第八話 清廉なまでに友だち
北の魔王アルデバランに拾われてから、数週間が経っていた。
勇者の一件から、生きていくことを決意したのは良いものの、これといってすることが無いから、ぼうっと日々を過ごしている。
ご飯を食べて、日課だった鍛錬をして、夜になったら床に就く。それをもうずっと繰り返している。以前とは比べ物にならないほどに、質の良い生活を続けているからか、とても身体の調子がいい。
とりあえずの暇潰しとして、本を借りて読んだりもしているけれど、読めそうなものは大体読んでしまった。少し前に読んだ物語をペラリとめくるが、結局閉じてしまった。
「なんか、ゆっくりしてるなあ」
ベッドに寝転がってぽそりと呟く。あの日出会った魔リスが、食べていた木の実を放ってテーブルの方から駆け寄り頬を擦り付けてくる。
「フフッ、ガルフも暇かあ」
付けた名前で呼ぶ。くすぐったくて笑ってしまう。
「何か、することないかなあ」
アタシの言葉に何を思ったのか、ガルフは扉の方に駆けていき、こちらに向いてキュー、と鳴いた。
「ん、どこか行きたいの?」
ベッドから起き上がり、ガルフに追いかける。扉を開けると、ガルフは廊下に颯爽と飛び出していった。
「あ、ちょっと!」
勢いよく飛び出したガルフに驚く。普段からアタシと一緒に見て周っているからか、既に城の間取りを理解しているみたいだ。仕方がないから、駆けていった方へと進んでいく。久しぶりの忙しなさに、心なしかワクワクしながら、ガルフの後についていった。
廊下を歩いていくと突き当りにガルフが座っていた。アタシが気づいたことを確認すると、角を曲がってまた駆けていく。
「どこまで行くんだ?」
疑問に感じながらも後についていく。これほどまでに大きな城、鍛えてなかったら直ぐに疲れていただろうな、などと思う。廊下を歩いていると、窓に月明かりが射し込んで、中庭の木々が少しライトアップされてるように見えた。
暫くして見慣れた場所へと辿り着いた。魔王の書斎だ。ガルフはその大きな扉の前でアタシを待っていた。
「何かと思ったら、アルに用でもあったの」
ガルフは首を横に振る。そうして肩へと登りノックを促す。
「あ、アタシが行くの?」
キュー、と鳴く。
「仕方ないなあ」
数回、ノックして扉を開ける。中では書類を整理している魔王と、その傍らに控えているリセの姿があった。
「ん?どうした、アナ。今日は何かあったろうか」
突然の訪問に、当然の疑問を投げてくる。
「ん、いやぁ…特に何かあるわけじゃないんだけどさ。ガルフを追っかけてたら、此処に着いちゃって」
笑ってごまかす。魔王も微笑を浮かべる。
「そうか。なに、大事ないなら良いとも」
うん、と返事をしてソファに腰掛ける。
「アナ様、お飲み物はどちらがよろしいですか」
魔王の近くに居たリセがいつの間にかすぐ側にいた。
「あ、リセ。ありがとう、こっち貰うね」
差し出された一方のお茶を受け取る。一口含むと爽やかな風が吹き抜けた。
「うん、やっぱり美味しいね」
「お褒めに預かり光栄です。給仕の皆も喜ぶでしょう」
カップをテーブルに置いてガルフを撫で始める。キュー、と鳴いた。愛らしい。
しばらくぼうっとしてたら、魔王が声をかけてきた。
「そういえば、アナ。暇はしていないか…?此処はお前の居たところとは、全くもって勝手が違うからな…暇つぶしの一つでもあれば良いのだが」
そう言われてぎくり、となる。
「あ~、アハハ…まあ確かに、アタシ自身これまで娯楽に殆ど触れてこなかったのもあるから、することが無いと言えば無いかな。本は面白いけどね」
歯切れの悪いように口をつく。すると魔王は少し態度を明るくさせた。
「そうか、やはりそうであったか」
「え?」
キョトンとしたアタシを気にせず続ける。
「いや、実はだな。ここ数日、リセと少し話をしていたのだ。リセから聞いているお前の様子は、少しばかり退屈そうに見えたという。であれば、何かすることを与えた方が良いのではないか、とな」
少し驚いた。リセに退屈そうにしていることがバレていたこともそうだし、わざわざそのことについて話していたことも。
「そう、なんだ。それは有難いんだけど、住まわせてもらってる身だしそこまでしてもらうのも、結構気が引けるというか…」
