3話 ショウサイ村

マグニ少年とチチフが、安らかに夢の世界に沈む頃。

焚火の炎を限りなく小さく調節した後、ステラは訝るような視線をガルムに向けた。


「それにしたって、どういう風の吹き回し?」

「もったいぶった言い回しをしないで、単刀直入に聞いたらどうだ。核心を突かぬのがお前の悪所だぞ」 

「ただの散歩でぶらついていただけなんでしょう。”ヒト”嫌いの貴方が、何の理由もなしにあの子を助けたのは何故?」

「なんだ、あんな仔犬に目をかけてやった妬いてるのか。……その目はやめろ、冗談だって」


足元の綺麗な石をぼりぼりと囓るガルム。

ステラが視線が冷たいと気づくと、やや気まずそうに、囓っていた石を噛み砕いて飲み下す。


「本当だったら、嬲り殺される所を眺めるだけで良かったのだが……小さい子犬のくせに、戦士の目をしていたのでな」

「戦士の目?」

「何頭ものグリファントを相手に、目だけは臆さず、急所を探していた。ああいった戦士の類いはな、伸ばし甲斐がある類いだ。だから気まぐれに生かした」

「戦闘狂なんだから。この旅の目的、忘れないでしょうね?」

「さて、何だったかな。ああ、傷心旅行だっけ」

「つまんないわよ、その冗談!」


ステラは今度こそ呆れたのか、ぺちんとガルムの額を小突いた。石を弾いたような音が響く。


「叛逆者、悪神、月をば食うマーナガルム。貴方が犯した罪を償う旅です。そろそろ贖罪者としての自覚を持ってください」

「……俺様が斯様に、いたいけな模範囚のごとく従うと思うか?」


ステラは何も答えなかった。

デコピンした傷む指をひらひらと振り、周囲に獣避けの術をかけて、横になる。

ひとりガルムは、鼻をフンと鳴らして、銀色の月をあおぐのだった。



翌朝、マグニはガルムとステラを伴う形で、ショウサイ村への道を戻っていく。

道中に、無惨にも八つ裂きにされた人間の残骸が、あちこちに転がり、小動物たちによって更に食い散らかされていた。

マグニは悲しげに俯いて、骸に辛うじてへばりついている、金具や服の切れ端などを拾っていた。


「やはり全員襲われてしまったようです。……すみませんが、寄り道をさせていただいていいですか」

「どこへ?」

「骸がないなら、せめて遺品を拾って弔いたいのです」


ステラも眉尻をさげ、「手伝うよ」と優しく声をかけて、同じく骸にへばりつく、鎖や枷の類いを拾い上げていく。

それを不服そうな目でガルムは見つめるのみ。しばらくすれば、人数分の手枷と足枷、エラブッタの所持品をいくつか拾い集めることが出来た。

深い森の中で、全てを探しきることは難しい。これでもよく集めた方だろう。

マグニは遺品を固く抱きしめ、黙々とショウサイ村へと歩みを進める。

沈んだ空気など知ったことかとばかりに、ガルムは口を開いた。


「時に、ショウサイ村はどんな所だ。余所者には厳しいのか?」

「いえ。住民の殆どはポリマン人ですけど、小さな集落だったり、町から人も多く訪れるので」


この世界には、様々な種族が繁栄している。特に人口の割合が多い種族が、ポリマン人だ。

平均身長は約5ファン(140~150センチ)程度、大柄な者で5.8ファン(175センチ)ほど。日焼けた肌と4本指、男女問わず生えた短い尻尾と、尖った大きな耳が特徴だ。


