第4話 素晴らしき哉、日本のごはん

「……う〜〜〜朝……か……」



 少し強張こわばる首や背中を伸ばしテントを出ると、薄っすら朝霞の掛かった森が見えた。

 一晩寝たら元に戻っていないかなと、微かな希望を持っていたが、変わらぬ景色にふぅ…と溜め息を吐いてしまう。


 顔を洗って歯を磨きたかったが、水が無い場所では出来ないので、仕方なくテントを畳んで今日もぶどうを摘み桃を齧った。

 傘の様に設営も仕舞う事も1人で出来たので、楽なもんだなと初めてのテント泊にとりあえず満足し、火の始末を確認して立ち上がる。


 出来れば今日こそは人里に辿り着きたい。

 その為には、早目の行動は必須だ。


 それらを念頭に、足取り軽く歩き出す。


 天気は今日も快晴。

 日が昇ると、小春日和こはるびよりの様な穏やかな気温で、暫く歩いていると薄っすら汗をかいてきた。


 道なき道を進みつつ、目についた草や花、木に止まっていたカナブンに似た甲虫を捕まえ、歩きながらも、カタログを片手にポイント交換出来ないか試した。


 食料が少なく、確実に食べられる桃をポイント交換の犠牲に出来なかったからこその苦肉の策だった。


 優先順位を見誤っては駄目だ。


 そりゃエアウ◯ーヴと交換したかったが、ポイントの高さから言って、手に入れるのはまだまだ先の話。

 それに、着替えも何一つ持っていないようじゃ、せっかく交換してもエアウ◯ーヴが汚れてしまう。


 さて、適当に採集したポイント交換の成果だが、よもぎの様な草は500pt、薄ピンク色のマーガレットっぽい花は300pt、カナブン(仮)は生きたままでは交換出来ず、殺してから交換したら1200ptになった。因みによもぎとマーガレットは群生していたので漏れなく頂いてきた。


 ありがとうカナブン、君の命は無駄にしないよ…と、溜まったポイントで塩と防災用の水2リットル入りを5本と、スポーツドリンクを2本手に入れた。


 それにしてもこのカタログギフト、日用品から高級品まで色々揃ってる。


 朝早い時間から移動し、昼頃になっても変わらぬ森の風景に、今日も人里発見は難しそうだなと、桃とポイント交換したアルファ米(炊き込みご飯)を食べながら、行動予定の変更をしようと決めた。


 真面目にポイント稼ぎの採集をして、衣食を整えよう。


 それからは、進む方向を見誤らない様に注意しつつ森を進む。


 松茸の様な見た目のキノコを発見した時は流石にグローブ越しでも手で触れる気になれず、ポイント交換で、立派な装飾をされた袋入りの高級割り箸と交換してから採集した。


 こいつが3000ptにもなった。もしや本物の松茸だったのか?!と激しく残念に思ったが、キノコは素人が迂闊に手を出してはいけない筆頭の食べ物だ。……本物なら焼いて一杯呑みながら食いたかった……。


 夕方前にはカタログのポイントも27500pt貯まり、これなら夕飯用の交換が色々出来るぞと一安心。


 野営の用意をして、必要そうな調理道具を見る。


 便利な物がずらりと揃っており、最初に交換したのはセットになった調理道具3980pt。セットの中身は、トング、菜箸、包丁、まな板、しゃもじ、ピーラー、万能ハサミ、八徳ナイフ、フライ返しや計量目盛り付きのお玉までが付いている至れり尽くせりのセットだ。


 それと鍋(大・小)、フライパン、ケトルのセット3398pt。飯盒はんごう1175ptと最後に自立式のバーベキューコンロが2215ptだった。


 夕飯には無洗米と魚の干物を交換。

 あ!味噌汁も欲しいな……これでよし。


 飯の炊けるタイミングを見計らって魚を網に乗せて焼き始める。

 暫くすると、脂の乗った干物から美味そうな匂いが立ち昇った。



「あ〜〜〜〜〜〜〜〜!久しぶりの焼き魚!いい匂いだ!」



 焼き上がりを今か今かと割り箸を片手に待っていた。


 焼き立ての魚なんか、入院中は食べたくても食べられなかった。そもそも食欲も減退していたから、出て来ても食えなかった可能性が高いが。


 飯盒から湯気が立ち、ケトルのお湯も沸いた。フリーズドライの味噌汁に湯を注ぐと、ほうれん草と油揚げがフワッと広がる。


 味噌の香りに我慢がならず、先にズズズッと啜った。


 はぁ……美味い!普通の飯が一番美味い。1日歩いた身体に染み渡る。


 炊き上がったご飯は飯盒に付属された皿によそい、焼き魚(金華さば)をおかずに早速かき込んだ。


 無言で食らいつく様は、飼い主にひたすら『待て!』をされた犬の如し。


 丁度良い塩加減の金華さばの一夜干しは、脂も乗っててご飯が進んだ。時折、味噌汁を挟み一息付いては再び飯を食べ続けた。


 そして、明日の朝ごはん用にと思って4合も炊いたご飯は、あっという間に腹に納まり消えてしまった。



「……ふぅ、美味しかった。」



 膨れた腹を擦り、ふと空を見上げると、木々の間から月が見えていた。その月の側には見慣れぬ星が煌めく。


 ここが何処かは分からないまま。


 ただ、自由に動いて飯も食える。


 採集しながら糧を得る術もある。


 それだけでも十分満ち足りていた。


 ただ、天候や季節は容赦無く変わるだろう。


 だから何時までもテント泊をする訳にはいかない。


 それが分かっていても、この生活に楽しみを見出し始めて『これも悪くないな…』と、満腹と共に出て来た余裕が、和夫の頬を自然と緩めていた。






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