第六話 労働と騒動
ミレットと共に、魔王に諸報告を済ませたのでアタシの今日の仕事はこれで終わりのようだ。ミレットは夜も少しだけ業務が残っているみたいで、夜ご飯はリセと食べることにした。昔と比べて良い物を食べているからか、最近は食欲が毎日ちゃんと湧くようになっていて、その日のご飯を楽しみにしている自分がいる。
「あ~、うまかった~」
最後にスープをグイっと飲み干して大きく息を吐く。アタシの飲みっぷりを見て、可笑しくなったのかリセが笑っていた。
「なんだよ~」
「いえ、アナ様が随分美味しそうに食べるもので。私も満足しているのですよ」
「馬鹿にしてる~?」
「そんな、滅相もない」
互いに笑う。皿を片付けて部屋に帰ることにした。
「ただいま~、ガルフ。元気だった?」
部屋で待っていた魔リスに声をかける。頬いっぱいに胡桃を蓄えた顔でこちらを見るとキュー、と鳴いた。頬の胡桃が少し跳ぶ。
「アハハ、汚いなあ」
申し訳なさそうに、しょんもりしている。
「今日は久々にいっぱい動いたから疲れちゃったよ、ガルフ」
ソファに座ると背もたれに身体を預ける。沈み込んで包まれた。
「身体が疲れるって、久しぶりだったな」
なんだか不思議な感覚だ。疲れというものは、此処に来るまでもずっと感じていたというのに。たぶん、精神の方がもっと疲れてたんだろうな。それが今、身体の方が感じられるという事は…アタシは暇になったんだな、と再認識した。
「存外、悪いもんじゃないね。心地良いくらいだ」
これはおそらく、楽しかったからだろう。ガルフはキュー、と鳴く。
「夜ご飯も食べたし、そろそろ寝ようかな」
大きく伸びをすると、思わず
「は~、眠たい…これも、久しぶりだなあ」
そう呟きながらも、既に半分寝ていたんだろうと思う。意識が朦朧として、ベッドに倒れ込んだ。ボフッと音がしたのは覚えている。
そこからは記憶はない。おそらく寝ていたんだろうな。窓からの日差しを受けて目を覚ましたら、ガルフがチロチロと頬を舐めていた。くすぐったくて笑いが込み上げる。寝ている間にリセがアタシの状態を整えてくれたらしく、ちゃんと布団を被っていた。
「さて、今日も働くかな」
着替えを済ませて魔王の元へと向かう。今日は外縁管理部隊の仕事らしく、外で作業するからか、軽装をリセが揃えてくれた。ものすごく動きやすい。
書斎に着くと、ハーヴェが居た。どうやらアタシを待っていたようだ。
「あら、アナ様。おはようございます」
「おはよう、ハーヴェ。ごめん、待たせた?」
「いえ、私も今し方参上した次第でございます」
何か今のカップルみたいだな。いや、カップルは敬語じゃないか。
「アルも、おはよう」
「ああ、おはようアナ。今日は事前に言っていた通り、ハーヴェの元で外縁管理部隊の仕事を経験してもらう」
肯きで返す。
「後ほど、詳しいことはハーヴェから説明があると思うが…今の時点で聞いておきたいことはないか?」
少し考える。そういえば…
「今日ってリセはいないの?」
ハーヴェが応える。
「リセ姉は自分の管轄がありますから。ミレットちゃんの時は、まあ…会ってもらったので分かるかもしれませんが、あの性格ですので」
そうか、本来はそうだよな。
「そっか、ごめん。変な事聞いた」
「いえいえ、ご質問ありがとうございます」
にこやかにしている。笑顔が似合うなあ、などと思う。
「それと、外庭って結構広いけど…もしかして全部、管理してるの?」
「ええ、もちろん。各所に人員を配置して管理しておりますよ。本日ではほとんど体験できませんけれど…そちらは、よろしかったですか?」
「ああ、そこは大丈夫。わざわざ準備してもらってるんだし」
笑って返したら、ハーヴェも安堵の表情をした。
「では、任せたぞ。ハーヴェ」
「承知しました、主様。では…アナ様、そろそろ向かいましょうか」
扉の方へと向かったハーヴェの後を付いていった。
門を抜けて外庭に出る。何回か訪れてはいるが、やはりその広さには毎度圧倒される。この高所から見渡しても、壁がようやく薄っすら見えるくらいに広い。雄大な自然といくつかの集落。自然を感じられてとても心地が良い。
「アナ様、こちらですよ」
