第3話 33歳・男性・無職・突然死

「ゲームの、世界ですか」


フィオラの目の前にいるのは所謂引きこもり無職ヒキニート。この異世界転生選別課に於いて最も多い人種である。死因は不摂生による心筋梗塞とのことだ。

大体こういう輩はアメンボ転生行きであることが多いのだが、その男はヒキニートらしかぬ情熱を以てフィオラに自分が人生を捧げたゲームについてプレゼンを行っていた。


「であるからにして!このゲームが如何にして神ゲーかご理解いただけましたかな!?拙者、どうしてもこの世界に転生したいのでござるよブヒヒヒヒ!」


(い、今時『一人称が拙者』で『語尾がござる』で『ブヒヒヒヒ』とか鳴くヒキニートとかいるのかよ……こいつの方が異世界存在だろ……)


鳴き声はともかく、拙者でござるな人はリアルで筆者が見たことがあるので何とも言えない。拙者でござるの人を麻雀のメンツに誘った友人は我々に対してものすごく謝罪していた。

とにかく、このような個性的な魂をただアメンボにするのは惜しい。というかアメンボが可哀想だ。慎重に検討しなければならない。


「その世界への転生が第一希望として前向きに検討させていただきます。転生に於いて何か要望はありますか?ゲーム転生ですと自分の作ったキャラクターの性能を丸々使える、とかありますが」


「さすがフィオラ氏!ゲーム転生モノの勘所を分かっておりますなあ!」


(氏……氏って……)


「ただ、は鱗と尻尾が生えた女性故、そのまま転生したら勝手が掴めぬやも。能力はそのままに長身男性かつイケメンになりたいでござる!あ、これ参考のスクショでござる」


「ま、前向きに検討させていただきます……」

(何でスクショ持ち込めてんだよ!?怖っ!)


ここに送られてくる魂は基本的に何も持ってくることが出来ない。見た目を整えるために直近で着ていた服ぐらいは着せてもらえるが、眼前の彼みたいにスマホまで持ち込めるようなケースは稀だ。なお、異世界にスマホを持ち込むのはナロウの嘆願により禁止されている。どうも、それで失敗した前例があったらしい。


(しっかしよォ~~~、前みたいに衝動に駆られて上級神ナロウ様の所へ乗り込んじまうような失態はしたくねえしなあ……大体、ゲームのことなんてパチンコになったやつぐらいしか分かんねえんだが……)


パチンコ。それで思い出した。ゲーム世界転生に最もうってつけの上級神がいるじゃないかと。


「フォカヌポゥwwwお役所が前向きに検討するというのは、絶対にやりませんと言っているのと同義ですぞwww」


「……いえ、建設的な検討が出来ると思います。これより、専門家と連絡を取りますので、少々お待ちください」

(うるせえええええ!!!なんだそのキッショイ笑い方は!!!あと役所ロクに来たことねえだろヒキニート!!!)


こめかみを脈動させながらも、フィオラは卓上の電話を操作し受話器を耳に当てる。


「はい、はい……よろしいんですか!?あっ、はい……では今すぐに」


電話の応答は10秒にも満たなかった。あっさりと承認されることは内心分かってはいたが、それでも信じられないものであった。


「では参りましょうか。ゲーム転生を統べる神の下へ」




例の巨大なシャボン玉が浮遊している部屋につくなり、今回のお客様は大層興奮なされていた。


「うおおおお!!!アレは【著作権的にアウト】や【歴史に残る大作】に【頼むからその口閉じてくれ検閲めんどくさいんだから】の世界まで!?ここは天国でござるか!?拙者、昇天してしまったのですかなブヒヒヒヒ!!!」


「はい、その通り天国なのですが……ユニティ様~!こちら先ほどお電話でお伺いした三連単の方です~!」


「ホントだ!忍者の末裔でも武士でもないのに拙者とかござるとか言ってる!ウケる~~~!ところでブヒブヒ言ってるのはオークの末裔か何かだから?」


そして、今回の上級神様も大層テンションが上がっておいでのようであった。ボッサボサの無造作な黒髪に丸眼鏡をかけた胡散臭い男こそ、遊戯神ユニティ。フィオラのパチンコ仲間である。

