14話 ヴンダーの畑
「……なぜ俺様が、土いじりなどせねばならんのだ……」
「いつまでむくれてるのよ。休憩が終わったらこっちも手伝ってちょうだい、ガルム。畑に転がってる石とか雑草の根、全部どかさなきゃ。あと堆肥も撒いてもう一度耕すのを忘れずにね、それから……」
「ええい注文がいちいち多いッ!先に全部言わんかそういう事はッ!」
マグニが町を散策している頃。
依頼を受けた二人はといえば、ヴンダー平原の南東にある畑に赴いていた。
鎧や旅装束から農業用の作業着に着替え、虫除けの布と日差し避けのわら帽子を被り、固い土をひたすら耕し、指導を受けつつ畝立てや定植に勤しんでいた次第である。
ガルムは大層不服であった。当然である。せめてアダマワームが大挙して押し寄せてくれれば暴れ甲斐もあるというのに、ちっとも気配ひとつすらない。
受け取った鍬を八つ当たり紛れにガシガシ振り下ろし、「なぜ!俺様が!農夫の真似など!」と喚きながら、あっという間に固かった土をどんどん耕して柔らかくしていく。
当人としては地面ごとひっくり返してやりたかったが、邪魔な石や転がってきた岩、雑草の類いすら鍬で粉微塵に粉砕していくため、農夫たちは「畑の世話が省けて、ありがたいことだ」とニコニコ喜ぶばかり。
ステラはというと、小さな苗を大きな鉢や畑に植え替える作業を手伝っていた。
「こちらの苗、先程作った畝に植えておきますね」
「ああだめだよ嬢ちゃん。今日の所は、こっちの出来上がってる畝の分だけでいいのさ。堆肥の栄養がしっかり行き渡ってないと、苗も育たないからねえ」
「あら!でも、マナが大地に含まれているのだから、問題ないのでは?」
「それがねえ。ここらは最近、アダマワームのせいでマナを食い尽くされて、とっても痩せ細ってるのさ。だから、苗の定植も、ちょっとずつやっていかないといけなくてねえ……今年はわしらの食い扶持ぶんがかなり減るかもしれんのう」
「そうだったのですか。ならばお手伝いしますよ!私、こう見えて地魔術に長けておりますゆえ!」
ステラは微笑むと、畑の隅にむけて手を翳す。
すると、農具置き場に立てかけておいた杖が、宙を一瞬で駆け抜けてステラの掌に収まる。
農民達がきょとんとしていると、ステラは杖で素速く地面に術式の文様を描いていき、杖の先端にある宝玉で軽く文様を三度叩き、呪文を唱え始める。
「母なる大地に感謝を、芽吹く命に祝福を。生命を受け入れる寝床となりて、ときわの実りを約束されたし。
途端、ステラの全身が一瞬だけ金色に輝いた。光は杖に収束し、先端の宝玉から光が四方八方へと散っていく。
光が土壌に吸い込まれていくと、やがて光の粒がふわっとあちらこちらから湧き上がってきた。地のマナが活性化し、生命力に溢れている合図である。
村人達は驚きながらも、「こんなに土が輝くさまを見るなんて何年ぶりじゃろうか!」「こりゃあたまげた、大地が潤っとる。野菜もでっかく育つわい!」「すわ農耕神様の再来じゃあ~」と喜び湧いていた。
横で一人鍬を振っていたガルムは、村人達に拝まれて感謝されるステラの横顔を、つまらなさそうに睨んでいた。
そうして本来ならば一日がかりの仕事だが、二人が休みなく働いたお陰で、日が南に上がるころには殆どの仕事が片付いていた。
一段落ついて昼休みの時間。木陰でふう、と一息つくステラの横に、どっかりとガルムの巨体が尻を下ろす。
「随分と大盤振る舞いじゃないか、この平原一帯の地脈を活性化させちまうとはな。いつもはヒトの営みに介入するな、過干渉するなと口うるさいくせに。やーい環境破壊者~」
「おちょくるのはやめて。せいぜい、土の下に眠っていたマナの淀みの一部を解いて、土壌に行き渡らせただけ。ちょっと成長が早くて、大きいお野菜が育つくらいが限度よ」
