第十一話 竜女と畑

 ミレットと共に、魔王に諸報告を済ませる。今日の仕事はこれで終わりのようだったが、ミレットは夜も少しだけ業務が残っているみたいで、夜ご飯はリセと共に摂ることにした。

「あ~、美味しかった~」

 最後にスープをグイっと飲み干して大きく息をつく。飲みっぷりを見て、可笑しくなったのかリセが笑っていた。

「なんだよ~?」

「いえ、アナ様が随分美味しそうに食べるもので。私も満足しているのですよ」

「馬鹿にしてるでしょ~」

「そんな、滅相もない」

 互いに笑う。皿を片付けて部屋へと戻った。





「ただいま~、ガルフ。元気だった?」

 部屋で待っていた魔リスに声をかける。頬いっぱいに胡桃を蓄えた顔でアナを見るとキュー、と鳴いた。頬の胡桃が少し跳ぶ。

「アハハ、汚いなあ」

 申し訳なさそうに、しょんもりしている。

「今日は久々にいっぱい動いたから疲れちゃったよ、ガルフ」

 ソファに座ると背もたれに身体を預ける。沈み込んで包まれた。

「身体が疲れるって、久しぶりだったな」


 不思議な感覚を覚える。身体の疲れが、心の安寧の確かな証としてあることに気づいて、アナはフッ、と微笑む。

「意外と、悪いもんじゃないね。心地良いくらい」

 ガルフはキュー、と鳴く。

「夜ご飯も食べたし、そろそろ寝ようかな」

 立って大きく伸びをすると、思わず欠伸あくびが出た。

「は~、眠たい…これも、久しぶりだなあ」

 そう呟きながらも、既に半分寝ていたんだろうと思う。意識が朦朧としながら寝床に向かうと、そのままベッドに倒れ込んだ。


 そこからはアナの記憶にない。窓からの日差しを受けて目を覚ましたら、ガルフがチロチロと頬を舐めていて、くすぐったくて笑っていた。寝ている間にリセが整えていたらしく、ちゃんと布団を被っている。


