そりゃ、やってみたいんならするのが良いとは思うけどよ…」

 と言って、魔王の方を見る。


「どうされますか、主。私はどっちでも構いませんが」

 魔王も少し考えたのち、口を開く。

「アナがそうしたいと思えたなら、それが第一だ。ただし、危険だと思えば直ぐに止めるように。ビスケット、お前の判断に任せる」


「かしこまりました。だってよ、アナ」

 アタシの方に目くばせをする。

「ありがとね、二人とも」

 そうして、書斎を後にした。


 さて、家畜の居る牧場へとやってきた。農場の隣…と言っても、かなり広すぎる土地というのもあって、芋を掘った場所とは離れたところにあった。

「農場もだけど、なんか、全部スケールが大きいよね…」

「そうかあ?普通じゃねえか?」

 普通ではないだろ、と心の中で発する。


「…まあ、そういうもんか。それで、何を獲るの?」

 ビスケットがアタシにニヤリと笑いかける。なんか怖い。

「何でも、だな。牛、豚、鶏から、兎、蛇、カエル…自分の力で獲れるモンをがむしゃらに獲ってもらう。泣き言は聞かねえぞ?」


 何でも、か。なるほど分かりやすい。

「うん、了解。たくさん獲ってくるよ」

 アタシに微笑んだ後、気がついたような顔をする。


「どした?」

「いや、大丈夫だとは思うんだけどよ…中には結構荒っぽい性格の奴もいるもんだから、そういう奴には出来るだけ近づかないようにしとけ」

「ふーん…」

 好戦的な奴も居るのか、都合良いな…と思ってたら顔に出ていたらしい。


「おい、分かってんのかぁ?ったく、無茶だけはするなよ」

「分かってるって、ありがとう」


 牧場の入口付近には、小さめの魔獣を放牧している区画がある、と聞いたため、そちらに向かうことにした。少しして区画整理の柵…というか低めの壁が見えてきて入口に一人の、おそらく調理部隊であろう服装をした給仕が立っていた。


「アナ様、よくぞお越しくださいました。私、この牧場の管理を任せられております、シフォンと申します。以後お見知りおきを」


 深くお辞儀をする給仕。背格好はアタシと同じくらいで、手足は細身、給仕服を着ていても、スタイルが良いのが伺える。部隊長以外はほぼ一緒みたいなこと言っていたけど、結構違う特徴の奴らばっかりだな。


「私はアナ、よろしく。此処の管理者ってことは…シフォンは調理部隊なの?」

「ええ、副部隊長も兼ねさせてもらっております。と言っても、ビスケット隊長がほとんどお一人で部隊を統制しておりますので、副部隊長としての仕事はあまりすることがなくて…正直な話、暇なんですよね」

 少し寂し気な感じで喋っている。仕事がしたいタイプなのか?


「本日の体験の話は以前より隊長から伺っております。そうですね…まずは小動物の捕獲から慣れていきましょう」

「うん、よろしく」

 放牧区画には小動物くらいしか居ないと聞いていたけど、小動物にしては体格が大きくないか、と思えるほど大きい奴らも居る。あの木みたいな角をしてる四足の魔獣とか、持ち上げるのも少し難しいサイズしてる。


「さて、やりますか」

 まずは兎…跳ねる、跳ねる。捕獲の時は壁とか木の幹なんかに追いやると良いって言ってたから、近くの巨木に追い込んだけど、まさか、幹を蹴って飛んで逃げた。追いかけて、やっと一匹捕まえた時には、シフォンは既に大漁だった。

「…ハァ、ハァ…す、すごいね…」

 肩で息をしながら喋る。体力はある方だと思ってたんだけど、結構ハードだ。


「フフ、アナ様も慣れたら直ぐですよ」

「…がんばるかぁ」


 小動物でも結構な種類がいた。ビスケットが言っていたように蛇、カエル、他にもネズミとか、トカゲ…珍しいのだとカメなんかも居た。どれも動きが違っていて、捕まえるのにめちゃくちゃ苦労した。ガルフも獲ってくれてたんだけど、アタシよりガルフの方が大漁で少し複雑な気持ち。あの子、狩りの才能あるんじゃないか?


