31話 小さな素敵な贈り物
──時系列は少し遡り、コマタの宿屋。
ジョイナと別れた後、入れ替わるようにモルトーが、窓からマグニ達のいる部屋に戻ってきた。
毛並みがかなりぼさぼさなあたり、部下たちにかなり別れを惜しまれたようだ。
よれよれと四つん這いで這いつくばりながら、ぽてっとマグニの膝に飛び乗った。
『坊ちゃん、ヴィオレッタ様。ただいま戻りやした。ひー、あいつら、容赦なく揉みくちゃにしやがって……』
「あ、モルトーさん。……もう、ご挨拶は済んだんですか?」
『ええ、さんざ揉みくちゃにされちゃいやしたがね。まったく、全身ガビガビですよぅ、泣き虫どもめ……』
「でも、それだけ慕われていたんでしょう?皆寂しくて当たり前ですよ。僕もそうでしたから」
「マグニも?」
「僕の場合は、同じ奴隷仲間だったけどね。イーサンっていうんだけど……頼り甲斐があって、お父さんやお兄さんって存在がいたら、きっとこんな人なのかなあって」
『……その人は今どこに?』
「分からないんです、新しい主人の元に売られてしまったので。でも、必ず探し出すつもりです。勿論、ロボ王様もね」
ちまちまと毛繕いするモルトー(チチフ)の姿にフッ、と笑みが漏れつつ、「手伝いますよ」と濡らした布で、軽く梳くように毛並みを整えてやる。
ヴィオレッタも「あ、いいなー。私もやりたい!」とせがんで、一緒になってチチフの毛並みを綺麗に整えてやる。
それがよほど気持ちよかったようで、モルトーはフヒュッと鼻を鳴らすと、そのまま丸くなる。ヴィオレッタは小さなおでこを指で撫でながら、ふと問いかける。
「……寂しくない?貴方だけでも、ここに残ってもいいのよ」
『ここで百年も暮らしてたんですよ、別れにも慣れやした。それに、寂しいことばっかりじゃありやせん。
あいつらも、まっとうに仕事するって約束してくれやしたし。なにより私は、ヴィオレッタ様や坊ちゃんたちと旅がしたいのです』
「そう。貴方が納得しているなら……良いわ」
ヴィオレッタは少し安堵したように微笑むと、チチフを抱えてベッドにコロリと転がった。
そしてマグニを力強く引いてベッドに引きずり込む。マグニは不意打ちを食らって「ふぎゃ!?」とシーツに顔を思いきり埋めた。
ベッドこそ柔らかいが、強かに打ちつけたせいで鼻がじんじん痛む。ヴィオレッタは少年の顔を指でぶににっとつまむと、改めてまじまじと見つめた。
「ほっぺたも丸いし、爪もピンク色で柔こいし、小さいし。勇者にしては、頼りない顔ねえ」
「
「お人良しそうな顔ではあるわよ。気軽にあれこれ押しつけられる類いの」
「否定はしないけど。元は奴隷だもの」
「卑屈になんないでよ。世界を救うって啖呵切ったじゃないの、下に見られないよう、しゃきっとしてよね。この世界はナメられたら終わりよ」
「む……やっぱり肉食べないと駄目かな……」
「別にガルムや王様みたいになれってんじゃないわよ~。勿論、あれだけ目がぎらついて体も大きい方が、頼り甲斐はあるけど」
「(半分は君の趣味だろ……ってのは言わないでおこう)」
ヴィオレッタはもぞもぞ布団に潜り込むと、楽しそうに「寒いわ。湯たんぽになりなさいね」と言って、そのままぐっすり眠り込んでしまった。
振りほどくのも気が引けて、マグニはそのまま横たわるうち、どっぷりと眠りに浸かっていた。軽く一眠りするだけのつもりだったのだが、お腹が満腹だったことと、日差しが温かったせいもあるのだろう。
