18話 押して通る!
翌朝、さっそくコマタの宿屋では
なんでも先日の夕暮れ頃、放牧させていた家畜を連れ帰る途中の牧童たちが、ヴンダー遺跡へ立ち寄った折に見つけたとのことであった。
音もなく現れた
宿に寝泊まりしている冒険者たちも例外ではなく、「一番に攻略するのは俺だ!」「お宝があるか楽しみだな!」「まてまて、厄災がいるんだぞ。入念な準備をしないと……」と鼻息荒く大騒ぎ。
マグニは先に起きて、食堂に足を運んでいた。人目を憚りながらも、アミリーの姿を探す。が、その姿は見当たらない。
ギルドに所属していると話していたし、これだけ騒ぎになっているだけに、その対応で忙しいのだろうか。
「(……いないなあ。昨日の騒ぎのこと、謝りたかったんだけど)」
「チフ?」
「なんでもないよ。お前もビリの実食べる?甘くて美味しいよ」
「フ!」
少し落ち込むマグニの顔を、チチフがぺろぺろ舐める。ほんのり木の実の甘い匂い。
「大丈夫だよ」と声を掛けるものの、心の隅にひっかかったまま、やや固い朝食のパンを頬張った。
やや遅れて、己の背中を摩りながらステラが顔を出す。少し顔色が悪いところを見るに、昨日の酒がかなり効いたらしい。その背後には、けろっとした顔のガルムの姿もある。記憶している限り、二十杯ほどはあおっていた筈だが、ちっとも酔いを引きずっている気配はない。
「おはようございます。あの……大丈夫ですか?」
「おはようマグニ、私なら平気よ。二日酔いなんて、スープでも飲んでいればそのうち治るわ」
「いえ、背中を摩っているので。もしかしてどこか打ちました?ガルム様、結構乱暴に部屋に放り込んでましたし」
一瞬の間。ガルムは無言で固いパンを頬張るだけ。
ステラは笑みを貼り付けて、「ええ、まあ、そんな所よ」とだけ曖昧に返し、柄のほうを浸していると気づくまで、逆さまにスプーンを手にしたまま、朝食のスープを飲もうと躍起になるのであった。
閑話休題。
朝食を終えて、身支度と準備を済ませた三人を、手続きを終えたモルトーが宿屋の入り口で待っていた。
彼の部下達は、ぽっとでの三人とモルトーの四人で迷宮深殿に潜ることがよほど不満であるらしい。「どうしてそんなヨソ者とつるむんですかあ、お頭~!」「俺達も連れて行ってくださいよお~!」と泣き縋るので、モルトーは大層鬱陶しがっていた。
どうにか追いすがる部下を引き剥がし、モルトーの案内で一行はヴンダー遺跡へ足を運ぶ。
ヴンダー遺跡は、ヴンダー平原をぬけて更に北へ向かった先にある遺跡群だ。なだらかな道の先にはヴォンの森と呼ばれる針葉樹林の森が広がり、その中央に遺跡群が鎮座している。
その森を抜ければ、開けた場所に出て、雑草がぼうぼうに生えた石畳の道が出来ている。遺構はどれも苔むして、折れた白い柱、建築物や板碑の残骸などが草原に転がっているだけの寂しい場所だ。あまり人が立ち入ることもないのか、手入れされている様子もない。
「ここ、元はリリス人の祖、婚姻の神ミルトニアを奉っていた場所なんだそうです」とモルトーは軽やかな足取りで解説しつつ、遺跡の中心を抜けていく。
「そうだ、下調べはしてきたんですがね、【イブツ】にゃ注意してくださいよ」
「イブツ?」
マグニが後ろで声を上げると、モルトーは信じられない!と大袈裟にリアクションして見せた。「なんだいお坊ちゃん、知らないんですかい?冒険者なら知っておくべきモンでしょ」と突っ込まれ、思わずマグニの顔が赤くなる。
その様子を見ていたガルムが、涼しい顔で「教育不足はお目こぼし願いたいな。何分、俺様仕込みの箱入り息子ってやつでね」と返すと、途端にモルトーは「へえ、こりゃあ言葉が過ぎましたね。へへ」と愛想笑いを浮かべて掌返し。
「イブツは迷宮深殿とは切っても切り離せない代物。その大きさや形は個々で異なりますがね、いずれも共通点は【迷宮深殿と共に現れる】ということでさ。
用途も使い方もなーんにも分かんない、なのにぽんっと現れる奇妙なアイテム群ってところかね」