気がついたらハーヴェがもう先に行って、近くの階段から声をかけてきた。階段から下山していく。進んでいくと農場がある。前に来たから覚えていた。
「今日は、農業を手伝っていただきます」
「農業かぁ…何すればいいの?」
「簡単な事です。収穫と、次に摂りたい野菜の種を植えるだけですよ」
「結構単純な作業なんだ」
一つ咳払いをして説明を始めた。
「実はですね…我らが城の農業は普通の農業と比べると、違っている点がいくつかあるのですよ。重要な点は二つ。まず一つは、収穫時期がとても早いという点。もう一つは、植える品種があまり土壌に左右されないという点です」
首をかしげる。
「分かりづらいですよね。収穫時期が早いというのはすなわち、収穫頻度が高いという事です。大体五日経てば収穫することが出来ます」
「そんなに早く!?大丈夫なの?」
あまりに早い頻度で驚きを隠せない。
「ええ。実際にアナ様にも毎日食べていただいているように、品質の方は私が保証いたします」
微笑んだ後、気を取り直して続ける。
「これは、植える品種が左右されないという点にもつながってくるのですが…アナ様も既に聞き及んでいるかもしれませんが、外庭はムルーム様の影響を強く反映した区画となっております」
「そういえば、何かアルの奴も言ってた。この自然はムルームと外縁管理部隊が頑張っているからだ~とか」
そんな、もったいないお言葉…と照れている。
「こ、コホン。聞き及んでいるのであれば話は早いですね。そのムルーム様の影響と言うのは、自然に対する影響を指しています。ムルーム様は
難しい言葉がいっぱい出てきた。
「よく分かんないけど、すごい奴なんだね」
「もちろんです。どちらの点においても、ムルーム様の御力による影響がとても大きく…あの方が居なければ、この農業は…いえ、この外庭は成り立っておりません」
それほどまでに凄いんだな。やっぱり四天王なだけある。というか、マナリアより全然凄い奴なんじゃないか?
「それで、今日は何を収穫するの?」
気を取り直したようにハーヴェが答える。
「はい、今日はイモをひたすら掘ってもらいます」
「イモを?」
「イモを」
「ひたすら?」
「ひたすらです」
あれからどれだけの時が経っただろう。ひたすら、ただひたすらにイモを掘っては籠に入れ、掘っては籠に入れの繰り返し。魔王軍の食糧消費を考えると、おそらくまだまだ足りないんだろうと考えながらも、途方もない作業を続けた。
「そろそろ休憩にしましょうか、アナ様」
ハーヴェがお茶を持って声をかけてきた。潤いを欲していた身体が、スーッと引き寄せられていく。一口含むとオアシスだった。
「あ~、生き返る~!」
どこかのおっさんみたいな声が出た。気持ちが良い。肉体労働とは、とても爽やかになるもんだな。そりゃあ…ハーヴェくらい快活じゃないとやってけない。
「美味しそうに飲みますね」
ハーヴェは笑っている。少し恥ずかしい。
「毎日こんなに大変なの?ハーヴェってすごいんだね」
その言葉に目を丸くするハーヴェ。
「ん?どしたの」
「いえ…今までは、あまりそういった言葉を頂いたことが無いもので…少し驚いてしまいました」
「そうなんだ」
「はい、この城では与えられた業務をすることは普通の事で…私にとってのそれは、この業務ですから。普通の事を褒める者もいないでしょう」
まあ、そういう考えなら確かに。
「ミレットの集中力が凄かったのも、そういう考えがあるからなのかな」
「ミレットちゃんの場合は、少し違いますね。あの子は生まれ持った性質上、突出した精神力を有しておりますから。ですが確かに、そういった考え方もできますね」
突出した精神力、かあ。と考えながら引っかかる。
「生まれ持った性質って?」
少し考えている。のち、口を開く。
「我々給仕部隊は、ムルーム様から派生した
「まあ、派生とは聞いてる」
「でしたら、話が早く進められます。給仕部隊はムルーム様の派生…ですが、私たち部隊長はその中でも少し違った存在なのです」
気になったが黙って聞く。
「竜人種は成体の竜種が単為発生で生み出すもの…その中で、竜種が成体に成る際に、分体として単為生殖で産み落とされる存在が居るのです」
