此岸
路面を撫でる風が冷たくて身震いした。薄着で着たつもりではなかったのだが、ついに季節すらも私を置いていったのか、とすこし悲しくなった。まだいくばくか彩りのあった日陰もいつの間にか青みがかって、空は手が届かないほどに高くなった。足元に転がっていた枯葉が風に巻かれて海の方へと消えていく。潮騒、押し寄せては引く波の残響が厭に満ちている。私は懐から取り出した葉巻に火を点けた。
持て余して抱え込んだ貯金を注ぎ込み買った自動二輪も、あまり乗ってやれないまま二年が過ぎてしまった。見た目に惚れただなんだと抜かして買ったというのに、日々の忙しさを言い訳にしていたらすっかり持て余していた。結局、趣味らしい趣味もなく、短い時間でさっと吸う煙草の吸殻だけが歩いた道に落ちている。空虚だ。実にくだらない。嘆く気すら起きない。安ライターも直に役目を終えそうだが、それもどうだっていい。
「君」ふと、背後から飛んできた声へと振り返る。老人がこちらを見ていた。
「どうかしましたか」私は愛想笑いも面倒になってぶっきらぼうに言葉をよこす。
「その先は何もないが、」老人は感情を含まない目で私を見る。「道を間違えたのかね」
私はその言葉につい笑ってしまった。ああ確かに、目的地はここに違いないが、道という道を間違えた末にこんな袋小路に出てしまったのも否定はできない。だから「間違いであることには違いない」と答えたら、老人は「そうか」とだけ呟いた。その立ち居振る舞いは、はなからまるで問いの答えなぞどうでもよいかのようであった。
「あんたはあっちのものか?」私はふと思ったことを尋ねた。老人は首を傾げ、元に戻したのち、「さあ」と呟いた。「あちらかこちらかは、そのうち分かると思うのだが」
「そうかい」私はため息をつく。「せっかちで悪かったな、爺さん」
老人は肩を竦めてから、こちらに背を向けてとぼとぼと歩き始めた。実に不可思議で面妖な事態であるが、その実私はさほど動転していなかった。この肝っ玉が生まれてすぐに手に入っていればこうはならなかっただろうという後悔の方が、頭の中を埋めつくしていたのだからどうしようもない。後悔、後悔、後悔を繰り返しているうちに人生が詰んでしまって、今更振り返ったって仕方がないほど、私は道を間違えた。どこからやり直せば私はこうならなかったのだろうかだなんて、そんなことを考えているうちに老人の姿のないことに気が付いたので、くだらないたらればを考えるのも打ち止めにした。今手元にある最後の一本を吸い終えたら、私は海に飛び込む腹積もりである。
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