22話 疑惑と探索
「──さて、迷宮深殿の出現から丸一日たった訳だけどさ。流石は厄災、たった一日でヴンダー平原が滅茶苦茶だね」
「事態は想定していたより深刻ね。迷宮深殿がここまで環境を破壊するなんて、中々ない例なんじゃない?」
時を同じくして、迷宮深殿の外にて。ヴンダー遺跡に続く道を歩くは、武装した少女達──ジョイナ、アミリー、ナダの3人だ。
マグニたちが迷宮深殿に侵入して、既に丸一日が経過していた。
小さな花々が咲き、ゴムの木たちがのびのびと枝葉を伸ばしていた、ヴンダー平原の姿は見る影もない。見上げるほどの巨大な樹木が、地面から突き出たりのたくるようにして、縦横無尽に生えている。本来なら亜熱帯地域にのみ見られる樹木のはずだ。その幹にまとわりつくようにして、動くものすべてを串刺しにする棘の生えた蔦が絡み合う。他の花々を根から食い貪るが如く、毒々しい色彩の花々が艶やかに咲き狂っている。
一夜にして牙を剥いた奇妙な植生環境は、遺跡からまるで毒が浸食するかのように広がっていく。つまりは三人が遺跡へ近づくほどに、その異常な環境は、より深刻な景色となって、近づく者に洗礼を与えるのだ。
「生態系も滅茶苦茶だ。強い力を得た厄災が、外に出て活動するという事例は過去にもあったらしいけどさ。私らが過去に見た迷宮深殿でも、こんな急速に侵食することなんてなかったよね」
「興味深い現象だ。つい一日前に現れた厄災ならば、マナ濃度の急上昇が報告されていたはずだが、その兆候もなかった──と、ジョイナ。右」
「ッ
ナダが声を上げた矢先、やおら右側の草叢から影がが飛び出し、頭上に迫る。アミリーが赤い光──強化術をジョイナに付与すると、ジョイナは腰の片手剣を軽々振り上げ、頭上の影を瞬時に切り刻む。まばたきのうちに、三人の両脇に、襲撃者の残骸がボトボトと転がった。ぶくぶくに太った猫にも似た獣だ。
続けざまに、目を爛々と輝かせた獣たちがぞろぞろと押し寄せてきた。鮮やかな黄褐色の毛皮に、黒い目玉模様が蠢くように彩る。緑の目がギラギラと殺意に満ちて、黒い爪と長い牙を剥いて襲い来る!
「たはっ、キヤーゴの大群!熱烈な歓迎じゃないか!」
「笑ってる場合じゃないわよジョイナ!亜熱帯地域の肉食獣が、なんでここに?」
「迷宮深殿から生じた魔獣は、しばしば外に出で害を及ぼすという報告は度々出ている。あれの多分、迷宮産と見た」
ジョイナは盾を構え、我先とばかりに群れへ突貫する。
襲撃する獣たちの爪や牙を、盾で防ぎ、鋭利な盾の鋭角で殴り、面で叩きつけてはねのける。ジョイナの死角を狙う獣たちには、アミリーが麻痺呪文を飛ばして怯ませる。その隙を狙って、ナダの指先が水の弾丸を発射させ、的確に目や喉などの急所を抉っていく。
そうして彼女たちの辿った道には、彼女たちによって倒された魔獣たちが、バタバタと道なりにそって倒れ伏す結果となった。アダマワームはさておくとして、キヤーゴをはじめとした、この平原周辺では見ないような、鮮やかな色彩の肉食魔獣が目立つ。どれも、先のキヤーゴのように、凶暴化し襲ってきた個体ばかりだ。
「ナイスアシスト、二人とも。迷宮深殿の魔獣は血の気が多いから、気兼ねなく斬れるってもんだ」
「私は戦闘なんて得意じゃないんだがね。王様を先に探すんだったよ」とナダが溜息。
「それより急ぎましょ。こんな怖い魔獣達がコマタになだれ込んできたら、大変なことになるわ」
「ああ。既に、ギルドの許可なく迷宮深殿へ探索申請を出した冒険者一行の話も出ている。まったく、宿屋の受付嬢も迂闊なものだ。普通、迷宮深殿への探索は、国際ギルドの精鋭による探査が終わった後だという決まりがあるだろうに……」
「まあまあ、コマタのギルド支部はまだ出来たばかりだし、昔は結構許可無く探索する人もいたんでしょ?あの子も反省してたしさ、次から気をつければいいよ」
「問題はその冒険者たちだよ。もう丸一日経ってるのに戻ってきてないんだよな?無事だといいんだけど」
「まあ、普通の迷宮深殿に入った連中の九割は戻ってこないし、死んでるんじゃないか」