「成程。なら前の町みたく、こそこそする必要はなさそうだな」

「コソコソ?」

「この人、こんなナリだから目立つでしょう。荒くれと喧嘩をすることも多くて」

「向こうが喧嘩を売ってくるんだ。俺様は悪くない」


首を傾げるマグニに、ステラが呆れたように返したので、少年は納得して黙り込んだ。

確かにガルムは目立つ。獣の耳と尾がある種族といえばウルラン人という種族だが、ウルランの男で7ファン(約2メートル)を超える巨躯はそうはいない。

その上この荒さだ。話を聞くに、ごろつきを相手にしたが最後、石でも投げ飛ばすように叩きのめすさまが容易に想像つく。

結局、また村に着くまで、前に訪れた町や村で何度ガルムが余計な喧嘩を買っていたかで、二人は口論し続けていた。

知った道を引き返すだけであったので、日が南に高く上がる頃には、ショウサイ村へと辿り着いた。


「おお、エラブッタ様が亡くなられるなんて……!」


エラブッタの死を知って、村人達は口々に悲しんだ。

マグニの細い両腕から遺品をふんだくると、遺族達は「葬儀の準備をせねば」と沈んだ表情を浮かべた。

誰も、唯一戻ってきた少年の生存を喜ぶ者などいなかったし、気に掛ける余裕もないようだ。

ガルムとステラは、遺品を持ち帰った恩人として、エラブッタの屋敷でもてなされた。


「主人はこの村の村長でもありました。開拓して早数十年、あの人の熱意あってこの村は発展を遂げてきました。

おかげでこの地は様々な集落との中継地点も兼ねておりまして、夫は常日頃から村を更に盛り立てるため、活動していたのです。

それなのに志半ばにして、天に旅立ってしまわれるなんて。まだ子供たちだって、あの人から学ぶことは沢山あっただろうに……」


エラブッタの妻ツボネは涙ながらに語る。彼女もまたポリマン人だ。

ステラが神妙な面持ちで相槌を打つ後ろで、話題に興味のないガルムは、ぼうっと大きな窓から外を眺めていた。

亡くなった村長の葬儀のため、村じゅうの人々が悲しみにくれた面持ちで、準備に取りかかっている。

長として村の人々に深く慕われていたことは、容易に見てとれた。

葬式の準備をする人員の中には、マグニの姿もある。様々な雑用を押しつけられながらも、淡々とこなしている様子であった。

ガルムの視線をなぞり、ツボネ夫人も窓の外を見やる。


「あの子供は……マグニだったか。あれも奴隷か」

「ええ、夫が奴隷商人から買いつけたのです。痩せ細って、ろくに食べ物も食べさせてもらえなかったみたいでねえ。

もっとも、今では一番の働き者ですよ。主人も、物覚えがよいあの子を、よく可愛がっておいででした。

あの子は私たちにとっての財産です、連れ戻していただき感謝しております。この際、奴隷の枷を無断で外した咎については、不問といたしましょう」

「おお、それは我が”妻”の独断でした愚行。寛大な措置に感謝する」

「……」


「妻」という呼称を聞くや、じろりとステラはガルムを睨んだが、当人はどこ吹く風。

窓の外で、マグニはずっと唇を真一文字に引き締め、黙々と働いている。

確かに、屋敷の使用人たちの倍は働いている様子であった。何事にも文句一つ言わず、きびきびと働いている。

一度ガルムと目が合うと、恭しく頭を下げて、仕事に戻っていった。


「時にお二方。グリファントの縄張りを抜けた、その腕前を見込んで頼みがあるのですが、引き受けていただけるでしょうか」

「頼み、でございますか。私たちに出来る範囲であれば……」とステラは答える。

ツボネ夫人は頷くと、言葉を続けた。

「先程確認しましたところ、夫の遺品のうち、大切な「家宝の指輪」が見つからなかったのです。

あれは夫の血筋に代々伝わる、大事な指輪。こればかりは、金貨にも財宝にも替えることはできません。これだけはどうしても取り返して、我が子たちに遺してやりたいのです。

無論、報酬はお支払いします。グリファントの巣にあるであろう、貴重品の類いも自由にしていただいて構いません」

「ほう……」


やっとここで、ガルムの視線がツボネ夫人に向いた。

威容をたたえた巨躯を相手にしてか、夫人の肩が一瞬震えたが、ガルムは気にすることなく、客間の扉に目を向けた。


「引き受けてやってもいいが……前払いを貰おうか」

「前払い?ええ、金貨何枚必要ですか?」

「いや、金は不要だ。代わりに──あの奴隷が欲しい」


ガルムが親指でくいっと扉をさす。その先にいるのは、たまたま客間を掃除にきた、マグニの姿。


「(ぼ、僕?)」


マグニは驚愕せざるを得なかった。

客間の清掃をしに足を運び、彼らの会話を立ち聞きしていたら、己を指名されたのだから。

案の定というべきか、夫人は露骨に渋る素振りを見せらた。

奴隷は立派な資産の一部だ。買い替えのきく調度品と違い、奴隷にかけるコストは高い。

ましてや働き者で文句一つ言わない奴隷、それも亡きエラブッタが可愛がっていたとあらば、かなりの付加価値があるのだろう。

ステラも驚きこそしたが、口を挟むことなく、黙って二人の会話に耳を傾けている。


「マグニを、ですか……村から出資する報奨金ではご満足いただけませんか?」

「この世のどの宝とも替がきかない指輪と、たかだか数年仕込んだだけの奴隷。どちらを選ぶかはご夫人次第だがね。なんなら追加で、グリファントがこれまで奪った財宝すべてを取り返してやってもいい」

「……いえ、夫の指輪を奴隷一人で取り戻していただけるならば、ええ、容易いものです。グリファントには多大な被害を受けて来ましたもの、受けていただけるならこれ以上にありがたいことはありません。信用預けはいかがなさいますか?」

「俺様の鎧を出しておく。五日経って戻らなければ自由にしろ、奴隷の相場は知らんが、足りんということはないだろう」


いうや、ガルムは躊躇なく、己の胸当、肩当て、腰当てなどをするすると脱ぎ始めた。

信用預けとは、冒険者と嘆願者の間で行われる取引の一つだ。

冒険者の受ける嘆願の次第では、必要な装備を揃えるために前金を貰う場合がある。危険な依頼を引き受ければ、当然だが依頼を失敗し、最悪の場合死亡することがままある。

その際、信用預けで渡した冒険者の装備品や貴重品を換金することで、払った前金ぶんを補填するのだ。

ずっしりと重たく光沢のある鎧を前に、夫人は驚きの目で鑑定し始める。


「まあ……この鎧、もしや飛蒼龍の鱗が材質ではございませんの?しかもかなり精緻な加工がなされているのね……おまけに、まるで新品のように傷一つない!これなら奴隷が1人といわず、10人は買える値段になりましょう!尤も、この鎧を着こなせる人が果たしているかどうか……」

「満足したなら何より。……というわけだ、来い。坊主」

「えっ、え!?」

「マグニ、貴方の新しい御主人が決まりました。掃除はもうしなくてよろしい。後で荷物をまとめておきなさい。あの小汚いネズミも置いていってはなりませんよ」

「えええっ!?」


少年の頭上で短い会話が繰り広げられた後、ガルムは少年奴隷の首根っこを掴むや、さっさと客間から退室した。

ステラも頭を下げ、「それでは、ご依頼を完遂したら戻りますね」と告げて二人の後に続くのだった。


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