「その分体は、元となる竜種の性質の一端を引き継いでいます。端的に言ってしまえばその分体が私たち、給仕部隊の各部隊長なのですよ」
少し驚いた。確かに、マカロンやマドレーヌと比べても、少し違っている点が多かった気もする。ミレットの体格も、それなら頷ける。
「ってことは、ムルームが母親ってこと?」
「そうとも言えますね」
笑顔で言う。まぶしい。
「私たち部隊長は、他の給仕部隊の子たちよりも先に生まれてきました…リセ姉を含め六人は、同時に生まれたものの姉妹として生きることとし、生まれた順番を決定することにしたのです。ちなみに私は四女ですよ」
「ハーヴェで四女!?しっかりしてそうなのに…」
その言葉にまた笑う。
「フフ、上三人の方がしっかり者ですよ。まあ、一人しっかりと言えるか分かりませんが…私はまだまだ至らぬ点が多いですし、何より姉も妹もいるというのは、何とも言い難い幸せがあります」
そうなんだ、と感受する。
「順番はどんな感じなの?」
「上から、リセ姉、グレース姉、ビスキー姉さん、私、シャンメリー、ミレットちゃんの順番ですね。アナ様は…グレース姉とシャンメリーにはまだお会いなさってないと存じ上げております」
確かに聞いたことない名前だが…
「ビスキーは?」
「ああ、ビスケット調理部隊長ですよ。たしか…以前買い出しで一緒になったと聞いておりますが」
「ビスケットのことか!ビスキーって呼んでるんだね」
「はい、なんだか気恥ずかしいですね」
照れた様子で頬を掻く。かわいい。
「私にとって、ムルーム様含め六人とも…いえ、給仕部隊の皆はとても大切な家族です。軍の皆様も大切ですが…この繋がりはトクベツです。姉妹の絆を、死ぬまで大切に、手放すことなく生きていきたいと、そう思っています」
「ハーヴェにそんだけ愛されるのも、羨ましいもんだね」
首をかしげる。
「私に愛されるのは、羨ましいですか?」
「うん。ハーヴェに限った話じゃないんだけどさ、アタシは誰かに愛されたのなんて…ああ、一人だけ居たけど、それ以外じゃ朧げな記憶でしかないから。そういうの、羨ましいと思うんだ」
途端、ハーヴェが手を取る。
「これからは、私も、主様も、そして魔王軍の皆様も居ます。これからは、忘れることを忘れるほどに、多くの愛が貴女を包みますから、御覚悟、お願いしますね」
いたずらな顔を見せる。少し、ドキリとした。
「アタシは、こんなに恵まれてていいのかなあ」
「良いのですよ。アナ様は、頑張り屋さんですから」
そっか、と呟く。一つ大きく伸び。ハーヴェが立ち上がる。
「さて、そろそろ午後の業務に取り掛かっていきますよ~!」
「ハハ、お手柔らかにね」
笑って差し伸べる手を掴んでアタシも立ち上がる。一つ風が抜けた。
ハーヴェの元での仕事を終えた後、ミレットと夜ご飯を一緒に食べた。ハーヴェは諸報告を済ませに、魔王の元へと向かっていった。アタシも付いていこうとしたけれど、お腹が空いているでしょう、と早めに夜ご飯を摂るように促されたから、ミレットを誘って摂ることにした。
今夜は非番みたいらしく、部屋に誘ってガルフを紹介しようと思ったけれど、どうやらちょっとした雑務が入っていたようで、断られてしまった。
「ご、ごめんね。また今度、必ず…」
「大丈夫、また誘うから。おやすみ、ミレット」
アタシの言葉に頷きで返して去っていく。アタシも部屋の中へと戻った。
部屋に入るとガルフが出迎えてくれた。駆け寄ってきて、アタシの肩へと登ると、頬を摺り寄せてくる。
「ハハ、くすぐったいよ。ただいま、ガルフ」
キュー、と鳴くと、頬擦りをやめて肩を降り、テーブルの胡桃に夢中になった。
「さて、風呂でも入るかなあ」
伸びをしながら零して、支度を始めた。
替えの下着と寝間着を持って浴場に向かう。幾人かの給仕とすれ違った。こうやって見ると、確かに似通った部分が多いなぁ…などと思う。
「あれも清掃部隊かなあ、ミレットと格好が似ているし」
ブツブツ呟いていると…ふと、灯りが小さくなったように感じた。
「なんだ…?」
「隙だらけ」
声がした。反射的にその方角を見る。切先が目前に迫っていた。