「さて、今日も働くかな」

 着替えを済ませて魔王の元へと向かう。今日は外で作業するからか、軽装をリセが揃えてくれた。比類ない程動きやすさを感じる。


 書斎に着くと、ハーヴェが居た。

「あら、アナ様。おはようございます」

「おはよう、ハーヴェ。ごめん、待たせた?」

「いえ、私も今し方参上した次第でございます」

 何かカップルみたいなやりとりをして互いに可笑しくなった。


「アルも、おはよう」

「おはようアナ。今日は事前に言っていた通り、ハーヴェの元で外縁管理部隊の仕事を経験してもらおうと思っている」

 アナは肯きで返す。


「後ほど、詳しいことはハーヴェから説明があると思うが…今の時点で聞いておきたいことはないか?」

「そういえば、今日ってリセはいないの?」

 その問いにハーヴェが応える。

「リセ姉は自分の管轄がありますから。ミレットちゃんの時は、まあ…会ってもらったので分かるかもしれませんが、あの性格ですので」

 変に説得力のある言葉に、アナはそっか、と一言呟いた。


「そっか。ごめん、変な事聞いた」

「いえいえ、ご質問ありがとうございます」

 にこやかにしている。笑顔が似合うなあ、などと感じる。

「それと、外庭って結構広いけど…もしかして全部、管理してるの?」


「ええ、もちろん。各所に人員を配置して管理しておりますよ。本日ではほとんど体験できませんけれど…そちらは、よろしかったですか?」

「そこは大丈夫。わざわざ準備してもらってるんだし」

 笑って返したら、ハーヴェも安堵の表情をした。


「では、任せたぞ。ハーヴェ」

「承知しました、主様。ではアナ様、そろそろ向かいましょうか」

 そう言うハーヴェの後をアナは付いて行った。





 門を抜けて外庭に出る。高所から見渡しても、壁がようやく薄っすら見えるくらいに広いそれには、何度見ても慣れないものがある。


「アナ様、こちらですよ」

 気がついたらハーヴェがもう先に行って、近くの階段から声をかけていた。其れを追ってアナも階段から下山していく。


「今日は、農業を手伝っていただきます」

「農業かぁ…何すればいいの?」

「簡単な事です。収穫と、次に摂りたい野菜の種を植えるだけですよ」

「結構単純な作業なんだ」

 一つ咳払いをして説明を始めた。


「実はですね…我らが城の農業は普通の農業と比べると、違っている点がいくつかあるのですよ。重要な点は二つ。まず一つは、収穫時期がとても早いという点。もう一つは、植える品種が土壌に左右されないという点です」


 首をかしげる。

「分かりづらいですよね。収穫時期が早いというのはすなわち、収穫頻度が高いという事です。大体五日経てば収穫することが出来ます」

「そんなに早く!?大丈夫なの?」

 あまりに早い頻度で驚きを隠せず問う。


「ええ。実際にアナ様にも毎日食べていただいているように、品質の方は私が保証いたします」

 微笑んだ後、気を取り直して続ける。


「これは、植える品種が左右されないという点にもつながってくるのですが…アナ様も既に聞き及んでいるかもしれませんが、外庭はムルーム様の影響を強く反映した区画となっております」


「そういえば、何かアルも言ってた。この自然はムルームと外縁管理部隊が頑張っているからだ~とか」

 もったいないお言葉…と照れている。


「…コホン。聞き及んでいるのであれば話は早いですね。そのムルーム様の影響と言うのは、自然に対する影響を指しています。ムルーム様は竜種ドラゴであり、またその中でも、繁栄の力を司る栄華竜えいがりゅうであります故、その力を以て自然に在る生命の維持発達に、影響を与えているのです」


 難しい言葉がいっぱい出てきて、アナには理解が追いつかない。

「よく分かんないけど、すごい奴なんだね」


「もちろんです。どちらの点においても、ムルーム様の御力による影響がとても大きく…あの方が居なければ、この外庭は成り立っておりません」


 マナリアより凄そう…と、月並みな感想が出る。ハーヴェは、嬉しそうな表情を微塵も隠さなかった。


「それで、今日は何を収穫するの?」

 アナが切り替えて問うと、気を取り直したようにハーヴェが答える。


「はい、今日はイモをひたすら掘ってもらいます」


「イモを?」

「イモを」


「ひたすら?」

「ひたすらです」





 あれからどれほど経っただろう。ひたすら、ただひたすらにイモを掘っては籠に入れ、掘っては籠に入れの繰り返し。魔王軍の食糧消費を考えると、おそらくまだまだ足りないんだろうと考えながらも、アナは途方もない作業を続けた。


