9話 新たな長
「うわああーーーーーーーッ、ぶげばっ!?」
咄嗟に身を丸め、防御姿勢。さながら球技の如く、マグニは巣の中にジャストイン。
大きな巣の中で2バウンドほどした後、顔から着地した。
力加減はしてくれたようだが、巣の中に全身をぶつけたせいで、腰や尻がじんじん痛む。顔からたらり、と鼻血まで垂れてしまった。
ずっと懐でしがみついていたチチフは、もぞもぞと這い出てくると、マグニを心配そうに覗き込む。
「チフ!チーフフ?」
「大丈夫……ちょっとたんこぶ出来ただけ……」
痛む額をさすりながら顔を上げ、マグニは言葉を失った。
巣の外側も煌めいていたが、中は更に輝いていた。赤、青、緑、様々な宝石や、有り余るほどの金貨や銀貨が堆く、巣の中に積まれている。
大きな巣でこんなにも明るいのは、巣の隙間からこぼれる光を反射して、宝石や金貨自体が輝いているからだ。
咄嗟に手を翳し、「
巣の奧には財宝を土台として、大きな卵がいくつも置かれていた。
すると、チチフが我先に宝石と金貨の山へと駆けだし、財宝の山に飛び込んだかと思うと、何かを咥えてまた出てくる。
「チッフ!」
「あっこら、ふざけちゃ駄目だよ!ここ一応、敵の巣なんだから……」
「チフ!チフチフフッ、チフ!」
「どうしたんだい……あっ!エラブッタ様の指輪!」
その小さな口元には、見覚えのある指輪。エラブッタがいつも身につけている、家宝の指輪だ。
血を拭い、指輪を受け取る。見れば、財宝はどれもが乾いた血や泥にまみれ、中には犠牲者から剥ぎ取った衣服の類いも、巣の素材として使われていた。
ここにエラブッタの指輪があるということは……ふと、予感のようなものがマグニを動かした。
硬貨とアクセサリーの山を掻き分けていく。すると、見覚えのある、血にまみれたボロボロのローブを着た、骨だけと化した骸が埋まっていた。
変わり果てたその姿を、マグニは見下ろし、ぽつりと名を呼ぶ。
「……エラブッタ様……こんなところにいたんですね」
「チフ、チフフチフ……」
「うん。……村まで連れて帰ろう。きっとその方が、嬉しいよね」
熱くなる瞼を、腕で拭う。あまり時間はない。
卵を落とさないよう、慎重に財宝を掻き分け、死体を引きずり出した。
だが、全身を引っ張り出していた矢先、ずるずる、と卵のバランスが揺れていき……ころん!と卵のひとつが転がり落ちる。
「チフッ!?」
「あっ、ぶない!」
咄嗟にマグニは、落ちかけた卵を抱きとめ、またスッ転んだ。
転んだ拍子にまた同じところをぶつけてしまい、マグニは静かに悶絶する。
心配そうに見守るチチフへ「大丈夫だよ」と微笑む。しかし、腕の中で揺れる小さな衝動に、思わず卵へ視線を落とす。
ぱし、ぱしぴき、ぱし。卵にどんどん亀裂が入っていき──ぱかんっ!と間抜け音を立てて、卵が綺麗に割れた。
「ぴゅいっ!」
「わ、わっ!生まれちゃった!?」
「チフフ~」
小さなグリファントは、濡れた体をブルブル震わせ、ぱちっと目を開けた。
マグニの姿を見るや、「キュルルウア、ぴいぴい」と甲高い声を上げ、拙い足取りでぺったらぺったらと着いてくる。
生まれたてのグリファントの雛を見るなんて、そうないだろう。思わずじいっと見返すと、雛はマグニの膝の上に乗りご満悦。
チチフがむっとした顔で「チフ!チフフ!」と威嚇するが、効果なし。苦笑いして、マグニは雛を抱き上げる。
「ごめんね、お前に構ってやれないんだ。起こすようなことしちゃってごめんよ」
声をかけつつ、随分と軽くなってしまった元主人を担ぎ、マグニは外に出る。
すると、傷ついた翼を閉じたまま、グリファントの長が、巣の前に佇んでいた。
長だけではない、先程まで襲いかかってきたグリファントの群れたち全頭が、攻撃をやめ、マグニと長のいる巣を取り囲む形で見上げている。
「ッ……!(ガ、ガルム様はどこに!?まさか負け……)」
思わず身構える。だが、襲ってくる様子はなく、静かにマグニを見つめている。
背後にはガルムとステラの姿もあった。彼らが負傷した様子はなく、遠巻きにマグニたちを見守っている。
ひとまず安堵したが、この状況がまだ飲み込めない。巣の中で探し回っているさなか、何があったのだろう。
グリファントの長と見つめ合うこと、数十秒ほど。やおら、その巨体の右前脚を曲げると、恭しく頭部と上半身をマグニに向け、ゆっくり下げた。
それに倣って、群れの雄や若い雌たちも、次々に前脚を曲げて頭を垂れていく。
「ど、どういうこと……?」
「どうもこうも。グリファントたちはお前を『新しい長』と認めたのさ」
「え!?で、でもなんで?長を殺したわけでもないし……勝ったのはガルム様のほうでは?」
「そうしたかったんだがなあ。最初に背中に乗ったのは、お前だろう。小僧」
「あ……!」
不意に、グリファントの生態やマウンティングの話を思い出した。
無我夢中で背中に乗り続けたあの時、グリファントの中で新たな格付けが行われた、ということなのだろうか。
すると、ステラが前に出て、グリファントの長に向けて、鳥に似た奇妙な鳴き真似を始める。
長はその鳴き声を聞くと、がりがりと鉤爪で岩肌をひっかいたり、奇妙な唸り声のようなものを出してみせた。