「っふぁ~!!つかれた~」

 広い野原に身体を投げる。風がそよそよと吹いて心地良い。

「大分、動きが良くなってきましたね。その調子ですよ」

 水を渡しながら微笑むシフォン。ありがとう、というか、息一つすら切らしていなくないか…?なんだ、体力が化け物なのか、この給仕。


「規定の量を捕獲できましたので、そろそろ森の方に向かいますか」

「森?牧場に森があるの?」


「ええ、此処よりも大きめの魔獣が生息しているので少し危険ですが、まあ…隊長も先行して狩猟をしていますので大丈夫でしょう」

 そうか、大きめの。ようやく戦闘になりそうだ。勝てるかどうか、試してみよう。

「…うん、じゃ、行こっか!」

 飛び起きて駆けていく。シフォンも笑って付いてきた。


 森の方に行くとビスケットが居た。おーい、と声をかける。

「ああ、アナ。なんだ、随分疲れてるじゃねえか」

「いやあ、なかなか捕まんなくてさ」

 テヘヘと笑う。

「ところで、ビスケットは何してるの?森、入らないの?」


「ん?いや、さっき出てきたとこだ。粗方獲ったしな」

「ええ!?獲っちゃったの?」

 残念、戦ってみたかった。

「まあ、粗方な。夜飯用の分くらいはってことだ。まだ全然いるぞ」

「じゃあ、獲っていいの?」

「あんまり獲りすぎてもアレなんだが…まあ、数匹くらいは良いだろ」

 よかった。


「んじゃ、さっそく」

「あ、おい、アナ!」

 ビスケットの呼び止めも気にせずに森に入っていく。


「ったく…シフォン、集計と報告書任せるわ。私はアナを追う」

「分かりました」

「助かる」

 そう告げるとビスケットも森に入っていった。


「結構、木が大きいな。陽の光もあんまり入ってきてないや。真っ暗じゃないけど、かなり視界が悪い。気をつけなきゃな」

 駆けながら辺りを見回す。確かに大きめな魔獣の痕跡がたくさんある。高めの位置にある枝が折れていたり、大きい足跡が残っていたりと、そのサイズ感がありありと感じられる。


「此間登った山と少し違った感じだ…」

 ふと、不穏な空気が漂う。重たい音が響く。

「…っと、危ない」

 足を止め、近くの木の根元に息を潜める。ズシン、ズシンと重く響くような音が森に広がる。近くを何かが、通っている。ちらりと見やる。


「何だ、あれ…?」


 巨大な、鶏のような見た目をしている。体を覆っている羽毛を震わせながら、細く長い脚でその巨躯を揺らしている。鳥類…?いや、違う。鳥じゃない。明確に違うのは、あの長い尻尾。尻から延びる其れは、確かに蛇の姿をしていた。