途端、少し呆れた声で返してきた。
「アナ、たとえ形式上であってもお前はもう私の娘だ。故にこれは、娘に何かしてやりたいという親心なのだ。お前は存分に甘えてくれていればそれで良い」
言われなくても、と思っているが実際、気が引けるのも事実だ。
「そうだね、ごめん」
「謝ることではないがな」
こちらに笑いかける。
「それで、与えるって…何すればいいの?」
気恥ずかしくて話題を戻す。
「ああ、そうだな…リセ」
控えている給仕に促す。それに対して返事をし、話し始める。
「承知いたしました。アナ様、実はですね。主様へ提案の後、協議した結果ではあるのですが、我々給仕部隊の仕事をお手伝いしてはいただけないでしょうか?」
思わずぎょっとする。
「ええ!?給仕って、リセとか…マカロンみたいな?」
「はい。もちろん無理強いはしませんが…この城について知る良い機会にもなりますし、給仕部隊にはアナ様と直接面識がある者も少なからず居ますので、他よりも比較的やりやすいのではないかと考えております」
そうか、そう考えると確かに…
「でも、アタシ仕事なんてしたことないよ?鍛錬しかしてこなかったし」
「そこは大丈夫です。分からない箇所はちゃんとお教えしますので」
それはそれで申し訳ないけど。と思っていたら、コンコン、とノックがした。
「入りなさい」
魔王が外の者に促す。扉が開き、オーバーオール姿のハーヴェが入ってきた。
「失礼します。本日の諸報告に参りました」
そう言うとこちらに気づき、笑顔を見せる。
「あら、アナ様もいらしていたんですね」
「うん、ガルフ追っかけてたら、なんか着いちゃった」
はにかみながら言うアタシにハーヴェは優しく笑い返してから、魔王の方へと身体を向き直すと、「それでは今週の集荷報告からですが…」と、話し始める。それを見て、アタシもリセとの会話に戻る。
「それで、戻るんだけどさ。教えてもらいながらだと、やっぱり給仕の負担が大きすぎない?ただでさえ普通の仕事もあるのにさ」
リセはフフッ、と笑う。
「アナ様が心配なさることではないのですが…その点においては、一人や二人抜けたところで、回らなくなるようなものでもありませんので大丈夫ですよ」
その言葉にホッとする。
「それなら、まあ…」
と、口をもごもごさせていると、魔王と話していたハーヴェが割り込んできた。
「アナ様、給仕部隊に入るというのは本当なんですか!?」
突然の大声に耳鳴りがした。
「こら、ハーヴェ。アナ様が驚いているでしょう。それに主様の御前です。大きな声を上げるのは、はしたないですよ」
「ああ、ごめんなさいリセ姉。ですけれど…これが驚かずにいられましょうか。いつ、どの部隊に、誰の指導で入るのですか!?教えていただけないかしら」
鼻息を荒くしてリセに突っかかる。
「そも、入隊というわけではありません。主様と話し合った結果、アナ様に給仕部隊の仕事を体験してもらうのはどうか提案していた所です」
「そ、それなら!」
と、今度はアタシの方に勢い良く突っかかってきた。
「アナ様!ぜひ、私の部隊に来ませんか!?」
勢いに気圧される。
「お、おお…どうしたの、急に」
アタシの反応を見て我に返ったのか、咳払いをして取り繕う。
「も、申し訳ございません…つい、熱くなってしまいまして」
その様子にリセも呆れた声を出す。
「はぁ…貴女のその快活さは素晴らしいものですが、暴走しやすい点はもう少し遠慮しなければいけないですね。それに、体験する部隊の順番は既にこちらで組んでいます。アナ様の意思が分かり次第、連絡を送るつもりです」
「え、もう組んでるの!?」
思わずリセを見る。
「ええ。主様と協議をして、比較的負担が少ない部隊から順に体験していただく形に致しました。希望があれば変更致しますが」
「いや、まあ、希望とかはないけど…というかまだやるかも決めてないけど!?」
往生際の悪い声で応える。
「なんだ、やりたくなかったか」
軽い声で魔王が投げてくる。
「やりたくないとも言ってないけどさ…」
「何か不満か?」
「不満とかじゃなくて…その、さ。迷惑じゃないの…?」
おずおずとした様子で聞くアタシに、三人は驚いた表情を見せた。
