12話 コマタ
ショウサイ村を発って暫く。
一行は山をひとつ越え、クライン国の北東に進む。
森を抜けた先に続くはヴンダー平原。魔獣の数も少ないが故に、整備された街道を進んでいくと、牧歌的な春の草原が広がっている。
木々はのびのびと空へ枝を伸ばし、白や青の小さな花々が咲いて、若草と共に風に揺れている。遠目には穀物や野菜を育てる畑と、畝立てにいそしむ農民達の姿。街道沿いに進んでいけば、コマタ、ディアファンの街やクラインの王都へ続いている。
なんとも平和な景色を眺めながら、ステラは胸いっぱいに春の陽気を吸い込んだ。
「めっきり温かくなってきたのに、魔獣の数が少ないわね。平和でいいことだわ」
「俺様からすればつまらんがな。修行のし甲斐がない。……あれのせいか」
ガルムは不満そうに鼻を鳴らして、平原を見回し、一点を見つめた。
平原の中心に、巨大な白い像が建っている。マグニも同じく視線を向け、「ああ、【見守りの像】ですか」と納得し、近づく。
像は幾人もの人物を象ったものだ。中央に剣を地面について仁王立ちする男、ツノを生やした山羊に似た獣の少女、笛を吹く美しい青年、斧を携えた戦士の男、翼を生やした巨大な獣、頭部がない少年。
見上げるほどの像は、つるりと白く傷一つない。元はきっと色があったのだろうが、殆ど剥げ落ち、材質の本来の色が剥き出しになっている状態だ。
「なんだこの像」とガルムが眉間の皺を深めると、マグニが横から説明し始める。
「見守りの像といって、魔獣避けによく建てられている像ですよ。はるか二千年前に、天の厄災を相手に戦ったとされる【原初の英雄】たちを象っているんです」
「原初の英雄?」
「ええ。中央の剣士がキ=スイ・ブジ様。聖国【ラプセル】の建国王セーラ様。商人の守護者マルク様。豪腕無双の戦士ク・ロップ様。神獣アルスヴィズ……」
「ああもう、いい、分かった、分かった。お伽噺の英雄達ってわけだ」
ガルムが煩わしそうに手を振る。
その隣では、ステラが感心したように息をつき、見守りの像を色んな角度で見つめている。
「この像、星のマナ・クォーツで出来ているのですね。道理で魔獣達が大人しいわけです」
「星のマナ・クォーツ、ですか?」
ここで説明を入れておこう。
ご存知の通り、マナはありとあらゆる場所に存在する。命を育む土に、川や海に、山を吹きすさぶ風に、生き物を生かす空気の中に、燃え盛る炎や熱の中に、そして生きとし生けるもの全てに。
マナは属性ごとにその特性は異なる効果を示し、一箇所に同じ属性のマナが急激に集まった時には、嵐や火災、津波や地割れなどの自然災害を起こすこともある。
一方で、一箇所に蓄積された同じ属性同士のマナが活性化することなく物質化し、それが結晶となることがある。それが
巨大なマナ・クォーツは、土壌に豊かな栄養を送ったり、その土地に住む動物たちに生命力を分けてくれる。そのため、マナ・クォーツが突出した地域は肥沃な土地であることが多い。
因みに、大量のマナさえあれば人工的にマナ・クォーツを製造することも可能だが、コストは非常に高いため、製造者はさほど多くない。
「星のマナには生命の荒ぶる心を打ち消し、闘争心や猜疑心などのマイナスの感情を和らげ、殺意などの邪な心を持つ者たちを立ち寄らせない効果があるのです。荒ぶる魔獣たちから身を護るための術は、星のマナを用いた魔術が多いのですよ」
「そうだったんだ……あ、いつもステラ様がかけてくれる獣避けも、星術を用いてるんですね」
「俺様からすれば、あんな術を掛ける必要もないがな。無駄な魔力の浪費だ」
「まあ!私は安全と安眠のためにかけてるのよ、そんな言い草ないでしょ!」