「ああ、まさにこれなんかがそうですねえ」とモルトーは試しにひとつ、草むらから拾い上げた。薄い透明な板で、ガラスに近い材質だ。しかし力を込めるとぐにゃり!と曲がるし、板には白や青の塗装が施されている。見た事もない言語が刻まれており、花を被りドレスを着た顔のない乙女の絵が、板そのものに描かれている。
「これがイブツ?綺麗ですね」
「他にも鋼鉄の妙な筒とか、透明で食べられる奇妙な箱とか、動物の形を模した変なものとか……色々あるんですがね、これが結構金になるんでさあ。
「へー……」
「ああでも、中には爆発するとか、触ると手が溶けるもんもあるから気をつけて」
「ひえっ」
会話を繰り広げながら足を進めるうち、見慣れないものがどんどん増えてきた。
中でも顕著なものは、眼前に聳え立つ、万彩に輝く神殿のような建築物。他の遺構と比べると、壁や柱に描かれた装飾は類似しているものの、傷や汚れの類いはなく、まるで昨日建てられたばかりであるかのよう。
建物の様式は、周囲の遺跡よりも、より模様や意匠が古めかしく難解だ。中央に両開き式の扉があるほかは、窓の類いも見当たらない。
「これが、
「取り込まれたのは、元あった、婚姻の場となる【誓いの神殿】でしょうねえ。結構綺麗な跡地で、私もここで時々昼寝に使わせてもらってたんですが」
ステラは興味深そうに壁の模様をぐるりと見つめて回る。その間、モルトーは扉へと向かい、試しに大きな取っ手に手をかけてみた。
扉には鍵が掛かっているのか、押しても引いても開かない。「やっぱりかあ」とモルトーは苦笑いし、不思議に思ったマグニが扉へと近寄る。
「あの、鍵がかかってるみたいですけど。鍵はどこに?」
「ないない。これは審判の扉。
迷宮深殿にはちょいとした制約みたいなもんがありましてね。
【
「選ばれし者?」
「そう。誰が選ばれるのかは、迷宮深殿の気分次第。開錠できる人がいれば話は下手なんですが。すみません旦那、一度仕切り直して……」
「仕切り直す?興醒めなことを抜かすな、案内役」
それまで静観を続けていたガルムが動いた。
慌てて場を譲ったモルトーには一瞥もくれず、すぅっと軽く息を吸い込む。
意図を察したマグニは「下がって!」とモルトーの腕を掴み、急いで後方へ走って距離を取る。ガルムは低く身構え、拳を握り込み、ギリギリと筋肉の軋む音が聞こえる。
まさか。そう、そのまさかである。
「鍵など要らん。俺様に楯突く扉は全て━━押し開くのみ!!」
拳が扉へと叩き込まれる。瞬間、辺り一面に響く轟音。ただの正拳突きにも関わらず、衝撃波の余韻が豪風となって、周囲を薙ぐ。厚さ20センチはあろう石製の扉は「メギャッ!!」という音と共に、破片となって粉々に粉砕され、跡形もなく奥の通路へと転がった。
当然ながら、轟音を聞いて、ステラが血相を変えて駆け寄ってくる。
「ちょっとお!なんですか今の音!」
「たてつけが悪かったようなんでな、押して開けただけだ」
「だけですむ話じゃないでしょ!扉のとの字もないじゃないの!」
ギャンギャン喚くステラの首根っこを掴み、「知るか」と言いながら中へ入るガルム。
モルトーは目を皿のように丸くさせ、先の衝撃波の余韻でへたりこんでいる。
どうにかマグニに腕を引かれて立ち上がりながら、唇の端をひくつかせ、やや引いた笑みでガルムを見やった。
「な、あ……ぶ、物理で攻略て……アリかいな…-」
「いいか。次から冒険にルールだの制約だのとまだるっこしい事を、俺様の前で抜かすなよ。行くぞ」
扉の奥は窓がないためか、扉から差し込む光以外の光源はない。薄暗く、しかし厳かで静謐な空気の中、4人の足音だけが響く。
外の豪奢な外観に反して、内装はシンプルな白で統一されていた。天井や壁は美しい宝石が等間隔にはめこまれ、ほんのり心許ない光を放っている。作りそのものは迷路でこそあるものの、魔獣はおろか、罠の類すらもない。
時折見つけた扉を押し開けば、また新たな道があるだけ。モルトーもこれには面食らったようで、「ここ、本当に迷宮深殿か?」と一人ごちる。
「ステラ、念のため
