around a world

 人のまばらな夜道を歩く。涼しげな風が吹き抜ける。夏の終わりを告げるみたいな風が、たった今吹いている。見上げれば美しい、大きな月が私を見下ろしている。私が影を見下ろしている。影は何を覗いているのだろうか。

 月日は巡る。時の流れは太陽と月が作っている。美しくも煩わしい太陽と、弱々しくそこにあるだけの月が飾る陰陽の繰り返しが、時計を前へと進めていく。後ろには進まない。枯れて散った葉の代わりに芽吹く青葉は、土に飲まれた過去のそれと似ているだけの別物だ。世界はそうして回っている。

 地球が回る。私の位置は昨日この道を通った私と同じで、けれど世界の絶対座標として同じ位置にあるだろうか。地球上の同座標にいても、地球は昨日と違う場所にある。私にとっては遠大で、宇宙から見れば取るに足らない極小のずれ。この星の生命の蠢動を、宇宙はどう思って見ているのだろう。言うに値しない外れ値なのか、無視できない微生物の群れか、私はその答えを知ることなく生きて死んでゆく。だなんて、こんな無駄な思索を笑う人はいない。この矮小な一個体の思案すら、誰も見透かすことなんてできやしないのだから、言わなければ誰の目で見ようが私の頭の中はブラック・ボックスのままだ。ああ、なんて素晴らしくてつまらない世界なのだろう。

 猫が道半ばで天を眺めていたのに気が付く。私の視線に気付いて、猫もこちらを見つめ返す。月明かりよりも眩しい街灯の下で、終わらせる気もないにらめっこが始まって、飽きて私が先に歩き始める。横目に猫が影へと消えるのが見えた。そのときにまた風が吹いて、ふわり、甘い香りがした。目の端、道の隅に可憐で小ぶりな花が咲いている。いい香りだと思った。

 季節が巡れば記憶は揺らぐ。世界が回るごとに、私は少しずつ変わっていく。そこにひとつとして昨日と同じ私はいない。ここではないどこかの夜道を歩く誰かさんもそうだろう。そういうものだ。時は無情だ。だから、私はこの世界を気に入っている。

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