夢すらも見ないほど心地よい眠りの中に沈んで、目を覚ますとチチフの顔があった。窓から差し込む光は、朝日の色。あれだけ眠ったにも関わらず、またもやかなり寝込んでいたらしい。夕食も食べずに寝込んでいたせいか、ぐぎゅう、と腹が鳴った。
もぞりと起き上がると、丁度よくガルムとステラも部屋に戻ってくる。
『おはようございやす、坊ちゃん』
「ああ、起きたか。疲労はもう取れたか」
「ふがっ……あれ、ガルム様。すみません、いつの間にか寝ちゃってて……」
「体のマナの巡りが整っている証よ。気にすることじゃないわ。はいこれ、朝ご飯」
「有難うございます、ステラさん。……あれ、ヴィオレッタは?」
「い、いるわよ!」
朝ご飯のパンを囓りつつ見回すと、ベッドで寝ていたヴィオレッタの姿がない。
すると、ステラの背後から、ヴィオレッタがもじもじと顔を出して、ぱっと前に出た。先程までステラの寝間着を着ていたはずだが、すっかり様変わりしていた。
着心地のよさそうなシャツに薄紫色のスカート、それに昔のヴィオレッタが羽織っていたものと似たマントを装着している。新品の足装具と靴もしっかり履いた姿は、小さな冒険者といった風体だ。
「あれっ、新しい服買ったの?とっても似合ってるよ」
『当然です!おひいさまは何をお召しになっても似合います!』
「そ、そお?起きたらガルムとステラが私にくれたの。いつまでも薄い布一枚でうろつくのもヘンでしょ」
「でも、お金は大丈夫なんです?」
「問題ないさ。幸い、あの迷宮深殿でそれなりに稼がせてもらったからな」
ガルムが懐から小袋を出して、ジャラジャラと音を鳴らす。中には、あの迷宮深殿の道中で見かけた、大小さまざまな宝石が詰まっていた。
どうやら中を探索する最中、ガルムが回収しておいたらしい。高品質な宝石はマナがたっぷりと詰まっているらしく、市場ではかなり良い値段で取引出来たとガルムはほくほくだ。
「これで当分、旅費には困らん。予定通りディアファンへと向かうぞ。あの町では色々やることが山積みだ」
「戸籍や銀行、ギルドの登録とか色々ね。ヴィオレッタの分も用意してあげなきゃ」
『その後はどうするんです?やはりクライン国を出るので?』
「いや、ディアファンで潜伏しつつ、兄上の情報を集める。特にここ近況の内紛や戦争の情報が欲しい。兄上なら、恐らく最も危険な地帯にいるはずだ」
『その根拠は?』
「弟としての経験則だ。兄上は俺様以上に、戦に惹かれやすいタチなんでな。地形が変わっているかどこかの軍が壊滅状態にある報せがあったら、大体兄上の仕業だ」
『一理ありやす!我が王が向かうところ、ポンポン草一本も生えませぬ!』
「確かに。暇潰しとして一人でも戦場に飛び込んでいって、お土産に首級取ってくるような人だったものねえ」
「(兄弟揃って血と闘争に目がないなあ……)」
会話のさなか、マグニは手持ち無沙汰にズボンのポケットをまさぐる。
すると固いものが指先に触れて、チャリンと軽やかな音が漏れた。何だっけと引っ張り出すと、あの露店で買ったマナ・クォーツだった。すっかり忘れていた。
指先ほどの大きさの、十二面体の小さな水晶が三つ……否、倍の六つに増えている。色も淡いながらに色彩鮮やかだ。最初はこんな色ではなかったような。
不思議に思って見つめていると、マナ・クォーツに気づいて、ステラが「あら!」と楽しげな声を上げて覗き込む。
「まあ、綺麗なマナ・クォーツね。結晶の色の反応からして、全ての属性のマナが実ってる!小さいとはいえ、こんなにそれぞれ異なるマナ・クォーツが揃ってるなんて珍しいわね、どこかで拾ったの?」