「フン、口で簡単に言ってくれるがな。地下100トール(約500m)下にあるマナの淀みを探知して、的確に淀みを刺激して地表へマナを放出させるなど。
並の魔術師どころか、聖都の王宮魔術師にもそんな真似は出来んぞ」
「あ……」
「俺様に常識をとく前に、貴様もファンタジアの常識を
しばし黙り込むステラ。やっと搾り出た「ご忠告痛み入ります」とやや棘のある言い方に、ガルムは満足げに唇の端を吊り上げた。
二人が持ち前の弁当(因みに中身は干し肉を挟んだパンとフルーツだ)を平らげていると、人なつこそうな金色の目を輝かせ、若い女農夫の一人が声をかけてくる。
「先程は見事なお手前でした。さぞ名のある魔術師様とお見受けします。もしや
「い、いえ。旅の途中です、その……遠い母国から海を越えて来ましたの」
「【厄災調伏】のためにな」とすかさずガルムが口を挟む。
女農夫は「へえ!」と感心したように相槌を打ち、「それは大変でしょう」と二人の顔色をうかがう。
「【厄災調伏】のために、今色んな国が冒険者を雇って調査したり、討伐に精を出してるんでしょ。魔獣がここ数十年ずっと気性が荒いのも、あちこちの国で戦争が起きたり大騒ぎになってるのも、全部【厄災】のせいだって。
でも貴方達みたいな人達が居てくれたら、本当に厄災もぜぇんぶ倒せちゃうかもしれませんね!」
「あはは……」
「そんなお二人に頼むのもなんですが。ステラ様、お付きの方。よければ後で水田の面倒も見てくださると有り難いのですが……」
「だっな、誰が誰のお付きだとぉ!」
「ええ、構いませんよ!ガルム、どんどんお手伝いして感謝されましょうね」
農夫が二人を案内した先は、川の近くに開拓したばかりの水田。
ここでは「パラゴム」という植物を育てている。湿気の多い温暖な気候で育つ樹木であり、基礎食料のひとつだ。
樹表を削ぎ、出てきた白い樹液を冷たい壺にて安置すると、毒性や水分が壺の冷気によって消失する。
すると大変に弾力のある、柔らかな食材「ラバー」が生成される。ラバーはファンタジアの住民にとっては主食のひとつであり、パンの原材料にもなるのだ。
「ここで私たちは何をすれば?」
「ラバーの収穫と、アダマワームの駆除をば。ここのところ、パラゴムを狙うアダマワームが多くて困っているんです」
「ふうん?やっと俺様の出番というわけか。よし、ちくとばかり一暴れ……」
「ダメよガルム。貴方は収穫のほうを手伝って。魔獣は私が一掃するわ」
「ぬっ。ここに来て俺様の楽しみを奪う気か!」
「あのね、貴方がここで暴れたら、パラゴムの木を全部なぎ倒しちゃうでしょう!
地団駄程度だろうと、この水田一帯を滅茶苦茶にしちゃうことくらい目に見えてるわ!」
「ぐぬ……(否定出来ん……)……だが良いのか?アダマワームだぞ?」
「だからなんだというの!本でどういう魔獣かはしっかり理解してるわよ。そこで見ていなさい。私一人でもしっかり駆除してやるんだから。
皆さん、危険ですから水田から出てください。これから近辺に居座るアダマワームを誘き寄せて駆除します!」
言うや、収穫担当のガルムを残し、農夫達を全員水田から退避させる。
ステラは安全を確認すると、杖をクルクルと掌で旋回させ始める。マナが妙に収束し、やがて特殊な音波となり地中へ伝播する。
マナを含んだ音波はたちまち地中に隠れ潜む、アダマワーム達を刺激した。わずか数十秒の間に、過剰なマナをその身で反響させたアダマワーム達は、興奮した状態で土を掻き分け、水田から次々と身を踊らせる!
その大きさたるや、土壌のマナを存分に食らってぶくぶくと肥え太り、樹木に勝るとも劣らない。内臓をひっくり返したかのような質感の装甲に、頭頂部にはマナを土や獲物ごと摂食するために発達した、バックリ円形に裂けた口吻。
直視するだけで身の毛もよだつ虫型魔獣達が、マナを求めてステラへと這いずり寄ってくる!
