第2話 42歳・男性・会社員・過労死

「過労で……はい、それは辛かったですね……」


 異世界転生選別課職員のフィオラは、眼前で姿勢を正して座っている会社員然としたスーツ姿の男の話を真摯に聞いている。

 本来、異世界転生を選別する立場にある神は特定の人物に肩入れしてはいけない。常に中立公平を貫かねばならない。

 とはいえ彼女も神とはいえ生物の一つ。個人の好き嫌いでどうしても態度に差が出来てしまう。

 眼前の彼みたいに社畜で死因が過労死ともなれば、どうしても共感してしまう。明日は我が身、過労死は自身が最も想像しやすい最期であるためだ。


「はい……残業代を出さないために退勤は常に定時とし、20連勤とか当たり前、上司は何やっても怒鳴るし、新人は入ってこなくて……」


「人の世もまた地獄ですね。幸い、弊社の上司は怒鳴りこそはしませんが……さて、そろそろ本題に入りましょう。貴方の希望する世界と、能力を教えて下さい」


 この異世界転生選別課は、異世界転生モノでチート能力を与えたり他の世界に飛ばしたりという、ありがちな冒頭部分を処理する課である。

 かつては神々が各々対処していたが、それだけでは捌き切れなくなり業務内容も共有出来ないということで建てられたのがここ『死後役所』である。

 死後の世界というのは各々の宗教観によって定められている事が多いが、死後役所には窓口が3つしかない。


 まず、来世を地球の生命体として転生するための転生課。こちらには平均的かつ真っ当に暮らして来た大多数の人間がお世話になる。恒常で忙しい部署である。


 次に、そのまま天界に留まる極楽課。転生せずに死後の世界で贅沢に暮らす権利を得た、何らかの功績を上げた一握りの人物のみ行ける所。比較的暇だが、対応する相手が相手なのでストレスは計り知れない。


 そして、魂の飽和を防ぐために異世界へとための部署が、ここ異世界転生選別課というわけだ。ここにやってくる人間は、何らかの理由で魂の強度が低すぎるか、あるいは通常の転生を行った場合何らかの不都合が生じる恐れのある濁った魂の持ち主である。


 異世界転生選別課に来る人間の類型はある程度定まっている。


 一位:ニート

 二位:社畜

 三位:学生(クラス単位)


 といった感じだ。それ以外の者が来たら魂の濁りを疑わなければならない。そういうのは大抵犯罪者だ。

 なので、目の前の社畜は大丈夫だろう。と、フィオラはタカをくくっていた。彼女は社畜で過労死の人間にとても弱い。ついでに言うと痩せ身で眼鏡をかけていて吊り目であるとなお良い。


「のんびりとした田舎で……セカンドライフが出来ればどこでも……」


 と思っていたが、フィオラの好感度が急落した。


「……の、能力とかは、どうされますか?」


「あの、本当に大丈夫です……会社から解放されて田舎暮らしが出来れば、それで……」


「………………そうですか。せめて、転生先の候補を絞りましょうか。大丈夫です、貴方の魂なら人間には十分に転生出来ます。少し若返るボーナスも授けます。では、行きましょうか」