「もうっナダ!怖いこと言わないで!」
遺跡へ近づいていくと、時折、怯える草食獣や鳥たちが、草叢や木陰で慄く声を漏らし逃げていく。ひりついた空気が周囲を包む。
やがて森を抜けた先に、迷宮深殿の荘厳と威容をたたえた姿が、3人を出迎えた。
ナダがここにきて目の色を変え、口笛を鳴らし近づく。
陽光に照らされる神殿の美麗な外観は、さながら巨大な
「これって、婚姻の女神ミルトニアの神話?」
「結婚式場でよく見るような模様ね!これなんて私も見たことあるわ、こっちの絵は確か「夫婦の祝福」、そんでこっちは「拐かしの裁判」でしょ!」
「悪神マーナガルムがユグドラシル神の娘を誘拐した罪を、正義の婚姻神ミルトニアが裁く、という宗教画だな。この壁画の特徴からして、1800年前くらいのものだろうが……」
ナダはぶつくさ言いながら、外周をぐるりと回る。
ジョイナとアミリーも慎重に神殿を観察した。正面には巨大な穴と、崩れた瓦礫。不審に思った二人が近寄り、瓦礫をまじまじ観察した。
何かに気づいたアミリーが「
「うわ、これもしかして、この迷宮の扉じゃない?どうしてこんなにボロボロなの?」
「外側から衝撃を受けて壊れてる。……ってことは、誰かが壊して入ったのか?」とジョイナが石扉の亀裂をなぞりながらぼやく。
「そんな!巨人ですら壊せない不可侵の扉を壊したっていうの!?あり得ないわ」
「私とかイーサンなら出来るよ。あとナ・ブジも」
「貴方たちは資格持ちだからでしょ。ねえ見て、この石扉の亀裂。マナの痕跡ひとつない。つまり純粋な腕力だけでぶち壊したんだわ。いったいどうやって……」
「それこそ、巨人の膂力すら越える怪力がいるんだろう。世界は広いな」
二人の会話に口を挟みつつ、外周をひととおり回っていたナダが戻ってきた。
その手には、円盤状の器と台座が組み合わさったような物々しい器具を有している。台座の下部に数字や文字が浮かび、数値を計測していた。台座を覗き込み、アミリーがひゅっと息を飲む。
「ちょっと、何よこのマナ濃度の数値は。私たちが前に見た迷宮深殿よりも桁違いに高いわ!」
「すごい、竜級か……それこそ神格級のマナ濃度だ。普通の人ならマナ酔いでまともに動けないどころか、体を壊して死んじゃうぞ。こりゃ中に入るには相当準備が要るね」とジョイナ。
「うむ、特に虚、水、地の数値が顕著だな。土壌のマナ飽和圧値を大幅に上回っている。これだけのマナ値は通常、昨日今日のうちに突然発生したりはしない。この手の迷宮深殿は原則、長い年月をかけてマナを蓄積させて形成されるものだが……二人とも、これを見てくれ」
ナダの手が二人へ、分厚い書類を手渡す。コマタの主な穀物・野菜の収穫量や納税に関わる重要な書類だ。ジョイナが「どこでこれを」懐疑的な視線を向けると、「なあに、町長に融通きかせてもらって、ちょっとな」と悪びれもなく誤魔化し、「注目して欲しいのはここだ。コマタ周辺の年間収穫量の比較表のあたり」と指さす。
「コマタでは長らくの間、ゴムや野菜類の収穫量は安定している。記録によると、ちょうど百年前にクライン王国の国王に即位した、レオナール王による土壌改革とやらによって、百年もの間、不作に陥ったことはないそうだ」
「へ~、凄いわね。昨今の情勢じゃ、マナ不足だの冷害だの戦争だので凶作なんて珍しくないってのにさ」
「うんまあ、そこが引っかかりどころだ。コマタの歴代町長たちが残した記録によると、百年以上前のコマタやヴンダー周辺は、ろくに野草程度しか育たないような、とても痩せた土壌であったらしい。土壌改革とやらがどのようなものかは詳細な記録はなく、僅か一ヶ月足らずで急速に現在の豊かな土地となったんだと」
「そんなことってあり得るのかい?痩せた土地がいきなり豊かになるなんて現象が」
「まず常識的に考えればありえないが──ひとつだけ、反則級のウルトラCが、あるにはある」
ナダの言葉に、二人が目を見合わせる。
「ウルトラCってどういう意味?」
