第7話 勝ち目

「おい、てめぇ、嘘をついてるな。」佐々木雄弘が冷たく言い放った。


「ふん、そんなこと言うと思ったが、私が嘘をついてるっていう証拠でもあるのか?ただ誰かに襲われたからか?」


「もちろん、それだけじゃないさ。」佐々木は微笑んだ。「確かな理由はわからないけど、今までみんなが話してきた話には少なからず共通点があった。これらの話には多くの共通する人物が出てくるし、地理的な位置を除けば、話は合理的だ。」


「それがどうしたんだ?」


「問題はそこだ。」佐々木は弁護士の中村絵麻を指差して言った。「おまえと弁護士の話には一つの共通人物がいる。それが『二百万円を騙し取った詐欺師』だ。しかし、おまえたちの話は矛盾している。つまり、どちらかが嘘をついているということだ。」


朽木悟もそれに頷き、「どこが矛盾しているんだ?」と尋ねた。


佐々木は軽く首を振り、朽木を見つめながら言った。「中村弁護士はすでに裁判の準備をしている。つまり、彼女の話では『犯人はすでに捕まっている』ということだ。だが、おまえはまだその詐欺師を見張っていた。つまり、朽木、おまえの話では『犯人はまだ捕まっていない』ことになる。これは矛盾だろう?」


朽木は少し考え込み、口を開いた。「確かに、言っていることには一理あるが、この『ゲーム』に影響されているんじゃないか?まず、前提として理解しておかなければならないのは、これまで話した人たちは皆、別々の都市にいたってことだ。つまり、いくら話が似ていても、それが同じ事件とは限らない。違う事件であれば、結果も異なることになるだろう。」


夏目は静かにその二人の言い争いを見つめていたが、口を開くことはなかった。


そうだ、もっと争えばいい。争えば争うほどいい。


彼らのうちどちらかが相手に一票でも投じれば、嘘をついている者が勝つ。


なにしろ、ルールは絶対的だ。嘘をついている者以外の誰かが間違って票を入れたら、残りの者全員が道連れになる。


朽木が説明をしたにもかかわらず、佐々木の言葉は人々の心に深く刻まれた。


これは初めて、二人の話に矛盾が見つかった瞬間だった。


夏目は放蕩不羈に見える佐々木を一目置くようになった。


彼はただの不良に見えるが、予想以上に頭が切れるようだ。


「うーん……次は私の番だ……」ある女性が口を開いた。


その言葉で、人々は思考を中断し、その女性に視線を向けた。


この女性は最初に死人が出た時、激しく叫んでいたが、今は冷静さを取り戻しているようだ。だが、その視線はまだ隣に向けられず、怯えたままだった。


「皆さん、こんにちは。私の姓は林(はやし)ですが、林檎(リンゴ)と申します。心理カウンセラーです。」


夏目は少し驚いた。「林檎」という名前には何か特別な意味があったからだ。


その詩的な響きが印象的だった。


林さんの両親は、彼女に特別な名前をつけたかったのだろうが、この名前が今、彼女の命を危険にさらしていることは明白だった。


その名前を心の中で何度も繰り返すだけで、林檎が語る話が強く印象に残ってしまうだろう。


林檎は人々が特に反応しないのを見て、鼻と口を押さえながら話を続けた。「ここに来る前、相談者を待っていました。彼女は幼稚園の先生です。」


その言葉を聞いた人々は、幼稚園の先生であるアイナを一瞥した。またもや物語は繋がっていくのだった。


「彼女が言うには、今の幼稚園教師の仕事はとても難しいそうです。子どもを叱ることも、怒鳴ることもできない。親たちは幼稚園の先生を保母のように扱い、子どもたちは先生を使用人のように見ている。各教室には監視カメラが設置されていて、親たちはリアルタイムで先生の様子を監視しています。先生の口調が少しでも厳しくなると、すぐに園長に電話が入るそうです。」