また始まった。いつもの口喧嘩を前に、いい加減マグニも慣れてきた。
最近気づいたが、どうもガルムは何かにつけてステラを煽りたがる。ステラもあえて、その煽りを買っているあたり、彼らなりのコミュニケーションなのだろうか。
だとしたら双方に不器用すぎるな……と呆れてしまう。こうなったらクールダウンするまで止まらないので、口喧嘩が止むまでの暇潰しに、花畑へと足を踏み入れる。
チチフは空腹なのか、花畑に飛び込むや、小さなタクの花(食べると少し甘い食用草)をむしゃむしゃ齧り始めた。
「おいしい?」とマグニが問うと、チチフがおすそわけ、と一本花をちぎって手渡してくる。
「ありがとう」と笑い返して、花の茎を啜る。ほんのり草の匂いと優しい甘い。タクの茎をちゅうちゅう吸いながら、目についた野草をぷちりぷちり、とむしる。乾かせば薬草に使えるとステラが話していたのを思い出したからだ。
花冠が作れるほど両手いっぱいに摘みおえる頃、やっとステラが「ごめんなさいね、行きましょうか」と声をかけ、マグニは「はい」と頷いて二人の元に戻るのだった。
おそらく言い負かされたのだろう、ガルムは道中ずっと不貞腐れていた。
◆
もう少しで日が暮れるという頃、一行はコマタに到着した。
コマタは町という呼び方でこそあるが、実際のところは開拓を続ける農村と規模はそこまで大差ない。魔獣の数が比較的少ないことや、肥沃な土地が多くあることから、開拓移住者や冒険者たち、農民達の住宅地が密集する場所である。
本来ならば奴隷の身分の時に足を運ぶはずだった町。マグニにとっては、感慨深い場所でもあった。
「此処がコマタか。ショウサイ村で聞いていたより賑やかな所だな」
「わ。初めて来たときより、もっと建物の数が増えてる」
「お宿は……あっちね。人で埋まっちゃう前に部屋を取らなきゃ」
「チフフッ!」
早速宿へと向かう。まだ建てられて日が浅く、人の数も多い。中には商人やその護衛、冒険者と思われる旅人たちの姿も多く見受けられた。
どうにか三人が泊まれる一室を借り、一息つく。ほぼ雑魚寝同然の部屋だが、ないよりましというもの。
宿屋の一階には掲示板があり、宿泊客たちはこぞってその掲示板を眺めているようだった。掲示板の上部には「依頼一覧」という字が金色に躍る。
宿屋の受付が、新人冒険者向けに説明している声が聞こえてきた。マグニたちもそっとその説明に耳を傾ける。
「新しい名主様の計らいによって、この宿でも「ギルドの依頼」が受けられるようになったからね。
ここの掲示板から依頼を受け取ったら、宿泊受付の隣にある、依頼窓口で取引しておくれ。依頼内容は自身のギルドランク相応内しか受けられないから気をつけるんだよ」
「ほう。この町にも依頼掲示板が設置されたのか」
「依頼掲示板?」
「チフ?」
首を傾げるマグニたちに、ステラが口を挟む。
「簡単にいえば、困っているけど自分では動けない人達が、冒険者や他の人達に、ギルドを通じて依頼を出すの。そういえばショウサイ村には依頼掲示板がなかったわね」
「ええ。基本的に困ったことがあれば、エラブッタ様がどうにか手を回して、人手を集めたり直接依頼していたので」
「あっ、依頼で思い出したわ。ガルム、ここらでいくつか依頼を受けていきましょ。ね」
「はあ?路銀は稼いでいるだろ、もう懐に余裕がないのか」
「マグニのための必需品を沢山買ったし。お忘れでしょうけど、貴方の旅の目的は「贖罪」ですからね。ここらでしっかり善行をお積みなさい!」
「チッ、面倒臭い。おい、討伐依頼はあるか?」
「選り好みするんじゃありません!依頼に貴賤なし!」
「(必需品?いつのまにそんなもの買ってたんだろ。気づかなかった……)」
