最高寝具と共に
いずいし
第1話 立つ鳥、可能な限り跡を濁さず
「お前と巡り会えた幸せは、何物にも代え難い幸福だったよ。こんな時まで俺に癒やしをくれて本当にありがたい。死ぬまで……いや死んだ後も一緒だと嬉しいな。出来れば火葬も一緒にして欲しい……そうだ、特注の棺を用意する様に遺言を残すか?その方が間違い無いな。じゃあ早速………」
自身の生命限界を感じていたその男は、病室の部屋でそう独り言ちて、握力の落ちた震える手で何とかボールペンを握りしめ、最後の希望を書き留めていた。
同室の住人は、男の独り言を何時ものことと聞き流す。
誰が見舞いに来るでもなく、時折発される言葉は、まるで男以外の何者かが居るかの様であった。
その男は自身の希望を書き終え、“ほぅ”と浅い息を吐くと静かに目を瞑る。
そしてその夜、1人静かにこの世を去って行った。
享年52歳。
世間では“まだ若いのに”と言われてもおかしくない年齢だったが、生も死も人それぞれ。
岩井和夫は、特に不満も無く、遺言が実行される事だけを願って息を引き取ったのだった。
◇
「……ええっー?!」
「どうしたんですか?笹尾さん」
普段は落ち着いて取り乱す事の無い笹尾主任が、ご遺体を前に声を上げた。
同行していた松浦は驚き、笹尾が手にしていた紙を背後から覗き込んで『ええっ?!』と笹尾に続けて同じ様に声を上げた。
「無理……無理ですよ………岩井様!!」
岩井に葬儀を生前依頼されていた葬儀社の笹尾は、岩井の最後の遺言を見せられそう叫んだ。
『
岩井が残した
特注の棺を作ろうとも、そもそもマットレスは燃やせるゴミとしての扱いでは無い。しかもエアウ◯ーヴは、リサイクル・リユースが出来る素材としてメーカーが作っている商品である。
それ故、いくら故人の希望と言えど、マットレスを火葬する訳にはいかなかった。
だが、岩井が頼んだカスタム葬儀プランは、岩井の希望に添う形で見積された結果、笹尾の今まで取り扱った一般個人の葬儀費用の中では、通夜も告別式もしないにも関わらずダントツの価格だった。その為、笹尾はその意向を出来る限り整えようと思考を巡らした。
『この望み、止むを得ず形を変えさせて頂きます。ですが可能な限り叶えてみせます、岩井様!』
その後、部下の松浦と共に岩井の火葬時に入れられる副葬品を揃えた。エアウ◯ーヴの関連製品カタログデータ。松浦には竹製の釣竿と様々な釣具のデータを用意させたが、途中から彼の趣味が反映されたかの様なキャンプ用品まで混じっていた。
それと、入院前の打ち合わせの際に、笹尾が好きな物は?と岩井に聞いた時『いや〜好きな物と言っても釣った魚をつまみに一杯やるぐらいですかね……。自分で捌けるので、色々調理して食っては飲んでましたよ。釣に行けない時は、ちょっと良い缶詰を肴にしてました。お陰で飲んでばかりの不摂生が祟ったちゃいましたがね!ははは〜〜』
そう、笑うに笑えない話を岩井から聞いていた笹尾は、どうせならと、高級缶詰や地酒や他諸々の載った豪華なカタログギフト『
それらを火葬の時に邪魔にならない様に、データを縮小し更にご朱印帳程のサイズになるまで圧縮コピーしてから棺に納めた。
その後、恙無く岩井の葬儀は、慎ましくしめやかにとり行われた。
◇
「岩井さん、
岩井が生前、釣りと旅行で良く訪れていた熱海の地。
岩井の希望の1つ“熱海の海に遺灰を少しまいてくれ”。その希望に沿って笹尾は部下の松浦と共に熱海を訪れていた。
「………笹尾さん、これで岩井様のご希望は全て完遂…ですよね?」
「ああ、そうだな………。最後はこの封書の確認だけだ。また無理なお願いじゃないといいが……」
『散灰後に見て下さい』
そう書かれた岩井からの封書。厚さから紙が1〜2枚程度とは思うが、最後の最後に『
『笹尾さん、俺の無理な依頼を引き受けてくれて本当にありがとう。良かったら、いつも同行していた彼と骨休めをして下さい 岩井和夫』
そこには、手紙と共に熱海にある高級旅館の宿泊券が2枚同封されていた。
岩井が年に一度、自分へのご褒美だと利用していた旅館のものだった。
奇しくも2人は、片道3時間半掛かるこの散灰を遂行する為、会社から出張扱いにするから明日1日ゆっくりして来て良いと言われて来ていたのだった。
「………松浦、今日は泊まって行くか?」
「そう…ですね。岩井様のご厚意、有り難く頂戴したいと思います」
そして、宿泊券の旅館に連絡を入れ、到着すると2人は再び驚かされる事になった。
旅館にも岩井からの依頼が入っていた様で、行き成りの来訪にも関わらず最高級の部屋に通され、食事も酒も風呂も至れり尽くせりの待遇を受けたのだった。
そして2人は高級旅館を満喫し、次の日、帰り途中の海に向って黙祷してから岐路に付いた。
◇
所変わって………
「…………俺のエアウ◯ーヴ!!」
どことも知れない山の中で、乙女座りをした岩井和夫の叫びが響き渡った。
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