 一つ、大きな咆哮。ギュギュア、と森に響き渡り、空気が凄まじい勢いで揺れた。身体に振動が伝わる。本能が危険だと告げている。


「…っう~…あれは、やばそうだなぁ~…」

 バレないように動かず、気配を消す。過ぎ去っていくのを待つ。


 瞬間、パキリ、と足元の枝が鳴った。


 その音に反応してこちらへと首をギュルリと曲げる。その飛び出るかと思えるほどに開いた両の眼をこちらに向け、ゆっくり歩み寄ってくる。

 マズイ、気づくな…と胸の中で案じる。見つかると食われる。息を殺して、決して身体を動かさないように。


 木の幹の端からくちばしがちらりと覗いたのが、目の端に入った…ところで、こちらまで覗き込むことなく首を引き返したようだ。

 危なかった…そう思ってその場をソロリと離れようと振り返る。すると、顔の目線の先に蛇があった。

 巨大な蛇、それを見たことがあった。それは、あの鶏の尻尾だった。


「キシャーッ!!」


 蛇が咆哮をあげる。驚いて仰け反った拍子に尻を打つ。

「うわっ、やばい…!」

 蛇が噛みついてくる。間一髪で避けたその牙が幹に当たる。木が溶けた。

「うへぇ~…毒かよ」

 直ぐに体勢を立て直した束の間、先程引き返した鶏の側がその巨体をアタシへと向け突っ込んできた。


「っく…!!」

 無理やり身体を跳ね上げ少し飛ぶ。避けることは出来たものの、体当たりによって起きた突風が身体を吹き飛ばしてきた。

「うあっ!!」

 転がる、転がる。木の大きな根にぶつかり止まった。起き上がると、蛇も鶏もこちらをじっと見ている。


「…え~っと、結構やばそうだね」


 瞬間、二つの首が大きな轟音を上げる。ギュギュア、キシャーッと互いに耳に響く音が鼓膜へと押し寄せてくる。

「いった…!」

 思わず耳を塞ぎ、片目を伏せてしまう。相手は、構わず突っ込んできた。ズドーン、と木の幹にぶつかり、揺れが伝播した。


「ん、あっちの方が騒がしいな。行くか」

 アナを探していたビスケットは騒動の渦中にアナが居るだろうと予測を立て、動物たちから情報を得ながら木々を渡っていた。

 情報を伝達する鳥たちが、木の上を飛ぶビスケットに耳打ちする。


「なに…!?バジリスクだぁ?!なんで一番、面倒くせえ奴にちょっかいかけてんだ、あのお嬢様はよ!!」

 ちょうど反対側の端の方で、また大きな音が響いた。

「急ぐか、ちょっとやばそうだ」

 速度をグンと上げる。風が強く吹いた。


 一方、アナは只管に逃げていた。相手の出方を伺いつつも、木々を飛び回って相手の様子を窺いながら森の外に出ようとしていた。


「動きは単調、だけど、鶏の方に隙がある時はあの尻尾が邪魔だ、逆もまた然り…ひらけた場所で一瞬でも隙が出来れば、武技も使えるんだけど…っと!危ない!」


 ギュギュア、とアナを激しくつつこうとする。嘴が空を切って吹いた風がアナの身体をかすめていった。

「気を抜くとすぐこれだ…あんまり悠長なことは言ってられないんだけど…っと、そろそろ、森を抜けられるかな」


 木の合間を縫って光が見えてきた。外へと飛び出す。

 アタシの後に続き、轟音を響かせながら鶏も森を抜ける。激しい動きに、大きく土煙が舞いあがった。

「よっし、ひらけた!あとはどうやって隙を作るかだけど…」

 頭を悩ませていると、シフォンが駆け寄ってきた。


「アナ様!ご無事ですか!!」

「あ!シフォン!良いところに!アレの気、一瞬だけ引いてくれない!?」


 追いかけられながら声を飛ばす。直ぐに状況を把握したのか、シフォンも鶏の方を見やると、暗器を取り出した。

「バジリスク…ですか。仕方ありませんね…少しだけですよっ!」

「ありがとうっ!!」

 暗器を投げ、鶏の身体に当てる。金属音が鳴り響いて、暗器がはじき返される。


「ええっ!?固った!?」


「バジリスクはその固い羽毛鱗うもうりんが特徴なんです。ちょっとやそっとの攻撃は通りません…重たい一撃か、素早い連撃を入れられれば…」


 敵はシフォンへと標的を変え、襲い掛かる。

「私の戦闘方法では、少ししか時間は稼げませんから!早めにお願いします!」


「分かってる!」


 返事をしてから思考を巡らせる。

 武器をはじくほどの羽毛、二つの頭、巨大な身体…自分の持てる武器で、どうやって戦うか…頭をフル回転させる。あれほどの巨体、今まで対峙したことがない。弱点を見抜こうにも、常にどちらかの頭が警戒をこちらに向けている。アタシはあれに勝てるのだろうか…いや、これは考えても仕方がない。


 体勢を立て直し、呼吸を整え敵を見据える。


 集中。切先を相手へと向け眼を閉じる。身体を震わせ力を籠める…感覚が鋭く研ぎ澄まされていく。刃を研ぐように神経を擦り合わせる。緊迫した状況…ただ、眼前の敵に集中する。


