8話 群長との攻防
「見つかったか!」
ガルムは舌打ちし、己の足場を蹴って更に速度を増し、巣へと接近していく。
群長のグリファントが翼をひとつ、はためかせるだけで、周囲に乱気流が発生する。
激しい風の渦の中、まともに立っていられるのはガルムくらいだろう。
「ま、魔術が切れたんですか!?」
「違う、おそらく「見破りの心眼」を使ったんだ。あの長、魔力で術を見切ったんだ……よッ!」
『危険よガルム、一旦退却を……ねえ聞いてる!?危ないから下がりなさい!』
ステラが静止をかけるも、ガルムは止まらない。
真横から飛んできた若い雌を、回し蹴りで吹き飛ばすガルム。
その一撃を皮切りに、飛んで雌、這い上がってくる雄達が、一斉にガルムとマグニへと鉤爪を向ける!
途端、崖下から突風が吹き荒れたかと思うと、数頭のグリファントたちが突風に攫われて落下。翼を駆使する雌たちも、地面から突如として生えてきた樹木の縄に絡め取られ、遠くへ吹き飛ばされていく。
『こらガルム!戻ってって言ったじゃない!こんな群れの中で戦うなんて、マグニが耐えきれないよ!』
「だったら尚更倒し甲斐がある。このまま接近戦に持ち込むッ!ステラは雑魚を叩き落とせ!」
「す、ステラ様ひとりに群れを任せるんですか!?」
『もーっ、人使い荒いにも程があるよッ!私は貴方の召使いじゃありませんッ!』
「小言は十分だ。あんな群れ如き、一人で十分だろ。分かったから餓鬼共の相手をしてやれ」
『絶対分かってなーい!』
ステラは見晴らしのいいところまで駆け上がると、グリファントの群れを見下ろす。
新たな闖入者の気配を察して、群れの一部がステラへと急襲し、若い雌たちが翼をはためかせ、風の刃を次々に放つ。
だがステラは眉ひとつ動かさない。身の丈ほどもある杖を軽々と振るうと、放たれた風刃よりも強力な、光る風刃で次々と叩き落とす。
雄たちがステラへと肉薄し、嘴を突き出して啄もうとすれば、ひらひらりと軽々避けて、獣たちの足元に旋風を放つ。
足を掬われた雄同士が互いに頭突きしたり、もつれあって転び同士討ち。
「す、凄い!ステラ様、あの数のグリファント達をおちょくるみたいに……」
「だから言ったろ。にしても、随分と大所帯なもんだ。一掃するか!」
崖上から見下ろす、十数頭の雌たち。いずれもが長よりは小柄だが、それでも若い雌たちより格段に体が大きい。
ガルムは苛立たしげに「耳を塞いで口を開けろ!」とマグニに命じる。少年が咄嗟に耳を塞ぎ大きく口を開けた直後、ガルムは喉仏を開き、獣たちに向けて咆哮をぶつける。
「俺様の美声に酔いしれろ!
単なる雄叫びなどではない。暴風が吹き荒れ、音の衝撃波がグリファント達をたちまちに吹き飛ばしていく!