「ひぃ──っゲジゲジのうにょうにょ──────っ!結構怖い──────っ!!」
「言わんこっちゃない。大の虫嫌いの癖に威勢張りおってからに」
「違いますーっ!ちょっと見てるとじょわじょわするだけですっ!行きますよ!」
ステラは杖をバトンの如く振り回し、宙にマナを用いて、青と緑の光の文様を描く。その時間、瞬きのほど。
一瞬にして構築された魔術紋から光線が頭上へ射出され、空へと吸収されていく。その時、頭上を揺蕩っていた雲がみるみるうちに強風であおられて密集していき、暗雲へと変化していく。
一方でガルムは一人、気怠げな表情ながらも、せっせと樹木の表皮を捌いて、ドロドロと表皮の傷から溢れ出した白い液体を樽に流し込んでいく。周囲に暴風が吹き荒れようと、暗雲からゴロゴロと不穏な音が聞こえようと、関心を示さない。さっさと仕事を終わらせたいからだ。
「
天まで轟く怒りを聞くがいい!此なるは荒ぶる豊穣神の怒り、万物を打ち砕く鉄槌!裁きを受けよ、
詠唱を終えた直後、集積した雲がマナを吸収し、変換。
曇天から何十もの青白い光が輪の形状となり、まさに雷撃という名に相応しい威力を以てアダマワームたちへと降り注ぐ!
雷撃の輪がアダマワームたちを拘束する。高圧電流を含むマナが表皮を焼き、傷口から侵入し、グロテスクな表皮と脆い内臓を同時に一瞬で焼き尽くす!
アダマワームたちが逃げようと、雷撃は逃がさない。水田を効果範囲として、術者を除くマナを有した生物を必ず滅するという術式が発動しているがためだ。次々に丸焦げのアダマワームたちが水田に沈む。
ほんの僅か十数秒。水田じゅうを埋め尽くす勢いだったアダマワームの群れが、ステラに指一本触れることなく沈黙した。
おおおっと歓声が上がる。ステラは鼻を膨らませてガルムへ振り返る。
「やった!ふふん見なさい、私だって一人で出来……」
「おお、退治したのか。早かったな」
「あっ!待ってガルム、危な……」
頭上から迫る、雷撃の輪。その標的は、同じく水田で作業しているガルム。
自動追尾式の魔術が、残った
「どっかんどっかんやかましいわ、静電気如きが」
振り返ったガルムの右手がグシャリ!と雷撃を握り潰した。
直後、ステラの術式解除が発動。雷雲が霧散し、再び害なき雲へと再構築される。農夫たちはぽかん、とガルムを見下ろしていた。
「なあ、今の見たか?」「雷を握り潰した?」「まさか……術が解けただけじゃろ」と不思議そうに首を傾げながらも、アダマワームを駆除したステラに駆け寄り、「いやあ、あれだけの数を駆除できるなんて」「当分は畑を荒らされずにすみますわい」と次々感謝の言葉を投げかけていた。
ステラは農民達の感謝の言葉を受けつつ、やっと解放されると、ガルムの元に急ぎ駆け寄った。
「あの、大丈夫?ごめんなさい、まさか貴方まで攻撃対象になると思わなくて……」
「フン、そもそも、あんなチャチな静電気でやられるタマか。俺様が」
ガルムは気にするでもなく、ゴキゴキと首を左右に振る。
樹液の採集はとっくに終わっているようだった。樽いっぱいになった樹液を傍らに置き、アダマワームの死骸を水田から引き上げる農民達を見やると、ガルムは皮肉のような笑みを浮かべた。
「寝首をかけなくて残念だったな?」
「べ……別に、そんなつもりは……」
「冗談だ。依頼はこれでアガリだろ。貰うもの貰って引き上げるぞ」
「えっ、あ……」
そんな二人の背中を凝視する、金色の瞳。
若い農夫は焼けた肌をぽりぽりと指で搔き、じっとガルムとステラの様子を観察する。その視線の真意を知る者はいない。
だが、「こっち手伝ってちょうだい」という老いた農夫の声に「はあい」と若い農夫は無邪気な声で答え、そちらへと駆けだしていった。
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