ステラはガルムの耳をがっしりつねって、ずるずる掲示板のほうへ引きずっていく。二人のやりとりを聞いたマグニは、ややもんやりとした思いで腹を燻らせつつも、好奇心を抱いて、そろそろと後を追う。
掲示板の前では、武装した冒険者達が次々に掲示板の依頼書を剥がし、依頼窓口のほうへと並ぶ。
依頼内容は千差万別だ。畑の世話の手伝い、木材の収集、薬草摘み、狩りの補助、魔獣討伐……中にはショウサイ村やディアファンから出ている依頼もあった。
じっと見つめていると、宿屋の受付にいる少女が、にんまり笑いながら声をかけてきた。耳の形と指の数からして、ポリマン人だ。黒みがかった茶髪をおさげにまとめて、水色の瞳をしている。
「ねえ
「あっ……ごめんなさい。ちょっと興味があって……」
「ふーん。ねえ、どこの子?どっかで見た事ある気がするんだけど」
「えっ」
そうだ、と不意にマグニは思い出す。
昔マグニは、コマタに来たことがあった。それも、
奴隷の売買の際にはちょっとした祭りになることもある。コマタの住民であれば、もしかしたら競りの場で、顔を見たことがある者だっていたかもしれない。
既に自由の身とはいえ、ぶわっと嫌な汗が噴き出る。まだ戸籍がない今、迂闊にイリスとばれたら、また捕まって奴隷生活に逆戻りだ。
「そ、そんなことないです」と早口に告げて引き返そうとしたとき、がっしりと手首を掴まれ、腹の底がぞっと冷たくなった。他人に触れられることが、こんなに恐ろしいことなんてあっただろうか?
「ねえ、あなた」 やや間があって、少女が問う。
「私の依頼、受ける気ない?」
「へっ……い、依頼ですか?」
「実はさ、この宿屋建ったばかりで、人手不足なの。旅人に頼むのもなんだけどね、依頼をするにもギルドの依頼に通すほどのことじゃないし」
「は、はあ」
「勿論、受けてくれたらお金はだすわよ。お小遣い程度だけど。やる?」
ちらり、とマグニは咄嗟にガルム達へ視線を向けた。
二人は既に依頼を選び終えたのか、他の冒険者たちと共に列に並んでいる。
先程のステラの言葉を思い出した。自分のために色々買ったという話を聞いた手前、自分も稼げる手段があるならば手伝いたい。
「ぼ、僕に出来ることであれば、是非」
「やった。大丈夫よ、子供の貴方でも出来ることだから。あー、貴方、名前は?」
「マグニ、です」
「あら、良い名前じゃない。私、アミリー!よろしく、マグニ!」
アミリーはそばかすだらけの顔を無邪気にほころばせて、こっちよとマグニへ手招きする。
案内された先は空き部屋。雑多に荷物が置いてあるばかりで、大凡何の部屋かすらも判別が出来ない。目を丸くするマグニに、アミリーが説明する。
「この宿屋はね、ギルドの支部として運用される予定なの。
まだ宿屋すら建ったばかりだから、段取りでちょっとごたついているのだけど。ここはギルドの人たちが使う予定の部屋なんだけど、人がいないから、ここの掃除がなかなか捗らなくて」
「あー。それで部屋の掃除と整理を手伝ってほしい、とか?」
「そういうこと!道具は一式あるし、見られて困るものもないし。頼まれてくれる?」
「チッチフー……(特別訳:それにしたって汚すぎ……)」
マグニは部屋をぐるりと一瞥する。物は多いが、掃除や整頓なら慣れたものだ。
奴隷だった頃は、大きな屋敷の清掃を全て一人で任されたことだってある。これくらいならば屁でもない。
「分かりました、引き受けます」と頷くと、アミリーは嬉しそうに「それじゃ、早速始めましょうか!」と掃除用具をマグニへと手渡すのだった。
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