周囲の木々や巣が激しく揺れ、岩肌からぽろぽろと小さな石が崩れ落ちるほどのインパクト。
弱小な雄や小さい雌たちは、岩肌や樹木、地面に叩きつけられ、気絶するか完全に萎縮してしまった。
耳を塞いでいたマグニですら、その爆音波に脳みそを直接揺らされたかのようだ。消音魔術を身に纏っていなければ、頭が吹き飛んでいたのだが、マグニがその事実を知るのは後ほどである。
「すっ……ごい声……!」
「ちょっと脅してやっただけだ。……ま、流石に長には効かないようだがな」
あれだけの衝撃を受けて尚、巣を寝床にすえ、長と呼ばれる雌のグリファント一頭だけは、微動だにしない。
どころか、まるで「お前が登ってこい」と言わんばかりに、ガルムとマグニを見下ろしている。
群れのグリファント達は力量差を思い知ってか、三人を遠巻きに見るばかりで、もう攻撃を仕掛けようとするものはいなかった。
悠々と崖を登り切ると、ついに二人は、燦々と輝く群れ長の巣の前に仁王立ちする。
ガルムはマグニを降ろすと、にたりと笑った。
「さてマグニ。お前が最初に戦う敵は、このグリファントの長だ」
「へっ……ま、待ってくださいガルム様!僕、武器もこんな小さいナイフしかないのに……」
「問題ない。お前は【俺の動きに倣え】」
ガルムの周囲から、仄暗く青い煙が漏れ出すと、マグニの首と手足に絡みつく。
するとマグニの手足と首筋に、奇妙な痣が浮かび上がる。ただの絵とは異なる、奇妙な文字の連なりにも似た刻印。
少年の肌に、痣を通じて熱が一気に全身を巡って伝わる。まるで肌の下を、もう一つの骨や血管が新たに構築されていくかのよう。
その熱が頭にまで巡った瞬間、マグニは己の視界が一気に開けたような感覚を得た。
「長よ。無礼を承知で縄張りに立ち入らせてもらった。その巣を飾る宝の一部。貰い受ける!」
長のグリファントが、喉を反らし戦意に満ちた声を張り上げると、ばさりと飛翔し暴風を叩きつける!
直後、ガルムが飛翔すると同時、棒立ちだったマグニも、同じような所作で跳び上がった。
当然こんな動きは、マグニが自らの意志で引き起こしたものではない。
その証拠に、彼自身が己の異常な跳躍力に驚いているのだから。
「ええーーーーッ!?と、跳んでるッ!?」
「何を驚く。これがお前の本来のポテンシャルだ、俺様はその力の一部を引き出して、同調しているに過ぎん!そら、来るぞ!」
「うわったた……!」
グリファントが翼を広げ、突撃。ガルムが回避すれば、マグニも全く同じ所作で回避する。
ただの体当たりだというのに、周囲に突風が巻き起こり、周囲のものを巻き込んで次々に吹きとばしていく。
丸い巣は風を弾くものの、岩石や石礫、もげた樹木の枝が竜巻に巻き込まれ、次々にガルムとマグニへと飛来する。
ガルムが腕を振り上げる。マグニもナイフを持つ腕を振り上げる。
太い腕が次々に木々や石礫を素手で打ち砕き、少年の細腕はそれに倣うかのように、全く同じ動きでそれらを払いのけ、あるいは突き砕く!
「うえええええ!?か、勝手に手が、動いて……!」
「俺様の動きを全く真似ているんだ。さあ、俺様の動きを今、気合いで覚えろ!初歩中の初歩だ!」
「し、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!本気で死ぬ!うわあっ!」
「目を閉じるな、かっ開いて常に動きを見て覚えろ!ぶつかる前に手を動かし弾け!死なない程度には助けてやる!」
「ひいいい、今更だけど滅茶苦茶だ!!」
泣き喚いても、手足が止まるわけではない。
マグニはひたすらに、荒く呼吸しながら、全身に意識を巡らせる。常に気を張りながら、飛来してくるものに、あるいはすぐさま飛び掛かってくるグリファントに注視しなければならない。
だが不思議と、頭は冴えていた。まるで自分の顔に目玉がいくつもあるかのように、襲い来る脅威を目で捉えられる。
最初にグリファントに襲われた時と、全く違う。
「(これ、ガルム様と同調してるから……なのか!?次に体をどう動かせばいいのか、だんだん分かってくる!)」
「そら、いつまでも踊っている暇はない。反撃だ小僧!」
目まぐるしく視点が巡る。グリファントに向けて二人とも肉薄し、同時に拳を、同時に足を、次々繰り出して反撃していく。
グリファントは硬い毛質と、毛の下にびっしりと細やかに覆われた鱗に守られている。
だが全身が要塞と化しているわけではない。どんな鎧にも継ぎ目や隙間があるように、グリファントにも弱点がある。
即ち、目、太い首の付け根、関節部分、そして自由に筋肉を回せる翼や羽の付け根、肩周りなどだ。
ガルムは跳んでくる石や瓦礫を利用し、地のマナが持つ<強化>の特性を付与して打ち返していく。ただの小石や木の破片であろうと、ガルムが打ち返した礫は、並のグリファンが受ければ肉片と化すほどの脅威的な威力となる!