「もうやってるわ。この階層にはいないけど、下にいくつかそれらしい反応があるわね」
「ふむ。珍しいな、迷宮深殿に門番すらいないとは……やはり出来たての迷宮ともなれば、造りがいささか浅いのやもしれん」
一行は下りの階段を見つけ、慎重に足を運ぶ。足元にはやはり、はめ込まれた宝石がいくつも煌めいている。それだけでなく、見るからに豪奢な首飾りや腕輪、燭台やチェスト、陶器の類までもが、むきだしのまま壁、天井、床から半端にせりだしている。
いつぞやの、グリファントの巣を思い出すなあ、なんて考えながら、マグニは周囲を見やりつつ歩く。
そのうち、階段が終わると、先ほどと景色は一転。深い緑をたたえる森がどこまでも広がり、獣や土の匂いが鼻腔をつく。川のせせらぎや、どこからか滝の音も聞こえてくる。
地下とは思えぬ景色に見惚れていると、マグニは全身に熱がめぐるような衝動を覚え、思わずふらついた。
なんだこの体の熱さは!全身の血を煮えたぎった鉛に変えられてしまったみたいだ。
「大丈夫か坊ちゃん。顔真っ赤だぞ」
「うっ。な、なんか、頭がクラクラして……」
「落ち着け、ただのマナ酔いだ。迷宮深殿は異常なほど濃いマナに満ちている。慣れている冒険者ならまだしも、ちとマグニには刺激が強いな。少し待て」
いうや、熱でフラフラなマグニの手を、ガルムは手甲を取り外し、大きな掌で包む。
すると、ゆるやかに体の中の熱が鳴りをひそめ、体が軽くなったように感じた。代わりにガルムの黒く艶やかな髪が群青色に変化していく。
「このマナが濃い空間なら、俺様と同期しても問題あるまい。しばらくはお前の不要なマナを全て俺様に流す」
「大丈夫なんですかい、旦那の体にも負担がかかるでしょう」
「それこそ無用な心配だ。それより━━来るぞ」
「チフ!!」
なにが、と聞くより早く、チチフの立てた警戒音を聞き、ステラが動いた。杖を手に呪文を唱えると同時に、茂みからいくつもの黒く大きな影が飛びかかる!
風の竜巻が黒い影たちを幾つも吹き飛ばすが、撃ち漏らした影のいくつかたちがステラとマグニを狙う。
すかさずモルトーが割って入り、手にしていた一対の短剣で影たちに斬りかかり、防戦。
影の正体は中型の獣たちだ。尖った大きな耳、長いマズルに大きな黄ばんだ牙、体毛は黒くごわついて、毛の先端は威嚇するチチフのように鋭い。
「オオカミ!?」
「なんだそりゃ、ありゃどう見てもヴァルフルだろ!構えな坊ちゃん!」
モルトーに叱咤され、短剣を抜きマグニも構える。マナ酔いの余熱のせいか、気が昂っていた。
素早い動きで迫るヴァルフルを、着実に引きつけてナイフを突き立てる。「ギャッ!」と獣は悲鳴をあげて倒れ、皮を引き裂く感触を掌にしかと感じた。
焦るな。己の昂りを感じながらも、頭は不思議と冷えている。噛みつかれるギリギリまでを誘い、しっかり見切って首や胴を切先で切りつける。
ガルムから受けた教えを思い出しながら、一匹ずつ対処していく。ガルムと再び体を同期させたからか、やはり視界が広く、それでいて敵の動きがしっかりと捉えられる。
あらかたヴァルフルを退けると、再び森は静けさに包まれた。だが森全体からひしひしと、敵意が伝わってくる。
森の中を進み、下層へ続く階段を探す。だがガルムは、少し落ち着きのない様子で辺りを見回した。
「やはり出来て日の浅い迷宮深殿では、敵の程度も知れるな。だがこの景色、どこかで……」
「ガルム、ぼうっとしてないで。罠がないとも限らないんだから」
「分かっとるわい。……」
ガルムの太い尾が、警戒するように揺れる。
その大きな背中と尾をじっと、モルトーの右目が観察するように能面の表情で見つめていた。
しかし不意にガルムが振り返るとニコ!と剽軽で媚びた笑みをすぐさま浮かべる。
「ヴァルフル達が逃げた方向に進んでみません?迷宮の魔獣たちが護っている何かがあるやも」とベラベラ語りつつ、獣の足跡を追って先導して歩き始めるのだった。
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