「あ、ありがとうございます……それで、どこへ?」


「そうですね……せめて耕す土地せかいぐらいは選んでもらいましょうか」





「失礼致します」


 ノック3回と共にフィオラが扉を開けると、自分達がいる役所めいた無機質な廊下とは明らかに違う、巨大なシャボン玉が浮遊している広大な空間があった。

 シャボン玉の中をよく見ると、何らかの大地であったり街であったり薄暗い洞窟であったり……まるであらゆる世界がそこに映っているようであった。

 そのシャボン玉群の中心で椅子に座りながらゆっくり回転しているシャボンをじーっと見ている銀髪ロングで赤眼の女神がいるのを見つける。


「……あら、フィオラちゃん。人間のまま持ってくるなんて珍しい」


「失礼します、ナロウ様。異世界の内見をさせていただきたく、参りました」


「よ、よろしくお願いします……!」


 スーツの男は誰とは知らず、頭を下げていた。ただ、明らかにフィオラ以上に偉そうだし、神々しさすら感じるからなのかもしれない。


「それで、どんな世界が好みなのかしら?ある程度絞り込んであげる」


「……そうですね。まず農耕に適していて」


 フィオラはスーツ男の方へ向き直り、その目をじっと見つめる。


「良いですか?特殊作物によるバフとか、農法の改良による金儲けとか、そういう世界は本当に望んでいませんね?本当に、良いんですね?」


「……はい。むしろ適した世界を選んでいただいてありがとうございます」


「農耕に適しているだけじゃ絞れないわね。私の担当する世界はごく一部の例外を除いて肥沃な土地ばかりだから」


「ああ、ナロウ様の世界ですからね……たまにそれで苦労する世界もありますが……でしたら条件を追加するしか……」


 残念ながら、先程の面接でこの男に生きる気力は(既に死んでいるのだが)ないことは分かっていた。

 そういうタイプは異世界に送ってやればちょっとはやる気を出して心機一転するのだが、それで上手く主人公になれるケースは稀だ。


 食欲:なし

 性欲:なし

 自己顕示欲:なし

 やりたいこと:農業のみ


 これだけ提示されて農業をやらせるものか、と実家が農家のフィオラは憤っていた。農業は遊びではない。農業『とか』で済ませられるものではない。

 アレはガチガチの理系の仕事だ。天候によってランダムに条件が変動する中、土壌の状態を正確に把握し、どれだけの肥料を加えれば、どれだけの水分を含ませれば、何を間引けばいいか、それらを毎日考えながら自然と戦う肉体労働でもある。


「ナロウ様、ここはもう、あそこらへんがいいんじゃないでしょうか。いい感じの辺境の村あるじゃないですか、あそこ」


「ああ、あそこねえ……え?いいのかしらあそこで。16年前、を送り込んだとこじゃない」



 フィオラの語気から、ナロウは全てを察した。


「では、早速転生の手続きを始めましょう。フィオラ、後でね」


 ナロウの人差し指と中指を立てて口元に持っていく仕草を見たフィオラは一礼し、その場を離れた。





 数時間後、死後役所喫煙室。

 フィオラが紙巻タバコを、ナロウは電子タバコを吸いながら同じベンチに座っていた。

 同僚たちは喫煙所に入室するナロウの姿を見るなりそさくさと去っていった。死者との面談を担当する下級神がたむろするこの喫煙所に、何故世界を複数管理する上級神様が?といった面持ちであった。

 同時に、それでもベンチに座り続けるフィオラに対し「命は惜しくないのか」という視線が飛んでいた。直後にナロウがフィオラの隣に座ったことで、彼女たちの中でフィオラの株が爆上がりしたのだが。


「……で、あの人どうなりました?」


「ものすごくわね。生まれて間もないのに、村が魔物の襲撃を受けたわ。生き残ったのは16歳の勇者君と……その人だけ。農耕がしたくて農村へ行ったのに、このままじゃ勇者の養子として働きづめになることは間違いないわ」


「あの、大変申し訳ありません……私の我儘で世界の運営を狂わせることになろうとは……」


「貴方達の窮状は理解しているから、いいのよ。たまにはガス抜きもしないと。それに……あの程度じゃ蝶の羽ばたきにすらならないから」


 それでも重ね重ねお辞儀をするフィオラ。それもそのはず、目の前で電子タバコのカードリッジを交換している神は、自分たち下級神とは魂のレベルが数桁も違う上級神である。

 神にも階級がある。窓口業務などを担当するフィオラ達のような下級神、世界の運営を1つ任される中級神、それら中級神を束ね複数の世界を管理する上級神、そのシステムを構築し今なお全ての神の頂点に君臨する祖神と大まかに分けられる。

 今回フィオラがやったのは平社員が課長を無視して部長へ書類を提出したようなものだが、元より下級神が転生前の魂と魂の基本情報フェイスシートを上級神に提出してそれを適した中級神に振り分けるというシステムが構築されているため、業務の流れとしては問題はない。

 このシステムだと下級神と中級神の繋がりが薄く、下級神の申請と中級神への振り分けを行わなければならない上級神の負担が大きいかと思われるが、実態は違う。大半の上級神は下級神ごときから回される仕事たましいなどどうでも良いと思っているので適当に中級神へ丸投げする。本来は仕事を回してきた下級神へ八つ当たりでもしそうなものだが、上級神を通して回ってきた仕事なので文句は言えないし逆らったらその時点でアメンボ転生待ったなしだ。一番割を食らっているのは中級神かもしれないが、その代わり多忙な窓口業務から解放されて世界の運営を出来るという女神らしい特権が付与されるため中級神を目指す下級神は多い。


