異世界転生選別課~チート能力をくれる女神、苦悩の毎日~

うぃんこさん

第1話 35歳・男性・無職・トラックによる轢殺

「はい、次の方どうぞ~」


 声をかけると、ノックも挨拶も無しに入って来る太った男が6畳ほどの面談室に恐る恐る入って来る。男の目の前には純白の衣装を身に纏った金髪ロングのお姉さんが微笑みながらパイプ椅子に座っていた。


「お待ちしておりました。本日、お客様の転生を担当させていただくフィオラと申します。どうぞ、おかけになってください」


「あ……はい……」


 男はか細い声でそう言いながらフィオラと名乗る女性の対面に座る。が、こちらをチラチラ見てくる割には目だけは合わそうとしない。

 こういう手合いは彼のような経歴を持つ者にはよくあることだ。履歴書によると、35歳男性無職。労働経験はなく、高校生の頃からいじめを期に引きこもりに。趣味はゲームで親のすねをかじって生き永らえてきた。

 よくある。典型的。テンプレート通り。それがこの男に対するフィオラの第一印象である。


「まずは、貴方の置かれている状況を改めてご説明致します。結論から言うと貴方は死にました。肉体は既に火葬されています。残った魂はこちらの天界に来て、次の転生を待っている状態です。もし貴方の宗教観と異なる死後の世界であっても気にしないでください。現実の死後はこうなんです」


 そもそも仏教的である輪廻転生と西洋っぽい転生の時に現れる女神が混ざっているのはどうかと思うが、クリスマスに豚肉食って酒飲んでる日本人ならではの感覚なんだと思う。この世界ではこうなのだ、と口を酸っぱくして言っておこう。


「安心して欲しいのは、罪を重ねていたら地獄に落ちるとか、死後神の裁きに遭うとか、そういう事はありません。ただ貴方は転生をするだけです……が、ここからが重要です。ハッキリ言ってこの世界の魂の総量は既にパンク寸前。なので、ちょっと空きが出るまではこの世界への転生は不可能となっております。貴方に分かりやすく言うと、この地球は混雑ワールドということです」


「な、なるほど……」


 ゲームMMORPGの話をしたらようやく口を開いてくれた。会話とは共通の話題から始まる。話題選びに困った時、天気の話をするのはそれが人類共通の話題であるからだ。

 そこから話が続くかは相手の興味を引く話題を提供できるかにかかっているが、とにかく相手の好きなものぐらいは知っておいて、それをフックに話しかけると話は円滑に進みやすい。あまり踏み込み過ぎると話が止まらなくなる場合もあるが、そうなったら諦めるといい。


「なので、最近は魂の足りない異世界に転生してもらうことになっております。混雑ワールドから優遇ワールドに行ってもらうための特典……特殊能力を授けます」


「……無料ログイン日数が30日付与されるとか?」


「常に無料ログインですからご安心を。但し、課金した方が恵まれた生活を送れるので実質無課金のゲームみたいなものですね、人生は。さて、本題に入りましょう。我々は転生者の自主性を重んじています。なので、どのような世界に飛びたいか、どのような能力を得たいか。その希望を聞かせてもらいます」


 そう提案すると、口を閉ざしてしまった。これはオープンクエスチョン。相手の自主性を重んじるには広い選択肢を与えるのが基本だが、いきなり膨大な選択肢を突き付けられると人間困ってしまうものなのだ。

 なので「はい」か「いいえ」だけで答えられるクローズドクエスチョンも時には有効なのだが、それでは選択肢が狭まってしまう。

 じゃあ「結局どっちがいいんだよ」という話になるのだが、面接技術はそれだけではない。


「……人気があるのは中世ヨーロッパもどきの剣と魔法っぽい異世界、生前プレイしていたゲームの世界なんかが主流ですね」


「ゲームの世界転生もあるんですか!?」


「はい。実は世に出たゲームの本数だけ世界があるんですよ。貴方が一番やり込んでいたゲームだと……ここ、転生したいと思います?」


「嫌ですね。特に森スタートは勘弁してください。出来ればヨーロッパっぽいところでお願いします……」


 このように、相手が閉口しているときはこちらから話題を提供してあげれば良い。「はい」「いいえ」でしか答えられない質問ではなく、可能性を少し提示するだけで話は円滑に進む。


「そうですか。では、世界が決まったところで次は能力ですね。これは迷いますよね、何せどんな能力を得て転生するのかで作品の色が決まりますからね」


 転生時にチート能力を得るのが主流となっているが、普通に無能力で行く人もいれば、ハズレ能力をあえて得て工夫によって乗り越えていく人もいる。何だったら女神と一緒に転生した不届き者もいる。物語を作るのは自分自身なのだ。これは大事な選択となる。

 そのため、男はもう一度黙ってしまった。何の能力がいいかなんて、すぐに決められるものではない。やはりここからは膨大な選択肢の中から可能性を少しだけ狭めて伝えた方がいい。


「無限に死に戻る能力とか、何でも斬れる剣とか、回復魔法の素養とか、一番人気なのは純粋な身体強化ですね。あるいは遊んでいたゲームキャラの技とか何も考えなくていいからオススメですよ?」


「じゃ、じゃあそれで……!全ジョブレベルカンストだったんで……!」


「はい、ありがとうございました。以上で質問は終了です」


「そ、それじゃあ……!」


 男の目が希望に輝く。転生してからはチート能力で悠々自適に暮らせる。いじめのせいで社会に出るのが怖くなって親のスネをかじってゲームばっかやって、親兄弟からすらも完全に見放されていた自分が、今度はまともな生活を送れる。新たな一歩を踏み出せる。そんな感情に溢れていた。


