第6話 和夫、子犬を拾う
カチャカチャと川の水で食器や調理器具を洗っていると、川向うで何か動物の鳴く声が聞こえた。
キャンキャンと甲高い鳴き声だ。
よくよく目を凝らして見ると、灰色の毛玉が微かに動いている。
「…………野良犬の子供か?」
母を呼んでいるのか、泣鳴き声は一定の間隔で繰り返されていた。
洗い物とテントの設営をしつつ、暫く様子見をしていたが母犬が迎えに来る姿は見えない。
徐々に小さくなる声と陽の傾きに、心を決めて服を脱ぎパンイチで川を泳いで行く。
流れが緩やかな川で良かった。
そうして泳ぎきった先の森は、今いる対岸の森とは異なり暗く重い雰囲気が漂っている。
心做しか息苦しさも感じた。
近寄って見ると、地べたで震える灰色の毛玉は寄り添った2匹の子犬だった。
両手で収まる子犬達をタオルでしっかり包むと、何かを主張するかの様に再び強く鳴き出した。
するとその声に反応する様に、森の奥でザワザワと気配が動く。
母犬か?
それなら子犬達はこのまま置いて戻ろうと、葉擦れの聞こえた方をジッと見る。何かが近付いて来ているが、良い感じがしない……寧ろ危険な気がする。
これは第六感的な物なのか、身体が自然と後退し徐々に川へと入って行った。
川の中ほどまで泳いだ時に、ふと、風に乗ってすえた臭いと共に『ギャッギャッ!』と濁った声が複数聞こえた。
灯ともし頃の暗がりに複数の光る双眸。
森から姿を現したのは、子供程の背丈で変な体皮の色をした醜悪な化け物だった。腹は出ていないがその見た目は餓鬼の様だ。
手には木の棒を握り、辺りの匂いを嗅いで何か探している。
きっと子犬達を探しているんだろう。
幸い今は風下になってる。このまま静かに対岸まで泳ぎ切ろう。
頭の上に乗せた子犬達を片手で支えながら、なんとか足の付く場所まで辿り着き、姿勢を低く保ちながら河原からテントを張った森の中へと急いだ。
「………ふう。何なんだあの変な動物は」
ひと息ついて木陰から対岸を覗き見ると、対岸の川辺りで化け物達がジッとこちらを見ている。本当に気味が悪い生き物だ。暫くすると奴らは諦めたのか、岸を離れてまた森の中へと戻って行った。
それを確認してから、濡れた身体を拭いて服を着る。テントに入って子犬達を包んだタオルの結びを解き、子犬達の状態を見た。
既に目は開いていて、外傷もなさそうだ。
ただ、子犬の割に痩せている。きちんと母犬から乳を貰え無かったのかもしれないな。
シベリアンハスキーの様な綺麗な水色の瞳が見返して来た。
腕に抱き上げ、俺が使ったタオルが良い具合に濡れていたので、それで毛皮を軽く拭き、粗方の汚れを取る。
うん、歯はもう生えているな。
カタログからベビー用品のフード、鶏胸肉と牛乳を交換し、タープの下で火をおこす。
牛乳を人肌に温め、もう一つの鍋で湯を沸かす。小皿が無いので2匹で顔を突っ込んでも大丈夫なサイズの皿に、温めた牛乳を注いだ。
「どうだ、牧場直送の牛乳らしいぞ?美味いだろうから飲んでみろ」
「「キャンキャン!」」
子犬達は牛乳の匂いに気付いた様で、短い尻尾をブンブン振り、俺が手にした皿が床に置かれた途端に勢良く牛乳を飲み始めた。
やっぱり腹が減っていたんだな……。
沸いた湯に差し水をし、温度を下げてからジップロックに入れた胸肉を浸けて中までしっかり火を通す。
その後、人参とかぼちゃのベビーフードペーストに解した胸肉を混ぜて2匹に出した。
こちらの食いつきも凄まじく、ガッフガッフと息をつきながらも、あっと言う間に食べ尽くしてしまった。
汚れてしまった口周りを拭いてやり、さっきは拭かなかった耳の中と足も綺麗にして、一先ず俺の寝床に放っておく。
子犬達は匂いを嗅ぎ、暫くウロウロしたあとは、掛け布団の上で2匹で固まって寝てしまった。
タープの下に広げたままの器具でお湯を沸かし、コーヒーを淹れてひと息付いた。既に暗くなった川に洗い物をしに行く気にはなれなかったので、とりあえず明日にしようと全て締まっておく。
早々に寝息をたててる子犬達を見ながら“とんだ拾い物をしたもんだ”と、自分の身さえ覚束ない状況の中で、更にお荷物になりかねない子犬を拾うと言う選択をした自分に苦笑していた。
まあ、犬なら育てば番犬ぐらいには役立ってくれるかもなと、あまり重くはとらえていなかった。
それに、毎日会社へ出勤する訳でも無い。
日々の移動で十分過ぎる散歩量にもなるだろう。寧ろ、子犬の内はそこまでの体力が無いだろうから、自分が担がなきゃ駄目だなと、カタログからキャリーバックを見繕った。今迄で一番高額なポイント数を取られたぞ……。
その他にもカタログには犬用の服やらアクセサリー、誕生日ケーキに更にはペットの写真をプリントしたオリジナルTシャツまで揃っている。
『こんなの買うやついるのか?』と思ったが、きっとカタログに掲載されているくらいだ。それなりに需要もあるんたろうな…と未知の世界をパタリと閉じて、子犬達の横で眠りに付いた。
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