甲高い、鉄と鉄がぶつかり合うような音が鳴り響いた。咄嗟に伏せた目を開けると、そこには鳥を模したようなマスクで顔を覆った、給仕服に似たような…それでいて戦闘用に作られたと思わしき服装の者と、ガルフが相対していた。
「が、ガルフ!?大丈夫!?」
ガルフは給仕服の者を睨みつけフシーッと唸り声を上げている。警戒しているようだ。対面の者の手には小さなナイフ、先程の甲高い音、隙だらけ。ここから結論を導き出すことは簡単なものだった。
「あんた、誰?もしかしてアタシを殺そうとした?」
緊張と動揺が、一気に押し寄せてきた。何よりもまず、軍の者が、魔王の目が届く場で、堂々と襲ってくることが、意外で恐ろしい事だった。
「そう、そうね。殺そうとしたわ」
マスクの者は応える。声音からして女だろうか。
「な、なんで」
「端的に言えば邪魔だったから、ね」
邪魔…?アタシはこいつに何かしたのだろうか、そも、どこかで会った事すら、無かったのではないだろうか。
「初対面の相手にそれはないんじゃない?」
「ハッ、人間風情が」
鼻で笑う。その言葉に対しガルフが吠える。城に響き渡った。
「チッ、面倒なのを拾ってるわね…」
捨て台詞を吐き、暗がりへと消えていった。アタシは、入っていた力がふと切れて、その場に座り込んでしまった…ガルフが肩に乗り、頬を舐める。
「な、なんだったんだ…」
時間を空けず、ガルフの声に反応したのか、リセが駆けつけた。へたり込んでいるアタシを見て驚いた様子を見せる。
「アナ様!どうされましたか!?」
「あ…リセ。いや…」
言うべきか、言わぬべきか。逡巡して目を逸らす。
「何か、あったのですか」
リセの声に応えられない。リセは辺りを見回して状況を確認する。
「ガルフ」
魔リスを見やる。ガルフが身体を使ってキューキュー鳴きながら説明する。
「そう、そうですか…」
残念そうな顔をしてアタシに寄り添う。
「アナ様、怖い思いをさせてしまい申し訳ありません…私の不徳の致すところです…この時間帯に私が付いていられないことを知っての行動でしょう。付けていた見張りも昏倒していますし、丁寧に痕跡も消してあり…」
「いや、リセが謝ることじゃないでしょ」
アタシは直ぐに訂正した。
「リセが知らなかったってことは、襲ってきた奴は相当準備してのことなんだろうし…そうでなくても、アタシを良く思わない奴だっているだろ、想像できた事を、想定できなかったアタシが悪い」
「それは決してあり得ません。アナ様が悪いことなど、決してございません」
ガルフもアタシを慰めるようにキュー、と鳴いている。
「それでも…」
重たい空気が流れているのを感じる。
「…あ、そうだ。風呂に行こうとしてたんだ」
沈んだ空気をわざとらしく切り、立ち上がる。
「…では、私も同行しましょう。犯人がどの者か分かるまで、アナ様から目を離すわけにはいけないと判断しました」
「ええ…!?そこまでしなくても…」
「いえ、必要でしょう。とりあえず各部隊長には伝達済みですが、見つかるまでは時間がかかるでしょうから」
そうだとしてもなあ。
と、言いつつも結局、一緒に風呂に入ることにした。リセは結構心配性のようで、服を脱ぐのも手伝うか聞いてきたが、さすがに恥が勝った。
此処に来てもう幾度も使っているけれど、まだこの風呂の広さには慣れない。そもそも、施設に居た頃も水浴びが週に一度許されるくらいで、逃げ出してからは水浴びすらする余裕もなかったから、風呂自体、朧げな記憶でどんなものかも忘れてしまったけれど。
シャワーの前に座ってお湯を出す。温かい。リセが後ろに座り声をかける。
「せっかくですし、お背中お流ししましょうか?」
「なっ!?」
驚いたアタシに笑顔を向けている。
「…い、いいよ。自分で出来るから」
「遠慮しないで、甘えてください」
「いや、恥ずかしいから」
フフフ、と笑う。からかってるみたいだ。否応なしに結局身体の隅まで洗われた。
「ふぁ~~」
湯船に浸かると声が抜けた。この心地良さは大好きだ。
「お風呂の方も、満足いただけているようで何よりです」
リセが優しい笑顔で語りかける。
「うん、アタシこの風呂好きだな」
手で湯を
「そういえば、給仕部隊について聞いたとか」
驚いて顔にかけた湯が勢いよく弾ける。