太いお客様と対照的に瘦せ身ではあるものの、何故かこの二人を並べるといいコンビになりそうだな、とフィオラは直感した。


「あ、あなたがここの神様ですかな!?早速でござるが、こちらの子を男体化した感じに転生したいんでござるが!」


「ユニティでいいよ。よろしく~~~!おっ、それ【世界的大人気MMORPG】の【種族名】じゃ~ん!やっぱいいよね【種族名】が一番可愛いと思うんだよ!」


「いやいやユニティ、【猫耳を生やした種族】や【小人の種族】も捨てがたいですぞ!一番など決められませぬ!」


「わかる~~~!」


畏れ多くも、上級神様とハイタッチするお客様。フィオラにとってこの光景は信じがたく……


とかはなかった。

ユニティは上級神の中でもとっつきやすく、誰とでも仲良くなりたがるため友達認定されている下級神は大勢いる。

但し、明確に友達になるためには条件がある。それは「何らかのゲームをやっている」こと。フィオラの場合はパチンコもゲームの一種と認められているために、この神に気に入られているのだ。実際フィオラも設定や釘のいい台を教えてもらったりして世話になっている。

つまり、ユニティにとってゲーム世界への転生を希望する者は須らく友と言える存在である。彼の好感度はゲームをやりこんでいるごとに際限なく上昇するため引きこもりでニートの人とは相性が良い場合が多い。


「まあ、転生する世界はそこでいいとして、姿も大体こんな感じで造形キャラクリしちゃおっか。こんな感じでいい?」


ユニティがお客様のスマホを手に取ると、スススッと動かしたぐらいで画面内の美少女が筋骨隆々の偉丈夫に早変わりしていた。


「ムムッ……だが、【種族名の男性のスラング】は身長差が大事……拙者、この姿で転生しとうござる」


「微調整は今のうちに受け付けとくからね~~~。それで、能力的にはどこまで欲しい?」


その質問をしたユニティの声が、フィオラには冷えたように感じた。


「そうでござるな……拙者、全ジョブレベルキャップでござるからして……そのままの能力が使えれば不自由しませんな」


「……そうか。なら、それで行こう」


フィオラは驚愕した。

転生後の姿は魂の強度に左右される。ただ人間に転生し直すのも難しいというのに、転生特典を貰うなど、よほど同情の余地がある死に様だったか、多くの人に看取られて大往生したものか、こちらで特別に選んだ者ぐらいしかいない。

引きこもりでニートという類型は最も多く、最も魂の強度が低い傾向にある。それが人間としての姿を保ったまま整形し、あまつさえ特典まで貰うなどありえないほどの好待遇過ぎる。というか不可能のはずだ。少なくとも自分には。


「あと10年サービスを続けるって謳っていたゲームだからね、ここで終わるのは辛いよね。今からそっくりそのまま力を流していくから、じっとしていてね」


ユニティがお客様に魂の力を流し込んでいく。存在値とも呼ばれるそれは、魂の強度そのものである。

わざわざ他人に存在値を渡すなど、本来はありえないことだ。そもそも、下級神は次に神へ転生出来るのも怪しいぐらい存在値が足りていない。

だが、そこは上級神。下級神とは……いや、世界1つ維持するので精一杯な中級神とも比べて破格の存在値を持つ彼らなら、アメンボ並みの魂しかない人間を理想の姿に整形することも可能なのだ。


「……ヨシッ!これで君は立派な【その世界における英雄の俗称】だ!胸を張って転生したまえ!」


「ブヒヒヒヒ!ありがとうござる!拙者、行ってまいりますぞ~~~!」


そうして、彼はシャボン玉の中へと消えていった。





その日の夜。職場近くのパチンコ店。フィオラとユニティはパチンコを打っていた。


「ユニティ様、マジでこれ設定6なんですか?渋すぎるんですけど」


「ハハハ、パチンコで当たる確率なんて【世界的携帯ゲーム】の6Vを狙うのに比べたら遥かに高いじゃないか!どれも誤差だよ!」


「【世界的携帯ゲーム】ってそんなに過酷だったんですか……ああ、それともう一つ。何であのヒキニートにお力をお与えになったんですか?」


タバコを吹かしながら、真面目な顔で問うフィオラに対し同じく真面目な表情になったユニティ。パチンコをやっている者としては珍しく、タバコは一切吸っていない。


「僕はね、ゲームをやっている人間は須らく好きだ。ゲームを作っている人なんて僕にとっては神に等しい。僕にとってゲームは神生そのものと言っていい」


彼の言は嘘ではない。この神、普段はこの世に存在するありとあらゆるゲームを並列意志まで使ってやりこむほどにはゲームが好きすぎるのだ。今、フィオラの隣で話しているユニティもパチンコをやるための分御霊に過ぎない。