「あ……実は、掃除の依頼で報酬を貰って……露店で買ったんです、友達と一緒に。最初はもっと普通の色だったし、数も少なかったんですけど」
「迷宮の中にいたんだ、その時に濃いマナを吸収して結晶が増えたんだろう。マナ・クォーツは周辺の濃いマナを吸収して、結晶が増幅する事があるからな。大きいほど価値も高くなる」
「そうだったんですね。……あ、そうだ」
マグニはその場でブチブチ、と結晶を綺麗に切り取り始めた。
ひとつひとつが、マグニの傷だらけな指に触れると、軽やかに小気味よく剥がれていき、僅かに砕けた細やかな欠片が、日差しを吸い込んで、明滅しながら宙に舞う。
マグニは一人ずつに結晶を手渡しながら、俯きがちに話し始める。
「あの、御礼にもならないかもしれないんですけど、も、貰って欲しくて。食べ物と悩んだんですけど……ヴィオレッタとモルトーさんにも一つずつ……」
「まあ……!」
ステラは驚いた顔をして結晶を見つめ、ふっと嬉しそうに目を細める。
ヴィオレッタも「あら、プレゼントなんて気が利くじゃない!女心は分かってるみたいね」と嬉しそうに、輝く結晶を見つめている。
「とっても、とってもきれいね。ありがとう、大事にするからね」
「どれでもいいの?ねえ私、この赤がいいわ!」
『気持ちはありがてぇですがね、別に私にまで気を遣わんでも良いんですよ。自分で買ったものなら尚更』
「い、いえ。元々贈りたくて買ったものですから。使えないものなのは、承知の上ですけど……」
『いやいや!このちっこい体は、思いのほかマナを沢山消費するみたいなんでね、むしろ貰えて有り難い限りですよぅ』
女子二人は喜んで受け取ると、ステラが魔術でそれぞれ、手近な金属と組み合わせて、可愛らしいピアスとブローチに加工しはじめた。
モルトーも遠慮がちに前脚で支えるようにして、結晶を抱きかかえる。ステラが革紐と結晶を組み合わせて、背中に背負えるように加工して「これでいつでもくっつけていられるわね」と微笑んだ。
ひとり、ガルムだけは、喜ぶでも気遣うでもなく、掌にころんと転がる小さな結晶をジッと見つめている。やはり、彼には不要だったろうか。それとも、女が喜ぶような贈り物なぞ、と怒っているのだろうか。
「その、アミリーが、か……な、仲間に、贈り物をすれば喜んでくれるって教えてくれたんです。誰かに何かを贈るのは、初めてで……僕も、普通の人みたいに、誰かに贈って、みたかったんです。い、要らなかったらっ、売ってもらっても全然……」
不安から、マグニの口から思わず弱気な言葉がまろびでる。
気難しい魔王の仏頂面からは、相変わらず胸の内を読み解くことは出来ない。ガルムは少年とステラ達をそれぞれ一瞥すると、受け取った結晶をグシャリ!と力強く握りこんだ。一瞬にして空気中のマナが、掌に圧縮されるさまがマグニの視界にうつる。
そして掌をゆっくり開くと、手渡されたマナ・クォーツが、ステラが加工したものと同じ意匠の、ピアスの形に変わっていた。
ぽかんと呆気にとられるマグニの前で、ガルムは左耳にピアスをつける。
「これで合っているか?」
「へ、あ、はい!?に、似合ってます!」
「そうか。旅支度を済ませたら行くぞ、小僧も着替えろ」
「はっ、はい……わぶ!」
ガルムから投げつけられた旅装一式が、キャッチしようとしたマグニの顔に直撃。
鼻を摩りながら服を見下ろして、あっと声が漏れ出る。
迷宮深殿でボロボロに劣化し、使い物にならなくなったはずの服が、ほつれひとつなく綺麗に直され、手甲や靴もぴかぴかに磨かれている。