「え!?あ~、ハーヴェに聞いたんだ」
アタシの様子を見て面白がっている。
「ええ。そんなに興味を持ってくれて頂けたとは、思っていませんでした」
「気になってさ。いつかムルームとも会ってみたいなあ、とか思ったり」
「冬以外は元気が有り余っておりますから、すぐに会えると思いますよ」
「楽しみだね」
少しの沈黙、心地よさが身体を満たす。
「結局、あいつは何だったんだろうな…給仕部隊っぽかったけど」
アタシの言葉にリセが応える。
「その件ですが、既に特定は済んでおります」
「え!?そうなの!?」
早いものだ、仕事が。
「誰だったの?」
少し、考えて口を開く。
「ディミという、清掃部隊の副部隊長です。動機は判明しておりません」
清掃部隊って、ミレットの…
「おそらく、ミレットは知らなかったと思います。ひどい慌てようでしたので…」
「そう、じゃあ独断ってことか」
一つ伸びをする、湯船から上がる。お湯がザバっと持ち上がった。
「うん。明日、会わせてよ。その給仕」
リセは驚いた顔を見せるが、直ぐに首肯した。
「分かりました、手配いたします」
朝、アタシとリセは牢屋の前に居た。向こう側には、一人の給仕が手錠にかけられ、鎖で壁に繋がれていた。
「こいつが、ディミ?」
「ええ、この者が」
牢の中の者はこちらを睨んでいる。
「殺そうとした奴に会おうだなんて、酔狂な奴もいたものね」
声を発した。確かに、昨日襲ってきた女と同じ声だ。そうでなくとも、発言の時点でもう分かりきったものだけど。
「よっぽど暇なのかしら。ねえ、勇者さま?」
なんだか悪態をついてくる。嫌われたものだな。
「ディミ、口を慎みなさい」
リセが
「いいよ、リセ。ありがとう、ガルフも」
リセは目を伏せ軽くお辞儀をした。ガルフはアタシのポケットに潜っていった。
「んで、ディミだっけ。アタシはアナ、よろしくね。あんたが思ってるとおり、アタシは暇なんだよね。だからこうして、暇だから、自分の命を狙ってきた相手と、お喋りをしようと思ってるんだ」
からかうように告げる。面白くないような顔をした。牢の前に座って問う。
「それで、何でアタシの命を狙ったの?」
「邪魔だったからよ。前に言ったじゃない、頭が空っぽなの?」
一々、悪態をつく奴だ。
「アタシとあんたはあの時に出会うまで、面識はなかったはずだけど。それで邪魔だなんて言われても、たまったもんじゃないんだよね。だから…アタシがあんたの邪魔になったことが、何なのか知りたいんだ」
顔を逸らし、応えない。
「うーん、どうするか。リセ、分かる?」
リセは返事をしてディミを見る。ディミは必死で顔を逸らす。少しして、合点がいったようにリセが肯いた。
「どうやら、ミレットが関係しているみたいですね…」
「ミレットが…!?」
不意を衝かれる。まさかミレットが命じたとか…
「いえ、ミレット自体は何も知らないようですので、心配なさらず」
リセが直ぐに訂正を入れる。
「それなら、まあ…」
「…じゃあ、ミレットが関係あるって?」
どういうことなんだ。問いを投げた。
「ディミの気持ちの話ですよ」
よく分からない。簡単に言ってくれ。
「ディミは、ミレットに特別な感情を抱いています」
「トクベツって?」
やめろ、とディミが声を荒げる。鎖を引きちぎろうと、こちらに身体を思いっきり引っ張っている。リセは気にも留めず、一つ一つ推測を並べる。
「崇拝、とでも言うのでしょうか。本来、我々給仕部隊は同一個体のようなもの、部隊長であれば個体差はありますが、通常そういった感情は互いに持つことは無いのです」
「…が、やはり崇拝が最も近しい感情と思えます。彼女はミレットにかなり大きな感情を向けている。おそらくそれが今回の件を起こすに至った原因と言えるでしょう。親愛、と言えば聞こえは良いですが、その感情が暴走する可能性は、以前から垣間見えていましたから…」
リセも、少し困惑しているみたいだ。
「うーん、よく分かんないけど、こいつがミレットの事好きだから、アタシがミレットと仲良くするのがあんまり面白くなかったってこと?」
「そのようですね。そうでしょう、ディミ」
促す、応えない。
「…ハァ。本人を呼んだ方が早いですね」
「やめて!!」
