第4話 24歳・女性・会社員・転落死
「というわけで私は【超名作乙女ゲーム】の世界に転生したいんです!」
「は、はい……」
今日も今日とて来客の対応を行なっているフィオラであったが、お客様の熱に押されて若干引いていた。
年齢は24歳、大学を出てすぐに就職し社会人3年目。特に悪い企業に入ったわけでもなく友達がいないわけでもない。普通なら異世界転生選別課に来るような魂ではない。
では犯罪者なのか?と不審に思って経歴を調べたが、前科は一切なし。強いて言うなら死因が魂の格をガン下げしたせいである。
「ご要望は理解いたしましたが、何故自殺を図ったのですか?特に世を儚むような境遇でもなさそうでしたので……」
「それはもちろん、異世界転生したかったからです!」
(んだクソ……そんな理由で仕事を増やすんじゃねえ殺すぞ。殺せねえんだったわ……)
自殺。それは天界に於いて重罪に当たる行為である。理由はどうあれ授かった命を自ら捨てるなど、天と母に唾を吐くに等しいことである。当然、魂にも疵がつく。
その方法がビルからの転落であることもマイナスポイントだ。衆目に死体を晒し、飛び散った血や臓物を片付けるのにも手間がかかり、そのビルによからぬ噂が立ってしまう。
今頃彼女の両親や会社にも無根拠なレッテルが貼られていることだろう。テレビのワイドショーでは専門家気取りの芸能人が彼女の死について勝手な考察を垂れ流していることだろう。他者に多大な迷惑をかけてしまっているのだから。
(こりゃアメンボどころか微生物が良いところだな……でもナロウ様がミジンコ転生とか面白そうって言ってたからそのセンもなしだな……)
「とりあえず、他の部署へ確認を取りますのでしばらくお待ちください」
とにかく乙女がついていようが、ゲームと言えば電遊神ユニティの管轄である。早速ユニティへ電話をかける。
「どしたのフィオラ。僕は【最近出た超人気新ゲームハード】の抽選に落ちて嘆いているんだけど」
電話はワンコールで繋がった。その割にはやけに不機嫌そうだった。
「神様でも落とすんですかあの会社……」
「株主だろうが広報をやった声優すら落とすから容赦ないよ……極楽へ行った【元社長】に直談判行こうかな」
「こないだまでゲームの神様が降臨なされたとか言って大層喜んでいた癖に……それで、相談なんですけど、【超名作乙女ゲーム】の世界って空いてます?アメンボでもミジンコでもいいんで」
「今ちょっととんでもないこと言わなかった!?」
お客様が何か言っているが、無視である。今は上級神と話しているのだ。それ以上に優先すべきは祖神か妹様との会話ぐらいである。お二人の姿を拝見した事すらないが。
「えっ……アレ……?マジか……それ以外の乙女ゲームじゃダメ?」
「……ご希望以外の世界は御所望ですか?でしたらなんとかミジンコぐらいなら行けそうな感じですが……」
「ミジンコは嫌です!それに、私がやりたいのは悪役令嬢です!【超名作乙女ゲーム】の【悪役令嬢の名前】様になりたいのです!」
「……ユニティ様、【超名作乙女ゲーム】の【悪役令嬢】を頑なに御所望しております」
「うわー、そこまで希望が固まっているのか!いいかいフィオラ。今後しばらくは悪役令嬢に転生したいと言う子は全員お断りしてくれ!アレは人気過ぎてどこも埋まってるんだ!」
フィオラは乙女ゲームを嗜んでいないため、悪役令嬢というものを理解していないし何故人気なのかもわかるはずもない。
悪役令嬢とは、乱暴に言うと乙女ゲームに於いて主人公の妨害をするライバルキャラである。大抵がメイン攻略対象の許嫁で公爵家の令嬢であるが、その性格は苛烈にして劣悪。プレイヤーのヘイトを一手に担うタンク職である。
そのため主人公への過度ないじめを行った結果、婚約を破棄され国外追放とか処刑とかされる悲しい立場の人間である。
何故そのような史実通りの行動を起こしたらデッドエンドまっしぐらな転生先が人気なのか。自殺願望でもあるのか。実際自殺しているのだが。
「お客様、大変申し訳ありません。ただいま、悪役令嬢は枠が埋まっておりまして……」
「うぐっ……やはり悪役令嬢は人気すぎるのか……!私は【超名作乙女ゲームの悪役令嬢】を破滅の運命から救いたいのに……!」
悪役令嬢人気の理由は2つ。
1つは最近の異世界転生のトレンドであること。乙女ゲームの悪役令嬢になって破滅の未来を回避するのがテンプレートとなりつつあり、今や多種多様な悪役令嬢モノが書かれ人気を博している。
もう1つはこちらのお客様のように本気で悪役令嬢に恋をしてしまった者が結構な数いるからだ。たまに主人公より人気の悪役令嬢がいたりする。
あとこれは完全な余談だが、我々の世界で販売されている乙女ゲームに悪役令嬢というポジションのキャラクターはほとんどいない。どこかから発生したミームである。