「迷惑か、だと?そんなわけがなかろう。そも、こちらから提案をしている以上、お前の迷惑になることはあっても、こちらの迷惑になることは決してない。お前がやりたいか、そうでないかのどちらかだよ、アナ」
優しく、それでいて力強い言葉をぶつけられた。少したじろぐ。
「そ、っか…そうだよね、そうだった。うん、じゃあ…せっかく考えてくれたし、アタシも何かしてないと落ち着かないし、給仕部隊やってみたい」
答えを聞いてすぐさまハーヴェが飛びつく。
「では、私の部隊に…」
「だから、もう決めていると言ったでしょう。貴女のは二番目です。まずは清掃部隊の仕事からしていただく手筈ですから」
リセが制止して続ける。ハーヴェはなんか、ぶうぶう言ってる。
「フフッ、また後でお世話になるよ、ハーヴェ」
嬉しそうな表情をするハーヴェ。リセの方に向き直る。
「それで、清掃部隊って?」
「アナ様はまだ数人ほどしか会ったことがありませんでしたね。簡単に説明しておきますと、ハーヴェの外縁管理部隊の逆、といったところでしょうか」
首をかしげる。外の逆ってことは…
「主に城の内部、城門より内側の管理を行なっている部隊です。普段の業務は、城の清掃や中庭の管理になります。それだけでなく、生活用品の補充、在庫管理もこの舞台の仕事となっており、調理部隊と連携して会計の管理もしております」
「逆って言うから内部だとは思ったけど、結構やることが多いんだな」
「そうですね…給仕部隊の中でも簡単な業務が多い方ですが、その分とても作業量は多い方だと思います」
その言葉に少し苦い顔をすると、リセが少し笑った。
「大丈夫ですよ、アナ様。役割分担はしっかりとしておりますし、一人一人の作業量で考えたらそこまで多いものではありませんから」
「ホント?だったらまあ…それで、いつから?」
「ミレットの方に伝達して、諸々を終わらせてからになりますので、明日一日、手伝っていただく形になりますね」
明日なんだ、と驚いたが少し楽しみでもある。
「分かった。どこに行けばいいとかはある?」
「諸々の事は後ほどまとめて伝えさせていただきますね」
「う、分かった」
面倒だからここで伝えてほしかったけど、なんてのは我儘だ。
「それで、ミレットって言うのは?」
続けて疑問を投げる。
「ああ、清掃部隊の隊長ですよ。私たちの妹でもあります」
「そうですね、ミレットちゃんは末っ子で、ものすごく愛らしい子ですよ」
にこやかに答えるリセと、それに補足するハーヴェ。
「末っ子なんだ、じゃあアタシと歳が近かったりするのかな」
「いえ…
そうなのか、と少しがっかりする。
「じゃ、アタシは部屋に戻るね。二人とも、ありがとう。ハーヴェも、またね」
軽く挨拶をして書斎を後にする。部屋に戻ってまた本を読むことにした。
翌日、リセが一人の給仕を連れて部屋を訪ねてきた。
「アナ様、失礼致します」
「ん、リセ。そっちの人は?」
リセの後ろに隠れるようにして立っているが、頭二つほどリセよりも背が高いため普通に顔は見えていた。
少し眠たそうに見える垂れた眼は前髪が少しかかっているが、小さく光をこちらに向けていて、まるで獲物を見定めているように感じる。
髪を後ろで一つに束ねていて、それでも腰に届きそうなくらいに長い。厚ぼったい唇には少しの妖艶さが感じられた。
「ああ…こちらが本日、アナ様に体験していただく清掃部隊の部隊長を務めております、ミレットでございます。ほら、挨拶を」
「あー…アナ、様…?え、と…わたし、ミレット。よろしく…」
ぎこちなく、か細い声で自己紹介をする。思わず聞き返してしまった。
「こら、ミレット。挨拶はもう少し聞きやすいようはっきりとしなさいと、いつも言っているでしょう」
「あう…ごめんなさいぃ…」
身体の大きさに反して気の弱い奴みたい、という印象が強い。リセに隠れて小動物のようにプルプルと震えている。
「あ、あの、ミレットで良いんだっけ。よろしくね」
「うぅ…はい…」
上手く会話が続かない。
「申し訳ありません、アナ様…ミレットは少しばかり人見知りの気質がありまして…慣れてきたら話せるようになるのですが」
そう言いながらミレットの頭を撫でている。甘やかされる体質なんじゃないか?