ディミが食い気味に叫ぶ。
「相応の態度があるでしょう。アナ様が気にしていなくとも、私はお前に対して怒りを覚えているのです。喧嘩を売る相手は選んだ方が良いですよ」
リセは冷酷に相手を見る。アタシは、おずおずと聞いている。少しの時間が経ち、ディミが口を開いた。
「…そうね、私は、ミレット隊長を慕っています。それが、特別な想いであることも、否定はしません」
「貴女が、隊長と親しくしているのが、とても嫌だった。憎らしかった、妬ましかった。隊長が…貴女に向けるその笑顔が、私にとっては、棘でしかなかった…だから、貴女を殺そうと思ったの、殺してしまえば、隊長は、昔のような…いつもの隊長に戻ってくれるって、思ったから」
目頭を熱くして続ける。
「だから、これは私の独断よ。隊長には、何も関係がない。私が犯した罪は…既に知ってしまっているだろうけど、この想いは知られたくないの。どんな処罰でも受けます…だからどうか、ミレット隊長には、告げないでください…」
鎖に繋がれたまま、頭を垂れる。
「頭を上げてよ、ディミ。別に言うつもりもないよ」
「アナ様っ」
リセとディミが、アタシの言葉に顔をこちらへと向ける。
「な、なぜ」
「なぜって…言ってほしくないんでしょ?だったら言う事もないじゃん」
「でも、私は、貴女を殺そうとしたのよ…」
その言葉に少し首をひねって続ける。
「まあ、確かにあんたがアタシを殺そうとしたのは事実だけどさ。理由も分かったし、もう済んだことだし、何より死んでないんだしさ。アタシが別にいいやって思えたら、もうそれで良くない?」
目を見開いている。その目尻から一筋の涙が落ちた。
「わ、私は…本当は、分かっていたんです…たとえ貴女を殺しても、変わることは無いと、貴女と接しているのは…いつもの隊長で、ある、と…」
たどたどしく吐く。アタシは静かに聞く。
「間違っていた…貴女を殺すことだけが、頭を支配していた…嫉妬だけが、私の原動力になってしまって、いたのです…」
「許してほしいなど、とは、思いません…殺してほしいなどとも、思いません。この異常な感情を、貴女を殺そうとした罪を、抱えて、贖罪いたします…」
申し訳ありません、と何回も嘆いていた。
アタシは、答えた。
「うん、いいよ。許す。処罰の方は、アタシ一人で決めることは出来ないけど、許してくれるよう頼んでみるよ。丁度リセも居ることだしさ」
隣の給仕を見る。
「…本当によろしいのですか、アナ様。この者は、貴女を殺そうとしたのですよ」
「うん、いいよ。アタシは死んでないし、どんな気持ちであれ、他者を大切に想う気持ちは変わらないから。アタシも、なんか分かっちゃった。だから許してあげて」
アナ様が良いのでしたら…と、リセは納得し、ディミを牢から出した。
ディミは深くお辞儀をして、その場を二人の給仕に連れられて去っていった。
「そういえば、アタシの気持ちで決めちゃったけど、それはそれで良かったの?」
「ええ、当人はアナ様なので。それに、処罰はちゃんと受けさせますよ。かなり軽くはなりますが」
笑顔で答える。少し怖いけれど、怒ってくれたのは嬉しかった。
「…あ、アハハ。なんかごめんね」
「アナ様が謝ることではございません。ディミが悪いのですから」
その後、聞いた話だと、ディミは副部隊長を解任させられたそうだ。解任後は一週間の断食に加え、清掃業務区域の三分の一を、一人で行うように命じたとのこと。どこが軽くなったんだ、と言いたくなったが…死刑よりはまあ軽いし、アタシがいう事でもないかと感じたのでやめた。
魔王の耳にもアタシが襲撃を受けたことは入っていたけれど、事が済んだ後だったからか、アタシが決めたのであれば…と口を出すことはしなかったらしい。
あれから、一人で考えてみたけれど、やっぱりアタシを良く思わない奴もこの城にはいるんだろうな。
どうすればいいかなんて、分からないけれど、アタシはもう此処で生きていくことを決めたから。誰が何と言おうが、此処で暮らしてやる。って言ったら、魔王とリセはなんだか微笑んでいるようだった。
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