「一発逆転の奇跡ってこと。ともかく、ありうる手段があるとすれば、膨大なマナを痩せた土地に定期的に流し込む。これに限っては、短期間で急速に土地を擬似的に肥沃な状態へと変化させて、そこからじっくり時間をかけて維持することは可能だ」
「そんな膨大なマナを用意するなんて可能なのかい?」
「あるだろう、ここに」
コン、コン。ナダの手が、迷宮深殿の壁を叩く。目を見開いて静かに驚愕する二人へ、「まあ、珍しい話でもないさ。迷宮深殿の濃密なマナを利用すれば、難しい話じゃない」とナダは肩をすくませた。
「私にとって興味深いのは、この迷宮深殿の核となる存在だ」
「どういうこと?」
「周辺の住民の話では、ここは【誓いの神殿】と呼ばれていた、婚姻を誓う跡地だったそうだ。確か奉神となる神は、ヴァールという地方神だという」
「あれ?でもこの神殿のデザインは、婚姻の神ミルトニアよね……?」
「そうだ。ミルトニアとヴァールでは、ヴァールのほうが遙かに歴史が古い……ヴァールはミルトニア神の母神だしな……。誓いの神殿が飲み込まれたのであれば、ヴァールの神話に関する壁画が特徴として出現するはずだが、ここではミルトニア神と強い繋がりを持つ何かが核となったと考えるが自然だろう」
「ええと……例えば、ミルトニア神の熱心的な信者とか?でもミルトニア信者って、レムリア地方のほうにしか居ないわよね?ここはパシフィスよ、距離だってかなりあるし……」
「うん。まあそれで、心当たりをさっき聞いたんだ」
「心当たり?」
頷いて、ナダは言葉を続ける。
「宿屋で盗賊くずれの集団がめそめそ煩くてね、話を聞いたんだ。すると、そいつらの頭領が、行きずりの変な三人組を連れて、迷宮深殿へ行ってしまったんだと」
「盗賊の頭領が?財宝狙いかしら?」
「しかも聞けば、盗賊たちの頭領はエルー人で、百年もの間このコマタ周辺を根城にしていたそうだ。なんでもヴンダー遺跡周辺のお宝やイブツを細々と集めたり、チンケな魔獣を狩って生計を立てていたらしい。そのエルー人の頭領は、盗賊くずれたちを全員育ててやっていた、いわば親代わりなんだとさ」
「泣ける話だね。で、そのエルー人の頭領が何だって言うんだい」
「いやあ、それがどうも奇妙な話でね。そのエルー人の名前はモルトー・ジルヴェーニというらしい」
ナダはさらりと言ってのけたあと、二人の反応を待った。
沈黙が続く。意図が読めない、という表情の女子二人に対し、ナダは「君達、近代史をイチから勉強し直すことをおすすめするよ」と僅かに呆れと失望に似た表情で言い放った。
「悪かったわねっ田舎生まれでキョーヨーがなくて!」と騒ぐアミリーを宥めつつ、ジョイナがフォローするように「ジルヴェーニって名前には聞き覚えがあるよ。確か、このクライン王国の宰相がそんな名前だったよね?」と問いかける。
ナダは頷くと、更に言葉を続ける。
「そう。この国の宰相がひとり、グレーン・ジルヴェーニ卿の亡き実弟にして、レムリア地方の大国ダダナランにおける国家反逆罪と王妃殺害の実行犯と全く同じ名前なんだ。これ、どういう意味だと思う?」
ふ、と僅かにナダの表情が愉快に近い表情を浮かべる。
「え、まって、これ怖い話?」と怯えるアミリー。一方でジョイナは、マナ濃度計測器をじっと見つめながら、眉間の皺を深める。
「なあ、計測器壊れてないかい。これ」
「ん?いいや、これは今朝調整したばかりだ、壊れているなんてことは……」
「なら尚更おかしいだろ。迷宮深殿の中に、神格級の反応が二つもある!しかもマナの濃度が急速に高まって……」
刹那、轟音と激しい縦揺れが地中から轟く。
その激しい揺れは地を、木々を、周囲に転がるイブツを、三人を激しく揺らした。咄嗟にジョイナは盾を背負ってアミリーとナダを庇う。
動物や鳥たちが恐怖におののき、ちりぢりになって逃げ出していく。激しい揺れは断続的に続く。揺れていないものは、神殿のみだ。
咄嗟にジョイナは二人を担ぐと、「くそ、迷宮深殿の中の方が安全そうだなんて、どういう皮肉だ!」と喚きながら、中に飛び込むのであった。
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