二十六話 剣聖の憂鬱 其の参

「いえ、別に貴方とる気はありませんよ」


「そうケチケチすんなよ! なぁ! そっちのおっさんも含めてよお!」


 ジークフリートはそう言うと話を聞くことなくジータとの距離を詰め、自身の手に握る邪竜失墜混沌大剣バルムンクを振るう。


 その間にバサラは急に入り込むとその凶刃は弟子にぶつかる直前に涅槃静寂ニルヴァーナが弾き、それを信じていたかの様にジータは弓に矢を番いていた。


 バサラとジータ、二人は初めてにも関わらず声もなく互いの動きを理解しており、ジークフリートはそれらを見て、益々笑顔を浮かべる。


 無窮壱尽バアルから放たれる矢は防ぐことの出来ない、凡ゆるモノを貫く必死の一撃。


 ジークフリートはその事を目の当たりにしてもいないのに感知しており、先ほどの攻撃でバサラを吹き飛ばしたと確信すると同時に自分に向けられている矢をも弾いた。


 アダマンタイトにより作られた共鳴器は運命を用いた攻撃による破壊は。故に、邪竜失墜混沌大剣バルムンクによって矢を弾くことは最適解であり、これ以外の答えはないほどの無駄のない行動であった。


 だが、それはバサラという存在を忘れていた。いや、その強さを見極められなかったジークフリートのほんの些細なミスにより、彼女は自分の体に戦跡を刻むことになる。


 吹き飛ばしたと思われていたバサラはジークフリートの一撃を受けても尚、受けた力を自身の体外、地面に逃しきり、なんとかその場に踏ん張っていた。


 ジータの矢を弾いたとほぼ同時、バサラはその一瞬を狙い、彼もまた矢を放つと彼女を信じて進んだ。


 だが、ジークフリートは矢を弾いたと同時にバサラがその場に耐えていたことを知っており、大剣では無くなった邪竜失墜混沌大剣バルムンクの持ち手を変え、彼目掛けて振るう。


 逆手で振るわれる一撃は彼女が初めて氣を乱した瞬間であり、それを見逃すほどバサラは甘くない。


 片手で握っていた涅槃静寂ニルヴァーナを両手で握り締め、踏み込んだ。


 両手で放つ大振りの一撃、それを小細工どうこうで受けようとする程のタマではなく、ジークフリートは逆手でありながらも真っ向から迎え撃つ。


 涅槃静寂ニルヴァーナ邪竜失墜混沌大剣バルムンク、両刃の漆黒の刃が火花を散らした瞬間、ジークフリートは自分の間違いに気付いた。


 バサラの一撃はかつて程の威力は無く、速度も落ち、射程距離も短くなった。


 だが、それと同時に老いた為に得た技術と積み重ねてきた眼がある。


 戦い方は人それぞれ。

 かつての自分に縋ることなく、今の自分を受け入れ、出来ることを精一杯する。


 それにより生まれたバサラの一撃はジークフリートの逆手での一撃を凌駕し、彼女の体を傷つけるに至った。


 ジークフリートは自身の薄い胸板から流れる血を見て、今までにない邪悪と言う言葉が似合う程の笑みを見せた。


 ジークフリートの悪魔の様な表情、それはその場にいたバサラへと向けられたものであり、彼が初めて獲物と認識された瞬間でもあった。


(この感じ?! ヤバい! これ今、僕に狙いが定まった気がするぞ?!)


 一撃を与えてから自身に向けられた視線に対してそんなことをバサラは考えているとジークフリートは獲物を狩ることだけに心中を注いでおり、邪竜失墜混沌大剣バルムンクを構え直した。


 剣聖、それは国におさまることない、その地における最強の証明。その地位を得て10年が経ち、自身を傷つけた者は殆ど居なかった。数年前に四護聖達が現れてようやく自分が本気を出せるおもちゃが現れたと思っていた。だが、それとは別に現れた初老の男、四護聖ジータと共にではあるものの自分の体に傷をつけた強者。


 ならば、見せるべきだ。

 この男に最強たる存在の証明を。

 邪竜失墜混沌大剣バルムンクの真なる実力を。

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