「では清掃部隊の業務を始めましょうか」
結局リセが仕切ってないか…と言う疑問は呑み込むことにして後に続いた。
「それで、最初は何すればいいんだ?」
アタシの問いに、答えるようリセがミレットに促した。
「あ、えっと…じ、じゃあ…」と、はたきと箒を差し出してくる。
「こ、これで邪魔な…じゃなくて!その、上から埃を落として…窓の所から、えと、その後に、あの、これで、埃を…あの、落とした、うん、掃いて、うぅ…」
口がおぼつかない。かなり喋るのが下手だ。
「えーっと、窓の埃から下に落として掃けばいいの?」
アタシの言葉に激しく首を縦に振る。
「そ、そそそそそそう…!!!」
激しすぎて顔が見えない、思わず少し笑ってしまった。
「そんなにしなくていいよ。それに、畏まらなくてもいいし」
「あ、あう…でも、アナ様は主様の娘にもなり、ましたし…」
と、ちらちらリセの方に目を遣っている。
「ミレット…自分で決めなさいと、いつも言っているでしょう。主様の娘だからというのは理由になりません。貴女がアナ様とどう接したいかです」
なんだ、急に厳しいな。
「うぅ…」
こっちは黙り込んでしまった。
「あー、なんだ…ま、掃除しようか」
何でアタシが言ってるんだろ。
三階の廊下を重点的に清掃していたら、暫くしてリセが席を外さなければいけなくなった。幸い、仕事自体は簡単なものだったから、少し教えてもらったら出来たので、外してもらうことにした。ミレットと二人きりだ。
清掃中のミレットは、話してる時とは見違えるほどだった。
心血を注ぐと言うのか…その集中具合は、気軽に話しかけることも憚られるもので、隅々を素早く微塵も残すことなく、綺麗にしていった。指示においても的確で、部下の給仕にも普段から区画を指定してローテーションを組んでいるらしく、統率の取れた清掃が出来ていて、実際アタシがする仕事はそんなになかった。
ひと段落して休憩の時間になり、二人で昼ご飯を食べることになった…にしては席が離れすぎているんじゃないかと思いつつ、アタシの左二つ開けた真向かいに座っているミレットの方を見る。
「あのさ、なんか遠くない?」
問いかけに肩を跳ね上げ、錆びついたかのように硬い首をこちらに向ける。
「あああ、そそ、そうかな…あ、でしょうか!?」
吃りが少し激しい。急な声には、より対応が難しいってことか。
「いや、いいんだけどさ。他の給仕と食べる時は大体向かいか、隣だったから。無理にとは言わないけど、別に身分が違うわけでもないし」
さらに挙動がおかしくなる。頭を抱えてウガウガ言っている。
「ううう…どうしよ…でも、うう、あうぅ…」
「だ、大丈夫?どうしたんだ、急に」
声をかけた途端、勢いよく立ち上がり、かと思えばトレイを持ってテーブルを回り、そうしてアタシの隣に座ってきた。実に素早い動きだ。呆気にとられる。
「ふ、ふひ…わ、私も、と、隣に…」
何やら引き攣った顔をしている。笑顔、笑顔なのかこれ。さっきのアタシの言葉を気にして
「アハハッ、ありがとね。一緒に食べよ」
食事を終えて小休憩。午後からは洗濯を干して中庭の手入れをするらしい。
「結構ハードなんだね、一日中なんて」
「そ、そうかな…ごめんね…」
小さくなっている。身体は大きいのに。
「あんたが気にすることじゃないでしょ。暇じゃない方が楽しいしさ」
笑いかけると、ミレットも微笑んだ。
「あ、笑った」
思わず口に出た、凄い挙動で跳ね上がる。照れているのか?
「あ、あうぅ…」
「そんなに驚かなくてもいいのにな…もっと軽く接してよ。アタシも、そっちの方が気が楽で良いから」
およそ尋常ではないほどに首を振る。
「だ、だだ、だめですよぅ!ア、アナ様は主様の娘となったんですから…もう、お嬢様である方に、そそそ、そんな…」
激しく遠慮する姿に、少し残念な気持ちになった。
「そっか、そういうモンか…というかさ、なんで今回の仕事、引き受けてくれたんだ?アタシとしては嬉しいんだけどさ」
アタシと関わりたくない奴もまだ居るだろうなとは思っていたから、今回の仕事体験も別に出来ないならそれでよかった。とりわけ、ミレットのように激しい人見知りなら、そうでなくともアタシのような部外者を避けるものだろうに。
「な、なんでって、どういう…」
困惑の表情を浮かべている。
「アタシが入らなくたって仕事は回るし、人付き合いが苦手なら無理に関わるなんてことは避けた方が楽だろ?特にアタシみたいな逸れ者と関わるのはさ、面倒じゃん。それでも承諾してくれたのは、なんでなんだろうなって」
その言葉に重ねるかの如く、食い気味に彼女は声を発する。