「……ところで、貴女しっかりそういうことになる世界を見ていたじゃない。どう?私の世界、一つ任されてみない?」


「お言葉は有難いのですが、まだ試験を受けられるほど魂の強度が足りないので……」


 下級神から中級神になるためには二つの条件がある。

 一つ、上級神から世界を与えられること。今のようにナロウがフィオラをスカウトしたようなことだ。要は上司の覚えを良くしなければならない。普段の勤務態度や成績は当然のこと、飲み会では下級神による熾烈なごますり争いが繰り広げられる。

 もう一つ、魂の強度が一定値以上であること。世界の運営は並大抵の魂ではすぐに限界を迎えるほど過酷な仕事だ。ひたすら徳を高め、魂の強度を上げることが求められる。

 ……のだが、下級神達はそのようなことをしている暇がないほど業務がひっ迫している。朝6時に出社して夜11時に退社する人間に健康増進のため毎日ジムへ行って運動しろ、と言われても無理だろう。日々の業務に追われて魂を鍛える時間が取りにくいのだ。稀にそれを実行出来るような超神が現れるのだが、そういう者が中級神への階段を上がっていくのだ。


「残念。貴女、『ユニティ』や『エターナル』とかにも目をつけられているんだから、今のうちに囲っておこうと思ってね」


「ハハ……『電遊神』様や『廃棄神』様とはコレ仲間ですからね……」


 フィオラは吸い切ったタバコを灰皿に投入した後、右手でドアノブを回すかのような動きを繰り返す。


「……貴女のが高まらないのってそれが原因じゃないかしら?あとタバコも電子かシーシャに変えた方がいいわよ?」


「紙巻の味を覚えると電子に移行し辛いんですよね……パチも控えます……」


「慣れればコレで満足出来るけどね。執務室でも吸えるし。それじゃ、またね」


 そう言うなり、ナロウは去っていった。直後、今まで喫煙所の外で待機していた下級神達が一斉になだれ込んでくる。そのうちフィオラと親しい黒髪ロングの下級神が隣に座ってくる。


「フィオラ、大丈夫だった?」

「大丈夫じゃねえよ!!!怖かったよ!!!」


 異世界は、この世界の創作者達によって創造される。小説、漫画、アニメ、ゲーム等の媒体を問わずに、世に出て大衆に認知された時点で異世界として創造される。

 そのうち、異世界転生及び異世界転移を題材とした小説によって創造された世界を管理する上級神こそ、先ほど電子タバコを吸っていた『新文神』ナロウ。昨今膨大に創造されるそのジャンルの世界を管理する、上級神の中でも比較的若く力のある一柱ひとりである。


「フィオラ、貴女何をしたの?」


「農業ナメた客をナロウ様の世界に放り込んで過酷な目に逢わせました……」


「よ、よく生きていたわね……」


 いくらヤニ吸い友達だからと言って、農業をナメられたことでキレた勢いで直談判して勝手にすぐ死にそうな世界に顧客を放り込むために使うなんて真似をしていいお方ではない。これが他の上級神だったらこの場でアメンボ転生を言い渡されていてもおかしくなかった。


(あー、あとスカウトされたってのあるけど、これは黙っておかなきゃな……)


 そんなことを言ったら下級神達に袋叩きにされても文句は言えない。出世しようとするやつの足を引っ張るような者は神とて存在する。

 ましてや、ナロウは『悪食』で有名だ。彼女が管理する世界はどうもが多い。世界観がフワフワしているせいで世界設定の練り直しなどで中級神の仕事がさらに増えてしまうケースが多い。ハッキリ言ってナロウの下にはつきたくないのだ。

 最も、本当のハズレは廃棄神の管轄になるのだが。


「……あー、クソッ。今日は厄日だ。業務終わったらコレ行かねえ?」


「ごめん……てっぺん回ってコレ行く勇気ないわ……」


「……こっちこそごめんな」


 二柱ふたりして右手を回す動作をしながらタバコを吸う神。選ぼうが選ばまいが、昇進の機会は遥か彼方遠くに位置しているだろう。





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異世界転生選別課~チート能力をくれる女神、苦悩の毎日~ うぃんこさん @winkosan

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