ゲームをやっているなら誰とでも友達になれるが、あくまでゲーム体験の収集のためであり人間のソレとは定義が乖離している、ある意味で最も他者に対する興味が薄い神である。


「だから、魂がどうであれ、ゲームが好きな人には僕の力を分け与えるのさ。そうすれば僕もゲームの中で暮らせるだろ?と言っても僕に操作権はないから動画を見るのとなんら変わりはないんだけどね」


「そこまでしてゲームに関わりたいんですか……」


「まあ、管理している世界の見回りという側面もあるけどね。ちゃんと仕事もしているよ」


異世界についてのおさらいだが、異世界はこの世界の創作者達によって創造される。小説、漫画、アニメ、ゲーム等の媒体を問わずに、世に出て大衆に認知された時点で異世界として創造される。

つまりゲームの数だけ世界があり、その数は計り知れない。それだけの世界を総括するのは重労働極まりないが、それを全部自分の分御霊で見回るのだというのだから驚きだ。部下の中級神はたまったものではないだろう。


「さて、彼はどうなってるかなっと」


ユニティの目が光り、パチンコの筐体がそのままモニターになってしまった。


「何やってんですか!さっき確変入ったでしょもったいない!」


「大丈夫、僕は見えるから。で、これで大体の人生史が分かるんだよ。あっちだと20年ぐらい経ったかな」


異世界の時の流れは全てが違う。たった一晩経っただけで数十年経つなど珍しくもない。一応その世界を管理している中級神によって現世とのギャップを調整することは出来る。ユニティはあえてその速度を早めるよう指示をしていた。


「さて、彼はゲーム通りの能力値を得て転生したわけだが、これはMMORPGの世界だ。当然、数年ごとにアップデートされてしまう。ましてやその世界の中では何年も経っていないことはザラだからね。そんな中、20年もスキップしてしまったら、どうなるんだろうね」


「……それ、まったく旨味がないじゃないですか」


「特別な転生者には特別なタイミングで転生してもらうんだけどね。だけど今回の彼は一般のお客様だったから、特に特典のないコースに行ってもらった。いやあ20年後の世界をフラゲとは、楽しいねえ!」


「しゅ、趣味悪~~~あっ!玉あふれてますよ!箱!箱!」


「それ勝手に持ってって打っていいからね~~~。……やはり、どんなに顔が良くても、どんなに体格が良くても、どんなに強くても、結局英雄を英雄たらしめるのは人格ってことだね」


ユニティは転生してからの足跡を倍速で追っていった。まず出生と同時にいつもの調子拙者でござるで喋ってしまったものだから、妖異の子として忌み嫌われ実の親からは捨てられた。

それでも身体能力は英雄級だったため一人で獲物を狩って暮らすことは出来たが、いかんせん対人スキルがなさ過ぎた。いつもの調子で喋れば気味悪がられ、かといってことなど前世分含めて40年はやってこなかったのだ。人との関わりを持つことが終ぞ出来なかったのだ。

そして彼は現実を見ることになる。MMORPGは大多数のプレイヤーが寄り集まるゲームであり、転生したところでその影響を受けるのは必然。度重なるアップデートに20年かけてようやく追いついた彼は、他プレイヤーの平均に随分と置いて行かれたのだ。彼は特別でも何でもない、人と関わることの出来ない中堅冒険者という立場に追いやられた。


「んで、末路が……あ~あ、よりにもよって世界ホームだもんね……ま、僕のあげた力は回収したから次に期待だね」


転生してからわずか21年。神の気まぐれに巻き込まれた男は、鬱蒼と茂る森の中で人知れず不審死を遂げていた。

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異世界転生選別課~チート能力をくれる女神、苦悩の毎日~ うぃんこさん @winkosan

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