「そ、それは違うよ!!」
大きな声に押される。
「入らなくたって、じゃなくて…もちろん発端はリセ姉と主様だけど…わ、わわわ私も、アナさ、様とお仕事したかったから…それに、面倒なんかじゃないよ…!アナ様のこと、演説の時に見てかっこいいって、思って…それだけじゃっなくて!姉さんとか、マカちゃんとかから、いっぱいお話聞いて、わ、私もお話してみたいなって…あわよくば、お友達なんかなってみたいな、とか…」
「だ、だから…仕事のお話が来た時、嬉しくて。チャンスだって思ってたけど、やっぱり上手く喋ることが出来なくて…本当は、リセ姉に紹介してもらうんじゃなくて、私から言いたかったけど、うまく出来なくて…」
拙いながらとても早口で言葉を並べている。思わず呆気に取られていたが、気を取り直して声を投げる。
「そ、そうだったんだ。なんか、照れるね」
「はうぅ…」
互いに恥ずかしくなってしまい、少しの静寂が訪れた。ミレットが口を開く。
「ご、ごめんね…なさい…面倒だったよね、ですよね…これからは、あの、主様のお嬢様として、ちゃ、ちゃんと接していきますから…今日は、あ、あの…お、お話しできて、一緒に仕事も出来て、とても、た、楽しかったです。そろそろ、いきましょうか…」
線を引かれた、と思った。そうだ。これから、この仕事、この時間が、過ぎ去ってしまったら。もう対等ではいられないのだから。
それは、なんか嫌だ。だから、
「じゃあさ、これから、ずっと友達でいてよ」
口をついた言葉に驚く。少し涙ぐんでいる目を丸くして彼女もこちらを見ている。
「え、え…?」
「そんなに驚くことじゃないでしょ」
自分でも驚いていたけど。それでも、踏み出さなきゃと思った。
「い、いや、あの、ささ先程も言いましたが、アナ様は、お嬢様ですので…」
「それは建前の話、アタシはミレットと友達で居たい。ミレットは、違う?」
おずおずと聞く。自分でも不安感が出ていると感じた。
「そんな、滅相もない!!!ただ、その…私みたいな自分に自信も持てないような者が、アナ様と、ととと友だ、なんて、とても恐れ多くて…」
「そんなことないよ、アタシだって、自信なんてないし。友達なんて作ったことないから、そもそも作り方なんて知らない。だから、今も心臓バックバクなんだ」
笑って誤魔化す。キョトンとした顔でこちらを見ている。
「アナ様も、ですか…?」
「うん、だから…アタシとミレット、何も変わらないんだよ」
「此処に来て、もう数週間くらい経ってるけどさ。此処に住むまでは、ずっと訓練を強いられるだけだったから、自分のしたいことをしてた時なんて、もう淡い記憶だし。何をしようにも自発的には出来ないな、なんて、思ったりもして。結局自信がないだけなんだ。失敗したら怖いだとか、踏み込むのが怖いだとか」
そう言いながらミレットへと向き直る。彼女はじっとこちらを見ている。
「だからさ、お互いに失敗しても良いや、って思えたらいいんじゃないかって。アタシもミレットも、互いに怖いんだったら、怖さを分かり合えると思うんだよね」
その言葉に少し考えた後、彼女は
「互恵関係、ということ、ですか」
「ゴケイ?よく分かんないけど、友達関係…?友人関係か。ミレットが嫌って言うんなら、仕方ないけどさ…」
「嫌なはずない!」
食い気味に大きな声を出す。
「あ、あぅ…失礼し、ました。だけど、嫌なはずなんて、ないです…友達になれるなら、それが一番いいなって、思ってますから」
俯きがちに続ける。
「それでも、やっぱり、一人の給仕と…お嬢様が、友達なんて対等な、関係を結ぶのはあまり…良くない事、だから…だから、これからは…」
「ミレットがどうしたいの」
言葉を被せ、主張を投げる。彼女は涙ぐみ応えた。
「と、っ友達に、なりたいです…!!!」
その言葉にホッと胸を撫で下ろす。
「じゃ、これから友達だ。よろしくね、ミレット」
手を差し伸べて、握手を促す。泣き顔の給仕は覚束ないながら両の手をそれに添える。
「ふ、不束者ですが、よろしく、お願いしましゅ!!」
清々しいほどテンプレな嚙みに笑ってしまう。彼女も、恥ずかしげな顔をしながら柔らかに笑う。
「そういえば、友達なんだし敬語は外してほしいな、なんて」
「うぇ!?」
いたずらに笑って促す。身体が跳ね上がっている。
「せっかくなんだから、少しずつでいいからさ」
「うう、善処する…ます…」
笑った私につられてミレットも笑いだす。二人の声が廊下まで届いていた。
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