第2話 死後の行き先

 



「ここは何処だ?!」






 穏やかな死を迎え、その一生を終えたはず。


 それなのに、突然山の中のに居ると言う不可思議な状況に岩井和夫は狼狽えていた。


 周りを見渡して見ても、木、木、木。


 しかもその植生は、何となく知っている物に近い植物もあったが、ほぼ見覚えの無い葉や木ばかりが繁っていると言うおまけ付き。


 



「………どうなってるんだ?ここが死後の世界なのか?」





 やっと乙女座りから復帰し、その場で立ち上がって気付いた。

 1人で立ち上がれる?!それにこの声は?!


 病床の中、どんどん弱って行く筋力は、自身の身体も支えられない程弱っていたはず。


 改めて手の平を見ると、張りのある若々しい手だったが成人にしてはやや小さい。鏡が無いので顔や身体を触って確かめてみても、あの時52歳の自分の身体では無いことは明白だ。


 視界の高さからも、以前より背は確実に低くなっている。その上、声の高さが変声期前の子供の様だったので、まさかと思いつつ、岩井和夫は恐る恐るパンツの中を確認した。





「ああ!!ジュニアがジュニアに?!」





 悲鳴にも似た声が再び出てしまったのは、致し方ない事だろう。突然の自身の変化に落ち着いて対処出来るほど、岩井和夫はのお話には詳しくなかったのだから。


 生まれ変わりにしては中途半端な年齢。しかも見知らぬ土地だ。

 それに改めて良く見ると自分は釣り人の格好をしている。足元には竹の釣り竿が一本と手帳の様な物が落ちていた。


 竿を拾い、手帳を手にパラパラとめくる。

 これは……何かのカタログ冊子だろうか?小さくて見難いが、釣具にキャンプ用品、それに寝具!他にも色々あるぞ!





「エアウ◯ーヴがある!!」




 岩井和夫の健やかなる睡眠をサポートしてくれた神具寝具エアウ◯ーヴ。病床でも医療用のエアウ◯ーヴを使わせて貰っていた。


 使えるならここでも使いたい。だが、こんな所では流石のアマ◯ンも配送エリア外だろう。


 それに、価格表記が“円”では無く“pt”となっている。これはポイントを貯めると貰えるカタログギフトだったのか?

 見開きの左側には当然の如く『保有ポイント0』と数字が表示されており、右側には『ポイント交換物はこちらへ』と書かれていた。



 ………『こちら』とは?



 送り先の住所やコードが書かれている訳でも無い。やっぱり意味が分からん。


 このままここに留まっても何の解決にもならない。意味不明なままだが、考えても何の目処も立たないので、太陽を背に歩き出した。


 何とか人里に辿り着きたい所だが、右も左も分からぬ場所。最悪、どこかで野営をするにしても、不安が拭えないままでは落ち着いて眠ることなど出来ないだろう。


 せめて開けた場所でも無いか?と、当てもなく歩いていると、目の前に赤くて少し歪に平らな木の実をたわわに実らせた木があった。


 近づくと甘い芳香が漂って来る。


 食料も水も無い今、貴重な果物の発見だ。

 手の届く位置に生っていた実を1つ採集して、改めて匂いを嗅ぐと桃の様な匂いだった。


 何かないかと服のポケットを探る。胸ポケットに折りたたみのフィッシングナイフとライターが入っているのを見付けた。


 早速、桃(仮)を少し切り取り、何かの時には直ぐに吐き出せる様に口に含んだ。



「甘い!!!」



 とてつもなく甘い桃(仮)だ!実は固いけど、柔らかい桃より固い桃が好きだった和夫は、その小さな欠片をしっかり味わって飲み込んだ。


 多分、大丈夫だろう。念の為、時間を置いて様子見をして、体調に異変が無ければもっと採集したい。


 桃(仮)の根元に腰を下ろし、フッーと息を吐いた。動いてみて、改めて身体の調子の良さを実感出来た。足が軽い。つまずかない。それだけでも素晴らしく感じた。

 以前は、平坦な廊下でも足が上がらずにつまずき、息が切れたと言うのに。


 健康な身体って素晴らしいんだな。


 そんな感想を得ながら、フィッシングナイフとライターを手に、他のポケットも探っておこうと思った。

 上着の左右にあるポケットには何も入っていない。ズボンのポケットにはグローブが一組入っていた。


 これが以前愛用していた釣り用の上着なら、背面にもバッグになるスペースが……あった!


 だが、背に当たる感じからして中身は入って無さそうだ。でも、桃(仮)を採集して入れるには十分なバッグだ。


 身体の異変もなさそうだ。


 そうと決まれば、日が暮れる前に採集だな。


 先に背の届く所を採集し、残りは木に登って採れるだけ採ろう。


 背面バッグのファスナーを下ろして、桃(仮)を入れ易い様に準備し、いざ、40年以上振りの木登りだ。



「おお〜…身軽だ………」



 自分の身体なのに違うもののようだ。スルスルと幹を伝い実を採集する動きに『素晴らしい!』と自画自賛した。


 どんどん採集し、あら方採り終わって木から降りると、そこでまた違和感に気付いた。


 確か背面バッグは15kgは入る容量だったはず。それが、あんなに沢山採集したのに全く重くない。


 またもや意味が分からず、上着を脱いで背面バッグを見た。


 何も入って無いかの如くぺたんこ。


 何が起こったらこうなるんだ?!さっきの桃(仮)は何処に行ったんだ?!


 俺の桃(仮)ーー!と、叫びたくなった。


 諦めきれず、背面バッグの中を覗くと真っ暗の空間が見える。



「は?真っ暗って………あ!桃(仮)だ!!」



 恐る恐る手を入れたバッグの中からは、さっき採集した桃(仮)がしっかりと取り出す事が出来た。

 もう一度入れて見る。外観はぺたんこのバッグのまま変わらない。取り出して見る。ちゃんと入ってる。



「……………意味が分からない!」



 岩井和夫の叫びが再び森の中に響き渡った。




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