「中世っぽい世界、ゲームキャラの能力、年代は……出生後ぐらいでいいでしょうか……そのぐらいの…………」


 対するフィオラは真剣な表情でパソコンを叩いている。転生を担当する女神っぽい人もパソコン使うんだ……と思いつつ、男はその作業を眺めている。


「………………お客様。仏教で言うところの『徳』というものをご存じでしょうか」


「はい?」


 急に、フィオラの空気が変わった。だが、学のない男はその質問に返答することが出来なかった。


「功徳を積むとより良い生命体に転生することが出来るのです。大雑把な言い方をすれば『良い事をする』とポイントが溜まり、魂が強化されていくんです。その判断基準と分岐は膨大であり、一概に何を成したらポイントが溜まるのかは私共も把握しきれてはいないのですが……その魂の強度に合わせた生命体にしか転生出来ないのです」


「あ、あの……じゃあ……俺は……?」


「……大変残念ですが、良くてアメンボが精一杯ですね。そうなると希望通りの能力も搭載できず……あと、生前の記憶も保持出来ませんし、言語の理解も……そもそもアメンボですので人間の脳と同じ情報を詰め込めるわけがなく……」


「そ、そんな!じゃあ、今までの質問は……!?」


「誠に残念ながら……出来るだけ希望に添えるよう尽力は致すのですが、その……魂が弱ければ、こちらとしてはどうすることも……と、とにかく実務を行う神に交渉はしてみますので、ここを出て左手にある転生待機室でお待ちください……」


 先程まで希望に満ちていた男の顔は、徐々に意気消沈していった。





「はーーーーー、ったく。世の中そんなうまい話があるかっつーの」


 先程の無職男性との面談を終えて休憩時間に入ったフィオラは、喫煙所で煙草を吸いながら愚痴をこぼしていた。仕事着に匂いが付着しないよう、緑色のジャージに着替えている。


「お疲れ。今日はどんなのだった?」


 同じくジャージを着た黒髪ロングの同僚が喫煙所に入って来るが、フィオラはお構いなしに天を仰いで煙で輪っかを作っている。


「いつもの中年引きこもり無職ヒキニートよ。大体そういうのって魂クソザコなんだから大人しく無脊椎動物にでもなってろってーの」


「まあ、仕方ないんじゃない?人間達に正確な死後の世界なんて分かるわけがないし、そういう類型の人が転生して無双する小説が下界では流行ってたんだし」


「何の学もねえ、実務もこなしたことのねえヒキニート風情が現代知識チート出来ると思ってんのかよ!身の丈に合わない能力を得たところでバトルや経済活動出来ずに自滅するだろうしよお……小説家はありもしないことをあるかのように誤認させる詐欺師だって事をいい加減学習して欲しいね!」


 フィオラの……いや、この異世界転生選別課に所属する達の態度は今に始まったものではない。職員全員がこの喫煙所ではこのレベルで荒れているのだ。

 この世界に再び転生出来る人間は、ある程度魂の強度が高い者……言うなれば人間として真っ当に生きてきた者だ。異世界転生選別課に来るような人間は、この世界に居続けてもらっては困ると判断された爪弾き者ばかりだ。


「そうね、そもそも希望通りの世界に飛べて、かつ能力も使えるという条件を満たすにはが必要だからね」


「そうだな。例えばトラック轢殺一つ見たって、特殊チートな転生が出来る奴は人間に限られるしな。まったく、わざわざ魂の強度が落ちる轢かれ方しやがって……」


 今回のケースはそうではない。先ほどの男はこの世を儚んで異世界転生をするために轢かれたのだ。

 それは魂ポイント的にはマイナスの行為に当たる。何故って、何の関係もないトラックの運転手に人殺しの烙印を押したからだ。わざわざトラックに轢かれる人が続出したせいで、地球の陸運業は大量の退職者を出して危機的状況に陥っている。


「最近そういうの多いわねえ……やっぱ、そういうのが流行ったせい?」


「……まあ、一概にそうだとは言えないというか、そういう設定が流行るほどには下界が病んでいるというか……ヒキニートが転生の次に、ブラック企業で働いて過労で死んで転生ってのも流行ってるってよ」


「まるで私達みたい」


「全くだよ。チクショー、私が異世界転生したいぐらいだぜ……」


「でも、そのためには私達も魂の強度を高めないとね」


 人間がそうであるように、その他動植物も、も、『良いこと』を積んで魂の強度を高めている。転生の有無に関わらず、神族は魂の強度がそのまま力となる。

 力を得た神は徐々に昇進し、ゆくゆくは世界を一つ任され、高位の神ともなれば自分好みの世界を創る事も出来るようになる。

 それが良い事なのか分からないが、働かないで引き込もればアメンボになるのはこちらだ。神と言えど、いや神だからこそ堕落は許されない。例えブラックな下っ端の仕事だろうが、低位の神は天界の維持のために貢献しなければならない。


「……せめて、物言わぬ貝ぐらいにはならねえとな」


 これは、異世界転生が大流行する中で日々の業務に追われる平女神の業務記録。

 魂の位階は変われど、日々の業務に追われることは人も神も変わらない。そんな世知辛い業務に携わる姿を訥々と描いていく物語である。



 最も、喫煙所で愚痴を言い合うような神の魂の強度など、たかが知れているのだが。

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