「そろそろ休憩にしましょうか、アナ様」

 ハーヴェがお茶を持って声をかける。潤いを欲していた身体が、スーッと引き寄せられていく。一口含むとオアシスだった。


「あ~、生き返る~!」

 おっさんみたいな声が出た。気持ちの良さにアナは一瞬、疲労を忘れた。

「美味しそうに飲みますね」

 ハーヴェは笑っている。それを見て恥ずかしかったのか、話題を変える。

「毎日こんなに大変なの?ハーヴェってすごいんだね」

 その言葉に目を丸くするハーヴェ。

「ん?どしたの」

「いえ…今までは、あまりそういった言葉を頂いたことが無いもので…少し驚いてしまいました」


「そうなんだ」

「はい、この城では与えられた業務をすることは普通の事で…私にとってのそれは、この業務ですから。普通の事を褒める者もいないでしょう?」

 それなら確かに、と納得する。


「ミレットの集中力が凄かったのも、そういう考えがあるからなのかな」

「ミレットちゃんの場合は、少し違いますね。あの子は生まれ持った性質上、突出した精神力がありますから。ですが確かに、そういった考え方もできますね」

 突出した精神力、かあ。と考えながら引っかかる。


「生まれ持った性質って?」

 少し考えている。のち、口を開く。

「我々給仕部隊は、ムルーム様から生まれた竜人種ドラグニュートであることは、既に知っておりますでしょうか?」


「まあ、派生って聞いてる」

「でしたら、話が早く進められます。給仕部隊はムルーム様の派生…ですが、私たち部隊長はその中でも少し違った存在なのです」


 アナは気になったが、黙って聞いている。

「竜人種は成体の竜種が単為発生で生み出すもの…その中で、竜種が成体に成る際に、分体として単為生殖で産み落とされる存在が居るのです」


「その分体は、元となる竜種の性質の一端を引き継いでいます。端的に言ってしまえばその分体が私たち、給仕部隊の各部隊長なのですよ」


 少し驚いたものの、ミレットの体格やリセとの通信など、他の給仕とは少し異なる点からも見て取れる。


「ってことは、ムルームが母親ってこと?」

「そうとも言えますね」

 いっそう明るい笑顔を見せたハーヴェに、アナは思わず目を瞑った。


「私たち部隊長は、他の給仕部隊の子たちよりも先に生まれてきました…リセ姉を含め六人は同時に生まれたのですが、姉妹として生きることとし、生まれた順番を決定することにしたのです。ちなみに私は四女ですよ」


「ハーヴェで四女!?しっかりしてそうなのに…」

 その言葉にまた笑う。

「フフ、上三人の方がしっかり者ですよ。まあ、一人そう言えるか分かりませんが…私はまだまだ至らぬ点が多いですし、何より姉も妹もいるというのは、何とも言い難い幸せがあります」

 そうなんだ、と感受する。


「順番はどんな感じなの?」

「上から、リセ姉、グレース姉、ビスキー姉さん、私、シャンメリー、ミレットちゃんの順番ですね。アナ様は…グレース姉とシャンメリーにはまだお会いなさってないと存じ上げております」


 確かに聞いたことない名前であった。しかし、さらにもう一人、聞き馴染みのない名が出てきていた。

「ビスキーは?」

「ああ、ビスケット調理部隊長ですよ。たしか…以前買い出しで一緒になったと聞いておりますが」

「ビスケットのことか!ビスキーって呼んでるんだね」

「はい、なんだか気恥ずかしいですね」

 照れた様子で頬を掻く。かわいい。


「私にとって、ムルーム様含め六人とも…いえ、給仕部隊の皆はとても大切な家族です。軍の皆様も大切ですが…この繋がりはトクベツです。姉妹の絆を、死ぬまで大切に、手放すことなく生きていきたいと、そう思っています」

 穏やかな目には一つの愛が込められていた。


「ハーヴェにそんだけ愛されるのも、羨ましいもんだね」

 その言葉に給仕は首をかしげる。

「私に愛されるのは、羨ましいですか?」


「うん。ハーヴェに限った話じゃないんだけどさ、アタシは誰かに愛されたのなんて…朧げな記憶でしかないから。そういうの、羨ましいと思うんだ」


 途端、ハーヴェが手を取る。

「これからは、私も、主様も、そして軍の皆様も居ます。これからは、忘れることを忘れるほどに、多くの愛が貴女を包みますから。御覚悟、お願いしますね」

 いたずらな顔を見せる。少し、ドキリとした。


「アタシは、こんなに恵まれてていいのかなあ」

「良いのですよ。アナ様は、頑張り屋さんですから」

 そっか、と呟く。一つ大きく伸び、ハーヴェが立ち上がる。


「さて、そろそろ午後の業務に取り掛かっていきますよ~!」

「ハハ、お手柔らかにね」

 笑って差し伸べる手を掴んでアナも立ち上がる。一つ風が吹き抜けた。

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