ステラも同じく岩を鳴らしたり、唸り声のようなものを繰り返すと、やおらマグニに振り返る。
「ガルムの言う通りよ。『妾の背に跨がった者は、先代の長を除いてお前だけ。二頭がかりとはいえ、敗北したからには、我らは汝を新たな長として認める』ですって」
「こ、言葉が分かるんですか?」
「一応はね。相手の会話の法則さえ分かれば、どんな動物や魔獣でも会話は出来るわよ」
《ルビを入力…》
意外な才能だ。ステラと長を交互に見やる。
戸惑うマグニは、ゆっくりとグリファントの長に歩み寄り、背中に食い込んだままのナイフを見下ろした。
「あの、ステラ様……彼女の翼の傷を手当したいんです、手伝ってもらえませんか?」
「! ええ、勿論よ」
マグニはナイフを引き抜き、すかさずステラが治癒術をかける。
長は抵抗せず、静かにその様子を見守るのみ。ナイフの傷が塞がると、その巨体をゆっくりもたげた。
言葉は通じないが、老いた長の目からは、マグニに対する敬意のようなものが感じられた。
今にも爆ぜて飛び出しそうな胸を制し、少年はグリファントの長を見つめた。
「僕たちから奪った宝物だけは、返して貰います。そのために此処に来たので。でも、貴方達を殺したり、卵を壊すようなことはしません。ここは貴方達の住処で、生きる場所だから」
それだけです、と言葉を切る。到底こちらの言葉など理解して貰えるとは思えないが、それでも伝えなければならない気がした。
長が首をもたげると、今までに聞いたこともない、よく伸びる高らかな鳴き声を上げた。少年はその鳴き声に、かつて故郷で聞いた鳶の声に似たものを覚えた。
グリファントの群れがぞろぞろと移動し、道を開く。通れ、と諭されているかのようだ。
ガルムは満足げにウンウンと頷くと、マグニの元に寄り、ばしっと背中を叩いた。
「痩せっぽちのチビスケにしては、良くやった方だ。敵に情けをかけるあたりは未だ青いがな」
「う……で、でも、僕がつけた傷だから……」
「だが、お前は確かに奴の心を掴んだ。案外お前、
「そんな器じゃないとは思いますけど……大半がガルム様のおかげだし」
言いながらも、まんざらでもない気持ちだった。
治療している間、大勢のグリファント達が、巣から袋のまま詰まった金貨や宝石の類いを持ち寄ってきた。
これまでに、色んな旅人や人間たちから強奪してきた宝であろうことは予想がつく。
彼らが持ち寄った分だけでも、マグニを10人は買えるだけの額はあるだろう。
ステラは若いグリファント達の顎や嘴を撫でつつ笑う。
「新しい長への貢ぎ物といったところかしらね、これは」
「こ、こんなに要らないって!エラブッタ様たちから獲った分だけで十分だから……」
「何を言う、お前を買い取った額ぶんは貰わねば損だろうが」
「そ、それはそうかもですけど、こんなやり方で買い戻すのは納得いかないです。奪ったものとはいえ、今の彼らにとっても、これは財産なわけですし」
「フン。真面目すぎるのも考え物だな」
結局、三人で運べるぶんだけの金貨と、エラブッタの骸を運ぶのみに留めて、一行はグリファントの住処を離れることにした。
一方でグリファントの長は、自身の魔術で己の体をあらかた癒やし、マグニ達の元へと歩み寄る。
マグニたち3人の頭上に、白い光を放つ文様が浮かび、くるくると回転する。
近くに落ちていた宝石の欠片が3つ、文様に吸い寄せられるように飛来すると、ぐねぐねと粘土を捏ねるかの如く、宝石の形状が変化していく。
そしてそれぞれ、青、緑、赤の小さな呼笛に姿を変えて、3人の掌の中に収まった。グリファントの羽の印章が施されている。
「これって……笛?」
ピュイ、と長が一声小さく鳴く。
ステラはふむふむと頷くと、しばしまたグリファント達と対話し、通訳する。
「それは「空の喉笛」といって、グリファントたちと交流するための呼笛だそうです。長である貴方が、もし力が必要な時は、ぜひ呼んで欲しい、と」
「凄いや!……えっと、大事にします」
「キュピピイ」
「それと、あんまり人間達は襲わないようにしてください。村の人達が、貴方達をこの森から追い払ってしまったら、……きっと寂しいから」
足元から、甲高い声が呼びかけてくる。生まれたばかりの雛が、巣からぺとぺとと這い出て、ころりん!と転がり出てきた。
ガルムとステラが目を丸くするのを尻目に、マグニは雛を抱き上げて「危ないよ、ほらお母さんのところにお行き」と長の背中に、雛を乗せた。
雛は上機嫌でぴょんぴょん、と楽しげに跳ねて、まだ小さい羽をぱたぱたとはためかせていた。
その様子を微笑ましく思いながらも、マグニたちはグリファントたちに別れを告げ、村へと戻っていく。
……その背中を見つめていた雛は、きょとんと目を大きく見開いた後、「ぴゅい!」と呼びかける。遠く離れたマグニが振り返ることはない。
小さな雛は、長の背中から飛び降りて、とてちてと歩き出した。長はそれを止めるでもなく、優しげな瞳で見つめるのみであった。
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