その殺傷力は群長も理解しているのか、巻き起こす風で次々と落とすものの、その巨体に直撃する度にダメージは蓄積していく。
まさに一瞬と呼べるほどの小さな隙。だが敵の意識が一瞬だけ、マグニからガルムへと集中した。その隙を見て、マグニは自分のいた場所から勢いをつけて背中に飛び込むと、翼の付け根にエイヤッと刃を突き立てる!
「ギィイイッ!」
「やった!手応えあった!……って、わああっ!?」
片翼を傷つけられたグリファントは、マグニを振り下ろそうと暴れ回る。
こんな高さから振り下ろされたら、岩に叩きつけられて一瞬でミンチ肉だ。必死に突き立てたナイフを深々差し込みながら、背中にしがみつく。
だくだくと溢れ出る鮮血が、顔や手を濡らしていく。掌がぬめって、少しでも気を緩めたら落ちてしまいそうだ。
恐怖で瞼が震える。けれど、「目を閉じるな」というガルムの言葉を思い出し、無理矢理瞼をこじ開けた。
「わあッ……!」
目の前に広がるは、突き抜ける青い空。雲を形作る霞が顔を掠めていく。木々より、岩壁より高く、森全体を見回せる。
広く広がる森、ぽつぽつと見える村や町、連なる高い山々。グリファントが見る、「自由」の景色。
生死をかけた戦いの最中であるというのに、つい、恐怖も緊張も忘れ、溜息が漏れる。
「すごい。お前達はいつも、こんなに素晴らしい景色を見てるんだね……」
その眩しさと美しさに、目が一瞬潤む。
長の巨大な頭がぐりんっとこちらを向いて、視線がかち合った。一瞬だけその鋭い瞳から、殺意ではなく、別の何かを感じ取った。
刹那、手がずるっと滑って体が浮遊感を覚え──落ちる、と身構えた刹那、背後からがっしりと、大きな体がマグニを抱き留める。
「っガルム様!?」
「おうおう、勇ましく強い雌だ。もう少し若いなら求婚しても良かったんだが。どうも気のないご婦人らしい」
「えっガルム様としては「アリ」なんですかっ!?」
「俺様は、外見などというつまらん要素にはこだわらんぞ」
「(懐が広いのか、単にヤバいヘキなのか、どっちなんだろう……)」
『でも若くないなら対象外ですね!はい!この話は終わりです!』
下らない会話の合間にも、長の猛攻は止まらない。
背中から下りないと分かるや、グリファントの頭上に魔術陣の文様を発生させる。赤い光を伴った、猛る竜巻が生じる。
竜巻そのものは小さいものの、その威力は巨木をも断絶する!直撃すれば、人間なぞ容易く細切れにされてしまうだろう。
グリファントは二人を乗せたまま、竜巻の中に飛び込まんと飛翔した。だがそれでもなお、ガルムの余裕の笑みは消えない。
「中々に強烈な一撃だが──受けてやる道理もないわ!」
ガルムはマグニを抱いたまま、グリファントの背を蹴って離脱。
宙に舞う二人。またもガルムが口を大きく開くさまを見て、マグニは咄嗟に耳を塞いだ。
竜巻が発射されると同時、その喉からは、先程よりもより強烈な音の衝撃波が発せられる。
二つの攻撃はもろに衝突し、衝撃で発生した爆風が辺りを薙ぎ払う!
より近くにいたグリファントの長は爆風に耐えきれず、吹き飛ばされて岩壁にめりこんだ。
一方でガルムはマグニを抱いたまま、突き出た岩の上に難なく着地。
「やった!ホントに勝てた!チチフ、見てた!?」
「今だ小僧、巣まで一気に飛べ!」
「っはい!……え?」
ガルムはマグニをがっしりと掴む。嫌な予感が背筋を駆け抜けた。
瞬間、ガルムは少年を掴む腕を、大きく振りかぶった。目にも留まらぬ速さで、マグニの体は宙を舞い──空を裂く速度で射出された!
「ウソでしょこの人ォオオーーーーーーーーーーーーーーッ!?」
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