「フィオラ。だが、そこの子は【超名作乙女ゲーム】の【悪役令嬢】になれる。なれるんだけど、オススメはしない!何故なら、その世界はエターナルの管轄に送ってしまったからだ!」
「エターナル様の!?」
「というわけで僕は【大型電器店】へ行ってゲーム機の抽選行ってくるから!神力全回収してでも当ててやるから!あとはエターナルによろしく!じゃっ!」
そこで通話は途切れてしまった。と同時にフィオラも深いため息をつく。
「エターナル様、かあ……」
「え?結局、私はどうなるんですか!?あっでも推しと同じ世界にいられるならミジンコでもいけるかも……」
「ご安心下さい。貴女は希望通りの姿になれるとの事です。では行きましょうか」
「え!?いいんですか!?ヒャッホー!私、神様信じる!」
そんな能天気なことを言っていられるのは今のうちだ。そう思いながらフィオラは足取り重くながらも上級神の下へ案内するのだった。
例のシャボン玉部屋。そこに鎮座しているのは細身と言ってしまっては細身の人間に失礼なぐらいミイラのように痩せ細っている白髪の女性だ。
ナロウやユニティの部屋みたいに白を基調とした背景なのは変わらないが、どこか薄暗い印象を受ける。何故なら、シャボン玉に映る世界が皆一様に黒色や紫色に染まっているからだ。
「エターナル様、先ほどご連絡致しましたフィオラです。転生者をお連れしました」
「あら……やけに遅かったですね」
「申し訳ありません。彼女に、最後の時間を与えていたもので……」
正直、フィオラはここへ彼女を連れて来たくはなかった。そのため足取りが無意識のうちにゆっくりとしたものになってしまっていたのだ。
下級神が上級神へ伺いを立てて訪問するとなったら遅刻なぞあってはならない事態ではあるが、エターナルにとっては瑣末な事だ。ただ、単純に聞いただけである。
「それで……ああ、こないだ当たりまくったユニティから投げられた世界への転生でしたね。どうでした?他神の玉で打つパチンコは」
「控えめに言って最高でした」
「神様、パチンコ打つの……?」
「貴女が功徳を積んでいれば行けましたよ。それでは、転生と行きましょう」
「そっちも気になるけど、私はこれから始まる悪役令嬢ライフの方が大事!ありがとう神様!行って来ます!」
お客様はフィオラの指すシャボン玉の中へと飛び込んで行った。何やら暗雲漂う世界だったようだが、頭の中は悪役令嬢でいっぱいだったようだ。
「……はあ。ところでエターナル様、この世界は一体何故廃棄されたのですか?一応人気のありそうな世界だったはずでは……」
「単純な事ですよ。単発では良い世界だったのですが、続編の制作が白紙になってしまったからです」
創作物によって生まれる世界は、世に出た時点である程度の骨格が決まる。作品の中では描写されなかった歴史もある程度は補完され、未来へと向かう。
しかし、創作物の出来があまりに稚拙で持続可能性が見つからなかった、認知度が低過ぎて世界として認識されなくなった、放っておけばそのまま持続したのに続編を書こうとして途中で頓挫してしまったために自ら持続可能性を絶ってしまったというケースは世界の停滞を招く。
「前作の大ヒットにより多大な資金が舞い込んできたことで続編の制作を行ったが、風呂敷を広げ過ぎてしまい製作期間が膨大化。やがて資金は底を尽き会社は立ち行かなくなり、残されたのは書きかけのシナリオだけ。彼女が自殺した本当の理由はそこにあるのでしょうね」
そうした世界は廃棄され、世界の墓場とも言えるべきこの領域へと送られ処理される。その世界に住まう魂諸共だ。
「……この世界を見るに、続編でいきなり世界壊滅の危機に陥り前作キャラは全員死亡。追放によって難を逃れた悪役令嬢は生き延びようと奮闘するも……と言ったところでしょうか」
「書きかけの世界に未来はない。やがて彼女は終点にたどり着くでしょうが、そのころには押し出されているでしょうね」
世界はシャボンの数だけある。それが増えすぎると世界同士が押し合いパンクしてしまう。それを防ぐには世界を間引かなければならない。
だが、ただ徒に世界を消してしまうのは魂の下落を招いてしまう。だからこそここに破滅が確定している世界が送り込まれる。そして罪人の魂はこの廃棄世界へと送られ、輪廻転生の機会を封じられる。
「アレは、そこまでの罪を犯していない……いや、自殺……」
「自殺などという大罪を犯してしまった自殺願望持ちの末路としては妥当かと。それでは今日の業務は終わりです。フィオラ、いつものパチ屋まで運んで下さい」
「へいへい、車椅子用意してきますね」
増え過ぎた世界を消す。それが廃棄神エターナルに課せられた使命である。
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