13話 散策
時間は少々遡る。
マグニがアミリーへ声をかけられている頃、ガルム達は依頼の受付を済ませていた。
受注した依頼内容は、ヴンダー平原に広がる畑の世話全般だ。その内約は畝立てや苗の定植の手伝いと、芋虫型の魔獣「アダマワーム」の駆除。
ここ数年現れるようになったらしく、苗を植えたばかりの畝を荒らされて困っている、とのことだった。
引き受けた仕事の内容をもう一度読み直し、ガルムは至極不服そうに鼻を鳴らす。
「俺様が野良仕事だと……もっとこう、大型魔獣の討伐依頼とか、派手なのはないのか」
「我儘言うんじゃありません。善行は小さな事からこつこつと!前みたいな大雑把なやり方は金輪際許しませんからね」
言いながら、ステラはちらりとマグニの方を見やった。早速マグニが、宿屋の少女と仲良く会話する姿を見て、「あらあら」と微笑ましそうに眺める。ガルムは「何やってんだアイツ」と訝しんでいたが、やがてマグニが少女に手を引かれ連れて行かれる様を見ると、「おい」と大声で呼び止めようとし、ステラに制された。
「だめよ、若い二人の邪魔しちゃ」
「今から依頼に向かうんだぞ。あいつ一人で放っておく気か」
「そんなこと言って、どうせ修行って名目で野良仕事押しつける気でしょ。そんなに心配なら私が見張ってるから大丈夫よ」
ステラはピュイッと口笛を鳴らした。その音に反応し、マグニの懐からチチフがぴょんっと跳び出すと、ステラの元に駆け寄ってきた。
小さな体を抱き上げると、ステラはチチフの狭い額に己の額を押し当てる。
一人と一匹の額が僅かに光ったかと思うと、チチフはステラの両手からぴょんっとすり抜け、またマグニに元へと戻っていく。
そして尚もぐちぐちと言い訳するガルムの首根っこを引きずって、ステラは依頼主がいるヴンダー平原へと向かう。
「あの子、ずっと私たちと一緒じゃない。たまには距離を取ることも大事よ」
「あいつはまだ14だぞ」
「もう14です!子供には違いないけど、たまには一人の時間を大事にしてあげたら?」
「むう。そういう貴様は俺様にべったりのくせに……」
「罪人の監視は必要だからですっ!四の五の言わずに行くわよ、ほら!」
ガルムは腕を組んで不満を露わにするが、ステラはお構いなしに首根っこを掴んで引きずっていく。
その様子を見ていた冒険者たちはのちに語る。
二人はさながら、散歩を拒否する強情なペットとその飼い主のようであったと━━
◆
一方でマグニはというと、粛々と部屋の掃除に取り組んでいた。
部屋の掃除は何も考えなくて良い。奴隷だった頃は、とにかく物の配置にこだわるエラブッタのお陰で、整理整頓と掃除のコツを身にしみこむまで覚え込まされた。
埃一つ残さない方法から床掃除、人がスムーズに部屋を歩き回れる物の配置まで、快適に過ごせる部屋というものに関して、主人は人一倍気にしていたように思う。
今思えば、やはりエラブッタは良き主人だったなあ、とマグニはしんみり物思いに耽りつつ、手と足だけはしっかり動かす。自分には何の取り柄も無いと思っていたが、掃除は特によく褒められたし、認められることは嬉しかったように思う。
「……ええと、こんな所でしょうか。瓶や壺の類も磨いておきましたけど」
「わ、わ……凄い!もう終わっちゃった!日が暮れるまでに終わればいいなーって思ってたのに!」
そのマグニの働きぶりたるや、アミリーが想定していた時間の五分の一程度で済んでしまうほど。気づけば、物がごちゃついて足の踏み場もなかった空間が、明日には人を呼び寝泊まり出来るほどの快適空間に変貌していた。
依頼したアミリー本人とて、掃除に参加はしていたのだが、マグニの動きに着いていけず、後半に至ってはゴミを外に運ぶ程度の作業しかすることが無かったほどの動きだった。
アミリーは目をぱちくりさせつつも、頬を綻ばせてマグニの手を握り、ぶんぶんと上下に振る。生まれて初めて同年代の少女の手を握ったせいか、マグニの頬がふわっと熱くなる。
「本当に助かったわ、ありがとう!貴方に声を掛けて本当に良かった!」
「お役に立てたようなら良かったです。……あ、でも棚の位置もう少し右にずらしたほうが収まりがいいかな?あそこの鉢も日の傾きを考えたらもっと手前側に……」
「そ、そこまでしなくていいわよ!?」
なおも拘ろうとするマグニを部屋から引っ張り出して、アミリーは「はいこれ、報酬金!」と小さな巾着袋を手渡した。
中には銅貨がそれなりの数、入っている。こんなに、と驚くマグニに「短時間であんなにお部屋を綺麗にしてくれたんだもの、これくらいは貰ってよね」としっかり握らせる。
初めての報酬金は、その小ささにもかかわらず、掌でずっしりと見た目以上の重みを感じた。
「そんなに大金ってわけじゃないけど、それなりのお買い物はできるはずよ。これでお父さん達に何か買ってあげたら?」
「へっ。お、お父さん?」
「ほら、黒髪のおさげした鎧の人。あれ、お父さんでしょ?隣にいたのはお姉さんってところ?」
「あー……」
閉口する。当然ながら親子ではないし、何と説明すべきか悩んだ。
師弟?主従?不思議とどちらもしっくりこない。ガルムは高慢で横柄だが、マグニを下の立場として扱ったことはない。……時たま扱いが乱暴であることも否定はしないが。
