第3話 頂点に位置するプレイヤー

 秋人は異世界から現実世界に戻ってきた。

 プレイヤーに自作のVRMMOをテストしてもらう前に、まずやらなければならないのは、どうやってプレイヤーを異世界にログインさせるかだ。


 現実の体そのものを異世界に送るなんて無理だし、そんなことをしたら集団誘拐事件なんて騒ぎになりかねない。

 だから秋人が選んだ方法は、プレイヤーの意識を人形のようなゲームキャラクターに乗せること。

 これなら、現実世界でVRMMOのデバイスを使って、普通にゲームをプレイしている感覚で異世界に入り、勇者として冒険できる。


「やっぱり女神の力って、便利だな」

 秋人はそう呟きながら、世界最大のゲームプラットフォームに怪しげな新作ゲームを登録した。

 そのゲームの名前は『選ばれし勇者』、略して『勇者』。

 プレイヤーはこのゲームをダウンロードするだけで、勇者として異世界に意識を送り込んで冒険を始めることができる。


 ただし、現時点ではまだ公開されておらず、プレイするには秋人からの特別な許可が必要だ。

『勇者』はまだ多くの機能が未完成なので、秋人はまず仲の良いプレイヤーたちを招待してテストすることに決めた。


 秋人はVRMMOのログインデバイスを手に取り、久しぶりに遊び慣れたVRMMOにログインした。

 そのゲームは『神域しんいき』と呼ばれ、現在世界で最も人気のあるVRMMOだ。

 秋人は中学時代からいくつものVRMMOを遊んできたが、『神域』はその中で一番長く遊んでいるゲームで、彼の友達のほとんども『神域』のプレイヤーだ。


「ようこそ、プレイヤーAki」

 秋人が目を開けると、自分がゲーム内の主城にいることに気づいた。

 現実の時間では午前3時にもかかわらず、『神域』の主城は賑わっており、プレイヤーたちが忙しそうに行き交っている。


 この景色を見ながら、秋人はふと思った。

「あの女神の異世界にもこれだけの勇者が集まれば、黒霧も魔王軍も一瞬で片付くだろうな…」

 しかし、プレイヤーを異世界に招待するには慎重にならないといけない。


『神域』は7年もの人気の積み重ねがあり、あらゆる要素が現時点でのVRMMOの最高レベルに達している。

 もし『勇者』が『神域』と競い合いたいなら、ゲーム体験の最適化にはさらに力を入れる必要がある。

 だが、『勇者』には『神域』や他のVRMMOにはない大きな強みがあった。それは、「リアルな異世界」であるという点だ。


 たとえば、今、秋人の『神域』のキャラクターは道端の泥を手に取ろうとしている。

 確かに「泥」という素材は手に取れたが、すぐに地面は元通りになり、手に入れた「泥」もただの装飾品に過ぎない。

 現実の泥のように、細菌や腐植物、小さな虫が含まれているわけではない。

 これが現在のVRMMOと現実世界の大きな違いだ。


 ゲームの処理能力の問題で、VRMMOの運営はこうした細かい部分にリソースを割かない。

 仮に実現できたとしても、プレイヤーのデバイスがその負荷に耐えられないだろう。


 ゲームの最適化は、ゲーム体験よりも優先されるべき重要な課題で、VRMMOの運営は大抵、戦闘やグラフィック、演出に重点を置く。

 現実世界を細部まで再現するような愚かな選択をする運営は、まず存在しない。


 だが、生産せいさん系プレイヤーである秋人から見れば、『神域』にはまだ改善の余地がある。

 そんなことを考えていると、突然、漆黒の騎士甲冑に身を包み、全身から魔王のようなオーラを放つプレイヤーが秋人の前に立った。


 秋人は顔を上げて、そのプレイヤーを見上げた。

「名前:一心拔刀いっしんばっとう

「レベル:200」

「称号:世界の果ての覇者」


 このプレイヤーは『神域』で最高レベルの200に達しているだけでなく、「世界の果ての覇者」という希少な称号を持っていた。

 その称号は、このゲームの最も高難度で理不尽なボスを全て倒した証だ。

 そんなトップランカーが、魔王のような姿から発した声は、驚くほど可愛らしい少女の声だった。


「Aki、また泥遊びしてるの?『神域』の農業システムなんて、つまらないって言ってたじゃん」


 そう、この『神域』トップ10ランカーであり、プレイヤーたちから「絶滅姫」と呼ばれる伝説のプレイヤー、一心拔刀。

 彼女は現実世界では桜庭雪乃、秋人の幼馴染だった。


「そうだよ、Yuki。でもね、もっと面白い『農業』ゲームを見つけたんだ。一緒にやらない?」

 秋人は手についたはずのない泥を払って、立ち上がりながら雪乃に言った。

 ここで言う「農業」は、単に畑を耕すことではなく、VRMMO全体、ひいては異世界全体を経営することを指していた。

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