「でも、親が子どもを幼稚園に預けるのは、子どもに三観を教えるためではないでしょうか?」


「先生が厳しく教えられないのなら、子どもはどうやって自分の間違いを学ぶのでしょう?」


「彼女は長い間、自分が迷子になっているようで、抑圧された状態にあると感じているようでした。」


「だから、私は彼女のために約1か月間の治療計画を立てました。」


「でも、なぜかわかりませんが、その相談者は約束の日時に来ませんでした。私はその日ずっとオフィスで彼女を待っていました。」


「地震が来た時、私は逃げる暇もありませんでした。私のオフィスは26階にありますから。」


「階が高いほど、揺れが強く感じられます。私はビル全体が揺れているのを感じました。」


「それまで私は、大阪にも地震が起きるなんて知らなかったのです。今回初めて、その怖さを感じました。」


「その後、天井が崩れ落ちるのをうっすらと覚えていますが、目の前が真っ暗になり、次に気が付いたのはここでした。」


林檎の話を聞き終わると、何か思い出したように佐々木雄弘が口を開いた。「俺には二つ、質問がある。」


「どうぞ。」林檎は口元を手で押さえながら答えた。


「教室に全て『監視カメラ』が設置されているって、どういうことだ?」


皆が驚いた。佐々木がそこに注目するとは思わなかったからだ。しかし、林檎は心理カウンセラーとして、非常に丁寧に説明した。「監視カメラが設置されているのは、おそらく、親たちがどこにいても教室内の様子を確認できるようにするためだと思います。」


「なるほど、つまり『閉路テレビ』か……それはおそらくお金持ちの幼稚園なんだろうな……」佐々木は自分に言い聞かせるように呟いた。そして再び質問を続けた。「で、お前が約束していた幼稚園の先生ってのは、ここにいるアイナなのか?」


「それはわかりません。」林檎は首を振った。「その人とはLINEでしか連絡を取っていませんでした。その他の詳細は、直接会ってから話す予定でした。」


「LINE?」佐々木は少し戸惑ったように目を見開いたが、すぐに理解した。


そこで朽木警官が二人の話を遮るように言った。「佐々木、お前はまたそうやって疑いをかけるのか。アイナは千葉にいるし、林檎は大阪にいる。誰がそんなに遠く離れた場所まで心理カウンセリングを受けに行くっていうんだ?」


佐々木は譲らなかった。「ただ疑問に思っただけさ。これまでの話で、初めて他の参加者の話が関わってきたからな。」


今度は花田博医師が佐々木に同意して頷き、「アイナ、林檎さんが言ったことと、君がカウンセリングを受けに行った理由は同じか?」と問いかけた。


「うーん……」アイナは怯えた様子で考え込んだ後、控えめに答えた。「ちょっと違います……。私はある親から長期間批判され続けていて、それが原因で少し鬱っぽくなってしまって……」


「それなら、単なる偶然だということだな。」花田医師は頷きながら言った。「二つの地域での出来事なんだから、無理に関連付ける必要はない。」


その瞬間、皆が一瞬沈黙した。すると突然、中村絵麻弁護士が口を開いた。「林檎さん、あなたが話した内容の半分以上が、その『幼稚園の先生』の話だった。それってルール違反じゃないですか?」


「え?」林檎は少し驚いて硬直した。「その幼稚園の先生の話をしたのは、皆さんが私の仕事の内容を理解しやすくするためです……」


「誤解しないでください、他意はありません。」中村は微笑みながら続けた。「私が言いたいのは、その幼稚園の先生の体験がもしあなたの作り話だとしたら、当然アイナさんの話と食い違ってくるわけで、それが証拠になるんじゃないか、ということです。」


「なっ……!」林檎は、目の前の女性がこれほど鋭く攻撃してくるとは思ってもみなかった。彼女は必死に弁解しようとした。「さっき花田医師も朽木警官も言ってましたよね、私たちの住む地域は違うんですから、これは単なる偶然です!」


「偶然、ですか?」中村は腕を組み、冷静に続けた。「みなさん、もう一度考えてみてください。なぜ私たち九人だけがここに集められたのでしょうか?忘れてはいけません、私たちは完全な他人同士です。もし相手の話に矛盾を見つけるには、何らかの『手がかり』が必要なはずです。その『手がかり』が全員の話がどこかで繋がっているという事実なんです。私が聞いた限り、私たちは意図的に選ばれた人物たちです。それがあればこそ、話の中に矛盾を見つけ、嘘をついている者を探し出すことができる。それがなければ、このゲームは理不尽すぎるでしょう。なぜなら、『嘘をついている者』が勝つ確率があまりにも高すぎますから。」

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