バチあたりな子

篝 麦秋

バチあたりな子

 あら、なあに。おまえ、祠を壊してしまったの? それは私の祠だったのよ。


 祠ってなんだかわかる? 祀られているものの家なんてたとえがあげられるけれど、それは私にとっての口だったのよ。だってみんな食べ物や飲み物をお供えしていってくれるでしょう。

 おまえも、突然来るなり値下げされた黒糖まんじゅうと手のひらサイズの緑茶を供えてくれたから、めずらしい時期の客人ねと思っていたのに。手を合わせたら、いきなり祠を壊すのだもの。おまえ、変ねえ。


 そう、祠は私の口よ。

 でもおまえに壊されてしまったから、もうなにも食べられないわ。この口はもうしゃべることしかできない。残念よ、すごく残念。こんなへんぴな土地で、年に一度お供えものがあるかどうかというくらいだけど、食べることしか楽しみなんてなかったんだから。


 でも、おまえに壊されてしまったからね。

 私、おまえに取り憑いてやるわ。今日からおまえは私の口になるのよ。


 食べてみたいものがたくさんあるの。私を連れて行きなさい。おまえは歩けばいいだけよ。こんなド田舎、捨ててしまったところでバチなんて当たらないわ。だっておまえはもう、私が憑いているんだもの。これがバチよ。


 ──そう、これがタピオカというのね。噂に聞いていたとおり、カエルの卵だわ。田んぼに入れたらふ化しそうね。しない? わかっているわよ、そんなこと。


 ──ホットケーキなら知っているのよ。パンケーキなんていっても、おなじじゃないかしら。甘いか甘くないかの違いだというの。でもこのパンケーキ、バナナが入っているし生クリームまでトッピングされているわ。おなじじゃない。どうしても違うと言い張るのね。寺と神社くらいの区別をつけてからいってほしいものだわ。


 ──もういちどいいなさい。まりとっつお。おまえ、いま私を笑ったわね。いっておくけれど、おまえにしか私の姿は見えないのよ。ずっと独り言をぶつぶつつぶやいて、流行のスイーツを食べる変なオンナにしか思われていないのよ。まあ、田舎から出てきた風体だからお似合いね。

 そうね、私の姿が見えていれば少しは違っていたでしょうね。この絹のような白髪、蛇の舌に似た赤い目、日の光を知らない透き通った肌。だれもが振り向く美貌よ。ええ、だって私はずっと祠にいただけだったんだもの。


 神なんてものではないわ。仏でもないわよ。おまえ、あれにご神体だの仏像だのが入っていた覚えはある? ないでしょう。

 そうよ、祀られていたのは私自身。生前の私よ。そう、生きていたことがあったの。何年くらいかしらね、覚えていないわ。たいした人生じゃなかったから、覚えておきたいことなんてなかったのよ。

 だから、すべてを覚えているわ。


 ええ、帰りましょう。おまえに憑いておまえの体でいろんなものを食べて、おいしかったわ。

 楽しかった? おまえもそう思えるくらい、生きる楽しみというのを思い出したのね。


 でも残念。祠を壊したバチはちゃんと当たらないといけないわ。

 私が憑いたことはバチじゃないわよ。ただ自分の空腹を満たしたかっただけ。バカね、おまえ。


 次はおまえがこの祠の主になるのよ。


 私は、人でいうところの死を迎えるのよ。当然よ。だって祠が壊されてしまったのだから、もうなにも食べられないのよ。壊したおまえがなにをいっているの。

 どうして泣いているのよ。そんな濡れた手でコケまみれの石屋根を持つものじゃないわ。すべらせるわよ。ああほら、足に落とすなんてドジもいいところよ。痛い? そうね、おまえは生きているのだから、怪我をしたら痛くて当然よ。


 痛いわね。生きるというのは痛いということとおなじだから。


 その祠はもう終わりなのよ。おしまいなの。次はおまえの祠がここに建てられるのよ。おまえは私の祠を壊したから、そのバチで死ぬの。そしておまえは、祠を壊して呪い殺されようとした原因になった連中全員を殺せばいいわ。旦那でも旦那の浮気相手でも女友達でもそいつらの生まれたての子ども連中でも、全員殺せばいいわ。無惨な殺し方だってできるわよ。四肢をもぎってもいいし、はらわたをぶちまけさせてもいい。親の前で子を死なせてもいいし、子の前で親を死なせてもいい。好きになさい。


 新しい祠はおまえの体の一部になるの。私にとっての口のようにね。なぜ口だったのかって? 生前にずっと私は飢えていたからじゃないかしら。飢餓の時代なんていうけれど、飽食の時代なんて呼ばれている現代が異常なのよ。

 ほらご覧なさい、私って真っ白でしょう。目や舌以外、みんな真っ白。なぜかって、私が食べさせられつづけていたものが白かったからよ。それとも、飲まされつづけていたものとでもいえばいいかしら。男ひとりのなんて微々たる量なんだけれどね、おいしくもないけれど、それしかなかったのよ。だから何人もの男を相手にするしかなかった。


 おまんじゅうも緑茶も、お供えされてはじめて食べたときはおいしかったわ。すっかり食べ飽きていたから、おまえに供えてもらったのも、内心は嫌々ながら食べたの。

 でも、おいしかったわよ。どうしてかしらね。黒糖のまとわりつくような甘みなんて、うんざりしていたはずなのに。


 ありがとうね。最後においしいものを食べさせてくれて。


 ほら、おまえの祠が建てられるわ。私の祠が撤去されて、代わりにおまえの祠ができたわよ。最初だからってめいっぱい果物やお米やお酒までお供えされているわ。こんなのほんとうに最初だけよ。あとは知らん顔。生きている連中なんて、そんなものよ。


 どうも不満そうね。

 おまえの祠、口じゃないのかしら。

 私が求めていたものは食べ物だったから、祠も口だったんでしょうけれど。

 おまえは、違うのね。口じゃないみたいだわ。ほら作った人間たちだって、祠を新しくしてこんなにお供えしたのにって困惑しているわ。どうして怪我人が続出して、事故が多発して、災害ばかり起きるのかと慌てふためいているわ。


 おまえの恨みは根深いのね。

 おまえは、なにを求めているのかしら。

 この祠は、おまえにとってのなんなのかしらね。


 ほら、生前のおまえが恨んでいた人間たちが一家総出で謝りに来たわよ。祠を作った作業員が大黒柱だというのに、おまえのバチが当たって半身不随になってしまったから土下座をしにきたみたい。許してくださいっていっているわ。母親は体を曲げられないの、あんなでっぷりしたお腹じゃ無理よねえ。


 だから代わりに、ほら、こんなに小さな子まで、ねえ。この年齢で親から土下座を強要させられるなんてねえ。

 あら、またバチがあたったわね。子どもが消えたわ。母親は腹から血を流して、泣きわめいている。車いすの父親も、タイヤの操作を誤って落ちてしまったわよ。上半身だけではいつくばって、子の名前を叫んで、大変ね。阿鼻叫喚地獄を見る予行演習かしら。


 あら、おまえ、その腹はどうしたの。


 ああ、そういうこと。

 おまえの祠は、おまえの子宮なのね。

 だから、あの妻の腹が一気にへこんで、親といっしょに謝っていた子どもが三人も消えてしまったのね。


 ほーんと、バチあたりな子ね。

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