──もしかして、稼ぎの一部で服を手直ししてくれたのだろうか。
色んな感情がないまぜになって、じいん、とほっぺたが熱くなってくる。その熱を紛らわせるように少年は急いで服を着替えた。
耳の装具もきちんとはめ直して、急いで宿屋を出る。やはりアミリーの姿はなかった。代わりに、マグニ宛ての手紙が受付に預けられていた。
『はじめに、お別れの挨拶できなくてごめんなさい。
これを読んでいるということは、もう元気になった頃かしら。ジョイナから聞いたよ、迷宮深殿の踏破おめでとう!マグニなら絶対攻略出来るって信じてたよ。
初めて会った時からそんな予感があったわ。私の予感って昔からよく当たるのよね。
あなたとはもっと沢山お話したかったけど、急ぎで別の国に行かなきゃならなくなっちゃったの。また別の場所で会えたら、もっと沢山話をしましょうね。
親愛をこめて アミリー』
手紙には小さな手作りの腕輪が添えられていた。マグニは何度も字をなぞりながら、マナ・クォーツを腕輪に組み込んで左手にはめ、手紙をしまう。
外に出ようとするころ、村の出入り口で、大勢の冒険者たちが待っていた。モルトーの手下たちだ。マグニたちを見つけるなり、吼えたり男泣きしながら駆け寄ってくる。ちょっとしたお祭り騒ぎ状態である。
「チフ!?」
『お前達!どうしたんだ、もう引き留めたところで私は出て行くぞ!』
「違いまさあ!どうしてもお見送りだけでもしたくて!」
「お頭、どうかお元気で!困ったらいつでも俺達を頼ってくださいねえ!」
「いつでもコマタに戻ってきていいんですからね!俺達、決めたんです。イブツ探しや盗賊稼業はやめて、これからは冒険者として、真っ当にここで仕事しながら待ってます!」
『だ、だがそれでやっていけるのか。盗賊稼業をやめちまったら、前みたいに酒を飲んで馬鹿やったり、贅沢出来なくなるんだぞ』
「いいんです!俺達にとっちゃ、お頭の存在が一番の宝物だから!泣いてばかりじゃいられねえ、お頭に頼ってばかりじゃ情けねえ!」
「今のお頭に誇れる男になりてえって、皆でそう誓ったんだ!」
「だから最後にもっかいだけモフモフさせてくだせえーっ!」
「ふぎゅうっ!?」
「さ、酒臭い!汗臭いー!ちょっとー、助けなさいよガルムーっ!」
「知らん、煩いのは嫌いだ」
押し寄せてきた手下たちによって、改めて揉みくちゃにされるモルトー。ついでに沢山の男達に挟まれるマグニたち。ガルムだけはちゃっかり離れて、鬱陶しそうにその光景を眺めている。
チチフが「ふぎゅーつ!」と不満げに声を漏らしながらも、されるがまま。チチフの額に輝く小さな宝石越しに、モルトーが声を震わせた。
『……お前達……ありがとう、行ってくる。そして必ず、胸を張って、お前達のことも迎えにくるからな。私にとっても、お前達も大事な宝だよ』
「その言葉、信じてますからね!絶対帰ってきてくださいね!」
「坊ちゃんたちもお元気で!モルトーさんを頼んだぞー!」
「怪我すんじゃないぞー!腹だして寝るんじゃないぞーっ!」
コマタを出るまで、賑やかな声援がマグニたちの背を押した。
少年の背に乗っかったモルトーが、二本足で立ち上がって、「お前達も元気でなー!」と、その姿が見えなくなるまで、小さな前脚をぶんぶんと振り続けた。
その小さな二つの目から、ぽろぽろ流れる涙は見なかったことにして、マグニとヴィオレッタも、賑やかな手下達に手を振って、コマタに別れを告げたのだった。
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