 ——成った。


 アナが目を開く、と共に凄まじいほどのオーラがアナの周りを囲んだ。目はバジリスクをじっと見据えている。剣を構える。


「やれる」


 ドッ、と音がした。途端にアナの姿が消え、爆風が吹き荒ぶ。アナははしったのだ。風すらも彼女は置き去りにした。アナの構えた場には足跡だけが残っていた。

 宙を舞って、伸身を翻す。対象に向かって一直線に落ちていく。剣先は既に敵の身体を捉えていた。まだ、怪物ははアナに気づいていない。


「今です!アナ様!」

 シフォンの声が聞こえる。その声よりも先に、アナは剣を振り抜く。


「おっらぁ!!!」

 激しい金属音が鳴った。重い一撃が羽毛鱗を貫通して、バジリスクの身体から鮮血が噴き上がる。


「まだ、まだぁ!!!」

 間髪入れずにアナは剣撃を繰り広げる。そのスピードを、シフォンは目で追うのがやっとだった。


 一発、二発、さらにもう一発…鋭くそして速いその攻撃は、バジリスクの身体を斬りつけ、多くの傷をつけていく。


「これでっ、最後だ!!」

 いっとう強い一撃が入る。バジリスクは大きな咆哮をあげる。身体が倒れていく…アナも武技が切れ、その場にへたり込んでしまう。


「倒れろ…!」

 願った、途端にバジリスクは寸前で踏みとどまり、今までで最も大きな咆哮をあげた。ギュギュア、キシャーッと響き渡っていく。アタシを、捉えている。


「嘘だろ、倒れろよ…」

 身体がぐらぐらと揺れているようだ。反動で立ち上がることが出来ない。敵はこちらへと突っ込んでくる。死んだか。


「ったく、詰めが甘いんだよな、っと!」


 声がした。と思うと、ズドンと大きな音が二回鳴った。

 土煙が舞う。収まった頃に見えたのは、首の落ちた鶏と蛇、そして、ピンク髪の見慣れた給仕だった。


「ビスケット!?」

「おう、問題児」

 開口一番、不躾な言葉が出る。


「問題児って、なんでだよ」

「お前が飛び出してったモンだから探すのに手こずったんだぜ。全くよお…だから気をつけとけって言ったんだ」

 それを聞いて合点がいく。素直に謝る。

 背丈と同じくらいに大きな大剣を振り上げて肩に乗せて、こちらに歩いてくる。


「…給仕部隊でも、皆ちゃんと戦えるんだな」

 疲れ切って仰向けに投げた身体から声を発する。


「まあ、一応軍隊だしな。一人一人が戦えた方が、質ってモンが上がるだろ。それともなんだ、私が戦えちゃ不満かぁ?」

「いや、助かった。ありがとう」

 そんな言葉を交わしていると、シフォンが駆け寄ってきた。


「アナ様!御怪我はありませんか!?」

「うん、大丈夫。ちょっとはしゃぎすぎちゃった」


「楽しめたんなら良いんだけどよ…にしても、なかなかの手柄じゃねえか。こいつぁ、結構デカめのバジリスクだ。今日の晩飯は豪勢にいけそうだな」

 晴れやかに笑う。


「ハハ、やった~!」

「その分仕込みも大変だけどな!手伝ってもらうぜ?」

 ニヤリと笑ってこちらを見ている。喜んだのも束の間、仕事が増えたらしい。まあ、強い奴と戦えたから良いんだけど。


「主んとこに報告に行かねえとな、あとは、調理もするんだから着替えねえと」


 そう言えば返り血で汚れてる。ビスケットは、あれだけ大きな一撃をかましたのに、全く返り血を浴びていない。どうなってるんだ。


 …と、少し気になることがあった。

「ビスケット、怒られる…?」

 おずおずと聞いてしまった。

「ん?さあな、まあでも大した怪我もしてねえんだし、大丈夫だろ」

「よかった」

 胸を撫で下ろす。アタシのせいでビスケットが怒られちゃ申し訳ない。


「ほかの食材に関しては、既に進めております。隊長とアナ様はこちらのバジリスクに集中してもらって大丈夫ですよ。私も、着替えなくては」


 シフォンがアタシを促して、風呂場に連れていってくれた。


 その日の夜は、本当に豪勢な料理が振る舞われた。これだけの量はアタシが演説した後のパーティー以来だ。調理も、想像していたよりさらに大変なものだったけど、ビスケットやマドレーヌの助けもあって不格好ながらに出来たと思う。大広間を使って、中央にバジリスクの料理が据えられていた。


 皆思い思いに、皿に取り分けていく。食材調達から調理の仕込みまで自分が手を加えているからか、楽しんでもらえているのはとても嬉しく感じる。そんなことを思っていると、ビスケットがグラスを片手に寄ってきた。


「どうだ、自分の料理は」

「うん、意外と美味しくできて良かった。それよりも、皆が楽しんでくれてるのが、なんだかとても嬉しいんだ」

 その言葉にビスケットが笑う。


「ハハハッ、それが感じれたんなら何よりだよ」

 グラスの酒を一口煽る。


「そういやよ…あの武技、結構危険だと思うぜ。どういったモンかは詳しく知らねえけどよ。今日だって少しの間しか使ってなかったけど、身体ボロボロだろ」

「あ、バレてた?アハハ…」

 仕方ない奴だ、とでも言わんばかりの顔でこっちを見てる。

「でも、あれがアタシの戦い方だから。あれしか、知らないから」

 ビスケットは少し、目を伏し目がちにする。

「…ちゃんとスターチスに見せとけよ、それだけ言っとく」

「はーい、分かってるよ。心配してくれてありがとう」


 そう言って、料理を取りに行こうと席を立つ。ビスケットが呼び止める。


「ああ、それとよ。今回は一日だけってことだったが…今後も、参加したいときはいつだって言ってくれて良いんだぜ。マカロンの奴なんか、今日非番なのに出てこようとしてたからな…あいつ、どんだけお前の事好きなんだよ」


 少し気恥ずかしくなってはぐらかす。

「考えとくよ、アタシも楽しかったし」

 そうか、と笑う。パーティーの歓声と共に、耳に熱く残った。

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