さりとてここで親子という関係を否定したところで、根掘り葉掘り尋ねられても困る。どう答えるべきか逡巡していると、アミリーは都合良くその沈黙を、良いように解釈してくれたようだった。
「もしかして、一人で買い物したことないの?」
「は、い?」
「貴方の顔見てるとね、
「頼りない、ってことですか?」
「ふふ、からかい甲斐がありそうで可愛いって意味!ねえ、まだ時間ある?よかったら買い物に付き合ってよ」
「え。それも……依頼、ですか?」
「ならそういうことにしましょうか。
実はね、今日は私と
「ぼ、僕そういうのよく分からないんですけど」
「いーのいーの。一緒に見てくれるだけでいいから!」
無邪気に笑って、アミリーはマグニの腕を引っ張って外に出る。
陽光が差す広い道を抜けると、露店が幾つか並ぶ通りへと出た。アミリーはあちこち案内しながら、「そのうち大きな市場になるわよ、ここも」と色々教えてくれた。
よく見ると、アミリーの形が整った綺麗な尖耳には、婚約者がいることを示す「ミルトニアの紋章」が施された、銀色のピアスが揺れている。
そういえばガルムとステラは、飾りものの類いは付けていなかったっけ、とぼんやり考えた。
視線に気づいてか、アミリーはむふふ、と耳飾りを指で触りながら「気になる?これ」と自慢げに聞いてくる。
「つい最近やっと贈ってもらったの。無事に結婚の準備が出来たら、大きくて素敵な式にしてもらうんだ。貴方旅人みたいだけど、故郷とかにそういう相手はいるの?」
「い、いえ……恋愛とか、したことないですし。そんな余裕もなかったので」
「あらあ!貴方歳いくつよ?」
「じ、14です」
「あら!私より若いのね。ふふん、私はもう20よ。お酒だって飲めるし、花嫁修行も18で終わらせたの!もう立派な
気軽にアミリー姉さんと呼んでくれてもいいのよ?」
「あ、アミリー姉さん?」
「うふふ!あなたって素直ね、気に入ったわ!
よし、まずアクセサリーショップにいきましょ。
これからの人生、素敵な人に沢山出会うんだから、プレゼントのセンスを今のうちに磨いておかないと!好きな子が出来た時苦労するわよ~」
「えぇっ!?は、はい!分かりましたっ!(……必要なんだろうか、センス。後でガルム様に聞いてみよう……)」
アミリーに手を引かれ、さまざまな店を巡った。
パン屋で焼きたてのマフィンを買い、はぐはぐ頬張りながら、露店の前を練り歩く。
目をつけたのは、最近開店したばかりのアクセサリーショップ。
布張りの天井の下、屋台の台上で輝く指輪や耳飾りを、アミリーはうっとりとした目で見つめる。
「これなんか可愛いと思うんだけど。どうかしら」と嬉しそうに指さして意見を仰ぐけれど、マグニは気の利いた言葉が出るでもなく、「そうでしょうか」だとか「それが好きな色なのですか?」くらいしか聞くことができない。
それでもアミリーは楽しいらしく、「こっちの耳飾りも捨てがたいわね、シルバーも悪くないけど琥珀色も嫌いじゃないし……」と、花の蜜を求める蜜蜂のようにぴょんぴょんと飛び回る。
「ねえマグニ、貴方も何か選びなさいよ。そのためのお給金でしょ」
「いや、でも……不要なものを贈られても迷惑かなって……」
「貴方って妙に謙遜するのね~。家族からプレゼント貰ったら、大体なんでも嬉しいもんでしょ」
「そうでしょうか?」
「お父さん達にだって好みのものくらいあるだろうけどね」
ガルムとステラの表情が脳裏に浮かぶ。
ステラなら表面上だけでも喜んで受け取ってくれそうだが、ガルムはあの厳つい鎧の下にアクセサリーを付けるなど好まないだろう。そもそも装飾自体に興味がなさそうだ。
食べ物のほうが余程喜ぶだろうか。視線を何気なく彷徨わせていると、小ぶりな水晶が目に入った。青や碧の入り交じる正双十二角錐は、3つで一つのセットになっているらしい。サイズも手頃に小さく、耳にぶら下げたり、チェーンに繋いで首にさげることもできるようだ。
エポ・ガオ人──ツノを生やした巨躯のポリマン人に似た種族だ──の店主が、マグニの視線に気づいてか、「おっ、それ気になるかい。安くしとくぜ」と声をかけてくれた。
「それ、マナ・クォーツなんだがよ、あんまり人気なくてなあ。中々売れないし、何か一つ買うなら、そっちは半額で売ってやるぞ」
「え、良いのですか」
「どうせタダ同然で仕入れたブツだしな。ガキから高値を巻き上げようなんざ思ってねえよ」
「ふうん。じゃあ店主さん、私こっちの指輪と一緒に買うから安くしてちょうだいな」
「へいへいっと」
店主はちらりとアミリーの顔を見やったあと、それぞれ袋を分けて梱包してくれた。
代金を支払い、「またご贔屓に」の声を受けてその場を後にする。小さな袋を大事に抱きしめて、マグニは「ありがとう、アミリー姉さん」と頭を下げた。
アミリーはお礼を言われるとは思ってなかったらしく、驚いたように目をしばたかせる。けれどまた弾けるような笑顔で「どういたしまして!」と言って、マグニの頭をちょっと乱暴に撫で繰り回すのだった。
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